じかいさいしゅうかい
『闇の書』の終焉、下
「すげえな……」
「ああ……」
痛む体を忘れて彼等は「それ」に目を奪われていた。
「それ」は例えるなら——「舞踏」だった。
彼女の剣が空気を裂いて振るわれる。その軌道はまるで予定調和のように「人型」へと吸い込まれ、切り裂いていく。
ある時は剣舞で敵を圧倒し、
ある時は剣を弓へと変え、敵を撃ち抜く、
ある時は剣が蛇腹となり、周囲をなぎ払う。
——とある武装隊の班の言葉
『まるで舞台を見ているようだった』
『戦いの最中なのに見惚れてしまった』
『彼女を見たら「勝てる」と思った』
『素晴らしい大きさだ。素晴らしい』
ヴィータタイプの「人型」にザフィーラタイプ、シグナムタイプとシャマルタイプの「人型」を30体近く倒した所で「人型」の増援が来なくなり、
シグナムはレヴァンティンを一度振り、大きく深呼吸をして警戒したまま空中に画面を出しオペレーターの少女『エイミィ』に話しかける。
「ひとまずの攻勢は退けたぞ、次は何処だ?」
『北、D地区でラーファン所属の4班、9班から応援要請が来ています』
「了解した、すぐに向かう」
「待ってくれ!!」
すぐに次に向かおうとするシグナムに班長が声をかける。
「どうした?」
「余計な御世話かもしれないが——気をつけてな」
「——ああ」
一度だけ笑みを浮かべるとシグナムはすぐに空へと飛び上がり、去っていった。
「状況は?」
「『闇の書』の第1波は各地区に展開した武装隊と遊撃の『彼女達』が撃退しました」
「分かったわ、まだ『闇の書』の攻撃は終わっていないわ。警戒を解かないように」
「了解です」
「……ふう」
艦長席に深く座るとリンディは軽くため息をつきながら目の前に広がる海鳴市の地図の映った画面を見る。
画面では中心に巨大な光点が光っており、周囲には無数の光点が周りに広がろうとしているのが判る。
「艦長、『闇の書』第2波に移ろうとしています!」
「全武装隊に通達!第2波の注意を!!」
「はい!!」
リンディの言葉にエイミィをはじめとするオペレーター達が一気に通信を開始する。
それを開始の合図のように『闇の書』の周囲の光点達が移動を開始する。
——【こちら闇の書、第2波を移動させた。第2波が半数を切ったら各騎士の本体を動かす。以上】——
リンディの頭に『念話』とは違う【声】が響く。エイミィの方を見ると彼女にも聞こえているのか僅かにリンディの方を見て頷く。
「艦長!南地区が押されています!」
「動ける者は?」
「……駄目です!今は全ての動ける人員はいません!」
「——『主』に連絡して」
「艦長!?」
「やむを得ません、このままでは『蒐集』による被害が出ます。
それだけは防がなければなりません。連絡を!」
「わ、わかりました!!」
リンディの強い口調に男性のオペレーターが急いで連絡を取る。
「おらあっ!!」
気合の入った声と共にハンマー、『グラーフアイゼン』を『シールド』を展開したシャマルタイプの「人型」に向かって勢いよく叩きつける。
『グラーフアイゼン』は『シールド』を叩き割り、「人型」を吹き飛ばす。
「次はどいつだ!!」
「『騎士』ヴィータ!」
ヴィータがハンマーを担いで次の攻撃を警戒していると武装隊の1人が走って来る。
「なんだ?」
「こちらはもう我々で大丈夫です!南の部隊が苦戦しているとの事です!どうか彼等の援護を!!」
「わかった!後は頼んだぞ!!」
「はい!お気をつけて!!」
武装隊員の言葉に頷くとすぐに救援のあった場所へと移動する。
移動している最中に手を握ったり開いたり自分の体を確かめるようにしている。
