かげ しゅりょう つぎ はじまる
自分=じぶん
「なんであんたは『蒐集』をさせんの?」
「え——」
「このままだと「私」は死んでしまう、助かるには『蒐集』しかない。……なんでや?」
「それは——」
「今まで望んでも手に入らなかった「家族」が今はいる。誰も彼もが「可哀そうに」と言っても誰も手を差し伸べてくれへんかった」
【はやて】は憎々しげにはやてを睨む。
「たった1人であの家で暮らして、親の友人とか言う人はお金はくれても一度も会ってくれへん」
ゆっくりと車椅子を押しながら【はやて】は前へ進む。
「毎日1人で朝から夜まで過ごすんや」
【はやて】が窓の外を見る。暗闇で覆われて外の様子は見えない。
「ずっと私は1人だったんや……
台風が来ても1人ぼっち、
地震が来ても1人ぼっち、
私が何をしたって言うんや、なんで私だけがこんな目にあわなきゃいけないんや?」
【はやて】がその場にいる全員を順番に目を合わせていく。
「やっと手に入れた「家族」や、絶対に離したくない」
最後にはやてと目が合う。
「なのに——私が、死ぬ、死んでしまう」
段々と【はやて】の瞳に狂気の色が混じり始める。
「嫌や、そんなん絶対嫌や」
俯いて首を横に振りながら呟く。
「折角家族が出来たのに——死ぬなんて嫌や——でも」
【はやて】が顔を上げる、その瞳には狂気のみが宿っている。
「『蒐集』をすれば私は助かるかもしれんのや」
「それは違う!!」
はやてが叫ぶ。
「何が違うんや?『蒐集』して『闇の書』を完成させれば私は助かるかもしれんのやで?」
「違うんや!『闇の書』は完成したら書の主を乗っ取って暴走するんや!!」
「必ず、とは限らへん、もしかしたら上手くいくかもしれん」
「だからっていろんな人からリンカーコアを奪うなんて……!!」
「——だからなんや?」
その瞬間部屋の空気が凍る。まるで部屋の温度が一気に下がったかのように。
「私は死にたくない、シグナムやヴィータ、ザフィーラにシャマル。やっとできた友達のすずかちゃん達と別れとうない」
【はやて】は絞り出すように語る。
「私は死にたくない、
「家族」と離れたくない、
「友達」と離れたくない、
その為なら——」
【はやて】の顔から一瞬で表情が消える——
「『蒐集』だってしたる」
彼女はそう告げた。
「…………」
シグナムはただ黙って目の前の【はやて】の言葉を聞いていた。
——私は「家族」と離れたくない——
「……シグナム」
腕の中ではやてが前に乗り出そうとする。
「主?」
「私を、あの子の前に連れてって」
「……わかりました」
シグナムが車椅子の【はやて】の正面に歩いていく。
「なんや?やっと私の言いたい事を理解出来たんか?」
「……こんの——」
「あ?」
「バッキャローー!!!」
「あがあっ!?」
「主!?」
「はやて!?」
「はやてさん!?」
はやてはシグナムの腕の中から飛び出し、体ごと【はやて】に体当たりした。
2人は車椅子ごと大きな音を出して倒れ込む。
「な、なにを——!?」
「あんたはアホか!?何考えてるんや!!」
あまりの突飛な行動にシグナム達は呆然としている。
はやては馬乗り状態になって首を横に振りながら叫ぶ。
「どんな事があろうと他人に迷惑かけちゃあかん!!」
「——な」
「『蒐集』は駄目や!!やっちゃあかん!!」
「それでどないするんや?「私」は死ぬんやで?」
「わかっとる!!」
「わかってても行動せな意味が無いで」
「わか……とる……!!」
「主……」
【はやて】の頬に何かが当たる。
「怖い——よ……」
「あんた——」
「怖いに決まっとる……!!」
それははやての流す涙だった。はやてはボロボロと泣きながらも【はやて】の言葉を否定する。
「死にたくない……よ……!でも……『蒐集』は……あか——ん……!!」
「…………」
「『蒐集』で、もしかしたら、助かるかもしれん。でも、無理なんや……!!」
「なんで諦めるん?やってみんとわからんで?」
「『闇の書』は壊れとる……、完成したら、暴走するんや……」
「万が一があるかもしれんで?」
「そんな万が一に皆に迷惑かけたくないんや……」
「はやて……」
泣きながらも自分が死ぬかもしれないのに、
それでも彼女は『蒐集』はしないと【自分】に告げる。
「……あんたはそれでええんか?」
【はやて】が無表情のまま尋ねる。
「怖いよ、1人ぼっちなら——『蒐集』もしたかもしれへん、——でも私は「1人」やない」
そう言ってはやては顔を上げてシグナムを見る。シグナムはただ無言で頭を下げる。
「あんたが言いたい事は良く解る、だって【私】なんやから」
「……そっか、なら最後まで苦しむとええ」
「——厳しい言葉やなあ」
「当然や、甘ちゃんには丁度ええ」
「……うん、私頑張るで」
「——頑張れ、「私」」
「——頑張る、「私」」
互いに笑顔で頷き、【はやて】がゆっくりとその姿が消えていく。
【はやて】が完全に消えてもはやては動く事無くその場に佇んでいた。
「主はやて……」
「あ、あはは……ごめんなシグナムに皆。みっともないとこ見せてもうたな」
「いえ、そんな事は一切ありません。主は我等の最高の主です」
「そうですよ、僕は素晴らしいと思います!!」
「…………へえ」
「あ、アリサさん?なんでレイジングハートを僕に向けているのでしょう?」
「……良く狙う為よ」
「な、なんでレイジングハートの先に魔力を感じるんでしょう?」
「……きちんと叩きこむ為よ」
「まっ——」
ユーノの声がアリサの攻撃の前にかき消された。
「……大丈夫か?」
「は、はい……」
「結構丈夫なんやね」
「非殺傷だからね、心配しなくて大丈夫よ」
煙の出てるユーノにシグナムが何とも言えない表情で声をかける。
その横でアリサがすっきりした表情で答える。
「これからどないしよか」
「何かしら動きがあると思うけど……」
「——その通りだ」
「「「「!!」」」」
突然かけられた言葉に全員が反応する。
シグナムははやてを抱えたまま守るような姿勢に、
アリサはレイジングハートを声のした方へと向ける、
ユーノはいつでも補助魔法が撃てるように、
声の主はゆっくりと現れた。
白衣を着た女性だった。
腰まで伸びる白に近い銀髪は後ろで緑のリボンで纏められている。
赤い瞳ははやて達を真正面から捉えている。
「せ、先生——!?」
「「「え!?」」」
はやての言葉に全員が驚く。
そこにいたのは、はやての通う病院ではやてを担当している「先生」だった。