第六十九話:調和の崩壊
ゴッギィィィィ──!!! と、一誠の右手に持つ剣とハーデスの手にある二又の槍がぶつかる。
世界ランクでトップテンに食い込む実力者だ。オーフィスと比べてしまえば格下とはいえ、油断すれば思わぬしっぺ返しを喰らうことになるかもしれない。
「『隠し兜』は使わないのか?」
<ふん。姿が見えなくなるだけだ、お主に対して意味は無かろうて>
被ると姿が見えなくなる『隠し兜』──しかし、ハーデスはそれを使おうとはしない。姿を隠すだけでは、一誠の手に持つ長大な剣から逃れる事は出来ないと分かっているからだ。
神殿内に収まらないと言う圧倒的なまでの長さを持ち、それでいて重さの無い『史上最強の剣』。
元は聖書の神の部下であるミカエルの神話からとったものだが──聖書の神が十字教においての『唯一神』であり『全能』を冠する以上、使えた所で何の不思議もない。
一誠はその後継であり、『神上』という存在もまた十字教を基点として創りだされたものだからだ。
万物を生みだした創造神の後継と冥府の神。
剣と槍をぶつけ合う二人の速度は、既にアザゼルでさえ追いつけないほどの領域へと上がっている。
「どうしたよ、冥府の神。年取って槍捌きが衰えたか?」
<舐めてくれるなよ、小童。たかだか人間如きが、この程度の速度についてこれただけで自惚れるな>
一度武器を打ちつけ合う度に衝撃波が辺りへと散る。ミーシャとベルザードは既にアザゼル、サーゼクス、デュリオを神殿の外へと誘導し、そちらで戦闘を開始していた。
周りの最上級死神など目もくれず、時折ハーデスとの間に入り込んだ死神が一刀のもとに両断されるのみ。
互いに特殊な術を使わない、純然たる白兵戦。
高速で振るわれる連続した突きを紙一重で避け、一誠は縦に振りおろして神殿を両断する。
<……ふむ。お主は近接では無く遠距離を得意とする魔術師と聞いていたのだがな>
「間違っちゃいねぇよ。今でも近距離よりは遠距離の方が得意だ」
どちらかと言えば、という話ではあるが、一誠は距離を置いて闘う事を好む。至近距離でも戦えない事は無いが、基本的に距離が近いと取れる手段が限られてくると言う事が大きい。
何より、もう一誠には『禁書目録』という霊装が意味を成さないのだ。
「俺が至った『神上』って存在は、言うなれば原罪を完全に消去した状態だ。『知恵の実』を食べたことで得た人間用魔術を、俺はもう使えないのさ」
知恵の実を僅かに残していたからこそ、以前の一誠は人間用魔術である『人払い』などが使えたのだ。『人間』という枠組みを超え、『知恵の実』を消去した今となっては人間用魔術を使う事は出来ない。
しかし、それを補って有り余るだけの力が、一誠にはある。
<なるほど……魔術師としての腕が神の域にまで上がってきたと、そう言う訳か?>
「そういう場合、俺達は『魔神』って呼ぶんだよ。『神上』とはまた少し違う」
『魔神』が魔術全般の意味で捉えられることに対し、『神上』は十字教の枠組みで語られる。ある意味では一誠も『魔神』の域に入っていると言えるだろうが、人間用魔術が使えなくなった今となっては何の関係も無い。
専用の術式を用意するのも、楽ではないのだ。
「ま、お前には何の関係も無いことだよ。人の魂操ってどうこうするような術しか知らないお前にはな」
<ファファファ。冥府の神なのだ、それもまた当然──して、その口ぶりだとお主は人間用では無い魔術を使えると言う事か?>
「是──と、答えておこう。肉体を特別製に新調したんだ。少しはこの体を慣らす為に粘れよ」
刹那、ハーデスの背後に回った一誠は躊躇する事無く刃を振り下ろす。
ハーデスは槍で凌ぎつつ剣の軌道からずれて、右手から漆黒の魔力弾を発する。それは強烈な悪意と共に放たれるが、一誠にはなんでも無いかのように剣で切り裂かれた。
超音速を超えてなお上がる速度。本来、全てを切り裂いて当然の刃を劣化させ、防がせているのだ。その気になれば槍ごと両断する事も可能だろう。
しかし、それをしない。
平たく言えば、ハーデスは実験だ。自分の力がどれだけ上がり、現状どれだけ使いこなせるかどうか。それを確かめるために戦っている。
人間に想像できる範囲での全能とはいえ、その力はハーデス程度に受け止めきれるものではない。
刃を振るえば大地は砕け、海は干上がり、空を裂く。
世界の創造を成した『聖書の神』という枠組みは、それだけ出鱈目だ。
<あちらにいる『天使』とやらも、お主の技術の賜物か>
「何度説明させる気だ、耄碌爺」
接近する一誠を槍で牽制し、ハーデスは距離を置こうとするが──一誠はその槍を左手で受け止めた。
