第七十一話:英雄の末路・後篇
ドライグはリアスの方へと視線を向け、告げる。
「少し離れた方が良い。曹操が到着した以上、相棒も少しばかり力を解放する筈だ。巻き込まれるぞ」
「え、えぇ……でも、彼の力はそこまで……?」
今までの、英雄派との闘いだけでも十分に凄い。京都では好き放題やられたと聞いたし、結界空間でもそう簡単には勝たせてくれなかった。
無傷で勝利を収めた一誠の強さは、確かに折紙つきと言えるが──正直な話、彼からは威圧感と言うものを感じない。
近くにいる分、むしろドライグの方が威圧感を与えているようにも感じる。
「舐めない方が良い。さっき、あっちの方に隕石が落ちただろう? あれは相棒の仕業だ」
「ッ!? あれを、彼がやったと言うの!?」
「ああ、ルシファー眷属が相手だったからな。本気ではないが、それなりに力を出したのも事実だ」
「グレイフィアたちと……それで、彼はグレイフィア達を殺したの?」
拳を握りしめ、あくまでも確認のためにリアスは問いかける。
だが、ドライグの答えは予想に反してはっきりしないものだった。
「いや、それは分からない。相棒は隕石を落とした後、直ぐにこちらに来たからな。『
「『神の力』……それは、彼が襲った天界のガブリエル様と何か関係があるの?」
「無い。それだけは断言出来る。どうやって作ったのか理論は知らんが、『魔獣創造』と魔術を使ったものだ。かなりの強さを誇る人形に近い」
人形。遠目からでも見えた『超獣鬼』との戦闘に加え、エルシャが話した『冥界を夜に変えた者の正体』が、人形。
どれだけの力を誇るのかは分からないものの、現場にいたであろうドライグ曰く、ルシファー眷属総員を相手取ってもまだ余裕があるレベル。
それを冥界に解き放ったのだ。今こうしている間にも、誰かが死んでいるかもしれない。魔王の妹として、一人の上級悪魔として、リアスはそれを許せる正確では無かった。
それを目聡く発見したドライグは、リアスへ忠告をする。
「止めておけ。お前が行ったところで、碌に抵抗出来ずに殺されるだけだ」
「だったら! だったら、どうしろって言うのよ……」
故郷が破壊されていく。親が、友人が、知り合いが、一人の人間が作り出した人形に蹂躙されていく。
そんな事を、許せる筈が無い。
「……イッセー君は、一体どうしてこんな事をしたの?」
イリナが、ドライグへと問いかける。
彼女だって、一誠が天界を攻め滅ぼしかけたと言う事は知っている。実際に見た訳ではないが、現場にいたのだから。
一誠は一体何をしようとして天界に攻め込み、何の為に悪魔や堕天使を滅ぼそうとしているのか。
プリシラの弔いとエルシャから聞いたが、何故そこから話が繋がるのか、原因と結果の間──過程の部分が全く見えてこない。
「天界に攻め込んだのは、純粋に『神器システム』に慣れるためだ。使うにあたって、体に慣らす必要があったからだろうな。その力を使って、相棒は神格を超えるだけの力を手に入れた──天界にある『システム』を破壊するという目的もあったがな」
「力を手に入れる……? そんな事の為に、天界を……それに、どうして『システム』を……」
「聖書の神に対しての意趣返しと言う意味合いもあったかも知れん。もっとも、あいつがそんな事を気にする様な性格とは思えないが……システムはな、聖書の神自身が破壊して欲しいと頼んだのだ」
この場合のドライグの後半の言葉は、聖書の神と一誠の両方に当てはまる。
聖書の神は目的さえ果たせればそれでよく、一誠は三大勢力を敵に回す事を初めから考慮した上で、天界に攻め込んだ。
『システム』に関して言えば、聖書の神と会ったと言うのは結界空間内でも聞いたが、その内容は詳しく聞いていなかった(正確には話そうとしなかった)ため、リアス達は驚きに目を見開いた。
イリナとアーシアは、それでも納得がいかないとばかりに涙目になっており、ゼノヴィアは剣を持つ手に力が入っている。
ドライグは嘆息し、話を続ける。
「悪魔と堕天使を狙う理由だったな。お前等はプリシラ=ミューアヘッドという女を知っているだろう? 結界空間で曹操に殺された、相棒の部下で聖人の女だ」