「……へへ」
急に笑みを浮かべる。
「いやあ、【魔法使い】ってやっぱすげえなあ!へへへへ……!!」
そう言いながらシグナムの着ていたのと似た『騎士服』を着た
【18歳程の女性】『守護騎士ヴィータ』はにやける表情を抑えれずに次のニヤニヤしていた。
−− −−
「——以上がこちらの考えた「提案」だけど質問あるかい?」
「……なるほど」
ひとまずの流れを聞いた全員がまだ資料を見ている。
会社とかのプレゼンってこういう感じなのかなあ。
「……正直、幾つか納得のいかない部分もある」
「どこが?」
苦渋の表情がありありと見えるクロノに質問してみる。
「まず【狂った闇の書の主】のポジションに「人」を使う事だ」
「万全の対応をします、そこに何の不満が?」
「万が一がある、……それに」
イリアの言葉にクロノが指摘する。そして言い辛そうに話す。
「【彼】自身の承諾すらなく一般人を巻き込むのは納得できない」
「それは無理です。もう【今の彼】には答える事が出来ないんですから」
「……」
【彼】——【転生者】——【小山田顕】は現在この病院に居る。
『闇の書』の暴走に巻き込まれた【彼】は今も目覚めていない。
——正確にはもう、目覚める事はない。
ただ巻き込まれるだけならなんとかなった。
けど【彼】は『闇の書』、いや【彼女】に「応えて」しまった。
あの時【彼女】の創り出したグレアム提督の使い魔姉妹アリアとロッテの持つ『闇の書』に手を出して、
——『契約』してしまった。
その結果『闇の書』に膨大な魔力を奪われ、【魂】のバランスが崩れた。
そうなったら俺達【魔法使い】でもどうする事も出来ない。
【ひとつの方法】を除いては——
「時臣さん、【彼】は……?」
「さっきも説明したけど無理、一度崩れたバランスは2度と戻らない。運良く目覚めても狂人だよ」
「そうですか……」
「「戻す事」は出来ない、けど「治す事」なら出来る」
「それが……」
「——【記憶】を消す、それだけが【彼】が戻れる唯一の方法だ。
その代価の為に少し働いてもらうだけさ」
まあ、本人の意識ないけど。
「私達はどうすればいい?さっきの説明では新たな『書』に入る事になると聞いたが……」
「ふっふっふっふ……!!」
「せ、先生……?」
……ついにこの時が来たか。
苦節3ヶ月、寝る時間をガリガリ削ってイリアと作り上げた久々の渾身の力作!!
「見るがいい、これが新たなる『書』だあーー!!!」
「じゃじゃーん」
イリアもう少し感情込めて!!
はやてちゃん達の前に青色を基本に『闇の書』とあまり変わらない姿をした『書』を取り出す。
「おおー!!」
「これが新しい、『闇の書』……」
「いや、これはもう『闇の書』じゃない。無論『夜天の書』ですらない」
そう、次の戦いで『闇の書』は消滅する。
「これは『輝天の書(きてんのしょ)』、歴史に新たに現れた『魔導書』さ」
俺の言葉にはやてちゃん達が熱い目で『魔導書』を見つめていた。
−− −−
「まさか、あの『書』に入ってこんな姿になれるとはなあ……」
「……ヴィータ」
「お?ザフィーラじゃねえか。そっちは終わったのか?」
「……ああ」
救援に向かう途中にザフィーラと合流したヴィータ。
ザフィーラと会話しているがヴィータは何故かザフィーラの方を見ようとしない。
「南がかなり押されてるらしい、急ごうぜ」
「……わかった」
「よし!じゃあ早速……ぶふっ!」
「……」
思わず噴き出したヴィータに無言の抗議の視線を向けるザフィーラ。何故かと言うと——
「悪い悪い、まさかあたしが「大きく」なってお前が「小さく」なるなんて……くふぅ!!」
「……はぁ」
