第六十三話:聖人殺し
ゲオルクの創りだした結界の内部。
レストランの内装が全く同じ様に創られており、先の違和感を除けば転移したなどとは到底思えない。
しかし、既にアザゼル達は一度『絶霧』による転移を喰らったことがある。それゆえに、これが『絶霧』──英雄派のゲオルクの者であると判断できた。
そして今まさに、曹操とゲオルグの二人を前に武器を構えていた。
オーフィスの護衛として着いて来た黒歌とルフェイも構えており、ルフェイの影から出てきたフェンリルは牙を見せて威嚇している。
ヴァーリは美猴と共に英雄派の別働隊と闘っている途中であり、こちらには来れないと曹操は言う。
戦闘にはいるかと思われた直前、曹操は手を叩いてグレモリーを称賛する。
「闘う前に、まずは君たちへ賛辞を送ろう。サイラオーグ・バアル戦、素晴らしかったよ」
「負けた私達に対しての皮肉かしら、曹操」
「いやいや、そんな事は無い。姫島朱乃の雷速移動やブレードのように使うことでの斬撃、手足の如く精密に操る雷光も素晴らしかった。木場祐斗の聖魔剣もさることながら、新たな禁手として生み出した『
「……テロリストに褒められても嬉しくは無いわね」
長々と話し出す曹操に若干退く一同だが、それだけグレモリー眷属は脅威に見られていると言う事。
実力は既に英雄派に追いつきつつある。ぼやぼやしていれば、何時か牙を向かれる日が来るだろう。
「まぁ、それを倒しきったバアル眷属も十分恐ろしいけど」
それだけ言って、曹操は一歩前へと出る。視線はオーフィスの方を向いており、目的が彼女である事を窺わせる。
ヴァーリが小賢しい真似をした所為で見つけるのが遅れてしまった。しかし、曹操達にとってこの機会は他にない好機。逃すわけにもいかず、こうして出て来たのだ。
事の発端は曹操達を訝しんだ一誠によるもの。オーフィスを付け狙う者が居るというヴァーリの情報も相まって、一時的に場所を移す事を検討。グレモリー眷属に白羽の矢が立ち、移動させる事と成った。
しかし、ヴァーリの行動を読んだ曹操はオーフィスに化けた美猴と行動するヴァーリへ別動隊を、オーフィスが居るかもしれないグレモリー眷属へ曹操とゲオルクが出張ってきたという訳だ。
アザゼルは曹操を見据えつつ、一誠の事について問いただす。
「それで……兵藤一誠は神に会ってきたのか?」
「いや……兵藤一誠は既に特殊な結界に隔離済みだ。時を止める神器持ちの構成員を使って、最大限奴の動きを止めている。彼に動かれることが一番面倒だからね。──それに、神に会いに行くと言うのは俺も初耳だな」
ヴァーリが知っていた辺り、別に隠している訳ではないと踏んでいたアザゼルだが、此処に来て予想が外れた。
やはり、英雄派が敵だと認識していたと言う事だろう。ならば、それなりに対処法を用意している筈だが──と、そこまで考えた刹那。
曹操は聖槍を構え、先端を開いて光の槍を出現させる。余りの高濃度の光ゆえに、悪魔が浴びればタダでは済まないレベルの力だ。
それを迷うことなくオーフィスへと突き刺し、更に莫大な光を発生させる。
「ちょ、これは不味いにゃ! ルフェイ!」
「はい!」
慌てた黒歌とルフェイが魔法を発動させ、高濃度の黒い霧で全員を守る。
直に浴びた上、槍に貫かれたオーフィスは──痛みに呻くでも無く、平然としていた。
ダメージが無い。力ある神仏でも、聖槍が弱点と成るなら力の半分を削ぐことが出来る力だと言うのに、だ。
常軌を逸した無限の体現者。その力を、曹操は改めて恐ろしいと感じる。
最強の神滅具でもて傷を負わせる事すら厳しい。ダメージは確かに通っているとはいえ、大きすぎる総量の前には削った量など微々たるもの。気にすらしないレベルだ。
反撃をしないのも、何時でも殺せるからというとんでもない理由からに過ぎない。オーフィスにとって、今の曹操は脅威に値しないのだ。
「……やっぱり駄目か。さて、そうなるとどうしようか」
一旦離れて様子を窺う。その間に、黒歌が動いた。
「にゃはは、余興をやってくれてる間に繋がったにゃん。──いくよ、ルフェイ。そろそろあいつを呼んでやらにゃー駄目っしょ」
展開された魔法陣の中心にはフェンリルが立っており、輝きが一層増すと同時に誰かと入れ替わる。
そこにいたのは
プリシラは聖人として魔術を扱う術に長けているが、だからと言って魔法を扱えない訳ではない。一誠が魔術を教える代わりに、ゲオルクが魔法を教える。そう言うギブアンドテイクの関係を結んでいた為、魔術派にも魔法を使えるものが多数存在する。
