第六十七話:神上
一誠とオーフィスがまず向かったのは英雄派のアジト。
慣れる事を目標に『魔獣創造』を使用し、雑魚の構成員から手早く倒していく。
幹部級は出ているらしく、アジトの中には禁手が使えるだけのただの構成員しかいない。それを妙に感じつつも、一誠とオーフィスは歩みを止める事無く進む。
一つ一つ部屋を調べるのも面倒なので、エルシャやベルザードと言った歴代赤龍帝の意思を人間の形をした魔獣に憑依させ、捜索を手伝わせる。
そして──見つけた。
「これか」
「この丸いの、我の力?」
「多分な。曹操が真っ先に向かった事といい、幹部が居ないくせに妙に構成員の数が多かったりする事といい。こいつで間違いないだろう」
巨大なフラスコの中で蠢く黒い球体。曹操はこれを使って新しいオーフィスを創りだそうとしていたのだろう。
傀儡にするにはオーフィスは不向きだが、龍の名の元に集まる力は無視出来ない。一誠やヴァーリも似たようなものなのだろうが。
まぁ、それは今考えることではない。
フラスコを壊し、内部から漏れ出る黒い力をオーフィスが吸い取る。吸い取ると言うより、かざした手に集まって行く。
「……どうだ?」
「我、力戻った。ちょっと減ったけど、問題無い」
サマエルに少なからず消された、と言う事だろうか。まぁ、それでも無限に戻ったのだから問題は無いだろう。
一誠としても、これで心置きなく行動に移す事が出来る。
「さて──それじゃ、手早く天界を落とすぞ」
●
天界がどんなところか、基本的に一誠は知らない。
行ったことも無ければ大した興味を引くものも無かったからだ。興味があったとしても、天界に忍び込んでまで見るようなものが無かった、と言うべきだろうか。
天界への入り口は一つで、門番として多様な獣──いわゆる神獣と呼ばれる存在が立ち塞がる。
もっとも、強さは上級天使に一歩及ばない程度がほとんどで、セラフに匹敵するほどの神獣は少なく、大半は天界の奥に封じられている。
一誠の姿を確認し、『禍の団』の魔術派であると判断した上で襲いかかる神獣を薙ぎ払い、光の槍を手に構えて襲いかかる天使を消し潰す。
『
今の状況は、一誠にとってかなり都合の良い状態と言えた。
まぁ、シャルバが冥界に転移させてから一日経っていないというのに、既に援軍として送っていると言うのは行動の速さを窺わせる。
優秀すぎるのが裏目に出た、ということかもしれない。
「……まぁ、どのみちやることは変わらないんだけど、と」
足を止める。
一誠の視線の先にいるのは二人──ミカエルとガブリエルだった。
二人とも笑みを消し、臨戦態勢で一誠を視認している。いや、どちらかと言えば、警戒しているのはオーフィスの方かもしれない。
「兵藤一誠君、ですね。三大勢力の和睦以来でしょうか」
「そうなりますかね、ミカエルさん」
侵攻しているとはいえ、十字教徒にとってミカエルやガブリエルは天上人にも近い。故に、テロリストであっても彼らには最低限の礼儀を尽くす。
敵対している以上は無駄にも近いが、それでもだ。
「何か用事でもあるのでしょうか? 天界に攻め込むなど、正気とは思えませんが」
「正気かどうかなんて、問う意味は無いでしょう。今、こうして相対している。それだけでこれから取る行動を予測するには十分な筈です」
「……では、大人しく投降するつもりは無いのですね?」
「イリナが『御使い』として仕えているミカエルさんを相手にするのは、少々心苦しいところですが……こちらとしても、退けない理由がある──何より、聖書の神の遺志ですからね」
その言葉を聞き、ミカエルが目を見開く。それほどまでに驚きが大きい。
──かつての主たる聖書の神。その遺志を、よりにもよってテロリストが語っているのだから。
それが嘘か真かはミカエルには判断できないし、一誠自身も信用して貰おうなどとは思っていない。本人が居ない以上、真偽を確かめる術など存在しないのだ。
故に、戦闘は必然。
「どうあっても、闘うしかありませんか」
ミカエルが呟くと同時に、巨大な光の槍が一誠へと向かう。天使長と呼ばれるだけの力を持つミカエルの、まごう事無き本気の一撃。
続くガブリエルも手を抜く事無く、相手を殲滅する勢いで雨のように光の槍を振らせる。
対し一誠は──右腕を振るだけ。
ゴバッ!!!! と、光が炸裂する。