傷は無く、そのまま振るわれた剣を止める為に槍の位置を変える。
しかし、それは無駄だった。
<な……ッ!?>
「
恐らく、ハーデスは一誠の言葉を殆ど理解できていないだろう。魔術関係の知識はそれだけ広がっていないのだ。
故にこの結末もまた必然。聖書の神のかつての実力を知るハーデスは、一誠の言葉に混乱するしかない。
槍を切り裂き、ハーデスの体を斜めに切り裂いた史上最強の剣。頭部に剣を突き刺して完全に殺した後、神殿を出て外の闘いを見る。
爆炎と消滅魔力がぶつかり合い、アザゼルとベルザードが互角以上の戦いを演じている。
サーゼクスもランキングに喰い込む程の実力者だ。しかし、時間がかかるだけでミーシャでも勝てない事は無いだろう。
大天使というのは、それだけ桁外れで化物染みた力を持っているのだから。
「俺は上──冥界に行く。ベルザード、そいつらを倒したら上がって来てくれ。ミーシャ、サーゼクスが終わったら冥府を火の海にしろ。一体も逃がすな」
背後から引き止める声があるにもかかわらず、一誠はそれを無視して空間のひずみを生みだし、そこへ入って行く。
先行したエルシャと『
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同時刻、冥界。
魔王領首都りリスは近代的なビル群が続いており、交通機関もそれなりに発達している。文化・文明という面では東京とさほど変わらない街だ。
現在、侵攻中の『超獣鬼』はルシファー眷属が足止めしている。首都が落とされれば各都市の機能が麻痺することは確実である為、この場所だけは絶対に守らなければならない。
その場所で、英雄派とシトリー眷属は闘っていたのだ。
到着したグレモリー眷属は、現地で待っていたギャスパーを含め、全員揃っている。イリナ、ゼノヴィア、ロスヴァイセは既に城で合流済みだ。
高層ビル群が立ち並ぶその場所で、龍王と化した匙を見つける。
辺りは戦火に包まれており、建物や公共物と言ったものがことごとく破壊されている。上空から見れば火の海となっているその場所に、シトリー眷属は居た。
「グレモリー眷属!」
聞き覚えのある声に振り返る木場。そこに居たのは、横転してタイヤの外れた大型バスを守るようにして囲む、シトリー眷属の女性陣がいた。
バスの中には大勢の子どもが居るようで、それを守っているらしい。
「状況は?」
「子供たちを逃がそうとしていたんですが、こちらに気付いた英雄派の攻撃を受けて横転して……幸い、怪我をした子は殆どいないわ。でも、バスが動かなくなったから此処で応戦するしか無くて……会長と、副会長と、元ちゃんが……ッ!」
涙交じりに言う巡。それを聞いた直後、ロスヴァイセが声を上げた。
とある方向を指さしており、そちらには血塗れでヘラクレスに喉元を掴まれた匙と倒れ伏したソーナ、ジャンヌと闘う真羅副会長がいた。
ソーナは既に意識が朦朧としている様で、匙を放り投げたヘラクレスはソーナの背中を踏みつける。
「おいおい、こんなもんかよシトリー眷属ってのは。大公アガレスに勝ったって言うからどんなもんかと思えば、期待外れだぜ」
「ふざけないで! 執拗にバスを狙ったのは貴方たちじゃ無い! その所為で会長も副会長も元ちゃんも実力を出し切れなかったのよ! そうするように仕向けたのは貴方たちじゃ無い!」
「英雄だからそんな卑怯な真似はすんなって? ハッ、悪魔にそんな綺麗事言われたってなぁ。どう思うよ、ジーク」
「僕は一応忠告したけどね。実力を出し切れないんじゃ楽しめないだろうに」
「チッ、どのみちこの程度の連中じゃ本気出してもたかが知れてる。煽るだけ無駄だったかもな」
ヘラクレスの嘲笑に対し、怒りの眼差しを向けるシトリー眷属とグレモリー眷属。
その背後には霧の中ゲオルクが姿を現し、一度嘆息して場を見渡す。
ヴリトラの呪いを解呪するために特殊な結界を組み、そこで解呪していた為に時間がかかったらしい。神滅具所有者であれば、不完全とはいえ龍王の一角を倒す事も不可能ではない。
「しかし……ここでもグレモリー眷属か。何か縁でもあるのかな、俺達は」
「どちらでも構わないさ。僕としては、聖魔剣の木場祐斗がどれだけ強くなったかを知りたいね」
先日戦ったにもかかわらず──と言うより、先日手傷を負わされたからこそ、この場で決着をつけようと思っているのかもしれない。
だが、木場はそれに答えず、聖魔剣を両手に持って駆けだす。その背後には修復されたエクス・デュランダルがあった。結界空間内でルフェイから『支配の聖剣』を受け取っていた為、七本のエクスカリバー全てが揃ったことになる。
