現状確認と初めての魔法
僕、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールは今年で3歳になった。
1歳になるまでに行われた授乳やオムツの取替えは忌まわしき黒歴史として記憶の奥底に封印済みだ。
自分の顔を鏡で見てみたのだが、髪は茶髪になっていた。顔は子供の顔なので良く分からないが、前世での自分の面影が少し残っていた。
良くも無く悪くも無い平凡な顔立ちだ。
これはあの袴野郎の配慮か?
……あの野郎に限ってそんな気遣いが出来るとは思えないな。
何にしてもあまり顔の造形が変わらなくて安心した。
イケメンになりたくない訳じゃないが、長年慣れ親しんだ自分の顔が大きく変わっていないことは思わずほっとする。
まあ、全く同じと言う訳でもないのだが、そこはしょうがない。
今まで父さんや母さん、侍女さんに執事さんの話を盗み聞きしたり、子供らしく聞いてみたりして分かったことだが、どうやら僕の生まれたデュステール家は数千年前から続く歴史ある名門侯爵家らしい。
国家はガリア王国に所属している。
ゼロの使い魔はそこまで詳しく無いが、ガリア王国といえばガリア王ジョゼフ1世が弟であるオルレアン公ことシャルル王子の派閥を原作開始3年位前から問答無用で粛清するから気をつけなくてはならない。
そして後のガリア女王になるシャルル王子の娘、シャルロット姫がタバサという偽名を名乗りジョゼフ王の陰謀で命に危険が伴う汚れ仕事をさせられているから、その時にうまいこと恩を売ってやれば後々役立つことになるだろう。
ただ、そのことがジョゼフにばれたら粛清されるからシャルロット姫、もといタバサに接触する時は慎重にしないとなぁ……
まあ、そんなことは良いんだ。例え早急に対策を取らなければならないとしても所詮幼児の僕ではどうしようもない。
父さんたちがいくら僕を大事にしてくれているとしても、家の存続が関わるようなことを3歳児の意見で決めることはないだろう。
今、僕が考えなければならないことは不老のことだ。
文化レベルが中世で、ブリミル教という宗教が
………本当にあの袴野郎は碌なことをしないな。特典というか呪いじゃねえか。
だけどこの世界には僕以外でも不老っぽい奴はいる。原作に出てきたトリステイン魔法学院の学院長オールド・オスマン。
姿は仙人みたいな爺さんだが、立派な不老だ。
そのことは周囲に知れ渡っているが、オスマン学院長は異端審問にかけられず、逆に伝統や格式を無駄に重視しているトリステイン王国で王立魔法学院の学院長なんて要職を勤めている。
このことからオスマン学院長みたいに高名なメイジにさえなれば、例え不老になったとしても案外簡単に受け入れてくれるかもしれない。というか寧ろ優れたメイジとして称えられる事だろう。
まあ、僕の場合は18歳で成長が止まるから、うまいこと誤魔化せたとしても20代後半か30代前半でばれてしまうはずだ。
だから魔法だけは自重せずに本気で努力することにしよう。ゼロの使い魔の魔法は精神と想像力が肝心らしい。
その点に関しては、前世で40過ぎのおっさんだった僕はかなり有利だ。伊達に前世でのあだ名が大魔法使いだった訳じゃない。
ハルケギニアのメイジたちよ、貴様らに地球の大魔法使いの妄想力を見せてやろう!!!
………自分で言ってて悲しくなってきたな。
この話はもうやめにしよう。
そうそう、不老の他にも僕の頭を悩ませている事がある…
それは僕の家、デュステール侯爵家が……
凄まじく貧乏だと言うことだ………!!!!
いや、正確に言うと領地も含めて領民丸ごと貧乏なんだよね。
土地も領民も痩せてるよ!!
ハルケギニアの平民の年間生活費は大体120エキューだ。対してデュステール領の平民の年間生活費は90エキュー……
何だこの格差は!!?
