まじかるいーりーあ
【魔法使い】遠坂家の長女
「誰だ!!」
すぐにシグナムは声のした方へ剣を向ける。
「騎士であるのならばまずは自分から名乗るものでしょう?」
黒髪に黒い瞳、黒いジャージを着て手にはコンビニのビニール袋を持ったイリアがめんどくさそうな表情で立っていた。
「シャマル!!」
「間違いなく『結界』は張ってるわ!!いつのまに……!?」
シャマルは信じられないような顔でイリアを見ている。シグナムはいつでも攻撃を出来る姿勢で油断なくイリアを睨む。
『結界』の中にいるという事は彼女は——『魔導師』だという事。
その事実に2人は警戒する。
その様子を見てイリアは両手を上げて
「少しは落ち着きなさい、私は貴方達に関わる気はありません」
「……なに?」
「私はこのまま家に帰ります、貴方達が動物虐待をしようが関知しません」
「……見逃すと?」
「そうです、「あの子」は救おうとするでしょうが私や兄は面倒事が嫌いなのですよ」
そう言って少し迂回しながらシグナム達の横を通って去ろうとする。
イリアが完全に背中をシグナム達に向けた瞬間、シグナムはシャマルに目配せする。頷くシャマル。
「——すまない」
その一言と同時に一気にイリアに肉薄し振り上げた剣を振り下ろす。避ける事は出来ない、
そう確信したシグナムの耳に——
「——そうか、ならお前達は私の【敵】だ」
小さいが確実にシグナムに届く声、イリアの頭に振り下ろされた剣は弾き飛ばされ、
背中を向けていた筈のイリアはシグナムの方を向き、
袋を持っていない方の彼女の手には黒く禍々しい2メートルを越える戦斧を持ち、
「——————」
シグナムが捉える事の出来ない速度で戦斧は彼女の右腕へ振り下ろされた。
「ああああああああアアアアアアアァ!!!!!」
振り下ろされた戦斧の衝撃と咄嗟に後ろに飛んだ速度のままシグナムは受け身をとる事無く5メートル以上地面を転がる。
「シグナム!!!」
「アアアアアアアァ!!!」
シャマルが悲鳴に近い声を出しながら地面に転がったシグナムに駆け寄る。
シグナムの右腕は皮一枚でぶらぶらとまだシグナムの体と繋がっている。
「す、すぐに治療を……!!」
「やりますね、腕を斬り落とすつもりでやったんですが」
「!!!」
すぐ目の前から聞こえる声、顔を上げると既にそこには戦斧を担いだイリアが立っている。
「あ、ああ……」
「治療するのは止めません、ですが——私は「続けますよ」?」
「ひっ!!?」
咄嗟にシグナムを抱え、すぐ横に落ちていた彼女の剣を持って即座に飛んで逃げる。飛んでいる途中で魔法陣を展開して『転移』する。
それと同時に周囲の『結界』は消え、遠くの喧騒が戻ってくる。
「ふむ、逃げましたか」
イリアは戦斧を消すと倒れたまま動かない2匹の『猫』へ視線を移す。
「……使い道くらいはあるでしょうか」
1人頷くと視線を遠くへ向ける。
「何もせずにただ逃がしたとなると文句を言われそうですね、【追っ手】くらいは一応出しますか」
体の力を抜いて1度深呼吸する。
——【起】——
その言葉と共に無風だったイリアの周囲に風が巻き起こる。
——【命】、【追跡攻撃殺可】——
彼女の影がゆっくりと盛り上がる。
——【失探帰還】——
盛り上がった影はイリアの身長を越え、2メートル近くになる。
——【名】、【狂戦士】——
影はグニャグニャ動きながら【形】を成していく。
「行きなさい、——【発令】——」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
【それ】はアスファルトを砕き、空へと飛び上がり暗闇へ溶け込むように消えた。
「大丈夫!?シグナム!!」
「ああ……なんとか、な」
先ほどの場所より遠く離れたビルの屋上で必死にシャマルがシグナムの腕に『回復魔法』をかける。
「彼女、一体……」
「わからん、——全く動きが見えなかった」
「……魔力も感じなかったのに……?」
「……急いで戻るぞ、ヴィータ達と合流する」
「ええ、わか——!?」
頷いて移動しようと立ちあがった瞬間周囲を『結界』で囲われる。
そして一気に結界内に充満する膨大な魔力。
「な、なに——」
「シャマル!!!」
「え——」
シャマルが反応する前にシグナムがシャマルに体当たりする。その直後空から降ってきた「何か」がシャマルのいた場所をそのビルごと吹き飛ばした。
ビルの瓦礫をどけながらシャマルが体を起こす。
「な、なに、が」
「…………」
「し、シグナム!!」
「…………」
シグナムは答えない、見た感じでは全身が瓦礫の裂傷と打撲の傷だらけになっている。
「ォォォォォォ……!!」
「!?」
地の底から響くような声、瓦礫となったビル跡の中心に「それ」はいた。
2メートル近い全身を漆黒の鎧で隙間無く着こみ、震えているのかガチガチと鎧同士がぶつかる音が断続的に聞こえてくる。
その手には「鉄塊」としか表現しようのない3メートルを優に超えるだろう黒一色に塗り潰された装飾も無い巨大な大剣。
全身から止まる事無く吹き出し続ける黒色の『魔力』
「こ、今度は何……!?」
震えるシャマルの口から言葉が漏れる、すると漆黒の鎧のガチガチとなる音がピタリと止む。そしてシャマルの方を向く。
「あ、あ……!!」
「オオオオオオオオオオォォォォォォォォオオォォォ!!!!!」
周囲一帯に響き渡るほどの咆哮。
動物のような動きで跳躍して漆黒の鎧は腕が捻じれる勢いで剣を構え、シグナムを抱きかかえたシャマルに襲いかかる。
——真夜中の命をかけた【追いかけっこ】が始まった——