どうしてもせつめいながくなる
これまでの事とこれからの事
「奴が?」
「ああ、【彼】も【彼女】と同じ厄介な存在でね」
【転生者】の事は今言っても面倒事にしかならないから後回しにする。
「【彼女】だけならはやてちゃんを昏睡にしても一時的なものですぐに助かる」
「なぜだ?」
「『闇の書』に殆ど魔力が無いからだよ」
『蒐集』をしなければ『闇の書』には魔力が殆ど無い。
「はやてちゃんへの大きな侵食も無かったから『闇の書』単体では脅威にはならなかった」
「——だから『闇の書』は魔力を求めた」
俺の言葉をイリアが引き継ぐ。
「それが——【小山田顕】だと?」
「ああ、はやてちゃんが昏睡になった日に【小山田顕】も意識不明でこの海鳴病院に運び込まれてる」
「なに!?」
流石に同じ病室にしたらクレームが来そうだったので下の階の病室にいる。
「どういう事だ……?」
「『闇の書』はまず【小山田顕】と簡単なラインを繋いで魔力を自分に持ってきた。
それで十分な量になった時点ではやてちゃんを『闇の書』の内部とでも言えばいいのかな、そこへ引き込んで乗っ取ろうとした。
そこで誤算が生じた。【小山田顕】も引っ張って来ちゃったのさ」
「じゃあ、あそこでの【彼】は……?」
「間違いなく本人です。おかしいとは思いませんでしたか?
『闇の書』の大きな侵食も無いのに何故シグナム達は『蒐集』を始めたのか?
あんなにも簡単に【彼】の言葉を守護騎士達が信じたのか?
そもそも——貴女の言葉を無視して守護騎士達が『蒐集』を始めると思いましたか?」
「——」
イリアの言葉にはやてちゃんが絶句してる。
はやてちゃんの記憶は
「シグナム達が【小山田顕】に唆される」
所から【彼女】と【彼】の創り出した【創作】に過ぎない。
実際ははやてちゃんが昏睡に陥ってすぐにはやてちゃんを監視しているグレアム提督の使い魔達に連絡してグレアム提督を呼び出した。
その後、皆が集合して簡単な状況説明をしたあとにイリアがはやてちゃん達の「夢」の中に入って内部から【転生者】の動きを牽制させて元凶を排除した。
なのはちゃんだといろいろ大変な事になるんで待機してもらったけど。
そして話は今へと繋がる。
「原作」でははやての命に関わる事態だった。しかしリインフォースも防衛プログラムもきちんと機能していない『闇の書』では
精々足が不自由くらいしか影響がない。
そんな状態で急に『蒐集』が始まるわけが無い。
11年前にイリアが防衛プログラムの一部を持ちかえって来た時にある種の【違和感】は感じていた。
プログラムから何故か【転生者】特有の歪みを感じていたが僅かだったので確信を持てなかった。
こちらの世界に来てからも何度か『闇の書』を調べてみたが上手く掴む事が出来なかった。
だが八神はやてが昏睡に陥った時、ついに【転生者】の反応が『闇の書』から一気に溢れて来た。
「【彼】が引き込まれた事で【彼】の記憶と【彼女】の記憶が混じり合って偏った形の【世界】が出来てしまったんだよ」
「【彼女】の薄れた記憶を【彼】がフォローする形になってしまい、【彼】を主軸にした「物語」が始まる——はずでした」
「そこに俺がイリアを滑り込ませたんだよ」
「【主人公】である【彼】、そして【ヒロイン】である【彼女】。後は言わなくても解りますね?」
「【ラスボス】って事か」
「ああ」
俺とイリアの言葉に敏彦が続く。リンディさん達も理解しているのか何度も頷いている。
……頷いているのは間違ってもイリアが入った【役柄】についてピッタリとか思ってじゃないですよね?
