更新が4ヶ月以上遅れました申し訳ありません。
私生活が忙しかったんです。
はい、いい訳ですね、すみません。
恩人と従者
僕、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールの朝は無理矢理押し殺したような女性の鳴き声によって訪れた。
えっ・・どんな状況?
寝巻きに着替えもせず床で寝ていた僕は寝起きゆえに未だ思考がうまく働かない。全身が鉛で出来ているかのように重く、間接の節々が痛む中のっそりと起き上がってベッドの上を見た。
ベッドの上では血やら泥やらで汚れた美人の女性が泣いていた。一瞬思考が停止しかけるが、次の瞬間には一気に思考が覚醒する。
ああ、思い出した。確か昨日彼女を連れて帰ってそのまま寝ちゃったんだっけ。
僕が昨晩意識をなくした直前の状態のままだったということは、どうやら父さん達は僕が今日事情を話すと言ったことを信じて昨晩は僕を放っておいてくれたらしい。本当に助かる。
まあ、ケビン君がうまく説明してくれたんだと思うけどね。よくやったケビン君!
汚れた平民がベッドで寝て貴族の長男が床で寝ているなんて光景を見られたらかなり面倒な事になるだろう。父さん達は平民の扱いが酷くはないけど、かといって平民に優しくも無い。
あの親馬鹿な人たちのことだ、彼女に対し怒りをぶつけるに違いない。まっ、そんな事になってもせっかく助けたんだし、僕は彼女を庇うけどね。
父さんたちには昨晩放っておいてくれた代わりに今日は昨日のことを根掘り葉掘り聞かれそうだが、その苦労は仕方ない。どうせ昨日の調査結果は話すつもりだったし、領民の戸籍管理などもその時に提案できるのだからむしろ丁度良い。
ああ、でも面倒臭い事になるんだろうなあ。戸籍調査といってもお金はかかるし、領地が無駄に広大な分それなりに時間もかかる。恐らく始めは反対されるだろう。僕は今日起こる面倒事を想像してため息をはく。いや、昨日見つけた収入源のお蔭で調査費用は何とかなりそうだけどね。
僕が今日起こる面倒事に気分を落ち込ませていたが、気分を入れ替え一向に泣き止む気配がない女性に意識を向ける。
昨日助けた現場に2人分の人間らしき死体があったから、彼女が悲しんでいる原因は恐らくそれらだと予想がつく。
童貞暦が長い分、女性を慰めた経験なぞ無いがこのまま泣かせるわけにもいかないな。
よし、とりあえず今はこの人を泣き止ませるか!
僕は童帝ゆえに女性に対してヘタレな根性に活を入れて両手で顔を覆って泣いている女性に声をかけた。
「いかがしましたかな、お嬢さん?」
「いかがしましたかな、お嬢さん?」
今まで私の泣き声だけが聞こえていたのに突然話しかけられた事で、私は思わずビクついてしまった。
反射的に顔を覆っていた手を下げてしまうが、視界は涙で霞んでいるので声の主を確認できない。
「おっと失礼、驚かせてしまいましたな」
声質から言って男性らしい声の主はそう言って私の下半身にかかっていた純白のシーツで私の涙を拭いた。優しく涙をぬぐっている男性の手つきは、幼い時泣き止まない私をあやす父を髣髴させ、余計に涙が滲み出る。
しかしそれでも男性は私の涙を拭き続けてくれたお蔭で、ようやく男性の姿を確認できた。
土埃で汚れている短めの茶髪に緑色の目、本来なら白く柔らかいのであろう肌は私と同じく土と血で汚れている見た目10歳前後の少年だ。
着ている服はぼろくないが土と血で汚れている分、みすぼらしさを感じる。まあ、私も人のことは言えないが。
しかし雰囲気にはどこか気品が感じられ私に比べてこの少年の育ちの良さが伺われた。
私が寝ているフカフカのベッドやシンプルながら所々に装飾があるこの部屋から考えるに彼は身分が高いのではないのだろうか。そういえば外の世界には貴族と呼ばれる人たちがいるそうだが、もしや彼がそうなのでは?
「落ち着かれましたか?」
彼は穏やかな顔つきで私を気遣ってくれる。この少年の落ち着いた優しい表情は、悲しみで不安定になっていた私の心を安堵させるには十分だった。というか、この少年は本当に10歳前後か?
