第五十七話:英雄と悪魔
「『
匙の体が黒い炎に包まれ、あれよあれよという間に巨大な一匹の龍へと姿を変える。体の細長い、東洋タイプの龍だ。
黒い炎を九尾へとぶつけ、動きを阻害する呪いの力を存分に振るう。同時に九尾も大質量の炎を吐きだし、匙──ヴリトラの炎にぶつけていく。
九尾と戦闘を始めた匙から離れる様にして移動した木場達は、追ってくるジークフリートたちへと向き直り、剣を構える。
「これ位距離を取れば大丈夫、かな。僕としても邪魔が入るのはいただけないし、都合が良い」
ジークフリートが踏み出し、木場とゼノヴィア相手に斬り合いを始める。それを皮切りとして、ジャンヌとヘラクレスも動いた。
二刀を構えて木場とゼノヴィアの剣戟を防ぐジークフリートは、楽しそうに笑う。
「いいね、やはり実践というのは何物にも代え難い」
「だったら、これはサービスだッ!」
ゼノヴィアは新しくなったデュランダル──エクス・デュランダルの鞘の一部に手をかけ、ギミックとして搭載された部分からもう一本の剣を取り出す。
調子を上げて剣戟のスピードを上げるゼノヴィア。それに合わせる様に、木場もまた速度を上げて行く。
「面白い。だったら、これはこちらからのサービスだ!」
大振りで剣を振るい、二人と距離を取ったジークフリートは、微笑みを絶やさずに威圧感だけを倍増させる。
「──
ズヌッ! ──と、奇妙な音を立てつつ、ジークフリートの背中から銀色の腕が三本生えてきた。
元から出現させていた第三の腕を含めれば──その数、六本。
ジークフリートは腰に帯刀してあった三本の剣を抜き、六本の腕で構える。
「これは魔剣のディルヴィングとダイスレイヴ。それと悪魔対策の光の剣──これが、僕の禁手『
六本の腕で六本の剣を操るジークフリートは、かかってこいとばかりに視線を送る。
木場とゼノヴィアは禁手の姿に驚かされたものの、戦意は衰えていない。木場は聖魔剣を、ゼノヴィアはエクス・デュランダルとギミックの二本を持ってジークフリートへと斬りかかった。
如何に二人がかりといえど、木場とゼノヴィアが両手に持った剣の数は四。元から優勢だったジークフリートが数的有利に立った以上、負ける道理は存在しない。
どれほど強力な斬撃だろうと、六倍の膂力となったジークフリートは難無く防いでしまう。
「くっ……これで、更に魔術まであると言うのか……ッ!」
「ハハハ。残念だけど、僕の魔術は攻撃用じゃない。まぁ、無い訳じゃないけど、殆ど必要無いからね」
ギィン──! とエクス・デュランダルを弾き返し、笑うジークフリート。
笑って話しながら戦えると言う余裕。それだけで一つの挑発行為にも近いが、木場とゼノヴィアはギリギリで戦えていた。傷を与えることこそできないが、攻撃を受けずに避ける事なら、まだ可能だ。
一誠が人間でありながら人間を超越したような動きを見せることなどから、向上心が奮起されたことが大きいだろう。
この場における二人の実力は、既に正史よりも高い。
●
一方、イリナとジャンヌもまた闘っていた。
光の槍を投擲しても全く当たらず、これでは埒が明かないと光の剣を振るい、ジャンヌも細剣を持って斬り結んでいた。
上段からの振り下ろし、横薙ぎ、刺突からの薙ぎ払い。イリナの攻撃を一つ一つ視認しながら、ジャンヌは冷静に分析していく。
「……ねぇ、天使ちゃん。紫藤イリナだったっけ、貴女の名前」
「……だったら、何?」
少し距離を取り、ジャンヌは話しかけてイリナの足を止める。ジャンヌ自身も敵意が薄れており、このまま攻撃しようと言う意志は感じられない。
「フィアンマ──一誠とどういう関係なのか、教えて欲しいなー、って思ってね」
「イッセー君との、関係?」
そう、と頷くジャンヌに対して、イリナは眉を潜めて不思議そうな顔をしている。
