ぬわー
開戦、壱
「——では、さっさと終わらせましょう」
イリアの体から黒色の【魔力】が噴き上がる。
「!!、皆集まれ!!魔力ランクの高い人は前!八神はやてと管制人格を中心に!!」
クロノが一気に指示を出す。皆は言われた通りに陣形を作る。
「グレアム提督!」
「わかった」
後ろから出てきたグレアムがクロノから杖の1つを受け取り前に出る。
そして八神はやての横に立つ。
「……こうして顔を合わせるのは初めてだね、八神はやて君」
「……ギル・グレアムさんですか?」
「ああ、君には謝らなければならない事がある、話さなければならない事がある。
……どうか聞いてくれるかな?」
「……わかりました、この修羅場を潜り抜けたら沢山私も話したい事があります」
「……ははは、わかった」
グレアムは軽く笑うと一番前に出る。
「それではよろしく頼むよ【魔法使い】」
「ええ、精々足掻きなさい『魔導師』」
「なあ、管制人格さん」
「は、何でしょうか主」
「融合騎って主と融合して強くなるんよな?」
「——はい」
「なら私と融合できるん?」
「……出来ます、ですが今の私では」
管制人格が視線を落とす。
「まともな力は大して残っていない私では主の足を引っ張るだけかと……」
「そんな事——」
「来るぞ!!!」
クロノが叫ぶ。イリアの周囲の魔力はまるで生き物のように形を変え掌へと集まっていく。
【衝撃、一線——】
言葉が空気に溶け込んでいくかのような感覚。
全員の全身が一気に緊張する。
「全員提督に魔力を!!」
全員が一糸乱れぬ動きでデバイスを構える。
【咆哮——!!!】
「『エターナルコフィン』!!」
放たれた【黒】と舞い上がる『白』が荒野で衝突した。
「——っ」
イリアの口から小さく舌打ちが聞こえた。
彼女の前では彼女の放った【咆哮】が『巨大な氷』を打ち砕けずにいた。
「「計画通り!!」」
敏彦とクロノが笑みを浮かべている。
「ど、どういう事よ!!」
「そのままの意味だ!!イリアさんは「今」完全な本気を出せない!!」
「ええ!?」
「敏彦さんの言う通りになりましたね!」
「はっはっはー!!どんなもんじゃーい!!」
「いいから説明しろ!!」
グレアムに魔力を分けながらシグナムが叫ぶ。
「時臣は熟練の【魔法使い】だ、それがちょっとかけられた【眠り】がいくら疲れているとはいえずっと効いてるとは思えない」
「——今も時臣さんに【眠り】をかけ続けている!?」
「そう、それにこの【世界】の構築と維持、時臣なら全然問題無いんだろうけどまだ【魔法使い】になって日の浅いイリアちゃんにはきつい。
それにあの氷漬けにされちゃってる【兵】達。あれの維持でも結構大変な筈だぜ?」
「それじゃあ、「今」のイリアさんだと本来の全力は出せない……!?」
「いえーす!」
ユーノの言葉に敏彦が笑顔で答える。
「それでもきついわよ!!こんなに魔力つぎ込んでるのにドンドン押されてるわよ!!」
「た、たし、かに——!!」
「ここで、踏み止まらないと……!!」
プレシアが悲鳴に近い声を上げ、リンディとクライドからも苦悶の声が上がる。
【咆哮】はじわじわと『氷壁』を削りながらクロノ達の方へと進んでいく。
「ぐ、う——!?」
「や、やばいわよ——!!」
「なあ、はやてちゃん」
「は、はい!?」
急に敏彦に話しかけられてはやては素っ頓狂な声を上げる。
「後ははやてちゃんが頼りだ」
「——え?」
「俺が時間稼ぎするから、その間に管制人格さんと決めといて」
「え、え?」
『氷壁』が【咆哮】によって砕かれる瞬間。
「トエエェェェェイ!!!」
「「「「「「「!?」」」」」」」
敏彦が奇声を上げながら【咆哮】に真正面から飛び込んだ。
「——な」
「わははははは!!」
全員が呆然とその光景を見る。
「魔力」をまるで持たない、デバイスも無い「一般人」が【魔法使い】の【攻撃】を正面から受け止めている。
「——そうか、兄の……!!」
「いえーす!持つべきものは友だよなあ!!」
敏彦の胸元で「交通安全」のお守りが光り輝いている。
「これ発動条件が「俺の命の危機」なんだよねえ!しかも守ってくれるのは俺だけ!なら一番前に出るしかないわな!!」
「——馬鹿な」
敏彦の行動にイリアも言葉を失う。
「ああ、そうだよ馬鹿さ」
「——」
「魔力も、力も、技術も、何も持ってない。でも「知っていて」何もできないのはきついぜ?」
【咆哮】の衝撃を受け止めながら敏彦は愚痴るようにイリアに話しかける。
「【魔法使い】にも『魔導師』にもなれない。何か特殊な力があるかって言えば何も持ってない。
——でも「あいつ」なら出来る」
「……それで、兄さんを使って自己満足ですか?」
「どうだろうな」
自嘲気味に敏彦は笑う。
「自分で出来たら何よりも一番だ。だけど、出来ねえのはほんとに歯痒いわー」
「だから他人にやらせるわけですか」
「まあね」
イリアの言葉を否定する事無く頷く。
「随分厚かましいですね」
「俺もそう思うわ、だけどさ」
敏彦は意地の悪い笑みを浮かべながらイリアを見る。
胸元のお守りが異音を出し始める。
敏彦が一瞬だけ後ろを見る。フェイトとすずかが何かを叫んでいるが【咆哮】の音で良く聞こえない。
「やっぱり女の子は笑顔が一番似合うんだよ!!」
お守りが甲高い音を立てて砕ける。
敏彦が【咆哮】に巻き込まれた瞬間——
「『エターナルコフィン』!!!!」
「!?」
先ほどよりも大きく魔力の込められた『氷壁』が【咆哮】を押し返さんと出現する。
「邪魔を——!」
「……」
イリアの見つめる先には白色のバリアジャケットを実に纏い、
髪は灰色に、瞳は緑色に、
6枚の黒い羽根を背中から生やした『はやて』が杖をイリアに向けて
「自らの足で立っていた」