第五十五話:騒乱の宴
とんがり帽子にマントと言った魔法使い然とした小柄な少女。少女はアザゼル達の方を向き、深々と頭を下げて挨拶をする。
「はじめまして。私はヴァーリチームに所属する魔法使い、ルフェイ・ペンドラゴンと申します。以後お見知りおきを」
笑みと共に告げる言葉に、アザゼル達は驚きを隠せない。ヴァーリチームということもそうだが、ペンドラゴンと言う名──それは、聖王剣コールブランドを持つアーサーの血筋という事に他ならないからだ。
「お前さん、アーサーの何かか?」
「はい。アーサーは私の兄です。いつもお世話になっています」
笑みを浮かべながら返答する少女。目を細めながら名前の由来を考えるアザゼルだが、一誠はルフェイが此処に来た理由を想像していた。
そして辿りついた可能性の一つには、曹操が関わっている。もしかしたらと視線を向けてみるも、曹操はルフェイを見ていて一誠の視線には気付いていない。
「……それで、ヴァーリのところの者が、何の用だ?」
頭を掻きながら質問する曹操。対し、ルフェイは屈託のない笑顔で答える。
「はい。ヴァーリさまからの伝言をお伝えいたします! 『邪魔だけはするなと言った筈だ』──だそうです。ウチのチームに監視を送った罰ですよ~」
次の瞬間、地面が大きく揺れて巨大な何かが姿を現す。大地を揺り動かす程の振動を以て現れたそれは──
「──ゴグマゴクか」
『ゴオオオオォォォォォォ──ッ!』
大地を引き裂き、アーシアが立っていられないほどの振動を起こしながら現れた巨大な人形。材質はぱっと見では分からないが、岩の様な無機質な物質である事は分かる。
それが、雄叫びをあげながら現れたのだ。全員の眼が丸くなるのも仕方ないと言うものだろう。
「私達のチームのパワーキャラで、ゴグマゴクのゴッくんです」
次元の狭間に打ち捨てられていた過去の遺物。古の神が量産した破壊兵器だが、何らかの理由により破棄され、全機が機能停止状態となっていた。
だが、事実として目の前でゴグマゴクというゴーレムが動いている。
(……そう言えば、昔オーフィスが言ってたな。動きそうなゴグマゴクを次元の狭間で見たって)
大分昔の事なので覚えていなかったが、ヴァーリはそれを探して次元の狭間をうろついていたらしい。無論グレートレッドの事もあるのだろうが、戦力強化に努めていたのは確かだろう。
ヴァーリチームもまた、着々と力を付けてきている。いずれ『禍の団』内部でも英雄派と二分する勢力になり得るだろうが、現時点では少数故にそこまでは至らず。
魔術派とて、戦闘員が二人しかいないにも関わらず『禍の団』内部でも高い地位を持っているし、この二人だけで一つの勢力として認めてもいい位だ。今はまとまっているが、いずれどこかからほころびが生まれる可能性は否めない。
まぁ、少なくともヴァーリと一誠の目的は重なっているので、それが達成されるまでは手を組む事になるのだろうが。
「──っと」
考え事をしている間に近づいて来たゴグマゴク。それは巨大な拳を振り上げ、曹操を潰さんと振り下ろした。
唯それだけ。だと言うのに、ゴグマゴクの一撃は渡月橋を粉砕してしまう程の威力を秘めていた。巨体故の質量と力が成せる技だろう。
曹操は笑いながら言う。
「ハハハ! ヴァーリはお冠か! どうやら監視していたのがばれたようだ!」
そう言いつつも槍を向け、それを