このことは偶々侍女さんたちの深刻な愚痴を聞けたから分かったことだ。
父さんに以前それについてそれとなく聞いてみたけど「お前がまだ気にすることじゃない」って言われた。
まあ、確かに今は僕も不老対策で領地のことまで考えている心の余裕は無い。
幸い餓死者やらは出てないみたいだし、領主であるデュステール家の生活も少し貧乏くさいところもあるがそこまで気にするようなことは無い。
領民の皆さんには僕に心の余裕ができるまでは今の生活のまま我慢してもらおう。
心の余裕ができたら前世の知識を生かして領地経営に尽力するのも悪くない。
とりあえず今のうちは父さんと母さんに早く魔法を習わせてくれるように頼まなくては!!
僕の命のために!!!
僕、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールは今年で4歳になった。
今日は遂に魔法を教えてもらえることになった!
貴族の子供は大抵7歳か8歳で魔法を習い始めるらしく、4歳で魔法を習えるように父さんたちを説得するのには苦労した。
普通の子供よりも圧倒的に早く言語を習得したり、機知に富んだ発言を心がけたりして自分が平均よりも優れている事を示して説得材料にした。
最終的には日本に古来より伝わる日本人の最終奥義DO・GE・ZAで許しを得た。
父さん達が言うには何だか良く分からないが、いたたまれない気持ちになったそうだ。
ふふん、額を床に擦り付けただけはあったね
さて、そんなことは良いとして、いよいよ魔法を教えてもらえる。
僕がいる場所は屋敷の中庭だ。中庭は名門侯爵家の名に恥じない広さがあるのだが、花は植えてなくただ雑草や木が生えてあるだけだ。というか屋敷の窓からは見えないように小さな畑がある。
貧乏臭がこれでもかと漂っている中庭だが今更なので気にしない。
「それでは今日から私が坊ちゃまの魔法の講師を勤めさせていただくジャン・ルーゼルと申します」
そう言ったのは僕の目の前にいる白髪で腰の曲がった好々爺な雰囲気がにじみ出ている老人、ジャン・ルーゼルさんだ。
昔は風のトライアングルメイジとしてデュステール家に仕えていたらしい。
今は隠居して代わりに息子さんが父さんの家臣として仕えている。
今回は父さんの頼みで僕の魔法講師役に就任したらしい。
「よろしくお願いしますジャン先生!」
子供らしく笑いながら元気良く返事をする。とりあえず愛嬌を振りまいておこう。ジャンさんは僕の返事を聞いてなんだか嬉しそうだ。
「坊ちゃまは元気が良いですな。では早速魔法をお教えしましょう」
ジャン先生は魔法の説明をしだした。
曰く、魔法は貴族として必須な教養である。魔法さえ上達すれば出世しやすくなる。
曰く、我々の魔法は杖と契約し、杖を用いて行使する。杖を用いずに発動する魔法は先住魔法と言い主に異種族が使う。
曰く、魔法とは精神の強さと想像力で決まる。
「坊ちゃまは既に杖と契約なさっているので、今日は早速コモン・マジックをお教えしましょう」
ジャンさんはそう言って杖を取り出した。僕も腰に挿していた杖を取り出す。
杖は4歳の誕生日の時に父さんから誕生日プレゼントとして貰った。
杖との契約はその時に1ヶ月かけてできた。普通は1週間ほどで契約できるそうなので自分の才能の無さに落ち込んだが、杖との契約にかかる時間が魔法の上達速度に関わりはしないそうなので少し安心した。
「坊ちゃま、今から私がライトを唱えますので見ててくだされ」
ジャンさんがライトと唱えると、ジャンさんの杖の先がぼんやりと光った。以前にも何度か父さんが見せてくれたが、何度見ても不思議な光景だ。
「では坊ちゃまもやってみてくだされ。頭の中で光を想像しながら唱えるのですぞ」
ジャンさんは一旦ライトを消し、僕に魔法を唱えるよう促した。