「──残念だよ。イリナの主、キングである貴方とは、出来ればやりたくない所だったが……まぁ、これも運命って奴なのかね」
オーフィスを連れ、一誠は気負うことなく歩き始める。
辺りは今の閃光の直後に荒れ果てた荒野の如く変貌し、光り輝く世界足る天界は崩壊の一途を辿っている。
「イリナにも、恐らくはデュランダルを修復しに来ているだろうゼノヴィアにも、用は無い。──用があるのは、天界に存在する『システム』だよ」
倒れ伏したミカエルに語り聞かせるような口調で、一誠は告げた。
システム──聖書の神の作りあげたそれは、神器システムとは別物として存在している。
『システム』とは加護、慈悲、奇跡を司り、それをつつがなく行う為のものだ。神の奇跡の代理人。天使の反逆を感知して堕とすもの。悪魔祓い、十字架などの聖具に力を与える恩恵──それらは一括してシステムに管理されている。
無論、悪魔祓いにおいては天使が直に恩恵を与えることも可能だ。堕天使側についていた神父──例えば、フリード・ゼルセンが教会から追放された後も光の剣や銃を使えたのは、これが理由だ。
とはいえ、天使の数は限られる。聖書の神が居ない今、純粋な天使が増える事は無い。
だから『御使い』は生まれた。
しかし、聖書の神はそれを快く思わなかったのだろう。現状を否と断じた。
神の慈悲は平等だ。システムを作った当初は全人類を自分の信徒にしようと思っていたのかもしれない。システムの仕様を考えれば、それも十分にあり得ることだ。
だが、道半ばで倒れる事となる。倒れたことで信徒すら平等に慈悲を与えられなくなった神は、壊す事を決意した。
「愛するが故に、破壊する……か」
愛の形は人それぞれだが、間違っても聖書の神のやっている事は真似したく無いと思う一誠。
まぁ、今回に限って言えば、間違ってもいないのだろう。
そんな事を考えている内に、一つの扉の前へと辿りついた。
「……この扉は……」
「? イッセー、これに見覚えある?」
『……神器の最奥部、聖書の神が鎮座していた神器システムの中心部へと続く扉か。なるほど、紋様こそ微妙に違うが、確かに殆ど同じ様に見える』
ドライグがオーフィスに説明する様に言う。説明されても分からないのか、オーフィスは首を傾げながら一誠の方を見るだけだが。
一誠は扉に触れ、開けようとするも開かない。セラフが全員で入れないように鍵を閉めているのだろう。
「オーフィス、ちょっとこいつを殴ってくれ」
「分かった。えい」
掌を打ち付けるように叩き、扉が軋みつつ揺れる。相当頑丈に創られている様で、一撃では壊れなかった。オーフィスの殴り方にも問題がありそうな気がするが、それは置いておくとして。
聖書の神が「壊して欲しい」と言った以上、システムのある場所へ入る為の方法は存在する筈だが──と、一誠は神器システムの管理権限を発動させてみる。
すると、先程までの堅牢さは何処へ行ったのか、扉が砕けるように消えて行き、中への道が開かれる。
「……随分と凝ったやり方だな」
呆れつつ中に入ると、扉が自動的に現れ始めた。
奥へと向かい、その先で見たのは──巨大な白い球体を浮かべる台と、台の上に浮いている球体を囲むように存在する三本の金色の帯のようなものだ。
一目で分かる。これが『システム』だと。
聖書の神を信じる教徒たちへと、加護を、慈悲を、奇跡を与える為の機能を持ったAIのようなもの。セラフが協力して動いているだけの神の遺物。
それを、一振りで破壊する。
聖なる右が縦に振りおろした刃はシステムを切り裂き、破壊する。
「……取りあえず、聖書の神の用事は終わり、と」
後は自分の用事だけだ。それをやらなければ、オーフィスを連れてきた意味が無くなってしまう。
システムを置いてある部屋から出て、瓦礫の山となっている天界を見渡す。一部無事なところもあるが、大半がミカエルとガブリエルとの戦闘の際に発生した余波で粉々だ。
イリナたちが無事かどうか怪しい所である。
「まぁ、もう仲良くする事なんて無理だろうけど、な」
『此処までやったんだ。もう後戻りは出来んさ。先に向かって進むだけだろう』
「分かってるよ。分かってるさ……もう、戻るつもりもない」
力を得る代わりに、それ以外を捨てる。
龍は人を惹きつけるというが、一誠は誰かを惹きつけた事などあったのか、疑問に思ってしまう。呼び寄せたのは英雄派やヴァーリ、オーフィスと言った災厄の類だけだ。
