第六十八話:終わりへと近付く世界
中級試験から二日後。
冥界は大混乱に陥り、各都市を襲うアンチモンスターを迎撃する為に動いていた。
シャルバが外法によって創りだした『魔獣創造』のアンチモンスターは全部で十三体。魔力駆動の飛行船やヘリコプターによって各アンチモンスターの状況を冥界全土に放送しており、戦闘の様子が克明に映し出されていた。
姿形同じものは一つとして無く、二足歩行の人型や四足歩行の獣型。その中でもキメラのように各パーツが異なっている。
一時として歩みを止める事は無く、アンチモンスター達は各都市へと向かっていた。
ここまで厄介な存在と化しているのは、単純にアンチモンスターが強いからではない。魔獣が魔獣を生みだす──そう言った術式を施されているのだろう。小型のモンスターを次々と生み出しては襲わせている。
一体一体は人間サイズの大きさとはいえ、数が数だ。巨大な魔獣の部位が盛り上がり、そこから分裂するように生み出される魔獣の数は一度に数百。相手にしていては消耗戦でこちらが削りきられるだろう。
進撃先にあった町村の住人は今のところ被害は無いが、自然も街も構わず全てを破壊して進むそのさまは、正に悪鬼の如き存在と言えた。
これが『魔獣創造』。上位神滅具の一つの力。
その異形の魔獣の内、最も巨大な一体が冥界──魔王領にある首都りリスへと向かっていた。『
テレビの向こうでは『
迎撃チームは最上級悪魔とその眷属で構成されており、四方からの魔力攻撃で足を止めようとしている。普通の魔獣ならば、この時点ですでに勝ち目は無い。──そう、普通の魔獣ならば。
「……最上級悪魔の方々の攻撃が、効いてない……」
木場が呆然とした様子で呟く。
生み出され続ける小型モンスターの相手で手一杯と言う事もあるだろうが、それ以上に巨大な魔獣が堅牢過ぎるのだ。
各魔獣の迎撃には堕天使が派遣した部隊、天界から『御使い』たち、ヴァルハラからヴァルキリー部隊、ギリシャから戦士の大隊が駆けつけていた。
悪魔と協力関係を結んだ各勢力からの援護で、最悪の状況だけは脱している。
問題は『超獣鬼』──レーティングゲームの王者たるディハウザー・ベリアルとその眷属が戦い、一時しか止めることが出来なかったという怪物。その上、ダメージは速攻で回復してしまい、何事も無かったかのように歩きだす始末。
各都市で旧魔王派の残党がクーデターを起こしている事と言い、悪魔世界は混沌の一途を辿っていた。
しかも、この混乱に乗じて上級悪魔に反旗を翻す転生悪魔達もいると言う事。無理矢理眷属にした上級悪魔へと、復讐の刃が向けられているのだ。
各地で禁手のバーゲンセール状態。こちらにも戦力を割り振っており、これ以上裂く事は現状出来ない。
故に、リアスやソーナと言った若手悪魔達にも通達が来ていた。
曹操が生きている以上、更に一誠が神器システムを掌握したことによって聖槍を扱える以上、魔王や神仏は出る事が出来ない。もしも誰かが滅ぼされてしまえば、そこから勢力のバランスが崩れて行くからだ。
「私達もそろそろ出なければなりませんわね。休息は十分取りましたし、皆頑張っているんですから」
朱乃が手首にはめたブレスレットを見ながら、そう呟く。
ゲオルクの作った結界空間から出てきた後、バラキエルから渡されたものだ。それを大事そうに扱いつつ、今はリアスを待っていた。
先程まで別の場所で避難誘導などをやっており、鎮圧作業にも並行して参加していた為、その報告に動いているのだ。
そして今、リアスが戻ってきた。
「……最悪の報告があるわ」
「最悪の報告、ですか」
リアスが沈痛な面持ちで部屋へと入ってくる。疲れもあるのだろうが、それ以上に精神的な負担もあるのだろう。
「天界が壊滅状態よ。しかもシステムを破壊され、ミカエル様とガブリエル様が重傷。イリナとゼノヴィアは無事のようだけど、それでも相当不味い状態ね」
「天界が……ッ!?」
誰もが驚愕の表情を浮かべる。アーシアに至っては涙目になっており、誰がそんな事を……と呟いていた。
リアスは、その問いに対して淡々と答える。
「兵藤一誠よ。オーフィスを連れていたと言うから、あの空間から出た後に天界へ向かったんでしょうね」
時間差があるから、その間はどこで何をしていたのかは分からないけれど、と続ける。
