領地探検と森林
僕、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステール8歳はただ今快適ではない空の旅に苦しんでいる。
僕が住むデュステール家の屋敷はまるでサツマイモの様な形で縦長のデュステール領の真ん中よりも南の辺りに位置している。
領地は無駄に広いので、北部のゲルマニアとの境界に存在する森林地帯までの道程は屋敷から馬車で向かうには遠い。
スクウェアの僕ならフライで往復できない距離でもないけど、8歳児の体力では移動だけで疲れて、とてもじゃないが森林の調査まではできないだろう。
だから父さんには竜騎士の装備の消耗を早めるような戦闘をしない事を条件に、竜騎士による森林地帯への移動の許可を貰った。
領内の森林地帯に行く許可を取って竜騎士に乗せて行って貰うことが決まった所までは良かったんだ・・・
竜騎士による移動は移動時間や労力を考えれば最適な選択だろう。
だけど風竜の背中に乗せて貰って空を飛び始めた事で状況は変わった。
竜の体は硬いので、鞍をつけていても乗り心地が悪いのは仕方ない。それは我慢できる。
だけどさ、風が痛いんだよ・・・
竜の中で最速と言われる風竜は、およそ時速200kmで飛んでいる。
現代のジェット旅客機が時速960km、太平洋戦争時代の輸送機でさえ時速はだいたい300kmなので、地球出身者にとって時速200kmで飛ぶ風竜は大した事ないだろうと思ってしまう。
僕もその例に漏れず、風竜を舐めていた。
バイクで時速100kmのスピードを出した時、ヘルメット無しでは目を開けられないほどの風圧を感じるだろう。
風竜はその倍の速さで動いていて、当たり前だが風除けなんて便利なものは付いていない。
しかも僕は万が一にも飛行中振り落とされないように、前で騎士に抱きかかえられる様に座っている。
なので凄まじい風圧が8歳児の肉体に直撃するのだ。
一応、風メイジだし風圧を軽減する魔法をかけてあるのだが、時速200kmの前ではいくら軽減されているとしても体にかかる風圧は大きい。完全に風圧を消す事もできるのだが、如何せんそんな事で精神力を使って探索に支障をきたしたくはない。
竜に乗る前は飛行中にのんびり領内の景色でも見ていようと思ったのだが目なんて開けてられない。
僕は森林地帯に着くまでの1時間、風圧による苦痛にひたすら耐えた続けた。
「クソ!
風竜なんてもう2度と乗らないぞ・・」
森林地帯の手前で龍から降りて、ようやく口が開いて出てきた言葉がこれだった。
竜騎士はそのまま僕の護衛として森林の探索についてくるので、彼に聞こえないように呟いた。僕の脳裏に帰り道という言葉が浮かぶが、忘れる事にした。
降りた直後は僕の身長よりも大きい杖で体を支えなければ立っていられないほど消耗していたが、肉体を行使した訳でもないので比較的すぐに回復できた。
竜は降りた場所に繋いでおき、僕と護衛の2人は森まで歩いていく。
森の入り口に着くと、僕と護衛はフライを唱えて上空から森を探索する。
竜に乗りながら探索できれば楽なのだが、残念ながらそれはできなかった。
風竜は速いのだが、その代わり体力が少なく飛行時間が他の竜に比べると短いのだ。
これが竜の中で最強と名高い水竜ならば、長時間の飛行も可能なのだが無いものねだりをしても仕方が無い。
僕は風のスクウェアだし護衛も風のトライアングルなので、風系統の呪文であるフライの持続時間は長い。
途中で何度か休憩を挟めばスクウェアの僕はもちろん、トライアングルの護衛もフライでの探索は可能だ。
フライで森の上空60mほどの場所を飛行する。速度は30kmほどだが、森の中を歩くのに比べれば十分速い。
見下ろせば鬱蒼と茂る木々が視界を埋め尽くす。屋敷の周囲の土地は緑の少ない荒地ばかりなので、この森にいるとまるで違う領地にいるような感覚に襲われる。
いつかは屋敷の周りも緑豊かな土地にしたいものだ。