木場が駆けだすと同時にジークフリートが駆けだし、互いに持った剣をぶつけ合う。それと同時にゼノヴィアが横からデュランダルを振るってジークフリートを吹き飛ばす。
直後、聖魔剣を消して龍の騎士団を召喚。それを使ってソーナと匙、真羅を抱きかかえ、ゼノヴィアの牽制が放たれると同時に下がる。
「……流石、と言うべきかな。息のあった連携もそうだが、何より個々の能力が著しく高い。これがグレモリー眷属、か」
ゲオルクが分析するように呟く。後方に下がったソーナ達はアーシアの神器で回復させられ、傷が段々と癒えていく。
リアスは現状を再確認し、真羅へと告げる。
「椿姫、私達が彼らの相手をするわ。貴方達はその間にバスの子供を連れて避難をお願い出来ないかしら」
「でも……ッ!」
「大丈夫です、副会長。あなたたちが受けた分は僕らが返します。匙君やあなたの想いは受け取りました」
「木場君……はい、わかりました」
頷いた真羅を見て笑みを浮かべ、聖魔剣を再度作って構える。
ゼノヴィアもデュランダルを構え、イリナは天界で創られていたと言う独自の聖魔剣を手に取る。朱乃は手に持ったブレスレットの効果で堕天使としての血を高め、漆黒の翼を六枚出現させた。
戦闘の準備を終え、誰が誰を相手にするかと言う話になる。
「ジークフリートには借りがあったからな。私はそっちに行くぞ」
「じゃあ、私もあの時の借りを返すわ!」
「あらあら、じゃあ私はイリナさんの方を手伝おうかしら」
天界の現状を知って、犯人も分かっているだろうに、それでもイリナは気丈にふるまう。──しかし、やはりどこかで抵抗があるのだろう。手にしたのは聖魔剣だけで、あの光り輝く剣を出そうとはしない。
ジャンヌにはイリナと朱乃が、ジークフリートには木場とゼノヴィアが立ち塞がる。
二人の宣戦布告を受け、ジークフリートとジャンヌは不敵に笑む。
「あぁ、決着をつけようか──禁手化」
「『ダルクの神託』の力を見せてあげるわ──禁手化!」
ジークフリートは六本の腕にそれぞれ魔剣を持ち、ジャンヌは聖剣で創りだされた龍の背中に乗り込む。
ジャンヌは龍に乗ったままビルの壁を伝って空を飛び、空中で戦闘を始める。地上ではジークフリートと木場、ゼノヴィアが戦闘を始めていた。
強化されたデュランダルとグラムがぶつかり合い、聖魔剣とノートゥングがぶつかり合って金属音を響かせる。
数度打ち合い、鍔迫り合いをした状態でジークフリートは頷く。
「君たちの強くなる速度には本当に驚かされる。このままだと、勝てはしてもかなり疲労するだろう──まぁ、死ぬ事は無いけど」
「ほう、随分な自信だな、ジークフリート。私の剣を受けても死なないと言うつもりか?」
「英雄ジークフリートは『不死身』なんだ。悪龍ファブニールを斃し、その血を浴びて不死となった。だから、僕は傷を負っても死ぬ事は無い」
本来相性の悪い『龍の手』の禁手と強い龍殺しの特性を持つ魔剣グラムを併用できるのも、魔術による恩恵だ。
一誠が『聖なる右』の力と強力な龍であるドライグの力を併用出来ていたように、ジークフリートもまた体内で力の調和を取ることでグラムの使用を可能とした。
とはいえ、一誠でさえ『覇龍』のように龍の力が極端に強い状態となれば、聖なる右が使えなくなる。その為、禁手状態でもある程度力を抑えることが必須となる。
しかし、それでも十分過ぎるほどにジークフリートは強い。
「さぁ──本気でやろう」
ジークフリードが駆け、木場とゼノヴィアがそれに対処しようとした──その刹那。
──空が黒く染まる。
その異常に、ゲオルクが思わずと言った様子で声を上げた。
「──何ッ!? 冥界に夜だと! 一体、これは……ッ!?」
冥界とは、人間が住む世界とは位相を異にする場所に存在する。普段見えないだけで、実際には夜も昼も存在する……とはいえ、実際にそれが起こった事など無い。
今までに起こった事の無い異常事態が起こった。それだけで、異変を察知するには十分過ぎる。
これは、つまり。
「冥界に何かしらの異常が起きた、と言う事だろうな」
サイラオーグの声がした。
旧魔王派の残党を相手にしていたであろうサイラオーグと彼の眷属は、疲弊した様子を一切見せずに現れた。その視線は今も夜空に瞬く星や月に釘付けとなっており、僅かに見えた青い流星のようなものには気付けない。
ヘラクレスはもちろん英雄派も当惑しており、ゲオルクが驚いたこともあってリアスは彼らが原因ではないと判断した。
だが、それならば一体誰がこのような事を?