かつて後ろにいてくれた部下はもういない。
かつて隣にいた友人は既に敵となった。
両親こそ生きているが、現状を鑑みれば会う事は叶わないだろう。
最早、一誠に残っているのは隣にいるオーフィスと神器として一誠と共にあるドライグ。そして歴代の赤龍帝の意識しかない。
神器システムの扱いにもそこそこ慣れた。これなら、本物に近い力を使うことが可能だろう。
──これで、一誠の目標が達成できる。
●
「アクセス──神器システム」
『絶霧』による結界空間を作り出し、星空を操作して天体の条件を整える。最早一つの世界を創造するに等しい絶技だ。一誠もこればかりは疲弊を隠せない。
正しい力を振るう為に、正しい位置に。目に見えない別位相に存在する『
地面にも複雑怪奇な術式を描き、地脈を操って理想通りの術式を組み上げた。
そして、右腕の力を受け止める為の素体となるのは──無限の体現者、オーフィスに他ならない。
「オーフィス、お前の肉体を一部貰うことになる」
「それでグレートレッドが倒せるのなら、構わない」
無表情で頷くオーフィスに対し、一誠は聖なる右を振るってオーフィスの右腕を切り飛ばす。それと同時にその右腕を聖なる右で掴み、力を分解して素体として利用する。
切り飛ばされた当人は平然としており、切られた直後に右腕を再生していた。
(──ッ! 流石に、無限の体現者は桁が違うな……)
体の内側で放出されずに燻っていた力が、聖なる右を通して炸裂する。
それは膨らんだ風船に穴をあけたような、力の出口が出来たことによる暴発。ベクトルを集束して空へ向けているが、その衝撃波は辺り一帯に吹き荒んでいた。
世界を救えるほどの力が、次第に収まって行き──同時に、聖なる右までもが消失していく。
かの世界の持ち主とは目指す方向性が違う。この力の使い方が違うのだ。
世界を救う為に振るう訳じゃない。
世界の悪意に対して振るう訳じゃない。
ただ、一誠が望むままに変化する莫大な力そのものを振るう為の肉体。そして、莫大な力を使う為の術式。
聖なる右は確かに優秀だ。相手に合わせて全ての要素を自動的に割り振り、絶対の勝利をもたらす。そこには僅かな狂いも無い。
一誠は知っている。かつてこの右腕が敗れた事を。特異なる右手の力に敗れた事を。
それが存在しているかどうかは分からない。『魔術』がある以上、この世界の基点となるべき『
もしかしたら、もっと凶悪な形で出現しているかもしれない。そうなれば、一誠は負けてしまう可能性を僅かにでも孕んでいる事となる。
魔神に至りつつもある現状、力の総量で言えばオーフィスに次ぐ力があると思っている。そして、それを削れるだけの力があるとも。
ならば、どんな状態にでも対応できるように、術式を組み替えることだっておかしい訳じゃない。
既存の神格を超えた存在──神上。
無限の可能性を内包した存在──魔神。
どちらか片方にでも至ってしまえば、あとはどうにでもなる。
(これは元々、俺の中に存在する力を発揮する為の一時的なアダプタに過ぎない。素体となるオーフィスの血肉を使い、俺自身の体を
「La Persona superiore a Dio」
一誠の言葉に反応するように、夜空に瞬く星が光を帯びる。
赤、青、緑、黄。明らかにこの世界のものとは違う、人為的に配置された夜空の闇が、ぱっくりと開いていく。
方々から亀裂が生まれ、そこから漏れ出るのは──黄金の光。
ゆっくりと空が黄金に染まって行く。それは、まさしく聖書の神を表した『完全』を示す色。神々が座すに相応しい神聖なる天上の世界から漏れ出る光だ。
その正体は正に『天使の力』。
実際、天使や神と言う存在は赤外線や紫外線のような『目に見えない』位相の向こう側にいる訳だが……本質的にはそれに似ていると言えた。
(天は染まった)
擬似的な世界の創造にも近い絶技をやってのけた為に、疲労はあった。しかし、今はそれを超える高揚感が身を包んでいる。
至った。
成った。
『神上』と称される存在へと。
目的を達成するための力は手に入れた。ならば、後はプリシラの遺志とオーフィスの願いを叶えるのみ。
一つの神話の中心とまで称されるほどの力を振るいに、一誠は動く。
「さぁて、まずは悪魔、堕天使にハーデスか。手早く潰して先へ進むとしよう」