その中でも、やはりプリシラは有数の使い手だ。
「──こちら側に来ましたか、曹操」
「これは……チッ。フィアンマめ、厄介な奴を自由に動かせたものだ」
怒気をはらんだプリシラの声に、思わず舌打ちをしてしまう曹操。如何に聖槍を持つとはいえ、聖人は英雄とタメを張るほどの運動能力を備え、英雄には無い魔術の多彩な才能がある。
曹操が警戒するのもむべなるかな、である。
「ご苦労だった、黒歌、ルフェイ。──面と向かって会うのは久しぶりか、曹操」
「ヴァーリ……驚きの召喚だ。驚き過ぎて開いた口がふさがらないね、まったく」
フェンリルとの入れ替わりによる転移魔法で、ヴァーリとフェンリルの位置を入れ替えたらしい。本来はフェンリルとヴァーリだけを入れ替える魔法だが、プリシラがヴァーリの傍にいて、尚且つ魔法陣に干渉したことで同時に転移が出来たらしい。
失敗していれば次元の狭間の何処かに落とされていただろうが、それを心配するほどプリシラの腕はヘボではない。
「さて、そろそろお前との決着をつけようか。しかし、ゲオルクだけとは剛胆な英雄だな」
「いやいや、俺達だけで十分と判断したまでさ」
「強気なものだな、曹操。例の『
ヴァーリの言葉に対して、曹操はただ首を横に振って否定の意を示す。
「違うな。違うんだよ、ヴァーリ。『龍喰者』と言うのは、現存する存在に俺達が付けたコードネームに過ぎない。創ったのではなく、創られていた存在だ──かつて『聖書に記されし神』が、あれを」
「曹操、いいのか?」
「今使わずに何時使う。赤龍帝が居ないが、『右腕』があるあいつにはどうせ効かない。白龍皇に龍神がいるこの機を逃すわけにはいかないだろう──さぁ、開けよう、地獄の釜の蓋を」
「了解だ──無限を食う時が、遂に来たか」
口の端を吊り上げたゲオルクが、広いロビー全体に巨大な魔法陣を展開させた。
ホテルを揺らすほどの巨大な衝撃。余りに禍々しく、触れてはならないタブーを連想させる悪意の塊が、魔法陣の内部から発生していく。
その悪意はただ龍にのみ向けられ、その存在を許さないとばかりに圧力をかける。
そうして現れたのは、十字架に張り付けられた何者か。磔刑に処された罪人を連想するその姿は、余りにも歪でおぞましい。
体を強烈に締め上げる拘束具。それが体中至る所に付けられており、更には特殊な文字が拘束具自体に浮かんでいた。目にも拘束具が付けられ、その間からは血涙がとめどなく溢れている。
下半身は鱗があり、蛇のように細長い。上半身には堕天使のように黒い羽があり、それも無数の大きな釘が刺されている。
『オオオオオオオオオオォォォォォォォォ……』
奇妙な姿をしたそれは、この世のあらゆる悪意を詰め込んだような、低く、おどろおどろしい声を上げた。
見ているだけで、誰かの憎悪を存分にぶつけられた存在だと分かる。
アザゼルはそれを見て、顔をひきつらせながら声を出した。
「……こ、こいつは……なんてものを……。コキュートスの封印を解いたのか……ッ!」
──曰く、『神の毒』
──曰く、『神の悪意』
今は亡き聖書の神が唯一呪った、最凶最悪の存在。『龍喰者』サマエル。
エデンにいたアダムとイブを唆し、知恵の実を食べさせてしまった禁忌の龍であり、蛇とドラゴンに対する神の呪いを一身に受けた天使でもある。
その猛毒はドラゴンを滅ぼしかねないとされる上、ドラゴン以外にも影響を与えた為に、コキュートスの最下層に永久封印を施された筈の存在だ。
存在自体が龍殺し。これ以上無い程の呪いを持った、最悪の龍殺しこそがサマエル。
その存在に対し、アザゼルは呟く。
「冥界の下層──冥府を司るオリュンポスの神ハーデスは何を考えてやがる……? まさか──ッ!」
「思った通りで正解だと思うよ。俺達はハーデス殿と交渉してね。何重もの制限を設けた上で彼の召喚を許可してもらった」
「野郎──ッ! ゼウスが各勢力との協力に意欲的だって事が、そんなに気に喰わなかったのか!」
曹操の言葉に、アザゼルが吐き捨てる。それだけ衝撃的なのだろう。
これは各勢力においても、重大な規約違反──協定を取り消す結果になってもおかしくは無い。
恐らくは、それこそがハーデスの目的であろうとアザゼルは検討をつけていた。