「ああ。元々彼女は教会側の人間だったし、一度は相対した身だ。よく覚えている」
「あの女はな、家族を堕天使と悪魔に殺されている」
眼を見開き、驚きを表すリアス達。まさか、とソーナが呟き、ドライグが頷く。
「そのまさかだ。プリシラは、相棒の部下になる代わりに復讐を約束させた。『悪魔と堕天使が存在するから駄目なのだ。全員皆殺しにしてやる』ってな」
「家族を殺されたから種族を皆殺しなんて、そんなのは暴論です。余りにも極端すぎる……」
「だが、一部の上級悪魔は無理矢理眷属にするために一度殺し、『悪魔の駒』を使って蘇らせていると聞く。堕天使にしても、神器持ちを殺して回っていた時期があった筈だ。恨まれるのも仕方ない部分だってある」
そう言う意味では、確かに英雄派と言う存在は成り立つ。悪魔達が「人間」とひとくくりで見ている事と同じ様なものだ。
彼らの存在そのものが、悪魔と堕天使に対する一種の抑止力となり得るのだ。
とはいえ、英雄派も一誠によって壊滅させられようとしているし、悪魔と堕天使に関しても滅ぼそうとしている。
滅尽滅相。皆尽く死に絶えれば良い。
利害の関係で殺された者は、意味も分からないまま殺されていた可能性だってある。一誠だって元はその可能性もあった。力があったから、どうにか出来ただけの話だ。他の人間がそうであるとは限らない。
死んだ者は生き返らない。その理を無視して蘇らせる『悪魔の駒』は忌むべきものだし、そんなモノがあるから不幸になる人間が出てくる。アーシアのような例もあるから、幸か不幸かは運次第だが。
「そんなものは一部の話です。壁の汚れた部分を見て『汚いから全部破棄しよう』と言っているようなもの。方法なら他に幾らでもあった筈です。何故、他の方法を取らないのですか!」
ソーナが怒ったように言葉を紡ぐ。他の面々も頷き、ドライグの方を見た。
しかし、ドライグは嘆息するだけだ。
「それでどうなる。一部の者を殺して、安全ですとアピールするのか? そんなものは不可能だ」
堕天使は確かに和平を結んだことで神器所有者を殺す真似はしなくなった。とはいえ、神滅具に関しては『世界の崩壊』という可能性がある為、少なくとも監視の必要性はある。
だが、悪魔はどうだ。
『悪魔の駒』を使い、レーティングゲームで盛り上がる。特殊な神器を保有しているから、特異な力を持っているから、そんな理由で無理矢理眷属にする者も後を絶たない。
自分の性癖で眷属を集めたディオドラだってその一例だ。根っこの部分はかなり深い。
なまじ寿命が長い分、『新しい風』と言うものを投入しにくいのだ。古き良き時代などとのたまい、何時までも老害が上に居座る。これで冥界が変わる訳が無い。
その観点で行けば、旧魔王派など論外の一言に尽きる。
「その辺りまで把握していたかどうかは別だがな。……それに、今となってはもう止める事は出来んさ」
死者は蘇らない。
殺された人間の痛みは、殺された人間にしか分からない。
殺された人間の遺族は、殺した犯人を恨むのもまた道理。
プリシラの家族が殺された時点でプリシラは復讐に囚われたし、プリシラが死んだ時点で一誠の『約束』も修正が効かなくなってしまっている。
まるでロボットのようだ、とドライグは思う。
決められた目的を遂げる為の過程を考える力はあれど、『目的』そのものが生じない。
選別する手間をかける位なら、殲滅した方が早いと言う考えの元に動いているのだろう。実際、プリシラだってそれで文句は無かった。
教会にいて『悪魔や堕天使は敵だ』と教えられてきた分、種族全体に対する敵意や悪意が余りに高過ぎたのだ。
「一部の者が悪だからと言って、種全体が悪とは限らない。だが、ソーナ・シトリー。お前に誰が『善』で誰が『悪』か見分ける力はあるか?」
疑わしきは罰せずという。
確かに何の関係も無い者も存在するだろう。だが、悪魔や堕天使は管理が杜撰に過ぎる。下の者を制御しきれていないのだ。
全員を制御するのは確かに難しい。だが、はぐれ悪魔や反逆が起きるのだって現状に対する不満の表れだろう。そうなる前に解決するのがベストだと言うのに、『反逆した者がすべからく悪である』と決めつけている部分だって存在する。
