いもうとごころはふくざつ
【魔法使いの世界】
「……これは、驚いたな」
「……ええ……」
士郎が若干引き攣った声で感想を述べると桃子もかろうじて頷く。
燦々と太陽が大地を照らす。
海は真っ青に透き通りとても日本とは思えない。
足元はきめ細やかな白い砂で出来た浜。
少し行った所に別荘のような建物が立っている。
他の皆はなのはとアギト、敏彦以外は呆然としている。
なのはとアギトは敏彦に早速質問している。
「ここもしかして【匣庭】なんですか?」
「なのはちゃん大正解〜」
「えへへへ」
「へえ、流石マイスターだな。【気候調節】だけじゃなくて【時間圧縮】もしてるのか」
「よくわかるねー、某魔法先生の技術をヒントにしたんだよ」
「じ、時間圧縮?」
アリサがどんどん出てくる常識外れた言葉に思わず突っ込んだ。
「ここはあの水晶の中なんだよ」
「ええええ!?」
「ただ場所移動したんじゃなくて水晶の中に作られた【世界】なんだよ」
「すごいです……」
「言葉も出ないわ……」
すずかは感嘆の声を上げアリサはうんざりした顔になる。
そんな話をしていると建物の方から男性が歩いてくる。
黒髪で20代くらいと思われる男性は歩いて来て士郎達に頭を下げた。
「はじめまして、『クライド・ハラオウン』です。お迎えにあがりました」
男性、クライド・ハラオウンは笑顔でなのは達を出迎えた。
「ではクライドさんは【魔法使い】ではないんですか?」
「ええ、事故で大怪我をしていた時に助けられましてね。11年間も意識が戻らなくて怪我の治療費や11年間分の体調維持費などを返す為に数年程度働く契約なんです」
「お金は駄目なんですか?」
「ええ、とてもじゃないけど払えきれる額ではないので」
アリサの疑問に苦笑しながらクライドが答える。
実際最初クライドも金銭を払おうとしたのだがあまりに高額で払えたものではなかった。
文句を言おうにも実際死にかけていた体を完全に治療してもらい、11年間も意識不明の面倒を見てくれたのだ。文句を言う事など出来ない。
やがて白色で統一された綺麗な別荘が見えてきた。その前ではパラソルが設置されテーブルとイスが人数分用意されている。
そしてそこには——
「ようこそ、【魔法使いの世界】へ」
高町恭也と同い年かと思われる高校生くらいの男子、
--【魔法使い】--遠坂時臣が笑顔でなのは達を出迎えた。
「はじめまして、遠坂時臣です」
「なのはの父の高町士郎です、こっちは妻の桃子です」
「はじめまして遠坂さん、なのはがお世話になったそうでありがとうございます」
「いえ、こちらも何の許可も無く娘さんを【魔法】の世界へ引き摺りこんでしまった」
「……確かに大変かもしれません、でも今のなのはを見ている限り文句を言う気にはなれませんよ」
士郎さんの視線の先にはアリサやすずか、アギトにリニス達と楽しそうにお菓子を食べているなのはちゃんがいる。
--「お父さん、【魔法使い】はね。「寂しがり屋」さんなの」--
いやはや、最初なのはちゃんの両親が来てると聞いた時は危うく
「うちの娘をなんて世界に引っ張り込んだ!!」
とか文句言われるかと思ってたけどなんか優しい答えが返ってきたな。
「ところでなのははどうですか?」
「【魔法使い】の資質は高いですね。集中力も理解力も良い」
「いえ、なのはは可愛いでしょう?」
え?いきなり娘自慢が始まるの?
「ええ、確かに可愛いですね」
「そうでしょう!ところで遠坂さんには恋人は居らっしゃるんですか?」
「は?」
「にゃあああ!お父さん!!」
恋人がいるかと聞かれたら横からなのはちゃんが凄い速度で入ってきた。
え?なに?どういう事なの?