「ま、そんな訳だ。幾らヴァーリやオーフィスが居ても、ドラゴンである限りはこの呪いから逃れられない……例外は何処にでもいるものだけどね」
「兵藤一誠、だな」
「そう。魔術は基本的に神話などを元にして作られると言うのは知っての通りだが……兵藤一誠の『聖なる右』は不味い」
かつて、どんな邪法だろうが悪法だろうが問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、 千年の安息を保障した右方の力。
一説ではサマエルは魔王ルシファーと同一視されており、それを滅ぼしたミカエルの力は正に天敵と言える。
ドラゴンでありながら、サマエルの天敵。神の毒に唯一対抗できる存在こそが兵藤一誠なのだ。
しかし、この場に一誠は居ない。
「居ないからこそ、この場を狙って来たんだよ」
「てめえら……何が目的だ!? ドラゴンを絶滅させる気か!? ──いや、まさか……ッ!」
アザゼルの言葉に口の端を吊りあげながら、曹操は告げる。
「──喰らえ」
瞬間、何かがアザゼル達の横を通り過ぎ、何かを飲み込む奇妙な音がした。
すぐさまそちらへと視線を向ければ、オーフィスが居たであろう場所に黒い塊が生まれていた。大きさは人が丸々飲み込まれたような大きさで、黒い塊はサマエルの口元から伸びている。
サマエルがオーフィスを飲み込んだのだ。
それを不味いと受け取ったリアスは、木場へと命令して聖魔剣で斬らせようとする。
しかし、振るわれた聖魔剣は黒い塊に触れた部分の刃が消失しており、刀身のほとんどが無くなっている。
「これは……触れた部分を消滅させるのか?」
『
ヴァーリの背中から発生した光翼が光を増し、神器から発生した音と共に周りのものが半分になっていく。
しかし、サマエルにはその能力も通用していない。
リアスや朱乃が消滅魔力と雷光をぶつけるも、それすら意味を成さない。頑強なのか、それとも特殊な力を持っているのか。
黒い塊からサマエルへと、何かを吸い上げる様に脈動しているのが見て取れる。そもそもオーフィスが脱出出来ない時点で危険度は推して測るべしである。
万事休すかと思われたが──曹操が驚愕の表情をすると同時に、イリナがその刃を振るう。
そう──一誠とパスを繋ぎ、『聖なる右』の僅かな力を受けて『光り輝く剣』へと昇華した、その刃を。
「やあああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
本来の力ならばいざ知らず、イリナのそれは末端に過ぎない。しかしそれでも、確かにサマエルの力に対して効果を発揮する。
刃に触れた部分からゆっくりと黒い塊が焼けていき、内部へと食い込んでいく。
「何ッ!?」
アザゼルが驚きの声を上げるが、イリナの剣の事を知っている曹操とゲオルクは不味いと即座に動く。
しかし、動こうとした矢先にデュランダルの波動が襲いかかる。
「行かせんぞ、曹操」
「また君は……。いや、君に構っている暇は無い。ハーデスからは一度しか使用許可が下りていないんだ。ここで決めないと俺達の計画は頓挫する」
デュランダルの波動を難無く防いだ曹操はそれだけ告げ、イリナの方へと走り出す。
力の一部と言う事が幸いしたのか、未だ僅かに切れ込みを入れているに過ぎない。本物なら一息で斬り裂けるだろうが、それが出来るほどの力はイリナには無い。
「ゲオルク、制御を頼むぞ! 俺はこいつらの相手をする!」
「一人でこれだけの面子を相手に出来ると思ってるのか?」
「やって見せるさ。そうでなければ、この槍を持つ資格は無い──禁手化!」
光り輝く輪後光が曹操の背後に現れ、曹操を囲むようにボウリングの球ほどの大きさの七つの球体が宙に浮かぶ。
ひどく静かな禁手化だ。槍も基本的には形が変わらず、変化したのは主にその周りで、曹操を中心として動く球体が浮かぶだけ。
「これが俺の『黄昏の聖槍』の禁手、『
本来の聖槍の禁手とは違う、亜種の禁手。
球体は『七宝』と呼ばれ、それぞれに凶悪な力を持っている。ヴァーリでさえ、その能力は三つまでしか知らない。一誠に至っては直接見た事すらないのだ。
まごう事無く、人間の中でも最強クラス。
その男が、確かな殺意を持ってイリナを殺しにかかる。
「行かせるかッ!」
「七宝が一つ──
イリナのところへ行かせまいとゼノヴィアが立ち塞がるも、球体の一つを使ってエクス・デュランダルを破壊する。