そもそも、誰がどうやればこのような事を起こせるのだ?
前代未聞の状況を前に、誰もが言葉を失い、誰もが立ち竦む。
そこへ──二人の少女が現れた。
「見つけた見つけた。……あれ、曹操って人が居ないわね。彼が居ないと話にならないんだけど……オーフィス、どう思う?」
「知らない。イッセーに聞くと良い」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
金髪を腰まで伸ばした女性。一誠と同じ紅いローブを纏い、この戦場においても気負うことなく自然体で佇んでいる。
その隣にはオーフィスがいた。相変わらず黒を基調としたゴスロリ服を着ており、表情は何を考えているか分かりはしない。
一番近くに居たヘラクレスは困惑しつつも、金髪の女性に話しかける。
「おい、なんだよお前。何でオーフィスを連れてんだ。悪魔側の増援か?」
「質問は一度につき一つにして欲しいわね……ま、簡単に答えると──私はエルシャ。赤龍帝で、英雄派も悪魔も含めた全員の敵よ」
にこりと笑みを浮かべた直後、高速で飛来する何かが首都郊外に直撃し、衝撃で大規模な地震が発生した。周りのビル群はなんとか無事だったものの、幾つかは今の地震で倒壊してしまっている。
この近辺も既に危険だ。故に、早く離れた方が身の安全は確保できるのだが。
「派手にやってるわねー……大天使『
「イッセーに言えば良い」
「いや、それはそうだけど……」
苦笑しつつ、オーフィスの言葉に反論するエルシャ。その様子を見ていたリアス達に軽く事情を説明する。
曹操を見つけるのが今回の自分たちの役目で、特に闘う気は無いと言う事。無論、攻撃してくるなら反撃をする事は厭わない。オーフィスが居る時点でそんな事を考えるものは居ないだろうが、念の為だ。
その上で、曹操の居場所を聞く。曹操は一人だけ違う場所に居るらしく、連絡は取れないとゲオルクはいう。
「連絡を取りついでくれるなら、この状況に関する質問に答えてあげてもいいけど」
「……何と言えば良い」
「『兵藤一誠がお前を殺しに行くから、首を洗って待ってろ』って伝えて置いて。まぁ、どのみち逃げられやしないわよ。システムを掌握してるから、場所を捕捉するのは簡単だし」
エルシャとオーフィスが来たのは邪魔になりそうな英雄派を片付ける為だ。とは言っても、エルシャとオーフィスはやる気もなさそうだが。
事実、共に冥界へ来たガブリエルにすべて任せてしまっている。
「じゃ、今度はこっちの質問に答えて貰うぜ。まずはこの空だ。何で夜になった?」
「具体的な事は知らないわよ。でも、イッセーがやったことだから……魔術がらみなのは間違いないわね。天使まで創りだすんだから、トンでも無いわ」
使用した魔術は『
月の守護者であり水を象徴するガブリエルの属性を強化するため、夜へと。
恩恵を受けているのはガブリエルのみであるとはいえ、遠目からでも超巨大魔獣『超獣鬼』をみるみるうちに肉塊に変えていくのが視認できる。ルシファー眷属がどうなったかなんてことは、多分頓着しないだろう。
ガブリエルに与えられた命令は『悪魔の滅相』だ。
対象が悪魔であれば、それを殺すのを邪魔する『超獣鬼』を異物として優先的に排除しようとするのも頷ける。
滅尽滅相。塵一つ残さずに殺し尽くす。それがプリシラの願いであるが故に。
「相手は堕天使も含まれるそうだから、アザゼル総督もそろそろ死んでるんじゃないかな」
「なんですって? アザゼルを狙っているの!?」
「落ち着いてよ。狙うって言っても、多分そんな積極的には殺さないと思うから。……でも、少なくとも、ハーデスは確実に死ぬわ。あれだけ煽られたんじゃ、彼も許せないだろうしね」