切っ先の伸びた槍はゴグマゴクの肩へと当たり、その巨体の体勢を崩して倒れさせる。見た目通りの凄まじい重量なのか、転んだ瞬間に地面が揺れるほどの衝撃が走った。
それを隙と見たのか、ロスヴァイセが北欧式の魔法を追撃する様に放つ。
「喰らえええぇぇぇぇぇぇぇ!!」
今まで防御に回っていた分の鬱憤を晴らすかのように、ロスヴァイセは多量の魔力を以て魔法を放った。それは驚くほどの魔法陣の数で、多種多様な属性が混じり、一つ一つが高威力を保って雨のように降り注ぐ。
まともに食らえば致命傷は免れない。が、ここにいるのは曲がりなりにも英雄の子孫と『神の右席』を目指す魔術師。この程度の攻撃では倒れはしない。
「──目障りだな、お前」
刹那。閃光が迸ったかと思えば、ロスヴァイセが数百メートル後方へと弾き飛ばされていた。
指向性を以て制御した聖なる右の一撃。唯のヴァルキリーであったならばともかく、現在は悪魔。肉体には酷いダメージが残る事だろう。
とはいっても、一誠とて手加減しなかったわけではない。周囲を巻き込まない程度には威力を抑え、ピンポイントでロスヴァイセを狙う必要があった為、アーシアの神器を使えば回復できる程度の怪我だろう。
だからと言って、今から治し始めても時間がかかる事は確実だが。
「退くよ、フィアンマ。大体の目的は果たせた。後は──アザゼル総督! 我々は今夜、この京都の地で九尾の御大将を使い、二条城にて一つ大きな実験をする! 是非とも制止するために我々の祭りに参加してくれ!」
「ついでにその時九尾の娘も返してやるよ」
どうせなんに使えると言う訳でも無い、居るだけ邪魔な存在だ。今すぐ返してもいいが、餌として使うならそれでいい。
どの道、此処まで来た以上、曹操を止める術が無いと認識せざるを得ないのだから。
直後、世界が霧に包まれて──
●
一拍あけて目を開くと、そこは渡月橋だった。
霧も無く、辺りは観光客で埋め尽くされている。壊れた渡月橋も直っており、現実世界に戻って来たのだと認識出来た。
位置は霧に包まれた時と変わらず、イリナが傍にいた。少し周りを探れば、木場やゼノヴィアといった面々が険しい顔をしているのが見て取れる。アザゼルも悔しげに電柱を殴っており、こちらを見つけるや否や睨みつけてくる。
そして、一つだけ思う一誠。
──どうせなら、俺も一緒に連れて行けよ。
慣れているとはいえ、四面楚歌な状態で残された一誠だった。
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夜。食事を取った後、詰問される前に姿を消して移動する。場所はゲオルクの作った異界の二条城。
既にプリシラや曹操達は準備を整えている様で、軽く準備運動をしていた。
これから行う実験の為に、ゲオルクやジークフリート、ジャンヌにヘラクレスも居た。
英雄派の幹部が勢ぞろいし、部下たちに指示を出している。全員が『禁手』まで至った者たちであり、来るであろうグレモリー眷属への牽制とするつもりらしい。
一誠が来た事に気付いたプリシラが歩み寄り、状況を報告する。
「九尾の状態は安定しています。ゲオルク曰く、『何時でもやれる』そうです。我々はどうしますか? それと、九尾の娘も」
「九尾の娘は事が終わってからでいいだろう。九尾を使ってグレートレッドを呼び寄せようとしてるんだ、いても邪魔にしかならない。──それと、お前は今回別行動だ」
「と、言いますと」
