えーす しどう
八神はやて--それは少女の『はじまり』の日--
——女性が泣いている——
顔は良く見えない、声も聞こえない、でも彼女が泣いているのだけは「わかる」。
どうして泣いているのだろう?
声をかけようとして——体が動かない。
頭から指先まで微動だにしない。声を出そうとしてもまるで出そうにない。
なんとかしないと——
必死に彼女に近づこうとする、でもそれは「いつも」叶う事はなく——
「ん……」
カーテンの隙間から入る朝日で目が覚める。
体を起こして周囲を見渡す。それは毎日見ている「わたし」の部屋。
「はあ……、またあの夢かいな……」
わたし、『八神はやて』の朝は溜め息から始まった。
わたしの名前は『八神はやて』。ピチピチの8歳の美少女や!
ちょっとした「都合」で学校は休学してる。家族はわたし——「1人」だけ——
わたしの家族は小さい頃にもう死んでもうてこの一軒家に1人で暮らしとるんや。
時々寂しいとか思う日もあるけど大丈夫やで。何でも「父さんの友人」や言うてる人がいろいろ援助してくれとるから生活は問題無しや。
わたしもあった事無いんやけど時々手紙のやりとりはしとるで。すっごい忙しいらしいで。
朝食を食べたら愛用の車椅子「黒王号」に乗って病院で検査に行くで。
「おはようございます!」
「あら、はやてちゃん今日は早いのね?」
「うん、今日は友達と会う予定やから早めに来たんや」
病院に到着して看護婦さんと挨拶する。
——ふむ、そこそこの大きさやな——
「はやてちゃん、何か変なこと考えなかった?」
「ううん、何にも思ってないで?」
「……いいけど早く帰れるかは「先生」が決める事だからね?」
「ううー「先生」厳しいからなー」
「それだけはやてちゃんの事を考えてくれてるのよ」
「——何を話してるんだ?」
「あ、せ、先生!」
「お、おはようございます!」
咄嗟に笑顔で挨拶する。
腰まで伸びた綺麗な銀色の髪を緑色のリボンで三つ編みに、ジーパンにTシャツの上に白衣を着ている。
瞳は真っ赤で宝石みたい、そう言うと凄く照れるんでおもしろげふんげふん、可愛いんやで。
身長は結構あって170はあると思う、
——実にすばらしい物をお持ちです!あの大き過ぎず小さくもない!こう掴むときっと……!!——
「……また変な事を考えてるな」
「そんな事一切ありません!」
「……それで、今日はいつもより早いな」
あれ?完璧に誤魔化した筈なのに視線がキツイとはどういう事や?
「何でもこの後友達と会う予定があるみたいですよ?」
「……例えどんな予定があろうと調子が良くなければ時間はかかる」
「う……」
やっぱそうかー……
「……友達と時間通りに会いたいのならさっさと診察を始めるぞ」
「せ、先生!」
「ツンデレやな!」
「…………」
「は!心の声がつい!」
「……さっさと始めよう」
「あかん!怒らんといてー!」
今日の診察とリハビリはいつもよりキツカッタデス——
「……そんな事があったんだ」
「そうやー、今日の先生は一味違ったで……」
「あはは……」
テーブルに突っ伏したままわたしは友達の「月村すずか」ちゃんに答える。
彼女とはここ図書館で1週間くらい前に偶然出会ったんや。
最初は座った席が隣同士なだけやったんやけど、いつの間にか話す仲になって友達になってた。
それで今日のごうも、もといじご、——診察とリハビリが終わってすずかちゃんとこの図書館で待ち合わせしとったんやで。
「わたしの事よりすずかちゃんの方はどうなん?あの「彼」は?」
「うん!あのね!」
「……おおう」
すずかちゃんには好きな人がおって、一度この話題になるとマシンガントークになって胸焼けするんやで……
端におる司書のお姉さんなんかこの前泣きながら仕事してたん見てわたしも泣きそうになった……
あまりに長話になるんやけどきっかけはなんかの練習が何度も失敗して凹んどる時に何度も励ましてくれたのがその人らしいんや。それがきっかけで惚れたらしいで。その人は——
「写真を撮るのが生きがい」
「例えどんなに貶されても笑顔で立ち上がる」
らしい。——独創的な芸術家なんかな?この前は「料理が凄く上手い」とか言っとったけど。
やっぱりそういう職業で人とは違った感性持つと大変なんやろうなあ。
すずかちゃんも写真を何度か撮ってもらったらしい。顔真っ赤にしてもじもじしながら話すすずかちゃんに胸を撃たれたのはわたしだけじゃない筈。
「ええなあ、わたしの前にもそういう人来ないかなー」
「どんな人がいいの?はやてちゃん」
「少なくとも「あいつ」じゃなければええ」
「……ああ」
「あいつ」、名前も知らんのにある日図書館で本読んどったらいきなり話しかけてきたんや。
すっごい喧しい上にわたしの名前を知っとんたんや!気持ち悪かったわ!
最近はすずかちゃんと一緒に居ると近づいてこないからすずかちゃんの存在は天使やでー!
「あ、そうだ。はやてちゃん明日誕生日でしょ?ちょっと早いけどはいこれ誕生日プレゼント」
「おお!あんがとなー」
すずかちゃんから綺麗にラッピングされた小箱を貰う。
「ごめんね、本当なら明日はやてちゃんの家に行ければいいんだけど……」
「しゃあないよ、習い事なら」
「ごめんね」
「そん代わり!今度また「彼」の話聞かせてな?」
「う、うん」
やっぱかわええなー。
家に帰って晩御飯を食べてベッドに横になる。そして夜中に唐突に目が覚める。
……やっぱり1人は「寂しい」
1人でいる事には「慣れた」、でもそれでも寂しいと思う事がある。
すずかちゃんと出会った事で余計その思いは加速する。
——「家族」が欲しい——
それはどんなに願っても叶わない願いなのは判っている。でも——
「寂しいのはいやや……」
思わず口から想いが溢れる。一度溢れれば止まらない。視界が涙でぼやけてくる。
「寂しいよ……!!」
その言葉が出た瞬間、八神はやては「9歳」の誕生日を迎えた。