更にはそれを形態変化させて槍にした後、ゼノヴィアの腹部を貫いた。これが見えないなら俺には勝てないと、曹操は横を抜ける。
「曹操ォォォォ!!」
「行かせない!!」
アザゼルと木場の同時攻撃に対応しつつ、視界にリアスと朱乃を入れる。
「伏せてください!」
朱乃が叫び、木場達が伏せると同時に、雷光によって形成されたブレードが朱乃の右手の動きに沿って曹操の体を引き裂きにかかる。
右手から伸びる五本のブレードは、一本一本が十メートル近い射程を誇る。幾ら曹操でもこれを防ぐ事は難しいと推測するが、それは甘いと言わざるを得なかった。
「──
高速で飛来する球体に対し、朱乃とリアスはそれぞれ対応しようとするが──
「弾けろッ!」
曹操の掛け声とともに球体が輝き、イリナを含めて三人の体を包み込む。それに包まれつつも、リアスと朱乃は迎撃しようと、イリナはサマエルの黒い塊を切り裂こうとするが──唐突に、イリナの光り輝く剣がかき消された。
同時に、リアスと朱乃の攻撃も発生しない。
相当な手練れ──即ち、プリシラのような聖人の事を言うのだ。
「疾ッ!!」
強烈な蹴りが曹操へと襲いかかり、咄嗟に槍を盾にして防いだ曹操は壁際まで弾き飛ばされる。
プリシラは警戒したまま視線をイリナの方へと移し、告げる。
「フィアンマ──兵藤一誠とのパスが繋がったままであれば、先程の剣は使える筈です。あれの力の総量は、曹操の聖槍でも抑えきれない」
それだけを言って、曹操を見るプリシラ。イリナは直ぐに、言われたとおりに自分の中の力を探す。
ロキ戦以来、コントロール出来るようになった光り輝く剣の力の出所。イリナと一誠を繋ぐ架け橋から、力が流れ込んできていた。
それを、手の中で形作るようにイメージする。より強大で、より強靭に。
形成された刃は先ほどよりも力強く輝き、イリナはそれを迷うことなく黒い塊へと振り下ろす。
「……やはり、聖人と言うのは面倒だね」
「貴方を信用するなと、出会った当初からフィアンマに言われ続けていますので」
「それはそれは……警戒しない方がおかしいと見るべきだったか。どちらにせよ、急がないと不味い」
曹操の禁手が得体の知れないものであった以上、プリシラは動く事が出来なかった。仮にも神滅具で最強を誇る神器だ。慎重になるのも頷ける。
何にせよ、危険度で言えばヴァーリやアザゼルにも比肩する。先に倒すに越した事は無い。
「だが、聖人の相手は骨が折れるな──ッ!」
高速で放たれた蹴りを寸での所で避け、聖槍を横薙ぎに振るって反撃する曹操。
しかし、プリシラはそれを難無く避けて水の魔術で多方向から攻める。逃げ道は無いに等しい。
「──
ただし、転移させるのが相手とは限らない。
曹操は自身の体をプリシラの背後へと移動させ、槍を構える。プリシラも当然それに気付いて対処し構えるも、曹操の不敵な笑みは消えない。
「対聖人用の魔術は用意してある。出来れば使う機会は無い方が良かったが、仕方が無い」
聖槍の輝きが増す。先端部分から更に光が漏れだし、曹操は槍を下段に構えて突撃の体勢を取る。
狙いは一つ──心臓だ。
聖人とは、『神の子』と似た身体的特徴を持つが故に、『偶像崇拝』によって『神の子』と同種の力を引き出す事が出来る存在だ。
ならば逆に、その『神の子』と似た身体的特徴のバランスを人為的に崩してやれば、聖人の力を一時的に封じることも可能となる。
唐突に力のバランスを失った聖人は、単純に力を失うばかりか、内部に残った力の制御すら誤って身動きが取れなくなる。
ましてや、曹操が使うのはまごう事無く本物の聖槍だ。その影響は計り知れない。
──本来、向けられただけで聖人としての力が揺らぎ始めるほどに、その影響は大きいのだ。
「行くぞ──聖人殺し!!」
ドバァ!! と聖槍が爆発する。
雷光のように弾けて一直線にプリシラへと向かい、放たれた鋭利な一撃はプリシラの胸の中心を確かに貫く。
青白い紫電がプリシラの背中で弾け、轟音と共に光が十字架の紋様を描き出す。
力のバランスが僅かに狂った事で動く事すらままならず、プリシラは避ける事さえ出来ずにその一撃を胸部へと受けたのだ。例え生きていても、聖槍に魔術的付加を与えた状態で貫いた。既に聖人としての力も、恐らくは神の右席としての力も失っている。
それ以前に──受けた時点でまず即死している。
──魔術派第二位、『後方』に座すガブリエルを司る聖人プリシラ、此処に死す。