まあ、いつになるかは分からないがな。
僕の後ろで飛行している護衛の彼は、顔まで覆われている鎧のせいで表情は分からないが、疲れている気配を感じる。
フライで飛び始めてから既に1時間経つし、重い鎧をつけたままの彼が疲れるのも無理は無いか。
「疲れたし、そろそろ休憩にしようか?」
一旦空中で静止し、自分が疲れているよう装って僕が声をかけると彼はすぐに了承した。どうやらかなり疲れていたみたいだ。
僕たちは森の中で開けた場所・・・・はないので、一旦森に降りて僕がエア・カッターで木を切り倒して場所を作った。
本当だったら護衛がやるべき仕事なんだが、疲労困憊の彼にやらせるのも酷だろう。
彼は申し訳なさそうに謝ってきたが、気にするなと言っておいた。
ここでは貴族としての体裁を気にする必要はないので、護衛の癖に主人に労力使わせるな、といった彼を責める気持ちは一切無い。
休憩中、暇なので彼と少し雑談をしたらなんと彼は僕の魔法の講師だったジャンさんの息子さんだったことが分かった。
名前はケビン・ルーゼル、今年で40歳になり2人の子供がいるそうだ。
26歳の時にジャンさんの友人の娘だった今の奥さんに一目惚れし猛アタックの末、翌年結婚したそうだ。
どうやらケビン君は妖精にはなったが、魔法使いには至らなかったらしい。
けっ!・・半端物が!!!!
かつて呪殺の大魔法使いと呼ばれた元大魔法使い、現
おめでとうケビン君、魔法使いにならなくて良かったな!
あれから森林地帯の探索を続け、途中で何度か休憩を挟んだが森林の大まかな様子が分かった。
人の手が全く加えられていなかったので草木が繁茂し、オーク鬼などの亜人も数多く生息する。
深部になると見るからに樹齢1000年は軽く越えているだろう巨木が数え切れないほど生えており、最高級の秘薬の材料になる貴重な草木が至る所に生えていた。
まさに宝の山であり可能ならば全てを持ち帰りたかったのだが、深部まで来るのにトライアングルのケビンは精神力をかなり使ってしまい新たな荷物を持って森の入り口まで帰る余裕は無かった。
なので僕だけが持てる限り取ったのだが子供の体であり、なにより無駄に大きな杖を持っているので少ししか持つ事ができなかった。
それでもデュステール家の生活費1年分にはなるので、これからは頻繁に森に来る事にしよう。
できればフネを使って採取できれば良いのだが、そんな目立つものを使えば森に住む大量の亜人を刺激してしまい、貴重な草木の採取どころではなくなってしまう。
竜騎士隊による採取も目立ってしまうし、竜の飛行音は意外と大きいので場合によってはフネよりも亜人を刺激してしまうだろう。
それに体の大きな竜では草木に覆われた森林地帯深部に下りることはおろか、巨木の枝の間を飛行することさえ叶わないだろう。
原作でタバサの使い魔である風韻竜のシルフィードほどの大きさならば枝の間を飛行できそうだが、幼竜であるシルフィードに対し軍の竜は成竜なので体も大きいのだ。
巨体では枝の間を飛行することなどできない。
それでもフネや竜騎士による採取を強行した場合、刺激されて集まった大量の亜人に貴重な草木が荒らされてしまう。
風のスクウェアが何人もいれば亜人に気づかれることなく採取できるのだが、スクウェアなんて滅多にいるものじゃない。
デュステール家にはトライアングルですら片手で数えるほどしかおらず、スクウェアは僕だけだ。
外部のメイジを雇えれば良いのだが、いくらメイジの多いガリアでもスクウェアなんて王宮騎士団か軍の精鋭部隊にしか在籍しておらず、稀に魔法学院の教師として存在するくらいだ。
他にも貴族の家臣としてスクウェアは存在するが、貴重な部下をそう簡単に手放すほど貴族は馬鹿ではない。
なので採取は僕にしかできず、僕の持ち帰る量では到底領の財政を支えるだけの金額にはならないだろう。
僕は思わず帰り道の休憩中にため息をついた。