振り返ったヴィータの先にはやはりシグナムの着ていたのと良く似た『騎士服』を着て、
噴き出すヴィータに溜め息をついている10歳ぐらいの姿をした『ザフィーラ』が佇んでいた。
「あーあ、ヴィータまた笑ってるよ……」
幾つも置いてあるテレビの画面の1つに映る映像を見ながら俺は思わず苦笑する。
「仕方ないのでは?あの時は皆笑っていましたし」
「いや、まあ。俺も笑っちゃったけどさ……」
何でああなったのかねえ……
『輝天の書』に守護騎士達を【入れて】起動させたら、
なぜかヴィータが大人になってザフィーラが子供になっていた。
別に何か間違えたわけでもないんだけど、
それだけヴィータの【想い】が強かったって事なのかな。
「兄さん、もうすぐ第2波が半数を切ります。『本体』の準備を始めます」
「わかった、こっちは『闇の書』の準備に入る」
配置を示す地図にはどんどん数が減っていく『分体』が表示されている。
「武装隊員も中々やるけど、フェイトやアリサちゃん達もやるなあ」
「そうですね、プレシアもアリシア達が見ているとえらく気合を入れていましたが」
「頑張るねえ……」
アリシアの【魂】は何の問題も無く【体】に適合した。
今はうちでこの様子を観戦している。一応リニスが傍についているから大丈夫だろう。
アリシアが目覚めた時はプレシアが狂喜乱舞してめっちゃ怖かったけど。
「なのはももうすぐ配置につきます」
「【力】加減が大丈夫だといいけど」
「その為にわざわざ【デバイス】まで造ったじゃないですか」
なのはちゃんの【力】加減の為に造った【デバイス】
……効果は1つ、【非殺傷設定】のみ。
デバイスなのか?まあ、多分デバイスの領域に入るとは思うけど……
「兄さん、はやてが戦線に投入されました。第2波、半数を切りました」
「了解、『本体』稼働、一斉に四方に投入。『本体』停止後『闇の書』を起動する」
「わかりました」
さあ、【転生者】も『管理局』も頑張ってくれよ?
——今日が『闇の書』の最後の日だ。
「班長!ラーファンより『本体』を確認したと連絡が入りました!!」
「来たか……!!攻撃用意!!」
30人程の武装隊員が一斉に『デバイス』を構える。そこへ——
「待って下さい」
上空から聞こえる声、その声に班長が上を見上げる。
「君は——」
「私に、任せて下さい」
『騎士服』を身に纏い、背中から白い鳥のような翼を3対6枚広げた少女、
『輝天の書』の主、八神はやてが浮いていた。
「これが……『輝天の書』の……力」
班長が呆然と呟く。
目の前では暴風のような力を振るうシグナムの『本体』をはやてが立った1人で相手している。
どう見ても杖を持った遠距離型のはやてが接近戦型のシグナムの『本体』に引く事無く戦っている。
「——班長」
「どうした?」
「……すごいですね」
「……ああ」
「あの子、9歳だそうですよ」
「……凄いな」
「……ええ」
「班長!!」
「どうした!」
班長に班員が走って報告に来る。
「『分体』が1体こちらに向かっているそうです!」
「よし!迎撃する!管理局の底力を見せてやれ!!」
「「「「「おう!!」」」」」
【ロード、そろそろだって】
「うん、わかった」
【皆に見せてやろうぜ、今までのロードの練習成果をさ!】
「勿論だよ」
遥か下に海鳴市が見える高高度の空、雲すら下に見えるような高さ。
オレンジ色のジャージを着て【炎髪灼眼】の姿になったなのはが静かに下を見下ろす。
——【なのはちゃん、もうすぐ最後に締めに入るよ】——
なのはの頭に【声】が響く。
「わかりました」
ゆったりとした動作で右腕にした【腕時計】を優しく撫でる。
