がんばーれ
クロノ・ハラオウンの「 」のはじまり
「クロノくん」
「レティ提督?」
声にクロノが振り返ると、そこには薄紫の長い髪を後ろで束ね眼鏡をかけた理知的な女性。
時空管理局本局勤務の『レティ・ロウラン』が立っていた。
「ごめんなさいね、急に呼び立ててしまって」
「いえ、特に用事もありませんでしたから」
レティに連れられて彼女の執務室にやってきたクロノはレティの対面のソファーに座っている。
彼女はリンディとは友人でありクロノとも何度か面識がある。
「フェイト・テスタロッサ、彼女の属託魔導師試験の採点を担当したけど彼女相当な才能の持ち主ね」
「ええ、彼女が管理局に入ってくれて今後の大きな助けになると思います」
「それと、現地でリンディが管理局に誘ったアリサ・バニングスさん。まだ管理局に正式に入る訳じゃないけど仮試験での動きを見る限りすぐにでも欲しい所ね」
「ですが彼女の世界では就労年齢がまだですので親の許可がまだ出ません。将来的には管理局に何らかの形で関わってもらえればと思っていますが」
「上が文句を言うでしょうけどリンディと私が言えば大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
「魔力が少ない中で面白い戦い方をするのね、それにデバイスに関しても興味があるわ」
「ええ、……それで何の御用なんでしょうか?」
クロノが質問するとレティは立ち上がって扉へと歩き鍵をかける。そして机の上の何かのスイッチを押して席に着く。
その瞳には先ほどまでの友人の息子に対する優しさは無かった。
「——これから話す事は内密にして欲しいの」
「わかりました」
「聖王教会からの『予言』と管理局の調査で判明したわ。『闇の書』の稼働が確認されたの」
「っ!!?」
クロノは一瞬叫びそうになるのを必死にこらえる。
『闇の書』
ロストロギアの中でも1級捜索指定のされている非常に危険なものだ。魔力蓄積型で、魔導師の魔力の根源となる『リンカーコア』を糧にその『ページ』、力を増やしてゆく。
全ページである666ページが埋まると、その魔力を媒介として破滅的な力を得る。
本体が破壊されるか所有者が死ぬかすると、白紙に戻って別の世界で再生。
様々な次元世界を渡り歩き、『守護騎士』と呼ばれる存在に守られ、魔力を食らい永遠を生きる。
破壊しても何度でも再生する、停止させることのできない危険な魔道書、それが『闇の書』だ。
「もうすでに被害者が出ているんですか?」
「いえ、こちらで調べた限りではまだ確認できていないわ」
「場所の特定は?」
「それなんだけど……」
そこでレティが少し言葉に詰まる。
「どうしたんですか?」
「管理局での捜索網には引っかからなかったんだけど、聖王教会の『予言』では場所が判明してるの」
「……何処なんですか?」
「——第97管理外世界、半年前に『PT事件』が起きた世界よ」
それを聞いた瞬間クロノが弾かれたように立ち上がる。表情は顔面蒼白で口をパクパクとしている。
「そ、そ、そ……」
「クロノ君?」
「そんなああああああああああああああ!!?」
クロノが頭を抱えて悲鳴を上げる。
——(まずいまずいまずい!!よりにもよってそこに!?闇の書は魔導師や魔力の多い者を襲っていた!!どう考えても彼女達が狙われるのは確定的に明らか!!考えればそっちの方がいいんだろうけど今回の件では聖王教会の『予言』があるから管理局は早期から介入するだろう!もしそこで管理局の頭でっかちと【魔法使い】が鉢合わせしたら……?)——
その結果を予測したクロノは絶望した表情でソファーにもたれかかった。
「も、もう駄目だ……!」
「く、クロノ君?」
「ど、どうしてこんな事に……!」
その様子を見ていたレティ・ロウランは1つの事を思い返していた。
11年前、彼の父親である『クライド・ハラオウン』は闇の書に関わり命を落としてしまったのだ。
他にも今までに多くの魔導師や大きな魔力を持った人たちが犠牲になっていた。
恐らくその事をクロノは思い出して憤慨したりしていると思っていた。
——実際はなのは達【魔法使い】と管理局の頭の固い『魔導師』や闇の書の勢力が接触した結末を考えていたのだが。
「……ごめんなさいクロノ君」
「レティさん?」
「そうだったわね、貴方のお父さんは11年前の闇の書で……」
「そ、それは……!!」
「リンディもクロノ君も闇の書の捜索にすぐにでも加わりたいでしょうけど」
「加われるんですか!?」
希望のこもった瞳でレティを見るクロノ。