「おや、なのは友達と話さなくてもいいのかい?」
「お父さん!」
「あらあらあなた、ちょっと急ぎ過ぎたかしら」
「ふむ、そうかもしれないね」
「にゃああああ……!!」
……どうしたんだなのはちゃん、悶えてるけど。
「あの、先生……」
「どうしたんだいすずかちゃん?」
悶えてるなのはちゃんをアリサちゃん達が声をかけてる横ですずかちゃんが話しかけてきた。
「いつ頃から訓練するんでしょうか?」
「そうだね、じゃあなのはちゃんも一緒に始めようか」
「帰るのは何時頃になりますか?」
あれ?敏彦説明してないのか?
「明日になるけど?」
「え!?」
「まあ、明日と言っても【ここ】の時間で明日なだけであって実際は1時間しか経ってないけどね」
「どういう事なんですか?」
「【ここ】の24時間は外での1時間とイコールなのさ」
「ええええ!?」
おー、みんな驚いてる。
「敏彦から渡された腕輪はここへの許可証と同時に時間のずれの老化の抑止の効果もあるんだ」
「どんだけ非常識なのよ……」
アリサちゃんが遠い目をしている。まあ言いたい事はわかるよ。
「それは便利ですね、もし良ければ息子達と練習で使いたいくらいですよ」
「連続して使用しなければ1週間に1度くらいなら構いませんよ」
「いいんですか?」
「事前に言ってくれれば準備しておきますよ」
「ありがとうございます」
さて、ではそろそろすずかちゃんとなのはちゃんの訓練を始めますか。
時臣がすずかとなのはの訓練を始めた頃、
少し離れた所に置かれたテーブルを囲んで大人達が話していた。
「クライドさんはご家族は……?」
「——妻と息子がおります」
「お会いにはならないんですか?」
「正直に言いますと今すぐにでも会いに行きたいです。……ですが11年も前に死んだと思われた自分が会いに行けば問題しか起きない……。それに聞いた話では元気に育っているとの事です、リンディとクロノなら大丈夫でしょう」
「クライドさん……」
少し寂しそうに笑うクライドに桃子と士郎は何とも言えない表情をする。
「それについてですが」
我関せずと紅茶を飲んでいたイリアが急にクライドに話しかけてきた。
「兄の「占い」でそう遠くないうちに貴方が家族と出会うと出ていました」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ、兄も貴方の事をいろいろ案じているようです」
あっさりと嘘を真顔で言うイリア。
だが全てが嘘ではない、実際時臣はクライドの身を案じて彼の家族の事を調べたりしていた。
しかしそれは「原作」との差異を確認する為が本命だが。
「占い」も最早「原作」等と言う「何も無ければ恐らくこうなる」程度の指針でしかない。最早物語は大きく変わっている。
(それにしても管理局の動きが早いですね)
時臣とイリアの調べでは既に管理局からジュエルシードの回収の為に管理局の艦船『アースラ』が発進したとの事だ。
「原作」ではジュエルシードの回収中に起きた次元震を観測してからここに来る筈だった。
しかし既に管理局は行動を起こしている。つまり原作にはなかった「何か」が管理局を動かした事になる。
「もしも貴方の家族に会う事があったらそれとなく貴方の事を伝えておきますよ」
「何から何まですみません」
「仕方ありません、11年前に死んだと思われていた人物がロストロギアに関わったなど管理局にとって格好の的でしょう」
「……そうですね」
「それに治療費も完済してもらわないと困りますからね」
「ははは……」
イリアの辛辣な言葉にクライドは苦笑で応える。
「さて、そろそろ私は兄の所に戻ります」
「なのはをよろしくお願いします」
「——まあ、大事な【弟子】ですからね。……あと兄は今のところはなのはを妹のように見ていますので」
「あらあら、じゃあなのははもっと頑張らないと」
「——御自由に」
すたすたとなのは達の所に歩いていくイリア、なぜか途中にいた敏彦を見えない速度でぶん殴った。
「ありがとうございます!?」
「……どうしたの、イリア?」
「——いえ、なんでもありません」
憮然としたイリアを不思議そうに眺める時臣を桃子やクライド達は笑顔で見つめていた。