——【頑張ってね】——
「——はい!」
【捉えたぜ!いつでもいいぜロード!!】
「行こう!アギトちゃん!!」
腕を下に向ける。目の前に銀色の直径2メートルほどの【リング】が現れる。
掌に光が集まる。
それを【リング】に向けて放つ。光は【リング】をくぐり、
——無数に分かれて地上へと降り注いだ。
「プレシア・テスタロッサ女史から連絡!最後の『本体』を撃破!!」
オペレーターの言葉に艦橋内の空気が騒がしくなる。
4人の『本体』の撃破、それはつまり——
「『闇の書』が動き出します!!」
「新たな『分体』の発生を確認!!かなりの数です!!」
艦橋のメインスクリーンには海の中からゆっくりと姿を現す『闇の書』が映っている。
爬虫類と昆虫を無理矢理合わせたような姿、幾つもの足を気味悪く動かす姿には思わず嫌悪感を抱きそうになる。
黒い体には苦悶の表情を浮かべた人の顔のようなものが無数に浮かんでは消える。
さらに体からは次々と『分体』があふれ出す。
その光景にはオぺレーター達は一瞬言葉を失う、しかし——
「『闇の書』の起動を全隊員に連絡!!」
「っ!?は、はい!!」
「今戦えるのはどれくらい?」
「は、はい。今戦闘が可能なのは約3割です!」
「……っ」
思わず舌打ちをしそうになるのをレティ・ロウラン提督は抑える。
半分以下しかない戦力、その戦力も万全とはいえない。
既にシミュレーションでアルカンシェルの砲撃では有効打を与えられない事が解っている。
つまりは彼等が『闇の書』を攻撃して中枢を探し出し、
そこを『輝天の書』の主の八神はやてが攻撃しなければならない。
彼女達だって魔力が多いとはいえ疲労している。
このままでは——
「艦長!!」
「どうしたの!?」
考え込んでいるとオペレーターの1人がレティに大声で呼びかける。
「上空に魔力反応!!」
「『闇の書』なの!?」
「いえ、違うと思いますが……そんな……!?」
何かの計器を操作している別のオペレーターが悲鳴を上げる。
「魔力ランク……SSオーバーです!!」
「何ですって!?」
『間に合ったようね』
「リンディ!?」
新たなモニターが開いてリンディの姿が映される。
「知ってるの!?」
『ええ、【彼女】が『闇の書』の中枢への道を開くわ』
「こ、攻撃来ます!!」
「!?」
メインスクリーンに映されるのは遥か上空から無数の光の雨が地上に降り注ぐ映像。
光の雨は寸分違わぬ精度で全ての『分体』を消し飛ばしていく。
「す、すごい……」
誰かが呟く。
光の雨は『闇の書』に降り注ぐが中枢までは届いていない。
「——今よ!!全員に伝えて!!『闇の書』に攻撃を集中させるのよ!!」
「「「「「はい!!!」」」」」
レティの声に全員が一斉に動く。
画面では降り注ぐ光の中、『闇の書』に集中攻撃をかける武装隊員とフェイトやプレシア達。
やがて『闇の書』の形が崩れていき巨大な球体が露わになる。全員が理解する。
これが『闇の書』の中枢だと——
そこへはやてが一撃を加える。
すると球体の中から1人の少年が零れ落ちる。
それをシャマルがすかざずキャッチする。
はやての持つ杖に光が集まっていく。
『闇の書』がそれを妨害せんと軟体化した身体が襲いかかる。
それをさせんとばかりに武装隊員達が押さえ込む。
輝きが最大限になった杖を持ってはやてが球体に突撃する。
周りの武装隊員だけではなくオペレーター達も叫ぶ。
杖が刺さり球体に亀裂が入り、中から光が溢れる。
そして——
第97管理外世界『地球』現地時間12月21日。
この日、第1級捜索指定ロストロギア『闇の書』はその最後を迎えた。