第七十三話:赤龍帝と白龍皇
一誠の振るった剣が僅かに上方へと弾かれ、その事に驚いている一誠の隙をついて木場とゼノヴィアが接近する。
エクス・デュランダルと聖魔剣を一度に受けても微動だにしない一誠だが、剣を弾いた原因を特定すると驚きと共に声を上げた。
「……リアス・グレモリーか。驚いた、一体なんだそれは」
「サイラオーグとの戦いの為に編みだしたものよ。元は対テロリスト用に、命を奪うことも辞さない気持ちで作った魔力」
リアスの魔力は『滅び』だ。大王バアル家に伝わる魔力で、サーゼクスがテクニック寄りとするならリアスはパワー寄りのウィザードタイプ。
極限まで高めた滅びのパワーを、右手一本に集約して使う。
身体能力なども必要になるし、ウィザードタイプであるリアスが近接戦闘を行うのは愚の骨頂だが、念の為と言う事で開発したものだ。
元々は遠距離から攻撃するためのものであり、使い方を変えれば滅びの魔力で武器を作ることも可能だろう。
悪魔の持つ魔力と言うのは、こういう風に応用やアレンジが効くからこそ、人間が魔法と言う技術形態を作ってまで使いたがるのだ。
「まるで『
厳密に言えば全く違うものだが、性質的には近い。『異能を打ち消す』か『全てを打ち消す』かの違いだ。まぁ、流石に「前兆の予知」までは持っていないと思いたい。
持っていたとしても、何とかならない訳ではないが。
「『幻想殺し』? それは何だ?」
「端的に言えば『異能を打ち消す右手』さ。魔術ってのは異界の理を持ち出す技術だ。世界を歪ませると言い変えてもいい。だが、もしも歪んだまま戻らなかったらどうする? 二度と元に戻らない、取り返しのつかない事態になることも無い訳じゃない」
その為に存在する、世界の基準点。
それこそが、幻想殺しと言うものの正体だ。
とはいえ、リアスのそれは幻想殺しとは違うし、そもそも幻想殺しが存在しているかどうかも定かではない。
要は「考えるだけ無駄」なのだ。例えあっても、今の一誠なら抵抗させずに殺す事も可能だろう。問題視するほどではない。
だが、今この場でリアスの力と言うのは厄介だ。
単純な力では無く、士気という面において。相手が強かろうと対抗する策が一つでもあれば心は折れない。グレモリー眷属はそうやって闘って来たのだから、一誠だってよく分かっている。
「それを使っても、サイラオーグには勝てなかったんだろ? そんなもので俺を斃そうってのかよ」
「策ならあるさ。僕らの王は、君に勝つための策を用意しているからね」
「へぇ、それは良い。少しは楽しませてくれよ、木場」
防ごうとすらしていない一誠は、木場を蹴り飛ばそうとするも、その直前で聖魔剣を盾にされ、剣を砕くも僅かなタイムラグで一誠のリーチから逃れ出た。
同時にゼノヴィアがデュランダルのオーラを極限まで高めて一誠にぶつけるも、それに頓着せずにリアスの方を見る。
あれさえなければ、一誠の勝ちは揺らがない。
木場の比ではない速度を持ってリアスへと近づき、横薙ぎに剣を振るう。──その瞬間、ほんの僅かに体が重くなった。
「
ソーナが視界に入り、そう呟くのが聞こえた。隣にはギャスパーがいて、眼が赤く輝いている。『
しかし、それでも速度は緩まらない。もちろんソーナの策もそれで終わりでは無い。
「オラァッ! 喰らえ、兵藤!」
ヴリトラの呪いを持つ黒い炎。解呪の難しい炎を放ち、動きを止めようと黒い炎の壁も現れる──が。
「この程度か?」
一誠の規格外の強さの前では、小細工は通用しない。
ヴリトラの炎を難無く吹き飛ばし、そのままの勢いでリアスの首を刎ねにかかる。
しかし、その直前でリアスは右手を使い、剣の軌道をずらすように動かして何とか剣を避けていた。先程もこれと同じ様に避けたのだろう。
だが、剣を弾かれても生身ならばどうか。剣を振った勢いで蹴りを繰り出そうとする一誠だが、横合いから飛んできたイリナの剣を避けるために反射的に一歩下がった。
「聖魔剣かと思ったが、そっちか」
イリナの手にあるのは光り輝く剣──一誠の力を模したものだ。
一誠が使っている剣と同質の剣ならば、あるいは一誠の防御を貫き得ると考えたのか。ソーナの策かリアスの策かは分からないが、賭けとしてはあり得るだろう。