溜息でも吐きそうな様子で、エルシャは額を抑える。彼女にとって、この場での時間稼ぎは有用だ。どのみち全部ガブリエルか一誠自身が片付ける。
それまで、適当に話して時間を潰せばいい。
「……貴女は、あなた達は、一体何が目的なの?」
「それを聞かれるとちょっと答え辛いかなー。今となっては、私も彼の一部だしね。聖書の神の思惑通りになるっていうのは、ちょっとばかり気分の良いものじゃないし。でも、悪魔と堕天使を殺さなきゃプリシラちゃんに対する弔いにはならないし、って所かしら。なにはともあれ、ハーデスが死んだ時点でギリシャ神話群は敵に回るだろうし、聖書の神の思い通りの結果に導かれてるのは確実ね……長々と話したけど、端的に言えば『神話の消滅』が目的なのよ」
「神話の、消滅……?」
「そう。聖書の神の目的ではあるけどね。人は神では無く自然を信じるべきだ、って」
「……それを、貴女はやろうとしているの?」
「私じゃ無くてイッセーがね。まぁ、どちらかと言えばなし崩し的に、ってことになるんだけど……神様一人殺されれば勢力は書き変わる。後は勝手に戦争で滅びるかもしれないし、彼が直に殺害するかもしれない。グレートレッドを殺す事だけが目的だったのに、どうしてこうなったのかしらね」
肩を竦めるエルシャ。これも龍の力かな、と呟くそのさまは、まるで何時かの日の自分を思い出している様に見える。
かつて赤龍帝として、刹那のような日々を過ごしていたエルシャ。
その末路は碌でも無いものだったが、自分の人生を悔いる事はしない。やるだけ無駄なのだ。みるのは未来だけで十分過ぎる。
「グレートレッドを殺す事はオーフィスの目的でしょう。なら、オーフィスがグレートレッドを殺す事を諦めれば……」
「駄目。我、静寂を、無謬の平穏を手に入れる。次元の狭間には我以外要らない」
生態系のトップに立ち、その存在自体がある意味での『異常』であるオーフィス。次元の狭間で生まれ、次元の狭間で眠る事を願う少女。
彼女の願う無謬の平穏の先には、何も無い。
無限であり、頂点に立つからこそ、彼女には何の目標も存在しない。指標も無ければ争いごとに興味も無く、静かに眠る事だけを願う。
その為には、グレートレッドは要らない。
「斃すめどは立ってるみたいだし、今更『もう良い』だなんて言えないと思うわよ」
「だけど、このままじゃ……彼を殺すしか、方法が無くなるわ」
「そんな選択肢、最初から存在しないわよ。今の彼を殺す事なんて不可能。オーフィスでも無理でしょうね」
「……世界で最も強いオーフィスと闘っても、彼は殺されないと?」
「予測ではあるけれど。グレートレッドを殺すって言ってるのよ? 今までグレートレッドを斃せなかったオーフィスが、彼に勝てると思うの?」
どんな手段を用いるかはエルシャも知らない。しかし、まともな手段で無い事は確かだろう。
まともな手段と言うのがどんなモノかにもよるが、最悪人間界にまで飛び火しかねない。
だが、止めようにも止められない。
実力が違い過ぎる。エルシャは一誠の持つ神器の中に居たから、彼の強さはよく分かっているつもりだ。だからこそ、ランキングトップテン全員が手を組まない限りは──恐らく、一誠を殺しきれない。
ただでさえ全盛期のドライグを従えているのだ。勝てるわけが無い。
「──ほら、お喋りをしている間に、彼が来たわ」
ドライグを通して意識は僅かながらに繋がっている。故に、この場では無く冥界の何処かに現れたとしても、エルシャは一誠が来た事を感知できる。
空間を引き裂き、英雄派の息の根を完全に止める為に、兵藤一誠が姿を現す──。