「——案の定こちらの予想した通りに両者とも動いてくれました。「物語」通りに進まそうとする彼等、
私はその都度彼等の動きをピンポイントで阻害してやればいい」
イリアがリンディさん達を軽く睨みながら話す。
心当たりがるのか目を逸らすリンディさん達。なのはちゃん、君もか……
「あ、だから猫さんの時とか私達が集まろうとした時とかに……?」
「そこですよ」
「え?どこですか?」
「「あなたがいない場所」での物事のやりとりを貴女が知っている時点でおかしいんですよ」
「——あ!?」
「1人称視点でありながら3人称視点ですすむ、自分がいないのにその光景を何処か遠くから見ている。まさしく「夢」のような体験でしょう?」
「なんで気付かなかったんや……」
はやてちゃんがイリアの言葉にベッドに突っ伏しながら呟く。
「それは仕方ないでしょう、「夢」だという自覚も無しにいきなり気付くのは難しいでしょう」
「そうよはやてちゃん、いきなりここは「夢」だなんて言われても理解できないでしょう?」
「それは、そうやけど……」
「何か問題でも?」
「……シグナム達が『蒐集』なんかするわけないのに何で気付かへんかったのか……!!」
「主……」
はやてちゃんが悔しそうにシーツを強く握って話す。
「突然始まる「物語」、
面識も無い時空管理局の面々が『闇の書』を抑えるのではなく真っ先に貴女を「助け」ようとする。
どうあっても『闇の書』を使わせようとする意思がそこかしこに見える。
まあ、私の記憶も多少流用した事で話が歪になったんですが」
『魔法』の世界に【魔法】が混じったせいで認識がおかしくなったんだよな。
イリアのちょっとした【攻撃】で敏彦の【お守り】が簡単に壊れたのもそうだし、
本気ではないとはいえ、イリアの【魔法】とはやてちゃん達の『魔法』が拮抗するのも。
【彼等】には【魔法】が理解できなかった。それゆえにイリアの【力】があやふやになってしまった。
イリアの「体験」した「人物観」と、彼等の「原作知識」の「人物像」がぶつかって動きがおかしくなった。
そういった隙間があったからこそイリアが自由に動けたんだけどね。
「あの……これから私達は……?」
はやてちゃんは不安そうにリンディさん達を見ている。
『闇の書』は今回は何も事件は起こしていないが、今までの様々な事件を起こした過去がある。
「危険なロストロギアはすぐにでも『封印』しなければいけません」
「っ!!」
「……だが」
リンディさんの言葉にはやてちゃんの表情が硬くなる。だけど言い辛そうにクロノが言葉を続ける。
「僕等にはもうどうする事も出来ない」
「?」
「あ、あー……主はやて」
「シグナム?」
「その、はやて、驚かないで聞いて欲しんだけど……」
「ヴィータ?」
「はやてちゃん」
「シャマル?」
クロノ達だけではなく守護騎士達の妙な緊張感に首を傾げている。
「主、『闇の書』は——既に完全に【消滅】させられています」
「——何が起こったんや」
「強いて言うなら……【魔法使い】は規格が違う、と言う事でしょうか」
ザフィーラの言葉に突っ込んだはやてちゃんに苦笑しながらリインフォースが答えた。
……それ絶対褒め言葉じゃないよね?
イリアが『闇の書』の中の【彼女】の【魂】を滅ぼした時に『闇の書』すら一緒に消滅してしまった。
【彼女】の【魂】が『闇の書』とほぼ同化していたのが原因だろう。
あの時の何とも言えない表情のグレアム提督には声がかけられなかったなあ……
隣でクロノがボリボリ錠剤食べてたけど。
「で、でもそれじゃあ皆は……?」
「今は【魔法使い】から預かった【これ】で各自体を保っています」
シグナムが俺が渡した10センチ程のクリスタルのような青色の六角柱を取り出す。
あれには【保存】と魔力が込めてあるので守護騎士達を保っていられる。
元々は海に魚釣りに行った時にクーラーボックスに入れて釣った魚の鮮度を保つ為に作った物を改良したんだけどね。
言ったら怒られそうだから言ってないけど。
「じゃあ、これからどうすれば……」
「それについてですが」
不安そうなはやてちゃんにイリアが笑顔で話しかける。
「私達の「提案」を聞いてもらえますか?」