それを見てレティは彼に父親を思い出す。彼の心に勇敢だった父親がきちんと生きているのだと思うとレティは微笑んでクロノを見つめる。
ちなみにまさに今この瞬間、クロノの父クライドとリンディは地球で京都の観光名所を巡っている。
京料理を堪能して旅館に1泊する予定である。
クロノの頭の中ではいかに【魔法使い】に知られる事無く『闇の書』を確保して、他の管理局の『魔導師』に【魔法使い】を知られないようにするかを必死に考えていた。
——(時臣さんはきちんと説得出来れば問題ない、問題はイリアさんとなのはだ……!イリアさんは普段は冷静だけど戦いに関しては一切妥協しない、もし万が一襲われたら最後まで戦うだろう……!そして……!!)——
クロノに脳裏に6枚の翼を広げ、次元航行艦の主砲以上の火力を放つ少女が思い浮かぶ。
——(彼女の周辺の人が被害にあったら、いや危険に巻き込まれる可能性がほんの僅かにでもあったら彼女は行動する!!そうなったら終わりだ!)——
なのはの身近な人だけをどこかに避難させれば確実にばれてしまう。そして事実を知ったら彼女は間違いなく行動を起こす。
それにそんな事をすれば管理局側にも気付かれてしまう。それは避けたい。
つまり現時点での最適な行動は、
まず【魔法使い】以外の事情を知っている人物全員に協力してもらう。
なのは達に気付かれずに速やかに『闇の書』と関係者を確保する。
そして封印なり破壊なりして事件を早期解決する。
それしかない。
クロノの中で1つの決心がついた。——絶対に彼女達を関わらせてはいけない——
「どうしても捜査に参加したいのなら私の方からも推薦しておくわ、それにリンディ達ならあの世界での経験もあるから大丈夫だと思うわ」
「ありがとうございます!!」
レティの言葉にクロノは頭を下げた。
「ところで最近リンディがちょくちょく休みを取ってるみたいなんだけど何か知らないかしら」
「え、ええ。それはですね……」
クロノの全身に一気に嫌な汗が噴き出す。
「ま、前からそうだったんですがあまり仕事ばかりだといけないと無理に休んでもらってるんです」
「……そうだったの、本当に母親思いなのね」
レティの優しい笑顔を直視できずに思わず顔を逸らしてしまう。
レティはクロノが恥ずかしがっているんだと思い、少し笑ってしまう。
クロノとしては間違っても休みは本人から取ったもので今は11年前に死んだはずの父親とデートしています。なんて事は口が裂けても言えなかった。
「それでは自分は早速ハラオウン提督と連絡を取って準備に取り掛かりたいと思います」
クロノは執務官としての表情で直立して敬礼をする。
レティもそれに応え、周囲を気にした後クロノに近づいて小声で話しかける。
「……『ギル・グレアム』提督は知ってるわよね?」
「……はい」
その名前はクロノはよく知っていた。
『ギル・グレアム』
かつては艦隊指揮官であり、歴戦の勇士。今は確か顧問官という職についている。
自分と母親とは旧知の仲で、自分の執務官研修を担当してくれていた事もあった。
彼の使い魔には『魔法』等の訓練を良く見てもらっていた。
「少し前から上層部が内密に彼の事を調べているみたいなの」
「え?グレアム提督を?」
「ええ、それもあまり良い意味ではないわ」
グレアム提督を調査?クロノとしては信じられない事だ。
あの落ち着いた中に穏やかさと厳格さを合わせもった人物、そんな人物が何か不正をしているとはとても思えない。
「もしかしたら貴方達の所にも誰か行くかもしれないから一応知らせておこうと思って」
「ありがとうございます」
「いいえ、それじゃあ気をつけてね」
「はい」
再び礼を言って彼女の執務室から出て歩き始める。そして母親に連絡をしようとしてデバイスを開いた所で急に立ち止まる。
——(グレアム提督は11年前に『闇の書』に両親と共に関わっていた、そして今『闇の書』の稼働が確認されてその少し前から提督が調査されている?)——
廊下の中央で立ち止ったままのクロノに時折不思議そうな顔をしながら管理局員が通り過ぎていく。
——(考えすぎか?いや、でも)——
頭に浮かんだのは簡単に「常識」を覆す【魔法使い】の姿。
開いたデバイスを閉じてクロノは歩き出す。
例え考え過ぎでも構わない、だがもし自分が考えている事が当たっているとしたら——!!
いつの間にか走り出していたクロノは自分の所属する次元航行艦『アースラ』の中に入りブリッジへ一直線に向かい——
「エイミィ!頼みたい事がある!」
「ほえ?」
短い茶髪のクロノより少し年上の女性でのんきに菓子を食べていたクロノの数少ない信頼できる人物、『エイミィ・リミエッタ』に声をかけた。