例えば、黒歌。
彼女の主は黒歌を悪魔にする事で小猫ともども保護する事を決めたが、実体は猫又の力に魅せられただけだった。それに気付いた黒歌は主を殺害し、『はぐれ悪魔』と化している。
しかし、この場合に問題があるのは主の方だった。
それでも、悪魔政府は上級悪魔が殺されたことが問題だと取り上げ、黒歌に原因があると追及している。立場が低ければ反論する余地すら無い。それがまかり通っているのだ。
例えば、アーシア。
彼女は『システム』の都合で教会側から一方的に見放され、一部の堕天使は秘密裏に彼女を手に入れてその神器を無理矢理奪おうとした。
「……だが、相棒とて分かっている筈だがな。悪魔や堕天使、天使だって、進歩が遅いだけでやっている事は基本的に人間と変わらん」
寿命が長い分、進歩が遅れている。
『
貴族主義など、基本はそういうものだ。
「どうにかして、イッセー君を止められないの?」
「それは俺にも分からん。力づくという手段は不可能だろう。俺とアルビオン、オーフィスが協力すればまだ何とかなるかもしれないが……俺は相棒のやる事を否定しないからな」
共にいると誓ったのだ。こうして神器の呪縛から解き放ったことも含め、一誠に恩義を感じてもいる。
どんな道を選ぼうと、その道の先に何があろうと、ドライグは一誠を否定しない。
それに、オーフィスも一誠と敵対する理由が無い。
「……一つ、良いかしら」
「なんだ、リアス・グレモリー」
「仮に、悪魔や堕天使、天使が今後人間と関わらないと確約するのなら……それなら、彼は止まってくれるのかしら?」
「ふむ……話し合いが平行線を辿る以上、二度と相見えることが無ければ争いは生じない、か……それならば、まだ希望はあるかもしれんな」
だが、とドライグは続ける。
「仮にお前たちがそれを確約したとして……お前たちは存続できるのか?」
人間の少子化問題と同じだ。人口縮小が原因で『悪魔の駒』を生みだしたと言うのに、元となる人間がいなければ増える訳が無い。
緩やかな滅び。寿命の違いがある以上は人間よりも緩やかになるだろうが、それでもいずれ来たる滅びを避ける事は出来ない。
まぁ、その時はその時で諦めるしかあるまい。今滅ぶかゆっくりと滅ぶか、違いはそれだけの話だ。
ソーナは、それを分かった上で頷く。
「人間の知識や発想は素晴らしい物があります。それを学び、生かすのが私の夢でした……ですが、こうなってしまえばどうしようもありません。方法がそれ一つだと言うのなら、私はリアスの意見に賛成します」
「会長! でも、会長の夢は……」
「黙りなさい、匙。これは我々だけの問題ではありません。種族が滅びようとしているのに、自分勝手な我儘が赦される訳が無いでしょう!」
それに、学ぶだけなら冥界でも出来る。種族全体を危機に陥らせてまでやることではない。
だが、問題があるとすれば転生悪魔達の事だろうか。彼らは冥界に住み、人間界に戻る事は二度とできない。親、兄弟姉妹、友人……あくまではない者とは、もう二度と会う事は叶わないだろう。
「どちらにせよ、選択は相棒次第だ」
彼の選択次第で、世界の命運は決まる。
●
曹操は冷や汗を垂らしながら、辺りの惨状を見回し、最後に一誠を見る。
「……化物め。元々俺以外の英雄派のメンバーじゃ勝ち目なんて無かった筈だが、それでもここまで……」
「お前でも勝ち目なんてねぇよ。最初からな。──俺と敵対した時点で、お前の負けは決定済みだ、負け犬」
横薙ぎに振るわれた剣を紙一重で避け、咄嗟に禁手状態へと移行する曹操。反応速度はやはり人間の限界速度に達している。
ましてや神仏にとって最悪の武器である『黄昏の聖槍』を持っているのだ。一誠のような反則的な存在でも無ければ、相手をするのは厳しいだろう。
「負け犬、か……確かにそうかもしれないね。だが、俺とこの槍さえあればまだやり直せる」
「オーフィスの力は取り戻した。サマエルはもういない。残った神滅具所有者もお前だけ……この状態で、まだやり直せると本気で思ってるのか? だとしたら、お前はもう救いようのない馬鹿だよ」