森の深部で見つけた宝の山は採取方法が1つしかなく、その方法の採取量は極めて少量だ。
森林調査を行う前は森を切り開いてゲルマニアとの交易路を造れないかと思ったが、森は予想以上に巨大で危険だ。
大量の資金を使い、それだけの危険を冒してまでゲルマニアとの交易路を造る価値は無い。
セリューネ公爵家による食糧輸入という弱みから開放されるのは魅力的だが、その前にデュステール家が破産するだろう。下手をすれば住処を破壊され怒り心頭の亜人たちにより領地を更に荒らされかねない。
結局、森林地帯調査での収穫は極少量しか採取できない宝の山を確認できただけか・・・
そこまで期待していなかったものの、本当に碌な収穫が無かったので虚しい気持ちになる。
まあ、落ち込んだところで良い事がある訳でもないし、ケビン君もある程度休息できたようだしそろそろ出発するか。
「いやああぁぁぁぁぁ・・・・・」
僕がよっこらせ、と杖を使い腰を持ち上げたところで遠くから女性の悲鳴らしき音が聞こえた。
原作でワルドが風メイジは音に敏感だと言っていた様な気がするが、まさにその通りであり、もしも僕が風メイジでなかったなら悲鳴らしい音を聞き取る事はできなかっただろう。
僕はケビン君に目を向けたが、どうやら風メイジといってもトライアングルの彼には聞こえなかったらしく、えっ、休憩もう終わりなんですか?みたいな顔をしている。その能天気な間抜け面が今は憎い。
場所は前人未到の森の中だし、もしかしたら僕の空耳かもしれないが、ここで空耳だと思い見過ごしたら後々気になって後悔する事になる。
そんな思いをするくらいなら無駄足になるかもしれないが行ってみる方がマシだと言える。
僕は、もう少し休みませんか坊ちゃん?という顔をしているケビン君を放って悲鳴が聞こえた方角にフライで飛び去った。
「えっ!?どこに行くんですか坊ちゃん!!?」
背後でケビン君が慌てているが、僕の動きは止められないぜ!
私は生まれてからずっと森の中で両親と一緒に暮らしている。
オーク鬼などの亜人はよく出るけど、家族全員が魔法を使えるので簡単に撃退できる。
家にある本や両親から話を聞いて森の外についてある程度は知っている。
いつか森の外を見てみたいが、森の中での生活も満足しているのでどうしても森の外に出たいという訳ではない。
私は食料の確保や亜人の撃退など大変ではあるが両親との幸せな生活がいつまでも続くと思っていた。
だけど今日、家族3人での昼食を食べ終わったところでオーク鬼の襲撃を受けた。
亜人の襲撃なんて今に始まった事でもないので軽い気持ちで迎撃をしたのだが、今日に限っていつもなら多くて10体ほどで襲撃してくるオーク鬼がいくら倒しても後から続々出てくる。
オーク鬼はなにか興奮している様子で明らかに普段の襲撃の時と様子が違っていた。
そういえば今日は木が倒れる音が何度も聞こえたから、それが原因なのかもしれない。
終わる様子の無いオーク鬼の襲撃に私はよほど疲れていたのだろう。
いつもなら戦闘中に考え事なんてするはずも無いのに、つい気が逸れたせいで私は足を滑らせて転んでしまった。
その際に呪文のスペルが途切れてしまい、魔法が発動できなくなった。
オーク鬼は私の攻撃がやんだのをチャンスと思ったのか、私に殺到する。
呪文の詠唱は間に合わない。
あぁ・・私はここで死ぬんだな。
そう思って覚悟を決めたが、私に殺到していたオークの一団が突然飛来した幾多の巨大な氷の杭によって一掃された。
父は土のスクウェアで母は水のトライアングルなので、恐らく母が危なくなった私を見て助けてくれたのだろう。
私は突然の攻撃に混乱している残りのオークを
「・・・えっ」
私が目を向けた方向には、オークの棍棒で頭部を破砕され、無残にも地面に倒れて死んでいる母がいた。
訳が分からない。何故母が死んでいる?私の方がランクは上だが、母は私よりも遥かに強いはずだぞ?