だが、イリナの使っている剣の力を良く分かっている一誠は、続けて振り抜くイリナの剣を首で受けた。
皮膚に喰い込む事も無く、痛みも無く、傷を与えることも無い。
「な──ッ!?」
「イリナが使っている剣は確かに俺の剣と同じだ。が、純度が違う。才能の無いイリナでも扱えるよう、極限まで濃度を薄めた剣だからな」
一部の金属は敢えて純度を落とす事で硬質になるものもあるが、この場合は当てはまらない。『天使の力』はより純度の高い方が強いのだ。
故に、どう足掻いても攻撃は通らない。
まだ諦めないとばかりに放たれたリアスの魔力も、一誠は防がなかった。
木場の聖魔剣も、ゼノヴィアのデュランダルも、イリナの剣も、リアスの魔力も、ロスヴァイセの魔法も、匙の神器もソーナの魔力も通じない。
それでも、彼らの心は折れない。
だから、一誠は容赦なく叩き潰す。
聖魔剣を砕いて木場を蹴り飛ばす。肋骨が数本は折れて内臓が傷ついただろう。デュランダルを破壊する。両腕両足も折った、最早どうしようもない。ロスヴァイセは翼で右半身を消し飛ばし、匙とソーナも翼の一撃で腹部を貫く。
「なら、これでどうですか!」
穿たれる小猫の掌底──仙術による攻撃で内側から壊そうと言うのだ。
確かに外側からの攻撃ならば通じないだろう。しかし、内部からの破壊ではどうか。
仙術は魔法でも防ぐ方法が限られている。生命力にも影響のある仙術であれば、仮に神格へと至った一誠にも通用するのではないか──そう言った思いと共に、一誠へと直撃した。
しかし──その希望さえ、一誠は粉々に打ち砕く。
「内側から相手を攻撃するって魔術も、無い訳じゃないんだよ」
例えば『聖人崩し』。
あれは聖人にのみ効果のある特殊な魔術だが、仙術と似た部分も存在する。それが『内側から敵のエネルギーを暴発させる』こと。
それに、仙術の存在は前々から黒歌などを通して知っていた。ならば、対処をしておいてしかるべき。
一誠は小猫の攻撃に対して防御をしなかったが、仙術に対しては聖なる右を失った代わりに得た『防御機能』が働いた。
仙術は、一誠の内部にまで浸透していないのだ。
一瞬の空白を置いて、強烈な蹴りを喰らって吹き飛ぶ小猫。もはや叫び声を上げるだけの力も無いのか、ぐったりとしたまま動かない。
「よくも──」
「よくも、なんだよ。感情的になるのは良いが、それに見合うだけの強さはあるのか、オマエ」
今度こそ、リアスが吹き飛ぶ。
直感的に放った消滅の魔力を圧倒的に超える威力の閃光が放たれ、リアスの体を吹き飛ばしたのだ。未だ生きてはいるが、強烈な光を浴びたのだ。悪魔にとっては猛毒に等しい。
横から飛んでくる雷のブレードを弾き、黒い炎を霧散させ、魔法攻撃を受けつつも歩く。
右手の剣は神々しい光に包まれ、それだけで下級の悪魔なら滅してしまいそうな威圧感を放っていた。
「い、いやだ……」
ギャスパーは、それを見て呆然と呟く。
グリゴリの力を借りても強くなれなかった。どんな策を弄しても、どんなに強い力でも一誠には通用しなかった。
殺されたくない。グレモリー眷属の皆に死んでほしく無い。
今ある刹那を、守りたい。
その想いが、ギャスパーの神器を覚醒させる為の火種となった。
「時よ、止まれ──!」
赤く、紅く。煌々と輝くギャスパーの眼は、その力を更に引き上げる。
──それは、視界に入ったもの全ての時間を停止させる、極限の無間大紅蓮地獄。同時に、ギャスパー自身の速度を跳ね上げる時間操作の一面を持つ禁手だ。
時間と言う何者も逃れる事の出来ない縛鎖を持って、一誠を止めにかかる──が、それだけでは収まらない。
禁手へと至ったギャスパーの体から、暗黒が滲み出る。この世全てを黒く塗りつぶすとでも言わんばかりの暗闇が、辺り一面に広がった。
この区域一帯にドーム状に広がった闇は辺りを飲み込み、光の届かぬ異界を作り上げる。しかし、その中でも互いの姿はハッキリと見えていた。
光さえも飲み込む闇。
それが、凄まじい速度で一誠へと群がり、その肉体を消失させようとしている。
「これは……ヴァンパイアの力か?」
