領地の財政状況
領地経営に参加する決心をした翌朝、僕は早速父さん達に領地経営に参加させてもらえるように頼んだ。
「父さん、そろそろ私も領地経営に参加してみたいです」
貧相な食卓だが、それでも家族そろっての和やかな朝食の時間、僕の言葉を聞いた両親はいきなりの事で困惑した表情になった。
「アリストよ、突然どうしたのだ?
お前はメイジとしていくら優れているとしても、まだまだ子供なのだ。
大人の仕事は気にせずに、今は自分の好きなことをしていなさい」
父さんは僕の言動に困惑しつつも、僕を気遣って今はまだ好きなことをやれといってくれている。
「そうよ、アリスト。
家は少し貧乏だけど、これ以上貧乏になることはないし・・・
アリストが無理をする必要は無いのよ?」
母さんも僕を気遣ってくれている。
確かに両親の言う通り、既に貧乏な家がこれ以上貧しくなることは無いだろう。
僕としても今の生活に不満はないし、本当だったら僕も領地経営なんて面倒臭い事はやらずに最近興味を持ち始めた水系統の魔法の練習をしていたい。
ついでに水の秘薬を作って小遣い稼ぎもしたい。
だが、今の生活のままでは駄目なのだ。
「父さん母さん、私にはどうしても成し遂げねばならない目的があります。
もちろん純粋に領地を豊かにしたいという思いもありますが、その目的のためにも、デュステール家が今のままではとても困るのです。
なので僕も領地経営に参加させて欲しいのです」
そうなのだ。デュステール家が今のままでは、僕はセリューネ公爵家の4女と結婚しデュステール家も僕諸共、忌々しいセリューネ公爵家の勢力に取り込まれてしまうだろう。
僕はそれを防ぎたい。そのためにはデュステール家に力をつけて貰わねばならないのだ。
父さん達は僕の返事を聞いてさらに困惑を深める。
朝の食堂を沈黙がしばらくの間支配した。やがて、父さんが口を開いた。
「アリスト・・・お前が何をしたいのかは分からない。
だが私達はお前がやりたいことを見つけたのなら、それを全力で応援するつもりだ。
お前の目的のために領地経営に参加したいのなら、私はできる限りの便宜を図ろう・・・」
父さんが渋々といった感じで僕に許可を出してくれた。
母さんも仕方ないわね、といった感じの表情をしている。
「ただし!!
いくらなんでも先祖代々守ってきた領地を失うようなことになっては、ご先祖様に申し訳が立たんからな。
何かする時には必ず私に相談するように!
分かったな?」
父さんがいつにも増して真剣な声で僕に言う。
これにいいえと答えたのなら、いくら親馬鹿でも僕が領地経営に参加することを許しはしないだろう。
もちろん僕もこの言葉は予想していたし反対するつもりは無い。むしろ妥当な判断だと言える。
「分かりました。
今日のうちは領の詳細な資料について目を通したいので、資料を見せてもらっても良いですか?」
今までデュステールの状況について調査したものの、流石に最新のものや細かい点まで書かれた書物を見ることはできなかった。
6500年間文明が停滞しているハルケギニアなので、たった数年や数十年ではあまり大きな変化はないと思うが、それでも確認はしておきたい。
「良いだろう。
昼前には用意をしておくので、昼食の少し前に執務室に来なさい」
「はい、分かりました」
これでいよいよ僕も領地経営に参加するわけか・・・何とかなれば良いんだけどなあ。
僕は無駄に固いパンを齧りながら今後の事を考えた。
今日は父さんから貰った資料に一通り目を通してみたが、改めてデュステール領の状況がどれほど劣悪なのかが再確認できた。
デュステール領はガリア王国の北東端に位置しており、エルフが住む
面積は2400アルパンほどで、k㎡でいうと8000k㎡・・・群馬県のおよそ1,257倍だ。
何度も思うが、広さだけは立派である。
土地の6割は荒地で、領民は荒地の上に街を築いたり荒地を無理やり農地として利用したりしている。
荒地を無理して農地として使用しているので、作物の収穫量はひどく少ない。ご先祖様たちは何度も土地の改良を試みたが、食糧生産量の関係上休耕期を設ける事ができないため、せっかく改良しても次第に土地が痩せていき失敗に終わったそうだ。
3割は森林地帯であり、オーク鬼などの危険な亜人も数多く生息しているようだ。
そのため森林地帯とその周囲に集落はもちろん畑も築かれておらず、森林地帯は人間の手が届かぬ秘境となっている。
この巨大な森林はゲルマニア側にまで続いているのだが、ゲルマニア側の領地もデュステール領に負けず劣らず寂れているので、ゲルマニアにおいても森林は開拓されないままの未開の地となっている。