何が目的なのか全く持って分からない。システムを破壊し、ミカエルとガブリエルを一蹴し、天界を壊滅状態へ追い込んだ。
兵藤一誠の目的はオーフィスの願いを叶えること──グレートレッドを倒す事では無かったのか。
「……今、彼のことを考えても仕方が無いわ。あの時、転移する前に彼なら魔獣達を倒せるかとも思ったけど──迎撃の構えすら見せなかった。それは、私達の味方をする気が無いと言う事よ。ヴァーリとは違うわ」
「分かっています。ゼノヴィアとイリナさん、ギャスパーとロスヴァイセさんは何時合流するんでしょうか?」
「直ぐそこまで来ているわ。彼女達が到着し次第、私達は──」
リアスが言葉を告げる前に、携帯が鳴り始める。何か起こったのかもしれないと、背を向けて通話を始めるリアス。
二、三言葉を交わした後、難しい顔をして振り返った。
「ソーナたちが首都で避難の護衛をしていた所、『禍の団』の構成員──英雄派と接触したらしいわ」
それは、グレモリー眷属の出撃の合図となった。
●
冥府──冥界の下層に位置する、死者の魂が選別される所。
そこはオリュンポスの神であるハーデスが治める場所であり、奥にはハーデスのいる『ハーデス神殿』がある。
サーゼクス、アザゼル、デュリオ。
混乱を起こしている冥界での事件に横やりをいれられないよう、牽制の意味合いを込めてアポ無しで訪問したのだ。
三人が辿りついたのは、祭儀場らしき場所。広い城内には煌びやかな装飾が施されており、壁にかけられた黄金の装飾は冥府と言う場所にはひどく不釣り合いに思える。
一際大きい祭壇にはオリュンポス三柱神──ゼウス、ハーデス、ポセイドン──をかたどった壁の彫刻も目立つ派手な形をしていた。
祭儀場の奥から姿を現したのは、多数の死神を引き連れて司祭の服にミトラといういでたちのハーデス。
連れている死神も最上級死神なのだろう。漂わせる気がただものではないと悟らせる。
「お久しぶりです、ハーデス様。現魔王ルシファー──サーゼクスです。急な来訪、誠に申し訳ありません」
アザゼル達が結界空間から帰還し全てを聞いたサーゼクスは、進撃する巨大魔獣の対処、各地で暴れる旧魔王派と上級悪魔に反旗を翻す転生悪魔の鎮圧、市民の保護などを部下に伝えた後に冥府へ向かう事を決意。ミカエルの代わりにデュリオを連れ、アザゼルと共に来ていた。
天界の件も既に耳に入っており、デュリオは気が気でないように思える。
<貴殿らがここにくるとは……ファファファ、これまた虚を突かれたものだ>
眼球の無い眼孔を輝かせつつ、ハーデスは不気味に笑う。
これでもランキングトップテンに入るほどの実力者だ。表にアザゼルの部下である『
<コウモリとカラスの首領、それにロンギヌスが二つ、か。この老人相手には些か大仰ではないか?>
刃狗も捕捉されていることを確認しつつも、アザゼル達は表情を崩さない。
<無駄な話も嫌いではないが、単刀直入に聞こう──何用か?>
アザゼルはハーデスの態度にイラつきつつあるが、サーゼクスはそれを手で制し、話しかける。
内容は先日の中級悪魔昇格試験の事。グラシャボラス領内で『禍の団』の英雄派に襲われ、そこに死神も現れた事。
対し、ハーデスはアザゼルがリアスと結託してオーフィスと密談をしていると耳にし、それを確かめるために送ったのだと言う。もしも本当なら、最低限の警告をするように、と。
内心腸が煮えくり返っているアザゼルは、ハーデスの喉元に光の槍を突きつけてやりたい気分になる。
<……だが、私の勘違いだったようだな。もしもそちらに被害が出ていると言うのなら、私の命以外であれば大抵の事は叶えてやらんでも無いが>
上から目線の言葉を聞きつつも、サーゼクスは慇懃な態度を崩さない。
一つだけ、見せてほしい物があると言う。
「貴方が『禍の団』と繋がっていないということを明白にするために、ひとつお願いがあります。聞けば英雄派はサマエルを使用してオーフィスから力を奪ったというではありませんか。それが本当なら、重大な裏切り行為です。あれを表に出さない事はどの勢力も合意していた筈だ──それゆえ、サマエルの封印状況を見せて頂ければと」
サマエルは既に存在しない。見せられない、見ることが出来ないと言う事は、英雄派に力を貸して一誠に滅ぼされたという事実を表す。