「お前は外にいる聖人──イヴァンの相手をして来い。流石に相手側に聖人が居ても邪魔にしかならない」
戦力という意味でも、魔術に精通しているという意味でも。傭兵崩れのゴロツキとはいえ、実力は聖人の名に恥じぬものを持っている。英雄派の幹部クラスと正面から戦えるだけの実力を持つであろうイヴァンは、今後計画の邪魔になる可能性が高い。
魔王や神は、聖槍を持つ曹操がいる以上出張ってくる可能性は低い。出てくるとするなら上級の者たちまでだろうが、アザゼルと同クラスの実力者であるイヴァンは面倒なことに唯の傭兵だ。
何時でも切り捨てられる手駒。アザゼルがそう扱っていないにせよ、『禍の団』側としては無視出来ない損失をさせられている。
潰せる時に潰す。今回出張って来ているのは間違いない筈で、今回はいい機会だと一誠は判断した。
「了解しました」
一誠の言葉に、プリシラは疑問を挟む事無く答える。
油断こそしないが、『知恵の実』をある程度排除している今のプリシラならば、イヴァンを相手取っても勝つ事は難しくない。それを理解してか、直ぐにこの異空間から出て動きだした。
「フィアンマ」
プリシラを見送ると、横から一人の少女が話しかけてくる。金髪の美しい少女だ。腰には細剣──いわゆるレイピアを差しており、笑顔を見せている。
「何か用か、ジャンヌ」
「つれないなー。私のことそんなに嫌い?」
「別に嫌いじゃないさ。話をもう少し短くしてくれるなら」
「好きな人とはずっと話してたいって思うものよ? 話くらい付き合ってくれてもいいじゃない」
「俺は忙しいんだ。長話していられるほど暇じゃ無い」
にやにやと笑いながら見ているその他英雄派の幹部達を後目に、一誠は霊装を取り出す。現在の魔法陣だけでも十分だろうが、一誠は確実にグレートレッドを呼び寄せる為、更に術式を追加する。
ゲオルクの用意した多種多様な魔法。その陣の外側に、魔術で創られた幾つもの
「……本当は、ヴァーリとタンニーン、アザゼル辺りを呼び込めれば良かったんだが」
「ヴァーリ達を? どうして?」
「天龍である俺とヴァーリ、後は龍王であるタンニーンとアザゼルの持つファーブニルの魂があれば、グレートレッドを呼び寄せるかもしれないからな」
ジャンヌの疑問に対し、一誠はぶっきらぼうに答える。
だが、現状でも十分呼び寄せる事は可能だと考えている。グレートレッドがどれだけドライグの『匂い』につられるかは不明だが、グレートレッドを呼び寄せる為だけに大仰な準備をしたのだ。出来れば成功させたい。
「──さて、来たようだ」
曹操が視線を向けた先には、複数人の人影。グレモリー眷属の面々だ。ロスヴァイセには重い一撃を与えていた筈だが、どうやらアーシアの神器で回復しているらしい。
ほぼ無傷で現れた彼らを見て、曹操は素直に称賛の声を上げた。
「俺達の中でも中堅から下位の使い手とはいえ、禁手使いの刺客を倒したか……やはり脅威的だが、そうでなくては面白くない」
「奴らも来たんだ。実験を開始するぞ、曹操」
「分かっているさ。そう焦るなよ、フィアンマ」
敢えて役職名で呼ぶ曹操は、どこか楽しげな様子だった。いや、現にこの状況を楽しんでいるのだろう。
それを指摘する事無く、無言で杖を振って術式を発動させる。
「う……うぅぅ、うあああぁぁぁぁぁッ!」
九尾の姫──八坂が悲鳴を上げ始め、様子が激変していく。身体は光り輝き、その体躯は見る見るうちに巨大化していた。
オオオオオォォォォォン──!!
