ぺ る そ
主と騎士
「どうもはじめまして」
「あ、はじめまして」
【彼女】との出会いは少女が病院でリハビリの休憩中。
椅子に座って休憩しているといつの間にか【彼女】は隣に座っていた。
「あなたもどこか悪いんですか?」
少女が尋ねると【彼女】は軽く首を振る。
「いえ、かつてはそうでしたが今は何の問題もありません」
「良かったですね治って」
「そうですね、ところで——」
【彼女】は少女の方を向き、笑顔で——
「『闇の書』の主であるあなたに聞きたい事があるのですが」
まるで世間話をするように話を切り出した。
「……では彼女は」
「うん、あの人、イリアさんはシグナム達の事いろいろ教えてくれた。
今までの『闇の書』の事も、
——今までの闇の書の主がどうなったのかも……」
「…………」
シグナムは言葉が出なかった。
『闇の書』が完成すると主を乗っ取って暴走し、破壊を撒き散らして世界を滅ぼす。
主は死に、闇の書は新たな主を求めて転生する。
——そんな事、知らなかった——
「……っ!!」
必死に喉から出かかったその言葉を抑え込む。
唇を噛み、耐える。ただ「嘘だ」と言えればどんなに楽だろう。だが——
「知らない」のだ。『闇の書』が完成した時「何が」起きたか「記憶」が無いのだ。
もしかしたら闇の書が完成したら自分達は居なくなるのかもしれない。
もしかしたら闇の書が完成するには自分達の犠牲が必要なのかもしれない。
もしかしたら——
可能性ならば幾つもあるだろう。だがそれでは「駄目」なのだ。
腕の中にいる少女、主である彼女が望んだのは「家族として一緒に居る」のだと。
だがこのままではゆっくりとだが闇の書の浸食は彼女の命を奪う。
しかし『蒐集』をしようとすれば再び【イリア】と名乗る少女と戦う事になるかもしれない。
勝てるのだろうか?見た事も無い【力】を使い、まるで歯が立たなかった彼女に?
そして【彼女】は主に賭けを申し出た。
——守護騎士が主に無断で『蒐集』を行えば、その「罰」を受けると——
「主……私は……!!」
「シグナム……」
声が震える、
悲しみではない、
喜びでもない、
これは——「怒り」だ。
自分自身へのどうしようもないほどの、呆れるほどの怒りがシグナムの中で渦を巻いている。
「申し訳ありません……!!私は……全てきちんとお話していれば……!!」
そう、はやての体の変調、その原因を知ったあの日に話してさえいれば——
「無断で『蒐集』を行わなければ!!」
主の為だと、「彼」の言葉に従って『蒐集』などしなければ——
「ううん、そんな事無い」
はやてが優しくシグナムの腕に触れる。
「シグナム達は悪うない」
「そんな事は!!」
「私はシグナム達の主で「家族」や」
「!!」
「家族」、その言葉にシグナムが目を見開く。
「家長としてシグナム達が私の体の事でいろいろ考えてくれたのは知ってたんやで?」
「それは——」
「夜遅くに皆でひそひそ話してたし、ヴィータは難しい顔しとったもん」
はやては楽しそうに話す。
「——だから、本当なら私からきちんと話をするべきやったんや」
はやてが決意した表情でシグナムを見上げる。
——『蒐集』なんかしないで家族皆で「最期」まで一緒にいてな?——
「主……!!」
シグナムは震えながら目の前の少女を見る。
まだ9歳、今まで長い間たった1人で生きてきた少女。
その少女の9歳の誕生日に彼女の前に突然現れた「家族」
「無論です……!我等守護騎士、如何なる事があろうとも主の前から消えたりなど……!!」
「あはは、ごめんなこんな頼りない主で」
「そんな事はありません!!」
苦笑するはやての言葉を即座に否定する。
「あなたは誰よりも優しく、我等には勿体なさ過ぎる主です……!!」
「な、なんや凄い照れるなあ」
真っ直ぐな讃辞に照れながら頬を掻くはやて。
「全ての責は守護騎士の将たる自分にあります、如何なる処分でも受けます」
「じゃあ、厳しいの考えとくで?」
「はい、お待ちしています」
2人は頷き合い、軽く笑いあう。そこへ——
「何を言っているんです主はやて、『闇の書』の主なら率先して『蒐集』を行い書の完成を急ぐべきです」
「誰だ!!」
急に後ろから掛けられた声にシグナムは抱き抱えるはやてを守りながら振り返る。
ピンク色の腰まで伸びる長い髪をポニーテールに、
独特な騎士甲冑を身に纏い、
手には刃の無い機械的な剣を持つ女性、
『闇の書』の守護騎士、烈火の将『シグナム』が立っていた。