この場でハーデスを糾弾出来る口実を手に入れることが出来るのだが、事はそううまく運べない。
<くだらんな。私はそのような疑惑を問われている暇はないのだ。忙しいのでね>
「わかりました。では、それを問うのは止めましょう。しかし、ハーデス様が疑われているのもまた事実。ここは一つこうしませんか? 冥界での魔獣騒動が終わるまで、私達と共にここに居て貰うと言うのは」
やんわりと、しかしハーデスを動かさない為に、サーゼクスは告げた。
魔王自らがこの場にハーデスを繋ぎとめる。最終手段ではあるが、この際四の五の言っていられないのだ。こうでもしなければハーデスを止められない。
<面白い事を……そうだな、お主が真の姿を見せると言うのであれば、考えてやらんでも無い>
とある『噂』がある。
何故サーゼクスが『ルシファー』に選ばれたのか。──それは、悪魔という存在を超越した存在だからだと。
一瞬の静寂の後、サーゼクスは了承の意を示す。
アザゼルとデュリオが離れた事を確認し、上着を脱いだサーゼクスは、その強力な魔力を集中させる。
紅い滅びの魔力はみるみるうちにサーゼクスの周りに現れ、体を紅く染め上げていく。
神殿が振動するほどの魔力の規模。かなり頑強に作られた神殿が震えると言う事は、それだけ強烈な力を与えていると言う事。
アジュカ・ベルゼブブと並び、『超越者』とさえ比喩されるほどの人間大の滅びの魔力。それは、神殿だけでなく、この周辺一帯が振動している様だった。
サーゼクスを紅い魔力が包み込んだ瞬間、莫大な魔力が神殿を包み込んだ。
人間大に浮かび上がる滅びのオーラは、アザゼルでさえ唖然とするほどの力だった。
その力は実に前魔王ルシファーの十倍。
『この状態になると、私の意思に関係無く滅びの魔力が周囲に広がって行く。特定の結界か、フィールドを用意しなければ全てを無に帰してしまう程に……その点、この神殿は強固で幸いです。どうやら、まだここは持つようだ──これで満足いただけただろうか、ハーデス様』
<ファファファ、冗談には聞こえんな。この場で争えば、確実に冥府が消し去るか>
刹那──不気味な笑い声に混じって、足音が聞こえた。
同時に死神の一体がハーデスに耳打ちし、ハーデスは祭壇の載火台の炎に手を向ける。すると、炎の中から映像が映し出され、ヴァーリチームが暴れている様子が見えた。
一度だけ聞こえた爆発音。外で何かがあったと訝しむアザゼルだが、狗刃がいるなら大丈夫だろうとたかをくくり。
そして、足音が神殿内部へと入り、奥──ハーデス達のいるこの場所へと、辿りついた。
「よぉ、ハーデス。御自慢の死神どもをひきつれて何やってんだよ」
紅いローブを着た二人組。そして、二人の後ろに居るのは三メートル近い体躯を持つのっぺりとした顔の何者か。
男性的なシルエットを持つそれは──天使と呼ぶ。
細部は明らかに人間とは違う。
皮膚の代わりにすべすべした布のようなもので体表を覆われており、目も鼻も口も無かった。それらすべてを凹凸だけで表現しているのだ。
髪の代わりとなるのは後頭部から後ろへ流れるラッパのように広がる布だった。
肌と装束に厳密な区分は無く、一体化している様に見える。白い布の表面には金色の葉脈のようなものが走り、所々ピンでとめられている。全体的に白に近い色合いだが、全身から淡く赤い光が放たれている。
紅いローブを着た二人組の内片方はフードを被っており、顔は見えない。もう一人は短い黒髪の男だ。
「お前……ベルザードか?」
アザゼルが驚愕の表情を浮かべ、呟く。
「知っているのか、アザゼル」
「昔の赤龍帝だ。色々とあってな……だが、なんでお前が此処に居る。死んだ筈だろ」
サーゼクスの問いに簡潔に答えつつ、居る筈が無いとその存在を否定する。事実、今の赤龍帝は一誠だし、昔の赤龍帝が蘇る訳が無いのだ。
何かがある。フードを被ったままの男──声を聞いて一発で分かったその男に、問いかける。
「どういうことだよ、兵藤一誠。その後ろのも含めて、説明してほしいもんだがな」
「『魔獣創造』で肉体を作った。それだけの話だ……レオナルドから奪った事は、アンタも知ってるだろ」
「……馬鹿な。神器の移植自体、出来たとしてもかなりのリスクがある。それも神滅具だぞ! なんで、そんな簡単に使えんだよ……ッ!」