私を助けたから?私を助けるために自分は死んだの?
気づくと私は地面にへたり込んでいた。
「い・・・い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私の悲鳴でまた別のオークの一団が私に向かってくる。
しかしそのオーク達は巨大な銅のゴーレムにより押しつぶされた。
「何をしてるんだサラ!?今は自分が生き残る事に集中しろ!!」
私の悲鳴を聞きつけて駆けつけた父は、かつて母だったものを見るも、私を守るために必死で戦っている。
そうだ、私も戦わないと・・・
父の必死で戦う姿を見てようやく私も自分のやるべきことを思い出した。
未だに動揺はおさまらないが、このまま足手まといになっていい訳にはいかない。
私は震える足で何とか立ち上がった。
「逃げろ!!!」
ようやく立ち上がった瞬間、父の怒鳴り声が聞こえ、気づいた時には父に突き飛ばされていた。
「きゃっ」
私は受身も取れずに地面に転がった。
何事かと私を突き飛ばした父を見ると、オークの石斧によって体を潰され既に息絶えた父がいた。
それまでオークを蹂躙していたゴーレムが倒れる。
オークの一部は倒れたゴーレムに巻き込まれたが、そんなものは極一部だ。他のオークはこの場で唯一の敵である私に迫ってくる。
「あ、ぁあ・・・」
もはや言葉にすらなっていない音が私の口から漏れる。
母に続いて父までも私を守るために死んでしまった。
つい昨日まで幸せだった日常が今は見るも無残に崩壊している。
既にオークは私の目の前まで来ており、どれほど詠唱が速くても魔法は発動できない。
動揺に支配された私は振り上げられた血のついた石斧をただ恐怖に染まった瞳で眺めている事しかできなかった。
本来ならば石斧は私の頭蓋骨を砕き、私は永遠の眠りについた事だろう。
だが、石斧を振り上げたオークが巨大な何かで殴られたかのように、後ろに吹き飛んだ。
「大丈夫ですか!!?」
何が起きたのか分からず思考停止状態の私の前に空から降り立ったのは、身の丈を越えるほどの大きな杖を持ち、茶髪の青年と呼ぶにはあまりにも幼い少年であった。
はじめて見た家族以外の人である少年は、風の魔法を使い周囲のオークを吹き飛ばし、切り刻み、押しつぶしていく。
私はその姿に言い様の無い安心感と胸が焦がれるような憧憬を覚えた。
肉体だけでなく精神的にも限界だった私は、その気持ちに身を任せ意識を失った。
どうもカトゥです。
主人公が初めて竜に乗って酷い目に遭いました。
8歳児の体で時速200kmの風圧は厳しいですね。大人でもきついですが(笑)
それを考えると、原作のワルドはヘルムも着けずに風竜で全速飛行していたのはすごいですね。
今回の話では主人公の魔法の講師であるジャンさんの息子さんと謎の女性が出てきました。
領地復興に役立つものも発見する事だけはできましたし、なんとか光明らしきものも見えたのではないでしょうか?
まあ、現時点ではあまり役に立ちませんでしたが(笑)
何はともあれ、本作品をこれからもよろしくお願いします。
感想やアドバイスなどいつでも大歓迎です!