主人公の初実戦
さて・・・この状況、どうしようか?
突然の介入者に警戒し、距離をとって僕を囲む大量のオーク鬼に冷や汗を流しながらも僕は考える。
微かに聞こえた悲鳴に駆けつけてみれば血塗れの女性にオークが襲い掛かっていた。
思わずエア・ハンマーでオークを吹き飛ばし女性の近くに降りたのだが、女性は僕を見るなり倒れこんでしまった。
周囲を取り囲むオークに警戒しつつも、チラリと女性を見るが腕が無いなどの特に目立った外傷は無いようだ。
しかし全身血塗れなので何らかの外傷を負っている可能性が高い。
周りの状況をよく見てみると、3桁は下らない数のオークの死骸と2つほど人間の死体がある。
金属光沢を持った黄色の巨大な金属塊はゴーレムの残骸か?
地面は抉れ、幾多の木々がへし折れている。
それらは戦闘の激しさを物語っているが、その中でも元は家らしき残骸はこの森で生活しているものがいた事実を示している。
この場に転がっている二つの死体と僕の背後にいる彼女が恐らく生活していたのだろう。
しかし何故このような危険で不便極まりない森の中で生活しているんだ?
例え森の深部にある貴重な草木のことを知っていたとしても、これだけのオークを倒せるほどの能力を持った彼女たちならば、もっと住みやすい場所があるはずなのに・・・
何らかの事情があるのか・・・
「グオオオォォォォォォ」
思考の途中で、遂に今まで僕への攻撃を躊躇っていたオーク達が僕に向かって突撃してきた。
距離が離れているので奴らの攻撃範囲に入るまで
だが僕は風のスクウェアだ。
原作でトリステイン魔法学院の講師であるギトーは風系統が最強であるとか何とか言っていたが、僕は大いに賛成する。
確かに風系統は色々と応用が利くが、火系統の様に広範囲の敵を一瞬で焼き払う事などできない。
土系統の様に様々な物質を生成し、操る事もできない。
水系統の様に傷を癒し、他者の精神に介入する事もできない。
虚無系統の様に暴力的な攻撃をしたり異世界を行き来したり、記憶を改ざんしたり魔法を解除する事もできない。
だがね・・・・風にも、他のどの系統も真似できないことがあるのだ!!!
「ユビキタス・デル・ウィンデ!」
僕が偏在を唱えると一瞬光に包まれ、次の瞬間には僕と全く同じ姿をした偏在が4体存在した。
謁見時の様に5体の偏在は精神力の問題で無理だが、それでも戦力的には全く問題ない。
僕と偏在は女性を中心に円形陣を構築する。
オーク達は四方八方から僕達に向かって来ており、その数は3桁に届くかもしれない。
対する僕は風のスクウェアだが、今まで大事に育ってきた為に実戦なんてしたことが無い。
しかし初の実戦を前に僕は全くと言って良いほど恐怖を抱いていない。むしろようやく戦闘が行えることに歓喜すら感じていた。
なにせ今まで異端審問のことやセリューネ公爵家のこと、実家が抱える様々な問題でかなりストレスが溜まっているのだ。
もしもオークが僕に殺意を向けていないのなら殺す事に躊躇いを感じるのだろうが、オーク達は僕を殺す気で向かってきている。
これで心置きなく存分に戦える。
オークの雄叫びと地を踏み鳴らす音が支配する世界で、僕は初めて味わう闘争の空気に思わず口角が釣りあがる。
「デル・ウィンデ」
僕と偏在、5人の声が重なり合いエア・カッターが発動する。
不可視の風の刃はそれまで圧倒的存在感を放っていたオークの軍勢を一瞬で醜悪な肉塊に変える。
僕たちは攻撃を止めることなく、エア・ニードルでオークを一体ずつ潰していく。
オークの先鋒はあっという間に崩壊した。
もしも僕が風以外のスクウェアだったなら、これほど簡単な迎撃は行えなかっただろう。
もしかしたら多方向からのオークの攻撃によってあっさりと押し潰されていたかもしれない。
風系統・・・その戦闘での真価は偏在による多方面への並列した対処だ。
自分と全く同じ能力を持った者が、多方向からの複数の攻撃に対し、平行して処理していく。
一見地味だが、戦闘においてこれは圧倒的な存在感を示す。
僕は果敢に突撃してくるオークの群れを迎撃しながらしみじみとそれを実感した。
オーク達は僕達の苛烈な迎撃によってほとんど前進できておらず、ただ死体の山を築いていくだけだ。
しかしこの戦闘方法は僕の精神力をすごい勢いで消費していく。
偏在は唯でさえ維持に精神力を消費し、戦闘では偏在も魔法を使うのでその分精神力を消費する。
結果、短い戦闘でも多大な精神力を消費する事になるのだ。
オークはあれだけ始末したのにも拘らず次から次へと湧いて出てくる。
これでは僕の精神力が尽き、オークに蹂躙される事はほぼ決定事項だ。
僕は迎撃を偏在たちに任せ、草木の入ったリュックを女性の両肩にかけて倒れている女性を背負う。
血で僕の服が汚れるが、そんなことは構わない。森林地帯の調査で来たので今の服は普段着よりも粗末だ。
女性は8歳児の僕にとってかなり重かったが、何とか背負う事はできた。