ジャンヌと一誠の関係を知らないイリナからすれば、そもそもイリナの名をジャンヌが知っていること自体が不思議で仕方が無い。まぁ、一誠が敵側にいる以上は情報が渡っていても何らおかしくは無いのだが。
「私が彼の事を知ったのって、本当に最近なんだよね。だから、それなりにつき合いがあるっていう貴女から色々ききたいなー、って思ってたの」
ジャンヌはそう言うが、イリナとしては困った表情で返す事しか出来ない。
何せ、イリナも一誠と会ったのはほんの数か月前──聖剣エクスカリバー関係の時だ。それ以前、バチカンに引っ越してからの十年程度は直接会っていない為、幼馴染と言っても余り大したことは知らない。
それよりも、イリナが疑問に思う事が一つあった。
「……なんで、直接本人に聞かないの?」
そう言うと、ジャンヌはちょっと恥ずかしそうに頬を染めて言う。
「えっとね……まぁ、あれよ。直接聞くのって恥ずかしいじゃない、色々と」
というか、そもそも余り話す事もないし、と零す。
魔術派に属していればいざ知らず、ジャンヌは英雄派の人間だ。一誠と曹操は時たま情報交換などで顔を合わせることもあるにせよ、ジャンヌと一誠が会話を交わす事は殆ど無いと言って良い。
というより、一誠は『禍の団』の中でもヴァーリチーム、曹操、プリシラ以外の者とは余り話さない。魔術派の者へは会話では無く命令だし、他の派閥に属する者からは疎んずられている節があるからだ。
オーフィスの事をジャンヌは余り知らないものの、『禍の団』内で最も彼女に近しいのは一誠と言われている辺り、それなりに深い関係なのだろうと予想する事も可能だ。
「意外と乙女なのね。聖ジャンヌ・ダルクの魂を受け継いでるって言うから、もっとこう……凄い人を想像してたんだけど」
「性格まで受け継いでる訳じゃないもの。あくまでも受け継いだのは魂。ある程度感情はそっち寄りになってる部分もあるけど、ベースは『私』っていう一個人なのよ。……それよりも、私はイリナちゃんがここまでやる事の方が驚きだけどね」
「これでもミカエル様のエースなんだから! 舐めないで!」
「舐めてはいないわ。……でも、見れば見るほど不思議。貴女と私って、性格のタイプ的には似てると思うんだけど」
割と話が長くなりそうな所とか、普段のテンションが高い辺り。
「嫌われるようなことしたんじゃないの?」
「嫌われてる訳じゃないと思うんだけどね」
あしらわれているだけだし。
つらつらと述べるジャンヌに対し、イリナはどう返事したものかと困惑していた。遠目には六本腕のジークフリート相手に奮闘している木場とゼノヴィア、九尾と怪獣大決戦を繰り広げているヴリトラ、ヘラクレスの爆発ショーの餌食となりつつあるロスヴァイセが見えるが、どうにもここだけ戦闘が進まない。
まぁ、どこぞの兵書にも『敵を知り己を知れば百戦危うからず』などと書かれているので、情報を集めるのが悪いとは言わないが……どうにも、この情報が役立つとは思えなかった。
「んー……一誠が貴女の事を気に入ってるみたいだから、貴女と戦ってみたんだけど……なんて言うか、信仰心があって、天使だけど割と平凡って感じだよね、イリナちゃん。剣技にしても、どこか突出してるって訳でも無いし……スタイルは負けてる気がしないから、顔立ちとか雰囲気とか、そっち方面なのかな」
うーん、謎。と言いながら首を傾げるジャンヌ。
「でも──やっぱり、気に入られてるって言うのは嫉妬しちゃうかな。貴女が渡月橋でジーくんに見せた『光り輝く剣』……あれ、普通の光の剣とは一線を画す強さを感じたってジーくんがいうくらいだし、やっぱり一誠君の力を使ってる訳よね」
嫉妬しちゃうな。と、繰り返す。