無造作に剣を振るう。長さは二十メートル程度で、既に遠く離れているグレモリー眷属には届かない程度の長さだ。
あちらはまだ後。今は曹操だけを狙う。
「──ッ!」
身を屈めて剣を避け、そのままの踏み出して至近距離へと動く。距離が空けばリーチの長さで不利になると悟ったのだろう。
一誠の目の前に来た瞬間、球体の一つを使って一誠の背後へと回る曹操。そのまま聖槍を振るうも、僅かに早く反応した一誠はそれを
聖槍の力は未だ底が見えない。神仏を滅ぼせるだけの力を容易に出せる以上、防御に慢心して攻撃を受けると言う選択肢は無い。
それに、人間の限界をはるかに超えている今の一誠なら、受ける必要性も無い。
「──お得意の魔術は使わないのか?」
「使えないのさ。説明は面倒だ、あの世でハーデスにでも聞け」
ハーデスにも詳しい説明はして無いが、と呟き、高速で剣を振るう一誠。
斜めに切り裂かれたビルが倒壊するが、二人はそれに頓着せずに空へと移動する。曹操は
振るわれた剣を空中で受け流し、
しかし、曹操も木場同様に技術までは反映できていない。
だが、それでも十分目くらましにはなる。
一誠の視界の一部を塞ぐ形で現れた人型は、直ぐ様一誠の刃で斬り裂かれる。
「キリが無いな。もう少し力を使う必要がありそうだ」
速度の面では勝っているが、技術の面で負けている。
本気を出せば曹操に視認させる事無く殺せるだろうが、それは些か面白くない。最後の舞台くらい、華々しく散らせてやるのが礼儀だ。
まぁ、礼儀なんて尽くす義理は存在しないのだけれど。
一誠の背中から三対六枚の翼が噴出する。色は赤、『神の如き者』を象徴する翼だ。
ただし、それは物質的なものではなく、純粋なまでのエネルギーの塊。『神上』に上がったと言っても、元は『神の如き者』の性質を宿している。使うことに慣れれば四属性全てを操る事さえ不可能ではないが、今はこれが限界だった。
「天使の翼か? 随分と洒落ているな」
「単なる装飾品だ。まぁ、お前みたいに防御の薄い奴が受ければたちまち体が吹っ飛ぶがな」
どこからが『薄い』と言うレベルなのか。どの攻撃を耐えられれば『厚い』と言えるのか。
一誠にとって、そもそも相手の防御力など関係無いのだ。どれだけ堅かろうと、どれだけ固かろうと、どれだけ硬かろうと、何も関係無く豆腐と同じ様に手応えさえ無く両断出来る。
そして、出現した翼を称するなら『爆弾』とでも言うべきか。
当たれば確実に曹操は爆砕する。生身で受け切れるような攻撃では無い。あれを受け止めきれるのは、それこそランキング上位の存在だけだろう。
「──ッ!?」
伸長し、複数の槍のように枝分かれした炎の翼が牙を向く。逃げ場が無い程の点攻撃を行い、曹操を逃がすまいと大規模な攻撃を続ける。
だが、それでは駄目だ。
自身を転移させる球体が存在する。ただ単純な面攻撃や点攻撃では、あの球体で完全に避けられてしまうし、更に言えば曹操は敵の攻撃を受け流す為の球体も所有している。まともな手段では攻撃を当てられない。
だが、曹操の持つ『武器破壊の球体』と『女性の異能を封じる球体』は殆ど意味を成さない。前者は破壊そのものが不可能だし、形を変えて一誠を貫こうにも聖槍本体で無ければ恐れる必要は無い。後者はそもそも男に通じないのだ。
ザァッ!! と、聖槍に纏わせた聖なるオーラを広範囲に撒き散らす。
しかし、一誠はそれを乱雑に振り回した炎の翼で吹き飛ばす。
二人とも同じテクニックタイプでありながら、速度と火力の面で格が違う。故に、曹操は徐々に、確実に傷を増やして押されていた。
「
球体の一つが翼とぶつかり、爆砕する。同時に翼が一つ失われ、その空いたスペースへと曹操が入り込む。
「へぇ。焦ったか、曹操」
「こうでもしないと削りきられるからね!」
聖槍と剣をぶつけ、鍔迫り合いをする二人。
「本当は、今の君と戦えばごり押しだけでこちらが爆ぜると思っていたんだが──案外、そうでもないようだな!」
「抑えてやってんのさ。ちょっと本気でやれば都市丸ごと消し飛ぶからな」
先程隕石を落としている所を見ていた曹操は、それを嘘だと断じる事が出来ない。