光を想像しながらか……とりあえず懐中電灯を想像しよう。
「ライト」
杖を構えてそう唱えると、杖の先に豆電球の様な光が
「おぉ!!」
いくら精神が大人で想像もしっかりしていたとはいえ、まさか一発で成功するとは思ってなかったので自分の杖が光っている様子に思わず声を出して驚いてしまった。
ジャンさんは口をぽっかりとあけて、信じられないものを見るような目で僕の杖の先に灯った光を見ている。
「て、天才じゃ・・・」
ジャンさんが掠れ声で呟く。そりゃあ、中身は40過ぎのおっさんですからね。子供と同じ習得速度だったらあまりにも情けなさ過ぎる。
それから魔法の練習は順調に進み、ロック、アンロック、ディテクトマジックを習得した。普通はこれらの呪文を2,3年かけて習得するらしい。
ジャンさんが言うには僕の成長速度は異常らしく、彼の長い人生の中でもこれほど早い成長は聞いたことが無いらしい。まあ、中身おっさんだからね。
僕より精神や思考回路が優れている子供がいたらその子供はまさしく大天才だろうね。
ジャンさんは僕のことをガリア王国始まって以来の天才と評していたが、ある程度の年齢で転生したら誰だってこの程度のことはできると思うので、あまり嬉しくはない。
練習が終わったらジャンさんはすぐに父さんに報告しに行ったので今夜は多分お祝いだろう。
はぁ、また余計な出費で家計が苦しくなりそうだ……
次の日、僕は再び中庭にいる。今日は昨日と違ってジャンさんの他にも父さんと母さんをはじめ、100人以上の家臣の皆さんが練習を眺めている。
大勢の視線が僕に集中しているのでやや緊張する。全員顔見知りなのがせめてもの救いだ。
「アリスト、このような状況で緊張することは仕方が無い。失敗しても咎めはしないので落ち着いてやるのだぞ」
そう言ったのはジャン先生の横に立っている茶髪でやや肥満気味の中年男性。僕の父親であるデュステール家当主、ソルト・デル・コネサンス・ド・デュステールだ。風のラインメイジであり今年で39歳になる。
普段は年齢相応に落ち着いていて厳格だが、息子のことになると無駄にハイテンションになる親馬鹿だ。
というか、我が家の質素な食事でどうやったら肥満気味になれるのか不思議である。
「そうよアリスト、私とソルトの子ですもの。落ち着いてやればきっと成功するわ」
父さんの隣にいる腰まで伸びた緑色の髪を持つ女性、セイラ・ラズム・ル・デュステールはそう言って僕を応援する。
今年で30歳になる母さんは父さんと同じ風のラインメイジだ。母さんは父さんと違い常時親馬鹿だ。3歳までは親子3人で一緒に寝ていたが、4歳になったので僕が一人部屋を要求した時は本気で泣かれた。
仕方ないので少し寝にくいが今も親子3人で一緒に寝ている。ちなみにあの時の父さんは終始涙目だった。
「坊ちゃま、今日は坊ちゃまの属性を調べますぞ。坊ちゃまの才能を皆に見せ付けてやりましょうぞ!」
ジャンさんは不敵な笑みを浮かべて僕を鼓舞する。その表情からは昨日見せていた好々爺としての雰囲気は感じられず、歴戦のメイジと言われれば素直に納得してしまうほどの覇気が感じられた。
凄い張りきってますね、お爺さん。
「では、まずは錬金ですな。錬金のスペルは『イル・アース・デル』ですぞ。まず始めに私が手本を見せますので、この石を銅に錬金してみてくだされ」
ジャンさんはそう言うと、地面に落ちていた石に杖を向け『イル・アース・デル』と唱えた。
すると石は一瞬光ったと思うと、光沢を持った金属の塊に変貌していた。
なるほど、これが錬金か。日本の資源輸入問題で頭を痛めている人達に喧嘩を売っているとしか思えない魔法だな。
よし、僕もやってみよう。前世の知識を生かして頭に銅を思い浮かべる。前世の職業のおかげで結晶構造から化学的性質まですらすら出てくる。