ジークフリートは元々教会の戦士だ。光の剣は今でも使っているため、イリナが渡月橋で使った『光り輝く剣』との差異は直ぐに感じ取れた。
問題は、その力がどこから来ているかという事。
性質的には『
そして、この件は本質的には魔術に分類されるモノだ。天界にいるであろうミカエルが魔術を使えるとも思えず、ミカエルの『
故に、その力の出どころは兵藤一誠だと断定できた。
「神器を通じて力を流し込んでるのかな? でも、『
過ぎた力は身を滅ぼす。聖人でさえほんのわずかな力しか扱えないと言うのに、天使になったからと言ってイリナが一誠と同じように膨大な量の『天使の力』を振るえる訳じゃない。中には聖人では無いにもかかわらず、大天使一体丸ごとその身に収めることが出来る人間もいるにはいるのだろうが、少なくともイリナはそうではない。
神器を通して引かれたラインを元に、必要な力をイリナの身体を通じて剣として出力させているのだ。
だからこそ、この剣を使っている時のイリナは身体能力が跳ね上がる。それこそ、聖人に迫る勢いで。
とはいえ、負荷は少なからず身体に存在する。余り長時間使い過ぎると、身体の内側からぼろぼろになっていくだろう。聖人は生まれた時からその力の御し方を知っていると言うが、イリナは言わば『後天的な聖人』だ。力の御し方を知らない以上、放っておけば勝手に身を滅ぼして自爆する。
まぁ、ラインが繋がっている以上、一誠がある程度イリナの調子を把握できる可能性もあるにはあるが。
逆に、イリナが一誠の調子を知ることも可能かもしれない。
「……ロキと戦った時、感情も流れ込んでたみたいだし……曹操が言ってた
当時の状況を曹操たちと共に確認していたジャンヌは、思い出しながらそう言う。
一誠はロキ戦の際、フェンリルと共にホテル上空に取り残された事がある。フェンリルは異空間からロキのいる場所へと移動が可能だが、一誠は場所が分からない為に移動が出来なかった。
ソーナの眷属が一人やられた為、転移魔法陣が使用不可能になったのだ。その際──どうやって移動が出来たのか。
その理由は、イリナにあった。
「位置が……特定できる……?」
「そそ。まぁ、普段はともかくとして、その剣の力を使ってる時は一誠君と強く繋がってる訳だし、別段あり得ない事じゃないと思うけど」
言うなれば、インターネットに繋いでいるかどうか。オンラインとオフラインの違いとも言えるだろう。
GPSのような位置特定が可能だとすれば、今後剣の使用を控える必要が出てくるかもしれないし、逆に利用できる可能性もある。
「気付かなかったのかな? でも、私としては羨ましいとも思えるけどね」
力を与えるなんて事は、普通しないような男だ。
力を与えると言う事は、それだけ気に入られていると言う事の証左だ。
「だからって、手加減する気も起きないけど」
──禁手化。『
●
「お、あいつも派手にやりだしたか」
地面から現れた無数の聖剣が、一体の巨大な龍を作り上げる。
これこそ、ジャンヌの持つ神器『
ヘラクレスは笑いながら、ロスヴァイセの放つフルバースト魔法攻撃を受け止めつつ歩く。彼にとって、これは多少の怪我こそ負うものの、取り立てて騒ぐほどの事など無い威力だった。
「この程度かよ、戦乙女ってのは! ようやくの闘いだってのに、これじゃあ興醒めもいいとこだぜ!」
また一撃、ロスヴァイセの魔法を受けながらも、歩を止める事無くヘラクレスは歩き続ける。
全身に傷を負ってこそいるが、これは彼にとってかすり傷にも等しい。全力で放てば風景さえ変えてしまうロスヴァイセの攻撃を、涼しい顔で受けきった挙句「興醒め」などとのたまう。
それは、ロスヴァイセにとって攻撃の手段を封じられたことにも等しい。