夜空へ咆哮を上げる金色の獣。フェンリルに近い大きさを持つ九尾が、その姿を現した。
しかし、操られている為か、その瞳は虚ろで何も映していない。
「さて、準備は整った。後はどれだけ上手くいくかだな」
京都はその存在自体が巨大なパワースポットとされる。龍脈に囲まれた大規模な術式発生装置。この都市を生んだ古き陰陽師たちが作り上げた、巨大な一つの「力」そのもの。
故に様々な存在を呼び寄せることにも繋がり、今回はそれを利用しようとしている。
この疑似空間は京都から極めて近く限り無く遠い次元に作り上げられており、気脈のパワーはこちらにも流れ込んでいる。そして、九尾は妖怪の中でも最高クラス──それこそ竜王と比肩し得る存在だ。
九尾と京都は密接な関係にある。だからこそ、此処で行うことに意味がある。
曹操がそう言った説明を行い、それを聞いていた木場達は曹操達の行動を止めようと臨戦態勢に入る。
ゼノヴィアが鞘ごとデュランダルの剣先を曹操へ向ける。──デュランダルの鞘がスライドし、変形した。
激しい音と共に大質量の聖なるオーラを纏ったデュランダル。エクスカリバーを用いて改良した新たな聖剣は、悪魔の手で人間へと向けられる。
(……聖剣が悪魔の手に在って人間に振るわれるって言うのも、なんだかな)
『何時の時代も戦争なんてそんなものだ。聖剣と呼ばれていても、使う人間次第では魔剣となんら変わらない』
ようは使い手がどんな存在か。道具に意味を与えるのは何時だって使用者なのだから。
十五メートル程度まで伸びた巨大な光の柱は、そのままの威力を保って一誠達へと振るわれる。見た目通り、相当な威力を以て。
だが、所詮は威力だけの単純な攻撃。一誠は元より、ゲオルクがいる以上はこんな攻撃で傷は負わない。
一誠は視線さえ向けずに、ゼノヴィアの放った聖なる波動を受け止める。聖なる右を発動すれば、この程度の攻撃は視界に入れる必要すらないのだ。
辺りに霧散した衝撃波はゲオルクの霧が防ぎ、辺り一帯が大きく削られる。
「やるなら手早くやれ。奴が来る時間なんてわからないんだからな」
「分かっているさ。彼らもテンションが上がっている様だし、やらせてやろう」
人数の関係上、戦うのはジーク、ヘラクレス、ジャンヌの三人だけだ。
対する敵は木場、ゼノヴィア、イリナ、アーシア、ロスヴァイセ、匙の六人。匙は八坂の相手、アーシアは後方支援と考えれば、戦える人数は自ずと減ってしまう。
ゲオルクは既に多種多様な魔法陣を発動させ、グレートレッドを誘き寄せる為の準備に入っていた。
同様に、一誠もまた霊装を使用して魔術を操っている。
「配置は良好。ヴリトラにドライグがいれば、多少は呼び易くもなるだろう……ヴァーリ位引っ張ってくれば良かったかな」
確率が上がるならそちらが良い。とはいえ、ヴァーリが大人しく言う事を聞くかと言えばそうでもない為、結局この状態に落ち着くのだ。
「レオナルドと他の団員は外でやりあってる頃だろう。堕天使の総督に魔王レヴィアタン。聖人は彼女に任せてあるとはいえ、セラフのメンバーが来ると言う情報もある。余り長々とやっている訳にもいかないな──ジャンヌ、ヘラクレス」
「はいはい」
「おう!」
ジャンヌは名残惜しそうに一誠から離れ、ヘラクレスは筋骨隆々とした巨体を軽く動かしながら前へと出る。
「英雄ジャンヌ・ダルクとヘラクレスの意志──魂を引き継いだ者たちだ。ジークフリート、お前は誰とやる?」
ジークフリートは迷うことなく木場とゼノヴィアに切っ先を向け、ジャンヌとヘラクレスはそれを見て軽く笑みを見せた。
「じゃ、私はあの天使の子かな。……フィアンマとの関係、詳しく聞かせて欲しいしね」
「俺はそっちの銀髪の姉ちゃんだな」
それぞれ視線を向ける二人。ジャンヌの視線が若干危ないような気もするが、曹操はそれを無視して槍を地面に突き刺す。
「俺は傍観か。九尾の姫はヴリトラ君がやるだろうし、あの子は戦闘向きじゃ無い」
そう言っている間に匙はヴリトラへと姿を変化させ、戦闘態勢を作り上げている。他の面々も準備は出来ている様で、それぞれ武器を構えていた。
「──それじゃ、小規模ながら戦争を始めよう」