「システムを掌握した。肉体は強化した。それ以上の説明は必要か?」
神器は繊細だ。ましてや神滅具となればなおさら。
システムを掌握し、その管理権限を持つ一誠だからこそ、神器を奪っても何もリスクを負う事無く使用できるのだ。
「今回はお前等に用は無い。ハーデス、テメェに用があるんだよ」
<ファファファ、会ったことも無い今代の赤龍帝が、一体何の用だ?>
「とぼけるなよ。サマエルを英雄派に使わせたことと言い、オーフィスを狙った事と言い、お前の行動は眼につき過ぎる──だから、此処で殺す事にした」
一誠の言葉に反応した上級死神達が動き、一誠を殺そうとその鎌を振るう。
しかし、焦る事など何も無い。その程度の雑魚を相手にしていられるほど、こちらも暇ではない。
「やれ、ミーシャ」
「asrdajiop殺すdafimal死mfaji神fdnvzz,cl;fjeia」
ミーシャと呼ばれたそれの背中に炎の翼が発生した。数は数百、長さはまちまち。
空気に揺らめく炎の翼は一種の幻想的な美しさを醸し出すものの、それに見とれている暇は無かった。
ゴッ!!! と、神殿の一角が吹き飛ぶ。サーゼクスの滅びの魔力を解放しても無事だった神殿が、だ。それだけで、ミーシャの火力の高さが窺えるだろう。
襲いかかってきた死神は一瞬で消し炭とかし、その余波はアザゼルたちにも向かった。
爆発による熱波と衝撃波をデュリオの神器で相殺し、何とか耐える。サーゼクスも滅びの魔力で防ぎきったらしく、怪我をしているとも思えない。
問題は、一誠があれを『ミーシャ』と呼んだことにある。
「なんだよ……そいつは……ッ!?」
「大天使『
自慢するでもなく、淡々と。
ロボットのように命令されるのを待つミーシャは、そののっぺりとした表情も相まって気味が悪く思える。
名称が被ることを嫌ったのか、ミカエルとは呼ばない。別に名称なんて識別名でしかないんだから、何でもいいんだがなと一誠は呟く。
だが、それに喰いついた男が一人。──現『御使い』のジョーカー、デュリオ・ジェズアルドだ。
「おい、どういうことだ。ミカエル様とガブリエル様を攻撃し、天界を壊滅させたのもお前だろ。説明しろよ、
普段は飄々とした態度を崩さないデュリオが、憤怒の表情で一誠を睨みつける。
それもまた当然。
何せ、敬愛するセラフの二人がぼろぼろにされ、天界を壊滅状態に追い込み、システムを破壊し、あまつさえ『ミカエル』の名称を騙った存在を使役する。
それらすべてが、デュリオの琴線に触れていた。
一誠はそれを見ても無表情を通し、告げる。
「説明しただろう。魔術の力の一端だ……とはいえ、これだけの事をやれる奴が世にいるかどうかも知らないが。『天使の力』すら理解出来ないのなら、理解しようとする事を放棄した方が良い」
「そうかよ……じゃあ、死ね」
『
天候を操り、空を支配する神器だ。
その力が暴力として一誠に振るわれ、氷漬けにするかと思われた刹那──ミーシャが動いた。
「mciop邪jiadfx魔mfppi8wkj」
理解出来ない言語を発し、デュリオの振るった力を超える力でそのまま弾き飛ばす。苦も無く、片手を向けただけで。
格が違う。高々人間から天使に上がっただけの存在で、それが世界でも二番目に強い神器を有しているだけで、単独で世界を滅ぼし得る本物の『大天使』相手に敵うものか。
とはいえ、流石にミーシャの力を以てしても、世界で上から数えた方が早いハーデスとサーゼクスを相手にすれば、ただでは済まないだろう。
「そっちは任せたぞ、ベルザード、ミーシャ」
それに、そもそもの話──ハーデスに関して言えば、一誠は自分でやらなければ気が済まない。
此処までやってくれたのだ。自分の手でハーデスを殺す──それが聖書の神の思い通りの結果を招く事であったとしても、やらなければ気が済まない。
「かかってこいよ三下。格の違いを教えてやる」
光り輝く剣を右手に持ち、殺意を以てハーデスと相対する一誠。
<ファファファ……私とやろうと言うのか? 若造が、余り舐めるなよ>
「ごたくは良いんだよ。捻り潰してやる」
会話している間に、既に飛び出した最上級死神が一刀両断されている。プルートにも負けず劣らずの速度を持つ最上級死神達が、それを超える速度で振るわれた剣によって。
そして──一誠は、確実にハーデスを殺す為に刃を振るった。