ヘラクレスが拳を振るう度に爆発を起こし、ロスヴァイセを打ち破らんと動き続ける。が、流石に機動力はロスヴァイセの方が上ということもあり、未だダメージは受けずに済んでいた。
「俺の神器は『
ヘラクレスが叫ぶと同時に、腕、足、背中などから突起物のようなものが出現する。それはありていに言ってミサイルの様で──使い道など、容易に見て取れた。
「これが俺の禁手化! 『
照準をロスヴァイセへと合わせ、射出の体勢を取る。
それを不味いと取ったロスヴァイセは、他の面々を巻き込まない為に一際遠くへと移動を始める。
「このままでは、不味い……ッ!」
「ハハハッ! いい女だぜ! 仲間が巻き込まれない様にってかァ! 良いぜ、乗ってやるよォ!!」
ヘラクレスは楽しそうに笑い、照準を合わせたままロスヴァイセへとそれを撃ち出す。
ロスヴァイセは咄嗟に振り向き、防御の陣を全体に張って防ごうとするも──凄まじい爆音とともに、ロスヴァイセは地上へと突き落とされた。
どうにか体勢を立て直して地面に降り立ったものの、強力無比な攻撃を受けたことで全身はボロボロ。見かねたアーシアが回復させるも、視線はヘラクレスから外す事は無い。
『戦車』となって上昇した攻撃力は通じず、上昇した防御力は簡単に貫かれる。悪い夢だとでも思いたいほどだが──相手は英雄。何を起こしても不思議ではないのだ。
「よぉーッし! まだ生きてんな? だった、第二射いくぜェェェェェッ!!」
再度出現したミサイルを見ながら、ロスヴァイセはどうにか倒せないかと算段を立て始める。
●
「皆派手にやってるねぇ。出番が無くて、暇で死にそうだよ」
「グレートレッド相手に好きなだけ闘わせてやる。今は黙って待っていろ」
欠伸混じりに呟く曹操に対し、一誠は特に表情を変えるでもなく答えた。
状況は優勢。とは言っても、一誠にとって英雄派とグレモリー眷属の戦闘など興味を引くものでは無い。イリナはともかくとして、それ以外の面々が死んでも大した感情は出てこないだろう。
雑魚相手に遊ぶ趣味も無い。目的は唯一つ。
「さて……そろそろだとは思うが」
勝負も徐々に決着がつきつつある。木場とゼノヴィアは既にジークフリートによって倒され、血塗れになっているし、イリナとジャンヌは未だ戦闘中だが、ロスヴァイセは既に倒れ伏せて動かなくなっている。
イリナも劣勢であり、ジャンヌに負けるのもそう遅くは無い。
「ま、今回はこんなものかな。彼らの今後の成長に期待だね」
ヴリトラも九尾相手に苦戦しており、このままでは負けてしまうだろう。そうなれば──悪魔勢の敗北。英雄派が踏み出す一歩目としては、上々だと言える。
もっとも、英雄派にしても目的はそんな事では無いのだが。
血塗れの木場達を連れて戻ってきたジークフリートたち。木場達はアーシアの近くまで運ばれ、彼女が治療している。怪我が治った所で脅威ではないと判断したのだろう。
余興も終わり、後どれくらいかと思っていれば──バヂッ!! という、一際大きな空間を裂く音が聞こえた。
「──ゲオルクッ!」
「分かっている! これは──グレートレッドだ!」
空間を引き裂く音と共に、巨大な穴が広がりつつあった。
「ゲオルク、すぐに『
曹操が楽しげにいい、空間の裂け目の奥に現れた真龍を見る。
紅い鱗、強大な存在感、圧倒的な力の波動を放ち、魔法と魔術によって誘き寄せられた『真なる赤龍神帝』が──その全貌を現す。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOO──ッ!!!」
「あれは──不味いッ!」
口元に集められた膨大な魔力。凄まじい速度で膨張していく球体を見ながら、一誠は直ぐ様声をかけた。
「全員、禁手化であれを防ぐ体制をとれ! 死ぬぞ!!」
直後、その暴虐の塊が一誠達へと放たれた。