右手に持った剣の輝きが抑えられ、黒く染まったこの異界の中で一誠を消失させようとしているギャスパー。
全てを喰らう暗黒。何人も逃れ得ない闇。
常軌を逸した現象に驚く一誠だが、ギャスパーの攻撃を受けてもなお平然とした様子で立っている。より強力になった時間停止の縛鎖も、ヴァンパイアとして覚醒した力も、一誠の域にまで届いていない。
視界の及ぶ範囲における時間の停止もギャスパー自身に対する時間の加速も、一誠には取るに足らない要素だ。
しかし、ヴァンパイアの力だけは妙だと感じる。
リアスがかつて『変異の駒』と呼ばれるものを使用して眷属にしたヴァンパイアハーフ、ギャスパー・ヴラディ。
彼を追い出したヴラディ家が恐れていたのは、『停止世界の邪眼』ではなく、彼自身の力の方。
確かに、これだけの力があれば恐れられもするだろうと一誠は冷静に観察する。
今もなお右手の剣を喰らおうと、キメラのように闇そのものが形を変えていた。無数の闇が襲いかかるも、やはり一誠は微動だにしない。
「……へぇ。中々面白い力だが、こんなものか。もう少し早く知っていれば、吸血鬼って存在を詳しく調べても良かったんだが」
今は、特に興味が無い。
力は手に入れたし、神滅具を集めるために吸血鬼の集落に乗り込む必要があるが、それでもこの程度ならば興味は無い。
背中で噴出していた翼も喰われているが、まだ十分に力は残っている。右手の剣をより強く顕現させ、この異界そのものを切り裂いた。
闇が晴れる。
同時に剣を振るい、ギャスパーを両断して──異変に気付いた。
「空が……夜から元通りに切り替わっている?」
それは、『神の力』の敗北を意味していた。だが、あれを斃せる存在など今の冥界にいるのだろうか、と一誠は思案する。
『超獣鬼』との戦いである程度疲弊していたとはいえ、ルシファー眷属を相手取ってもまだ余裕があり、恐らくは別の都市を襲った時点で攻撃も受けただろうが、『神の力』の敵になり得る者が居るとは考え辛い。
それこそ、ランキングでトップテンに入るレベルの実力者が居れば話は別だが──と、そこで一人の人物が脳裏をよぎる。
「……ヴァーリ、か?」
神器システムを弄り、ドライグとアルビオンに仕掛けてあった枷は既に外れている。肉体を顕現させたのは『覇龍』による副次効果のようなものだが、ヴァーリとアルビオンなら、あるいは『神の力』を斃せるかもしれない。
ならば、次はどこに向かうと考えるべきか。
ヴァーリの事だ。一誠との決着をつけようとここに向かっている可能性も高い。『神の力』が斃された時間は分からないが、先の異界に入ってからと考えるとそう時間は経っていないだろう。
一誠もヴァーリとの決着を望んでいるし、彼との決着は最高の状態でつけなければならない。
手早くグレモリーとシトリーを潰そうと一歩踏み出した刹那、強烈な衝撃を受けて弾き飛ばされる。
●
「ありゃりゃ、効いて無いっぽいわね、あれは」
「遠目で見てても思ったんですけど、あの人って人間止めてません?」
「何を今更。あいつは最初っから人間止めてるぜぃ」
「彼に対してなら、全力を振るっても良さそうですが……どうするんですか、ヴァーリ」
「俺がやるさ。あいつとの決着は、俺がつけるべきだ」
声がした方向を向けば、誰かが居た。
銀髪蒼眼の少年──ヴァーリを筆頭に、六人。フェンリルやゴグマゴクも「人」と数えて良いかどうかはともかくとして、ヴァーリチームが勢ぞろいしている。
怪我など無論ない一誠はそちらを向き、疑問を投げつけた。
「ヴァーリか……随分と早かったな。まだ『神の力』を斃してそんなに時間が経っていないだろ?」
「あれは『神の力』と言うのか……俺達が早かったのは、ルフェイと黒歌がこの場所に転移したからだ」
場所が分からなかったが、ヴァーリ達が戦った街から一番近い場所を選んだ結果、この首都リリスになった。
転移直後に魔力弾をぶつけたのを咎めても、この程度は効かないとヴァーリが思っていたからだろう。謝る気は全くない。
一度だけ嘆息し、一誠は改めてヴァーリの方を見る。
神器は出していない。それは一誠も同様だが、ドライグ自身が顕現しているので大して変わりは無い。