一誠は右手に力を込め、曹操の体を押し返す。ある程度の距離が開くも、一誠はその距離を詰めようとはしない。
「苦しめ、絶望しろ。自分が無力だと、何もなせない唯の人間だと思いながらな」
「……それが、君の部下を殺した俺への報復か?」
「そうだな、そうとも言える。あいつはいい女だったからな──目的の為なら、ひたすらまっすぐ走っていた。唯一信用できる部下だったよ」
プリシラの事を思い出した刹那、一誠は苦々しげな顔を浮かべる。
救えなかった、とは言わない。『曹操と闘うな』というのは何度も言及していたし、実際プリシラ自身も聖槍を見て相性の悪さは分かっていた筈だ。
それでも戦ったのは、恐らく『オーフィスを守れ』という一誠の命令のせいなのだろう。
ヴァーリにオーフィスを預けた際、プリシラにも言明していた。予想よりも精神世界での時間が長かったと言う事もあるが、それは単なる言い訳に過ぎない。
彼女を死に至らしめる原因を創ったのは、一誠でもあるのだ。
自己満足の贖罪だと分かっていても、やらなければ気が済まない。
「だから、まぁ──お前だけは絶対にブチ殺す」
火力を上げる。背中の翼が一際輝き、灼熱の炎を発していく。横薙ぎに振るわれた翼はビルを倒壊させ、衝撃波を辺りに撒き散らす。
それに弾き飛ばされた曹操は、咳き込みながらも空中で体勢を立て直し、一誠の居るであろう方向を向き──そのままひざ蹴りを喰らって別のビルへと飛び込んだ。
「ぐ……ごほっ!」
背中を強かに打ち付け、倒れこんで咳き込む曹操。先程胸に喰らったひざ蹴りのせいで胸骨が二、三本と右腕が折れている。今までのような動きは不可能だろう。
剣を構え、翼を生やしたままの一誠がビルの中へと入ってくる。
「……ここまで、か」
「……意外と諦めが早いな。もう少し粘るものだと思っていたが」
「いや……実際、初撃で『敵わない』って思ったよ。こっちは限界ギリギリまでやってるのに、余裕のある顔でそれを遥かに超える速度や攻撃を出される……これじゃ、勝てる要素が無い」
眼を瞑り、槍を取り落として壁際に倒れ込んだまま、拳を強く握る。
どこで間違えたのか。
計画自体は達成できたはずだった。精神世界へと潜った一誠を殺そうとも思ったが、聖なる右が発動しないとも限らないため、出来るだけ動きを止める策を練ってオーフィスを捕える策を実行した。
どこから破綻したのか。
オーフィスから奪った力を使えば、聖なる右を超えるだけの力を出す事も不可能では無かった筈だ。しかし、現実問題としてオーフィスの力を利用できるまでの形にするには時間がかかり過ぎた。
どうするべきだったのか。
英雄派の幹部を招集し、冥界に来るまでは良い。だが、そこで一誠の狙いを悟れなかったことが問題なのか。いや、『神上』という存在こそ聞かされていたものの、どうやって至るかは曹操の思考の埒外だったし、至ったからどうなるかと言うのは想像できなかった。ならば、やはり、どうにかしてオーフィスと一誠を仲違いさせれば良かったのかもしれない。
詰まる所。
「俺は……何をやっていたんだろうな」
行動は間違いばかり。どうやれば成功するのか、シュミレートは出来ていた。一誠と言う存在が全てのイレギュラーだ。
どんな策を練ろうとも、真正面から力だけでそれを潰しきる。
どんな方法を取っても、まともに動きを止める事さえ出来ない。
そんな人間を相手に、どうやれば良かったと言うのか。
素直にオーフィスの手伝いをしていれば、こうして無様に這いつくばる事は無かったかもしれない。英雄派の仲間も死ぬ事は無かったかもしれない。
考えた所で無駄だと思いながらも、考えずにいられない。どうあっても自分はこういう人間なのだと、曹操は自嘲する。
「これで終わりだ。言い残す事があるなら聞いてやる」
「……無い。俺には、残す言葉も、託す相手もいない」
覇王は一代限りだ。それが永劫続く事は無い。──かつて闘戦勝仏が言っていた言葉を思い出した。
そして、「ああ、これが走馬灯か」と下らない事を思う。
「そうか。──じゃあ、死ね」
振るわれた刃は抵抗無く曹操の首を落とし、その左手はかの神器である『黄昏の聖槍』を持つ。
──ここに、英雄派は完全崩壊を喫した。