女性が落ちないように気をつけながらフライで空に上がる。
眼下では十分な高度が確保できたので魔法の使用を止めさせた偏在達がオークの群れに飲まれかけていた。
偏在はオークの攻撃により次々と消滅し、あっさりと全滅した。
僕はそれを視界の端で見届けながらケビン君が待っているであろう場所まで飛行する。
僕が勝手に飛んで行った場所で呆然としていたケビン君は、空から降りてきた僕と背中にいる血だらけの女性を見て驚愕した。
ケビン君に事情を説明し、改めて竜がいる場所まで飛行を再開した僕達だったが、ケビン君の精神力不足の為に女性は僕が背負わなければならず、女性を落とさないように気をつけて飛行したので竜がいる場所場でついた時は、すでに太陽は沈んでいた。
竜に乗っての帰り道は、女性の体にあまり負担をかけないように行く時の半分の速度で飛行したので、屋敷に到着したのは夜中の11時だった。
父さん達はあまりにも遅い帰宅時間のせいで僕が帰った瞬間、文句やら心配したやら、その血塗れの女性はなんだとか言っていたが、僕は父さん達に草木の入ったリュックを押し付け理由は明日話すと伝えて女性をレビテーションで浮かせて僕の部屋まで運んだ。
多分ケビン君がうまい事当座の説明をしてくれるだろう。
デュステール家は貧乏なので、客人の予定が無い限り客間の掃除はしておらず、埃等が溜まっていて客間はすごく汚い。
怪我をしているかもしれない女性をそんな場所で寝かせる事はできない。
僕の部屋の扉を開く。
天蓋などの余計な飾りはついていないシンプルなベッドと机、衣装ダンスだけが置かれている物寂しい部屋だが、客間よりかはマシだ。
僕は自分のベッドが汚れることを無視して、自室のベッドに女性を寝かせた。
僕は女性の体に外傷がないか改めて見たが、女性は血と土で全身が汚れているが多少の擦り傷はあっても特に治療が必要なほどの外傷は無かった。
見たところ骨も折れている様子は無い。
女性が特に怪我をしていないことにホッとする。
改めてベッドで寝ている女性を観察すると、彼女がとんでもない美人だという事が分かった。
これまでは慌てていた事もあって分からなかったのだが、血と泥で汚れていてもなお整った顔立ちはその美しさを失っていない。
前世も含めて50年ほど生きているが、ここまでの美人に会ったのは初めてだ。
僕が彼女の顔立ちに思わず見とれていると、だんだん僕の視界が狭まってきている事に気づいた。
今日は竜に乗って酷い目にあったり、森林地帯を深部まで調査したり、生まれて初めて実戦を経験したり、血塗れの女性を助けたり様々な事があった。
8歳児の体はもはや限界なのだろう。
僕は襲い来る眠気に抵抗する事もせず、あっさりと意識を暗転させた。
「・・・むぅ・・ぅん」
私は窓から差し込む朝日によって目が覚めた。
今、私はどこで寝ているのだろう?
私の体は木の板の上に敷いた薄い布団ではなく、信じられないくらい柔らかくて暖かい布団に包れている。
できる事ならいつまでもこの感触を味わっていたいが、だんだん脳が覚醒してくるにつれて、そうもいかなくなった。
これはなんだ?私はこんなに柔らかい布団など知らない。
何故私がこれほどの布団で寝ているんだ?
私は寝る前の記憶を探った。
「・・・・ぁ」
そして思い出した。
私を助ける為に頭部を粉砕された母、私を庇ったせいで体を潰された父。
かけがえの無い2人が、私のせいで死んでしまった事を・・・
私は思わず跳ね起きた。もしかしたらこの柔らかい布団は寝ぼけた私の想像で、本当は全て夢であり、目を覚ませば布団は今までと同じ薄くて硬い物。両親もいつも通り私の両隣にある布団で寝ているかもしれない。
「そんな・・・」
だが、そんな私の希望はあっさりと打ち砕かれた。
私の家がすっぽりと入ってしまいそうなほど広い部屋、窓には両親から聞いた事のある透明な壁みたいなものであるガラス。
部屋の家具はベッドと机、タンスだけだが、明らかに私の家に有った物よりも上質なことがわかる。
そして私の腕についた血と土は、寝る前の出来事が現実である事をありありと示していた。
「ああぁぁ・・ぁあぁ」
私は両手で顔を覆う。幼い時にしか流した事のない涙が溢れ、口からは嗚咽が漏れる。
本当だったら大声で泣いてしまいたいが、ここが知らない場所だということもあり、大声を出す気にはなれない。
私は声を押し殺して静かに泣いた。
すみません、少し更新が遅れてしまいました。
理由としては、最近急激に仕事が増えてしまい中々執筆作業に入る事ができなかったのです。
まあ、言い訳ですけどね。
この小説の更新を待っていてくださる皆様には申し訳ないです。
できる限り2,3日に1回は投稿したいですが、もしかしたら遅れてしまうかもしれません。
こんな作者で申し訳ありませんが、これからも本作品をよろしくお願いします。
感想、疑問、アドバイスなどは大歓迎です。