「──決着をつけよう、兵藤一誠」
「──あぁ、同感だ、ヴァーリ」
合図は、それだけで十分だった。
白い鎧を纏ったヴァーリと一誠がぶつかり、同時にはじかれ、更に空中へと駆けてぶつかり合う。
ヴァーリの基礎的な力が更に上がっている。元々天才的な強さを誇っていたヴァーリが更に強くなると言うのは、一誠にとって全力を出し得る相手になるかもしれないと言う事。
今はまだ小手調べだが、これだけでも十分強い。とはいえ、まだ不十分。
「こんなものか?」
振るわれた刃は空を裂き、ヴァーリの残像を切り裂いた。
同時に横から蹴りを喰らう一誠だが、それを左手でガードして真正面から睨み合う。
「全力を出せよ、ヴァーリ。出し惜しみすると死ぬぞ?」
「分かっているさ。今ので、俺も全力で戦える事が分かって嬉しいくらいだ」
にやりと笑うヴァーリは、逆の足で蹴って反動で後ろに跳んだ。
距離を取って相対し、宙に浮いたままの状態でヴァーリは詠唱を開始した。それと同時に、一誠もまたその詠唱を開始する。
「我、目覚めるは──律の絶対を闇に堕とす白龍皇なり──」
「我、目覚めるは──真理の果てへと到りし赤龍帝なり──」
互いに全力を出し得る相手だと認め、その力を発揮するために──赤龍帝の力を、白龍皇の力を限界まで出し切る。
歴代の怨念を、かつて争った二人の決着を、今この場で晴らす為に。
「無限の破滅と黎明の夢を穿ちて、覇道を往く──我、無垢なる龍の皇帝となりて──」
「無限の滅びと赫灼たる夢を抱きて、覇道を往く──我、緋き龍の帝王となりて──」
輝きに包まれていく二人。
赤と白の二つの光は混じり合い、それに伴って爆発的に威圧感が巨大化していく。存在感が肥大化していく。最早、今の二人に敵は居ないとばかりに。
「「「「「「汝を白銀の幻想と魔道の極地へと従えよう──ッ!!」」」」」」
「「「「「「汝を深紅に染まりし獄道へと導こう────ッ!!」」」」」」
『
閃光が爆発する。白銀の閃光と緋色の閃光が混じり合い、互いに神器に封印された二天龍の力を最大まで発揮する。
そして同時に、二人はその中に潜む龍を顕現させた。
「ドライグ──ッ!!!」
地上にいたドライグが空を舞い、一誠の後ろに並ぶ。ドライグの体も紅く輝いており、一時的に顕現していた体に力が流入されていく。
それは相対しているヴァーリもまた同じ。ヴァーリの背後に現れたアルビオンは白銀に輝き、神器に封印されていた力を余すことなく発揮する。
ドライグとアルビオンは『覇龍』の力で肉体を顕現させただけであり、二天龍は完全に神器の中から出た訳ではない。
故に、一誠とヴァーリは未だにその神器の力を使用する事が可能だ。
倍加と半減。
互いに相反する能力であり、永き時を駆けて争う二頭の龍。
その永き闘争に幕引きをするために──最後の争いをするために、互いに初撃から最大の威力を放つ。
莫大な力を誇る赤い龍は、その力を更に膨大に跳ね上げ。
莫大な力を誇る白い龍は、相手の力を奪い続け。
今代の赤龍帝と白龍皇の二人は、笑みを浮かべつつも相対して構える。
一誠に鎧は無く、左手に籠手を装備するのみ。これだけでも、ドライグとの繋がりを強く感じられる。
対するヴァーリは全身鎧を着込み、アルビオンの力を余すことなく自分の力へと変換し、制御している。
「さぁ──決着をつけるぞ、ヴァーリ」
「望むところだ──兵藤一誠」
威圧感がびりびりと空気を揺らし、空間に軋轢を生んでいく。それほどまでに強大な力を持つ二体が──ぶつかった。
「やれ、ドライグ──ッ!」
「吹き飛ばせ、アルビオン──ッ!」
莫大な力は制御され、同時に放たれる。
刹那──音という音が消えた。
空が爆発して一色に染まる──否、赤と白が混じり合った奇妙な色合いを見せ、その力が拮抗している事を窺わせた。
衝撃波だけで辺り一帯は更地に変えられるほどの威力。全力で放った力は空間を歪ませ、その奥に潜むものが二天龍へと眼を向ける。
それは赤い龍だった。
黙示録に描かれし龍。オーフィスと並んで世界最強の座につく究極の『
空間の亀裂に飲み込まれ、舞台は冥界の空から次元の狭間へと移る──