「イル・アース・デル」
錬金のスペルを唱えると石が光り、ジャンさんと同じ光沢を持った金属に変わった。ただ、なんだか分からないが、錬金を使うと精神がどっと疲れる。
父さんたちは大はしゃぎしているが、ジャンさんは神妙な顔つきだ。
「ふむ…成功ですな。初めてでここまでやれるなら、本来坊ちゃまには土メイジとしての才能があると言っても良いのですが、その様子を見る限り土に関しては向いていないようですな」
ジャンさんは僕の疲労を察したようだ。錬金はかなり便利で興味深い魔法だっただけに土メイジに向いてないことは残念極まりない。
まあ、向いてないものは仕方ない。親が2人とも風メイジだったことから、風とは正反対の属性である土に関しては始めから才能がないと薄々感ずいていたからそこまでショックは受けなかった。
その後、火の属性を調べるために発火の呪文を唱えたが、土に比べるとマシという結果だった。
水属性の
「では坊ちゃま、最後に風の魔法を試しますぞ。今日の練習はこれで最後にしましょうぞ。あの木に向けウィンドと唱えてくだされ」
ジャンさんがお手本としてウィンドを唱えるといきなり突風が起こった。標的となった木は流石に折れたりしなかったものの、葉は半分ほど突風に持っていかれてしまった。
唯でさえみすぼらしい庭が更に悲惨な事になっている。
今日の魔法練習はこれで最後だし、最後に精神力を使い切るのも悪くない。流石に全部使い切っちゃうと、明日までに回復できないから半分くらい使おう。
脳内で長年封印されてきた厨二病という名の魔物を解き放つ!!
想像するは圧縮された空気の塊…大気圧の100倍にまで圧縮されたそれは超音速で目標まで疾走する……!!
かつて大魔法使いと呼ばれた私の力、今こそ示そうぞ!
………逝くぜ!!
俺のこの手が真っ赤に燃えるぅぅぅ敵を倒せと轟き叫ぶぅぅぅぅぅぅゴッドォォォォォォォォォフィンガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
「ウィンド」
僕の精神力の半分を消費し、妄想をこれでもかと詰め込んだウィンドが杖から放たれた。
そのウィンドは地面を抉り標的の木をへし折る……ことは無いが、枝はへし折った。
あれだけ精神力を消費したんだから当然と言えば当然な光景だが、それを知らないジャンさんたちはあまりの威力にポカンとしている。
「て、天才じゃ……」
昨日も言ったよね、それ。
今回の主人公の魔法の成長速度につきましては、皆様の納得がいかない点もあると思いますので説明させていただきます。
まずゼロの使い魔における魔法を構成する重要な要素である精神力について、子供と大人では比べるまでも無く大人に軍配が上がります。
主人公の場合、前世が40過ぎの中年男性であり、童貞でしたがちゃんと就職していたので精神力の面では圧倒的なアドバンテージがあります。
そして想像力についてですが、確かに大抵の場合、大人と子供では子供のほうが想像性豊かなのは間違いありません。
しかし私の勝手な解釈ですが、魔法を発動する際に必要な具体的な想像については、経験や知識の差で大人の方が遥かに優れています。
例えばライトの魔法の場合、ゼロの使い魔世界の子供では太陽や月などの天体、ランプや松明などの照明器具しか想像できないでしょう。
しかし主人公の場合、前世で懐中電灯などの多彩な照明器具を見ていますし、明かりがつく原理も一般教養として知っているので、普通の子供、というよりもハルケギニアの人々に比べて圧倒的に有利です。
以上の点を持ちましてこの作品では、主人公のメイジとしての成長速度はチート乙(笑)並に早いことにしました。
もしもご不満でしたら感想にて書いてくだされば、精一杯説明する所存です。