こちらの森もご先祖様たちは装備だけは無駄に充実した軍を使って亜人を追い払い開拓しようとしたそうだが、次から次へと湧いてくる亜人の物量と財政が貧弱な事による補給の限界により尽く失敗している。
残りの1割は山岳地帯であり、ゲルマニアとの境界線の森林地帯以外の場所を塞ぐ様な形で存在している。
標高3000mにまで届きそうな山々は、ゲルマニア側と我が領の陸上における交通路を完全に遮断している。
戦時では天然の防壁として大変心強い存在になるのだろうが、平時では邪魔な障害物でしかない。これさえなければゲルマニア側から食糧を輸入できるのだがね。
その麓からは少量の風石が採掘されるが、領の財政を支えるほどの利益には成り得ていない。
風石の採掘規模を拡大したいが、そんな金はどこにも無く依然として採掘量は少量だ。この採掘場は領地の片隅にあり、採掘された風石の輸送が面倒なのも、採掘場拡大に踏み切れていない要因のひとつだ。
領民は約50000人であり、平均生活費は年間90エキュー。
領内で採れる食料はだいたい25000人分ほどで、需要の半分しか満たしておらず残りは周囲の領地から輸入している。
人口の9割5分以上が農民であり、商人はデュステール家の屋敷がある街にしか存在せず、デュステール家の役人が月に1度領内の村に食料を運び込み、それを売っているのが現状だ。
軍事力はフネが10隻に龍騎士が20騎とメイジで構成された家臣団600人。字面だけ見れば小規模国家とならば充分に戦える数字だ。
名門侯爵家の名に恥じない戦力だが、実態は金欠のせいで碌に訓練ができない張りぼての軍隊だ。
家臣団や龍騎士は個々人の努力である程度の技能は培われているが、フネは風石を消費するので全く飛ばさない。
家臣団と龍騎士についても装備が消耗してしまうような戦闘訓練は行わないので、メイジとしての実力は低くないのだが、兵士としての戦力は傭兵にすら劣るかもしれない。
デュステール家の収入はおおよそ140万エキュー。このうち30万エキューは王家からの補助金である。
しかしその半分は軍事費に消える。
残りの70万エキューのうち60万エキューは食料輸入費に消える。
そして余りの10万エキューは役所施設の維持費、街道の最低限の整備費、森林地帯から時々襲来する亜人の撃退費用などの様々な諸経費により消費されてしまう。
ついでに領主一家の生活費は侍女さん達の給料を除くと年間800エキューほどである。
領地すら持たない下級貴族に比べるとマシだが、原作で魅惑の妖精亭にて看板娘のジェシカが1週間のチップレースで稼いだ金額が160エキューほどだった事を思うと、思わず泣きたくなってくる。
ガリアが誇る名門侯爵家(開国以来の大天才もいるよ)の年間生活費が、町の料亭の看板娘が貰ったチップ5週間分というのは余りにも悲しすぎる。
デュステール領の詳細を把握した訳だが、我が領は本当に余裕が無いようだ。
まあ、余裕があったらもう少し生活も楽になるのだが・・・
とりあえず資料には人口の正確な数字は記されていなかった。
なにせ文明レベルが中世なので、人口管理が確立されていないのだから当然といえば当然なのだが、デュステール領の場合は他の領に比べて人口の正確な数字を調べる事はより重要な意味を持つ。
食糧の輸入はデュステール家が取り仕切っており、領民の経済状況から買値よりも安い値で輸入した食糧を売っている。
なので正確な数字が分からず必要量よりも余分に食料を購入してしまうと、それだけ領の財政に負担をかけてしまう。
領内の人口と収穫した作物の量の正確な数字が分かれば、余分に輸入してしまう食糧はほとんどなくなることだろう。
そうなれば食糧輸入における無駄な出費を極力抑えることができる。
さらに領の正確な人口を調べ、戸籍登録を行う事によって
そうなれば多少なりとも財政の負担は減る事になるだろう。
とりあえず資料を見て、取り掛かれそうなことは戸籍登録くらいか・・・
しかし資料にあった森林地帯は気になるな。
開拓する事さえできれば、食糧問題は大きく進展するかもしれない。
装備を消耗するような戦闘さえ行わなければ、龍騎士に頼めば連れて行ってもらえる。
今日はもう遅いし、明日の昼にでも行ってみるとしよう。
今回の話では領地の具体的な面積やだいたいの人口が出てきました。
余りにも逼迫された財政状況に、主人公は戸籍登録の実行を決定したところで手詰まりになっちゃいましたね。
主人公はどうやってこの状況を打開するのでしょうか?
ストーリーは遅々として進みませんが、まだまだ見放さずによろしくお願いします。
感想やアドバイスなどは大歓迎です。
作品の中で疑問や不満に思った点もできる限り答えますので、これからもよろしくお願いします!!