私がこのくらいの年齢の時は、これほど落ち着いてはいなかったし今でも彼ほど落ち着いてはいない。
そんな少年に比べ、私はようやく落ち着いてきたというのにうまく声が出ず、幼子のようにただ頷く事で少年に答えた。
「そうですか、それは良かった。貴方にとっては目が覚めたら突然見知らぬ場所にいて訳も分からぬ状況だと思いますので、とりあえずこの場所と私の説明をしておきましょう。
ここはガリア王国デュステール侯爵領領主館での私の私室。
そして私はデュステール侯爵家嫡男、アリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールです」
そう言って少年は私を安心させるかのように優しく微笑んだ。
これが私、サラが彼の名を知った瞬間だった。
あの後、サラと名乗った彼女に昨日の顛末を説明し、彼女も自身の事情を説明してくれた。そのお蔭で彼女について様々な事が分かった。
彼女は両親と3人で森に暮らしていたらしく、なんと両親共にメイジで彼女も土のスクウェアで水のトライアングルらしい。まあ、確かにあの森で生活するなら優秀なメイジである事は納得だ。
両親のほうもスクウェアのメイジで、優秀だったらしい。何故そんな彼女たちが態々危険なあの森の中で生活していたのだろう?
彼女たちなら軍に仕官するにしろ、貴族に仕えるにしろ、商会に召抱えられるにしろ好待遇で迎えられるはずだ。少なくともデュステール家よりも裕福な生活が送れる。
あっ、ヤバイ。今度は僕が泣きそうになってきた。
彼女にその事を聞いてみたところ、彼女は生まれた時から森で生活していたらしく、何故森で生活していたのかは分からないそうだ。
「なるほど・・大まかな貴女の事情は分かりました。ご両親の事は真に残念です。
・ ・・ふむ。
森の中は貴女1人で生活するには厳しい環境ですし、かといって外に出ても失礼ながらあまり世間を知らない貴女がうまく暮らしていけるとも思えません。
私としてはせっかく貴女を助けることができたのですし、このまま見捨てるのは心苦しい。
いかがでしょう?
貴女さえ良ければ我が侯爵家で働きませんか?」
僕がそう言うと彼女は鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いたが、次の瞬間には困惑した表情になった。
「貴方の申し出は大変嬉しいのですが、窮地を救っていただいた身の上でこれ以上ご好意に甘えさせていただく訳にはいきません」
申し訳そうな表情で彼女はそう言うが、もちろん僕だってただの好意でこんな提案をしたわけじゃない。
これから領地経営をする以上、スクウェアメイジなんて逸材を放っておく訳にはいかない。いくら優秀でも人間1人の力なんて微々たるものだが、それでも彼女の力は希少であり強力だ。今のデュステール家では彼女の力が大きく役に立つ事だろう。
「しかしそれでは貴女の身の上が心配だ。このまま貴方を見捨てたら私はこれから後悔で悩まされ続けるでしょう。
もしも私が貴方を助けた事に恩を感じているのなら、どうか我が家に仕えて私を支えて欲しい」
僕は膝の上に置かれていた彼女の手を両手で握り締め、懇願するように言った。まあ、実際本気で頼み込んでいるんだけどね!
すると彼女はやっと僕の想いが伝わったのか、照れたように顔を俯かせた。
「分かりました・・私みたいな者で良ければ、貴方に使えさせていただきます」
よし、土のスクウェアメイジ、ゲットだぜ!!
「そうか!ありがとう!!
じゃあ、まずはお風呂に入ろうか」
「えっ?」
彼女はまたもや鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をする。
「僕も君も昨日は汚れたまま寝ちゃったからね」
僕がそう言うと、彼女はようやく自分の体についている土やら血を思い出したのか納得の表情になった。
僕とサラはお風呂で汚れを流した後、衣服を着替え終わると時刻はちょうど朝食の時間になっていた。
僕は物置にあった屋敷の侍女服を着せたサラを連れて食堂に向かう。道中では貴族に仕える上での常識をある程度サラに教えておく。
サラは貴族については本で得た知識の他に両親から僅かな情報を与えられただけらしく、あまり良く分かっていなかったので、結構基本的な部分から教えた。
僕が与えた知識に一々反応し、興味深げな様子で聞いているサラを見ていると前世での後輩達のことをふと思い出す。
そういえば研究所の廊下を歩っていた時も後輩とこうやって話していたなあ。魔法使いとしての心構え、妖精になった時の心情、大魔法使いと賢者の違い・・・今となっては手の届かない遥か遠い異世界での過去だ。
「アリスト様、大丈夫ですか?」
昔を思い出し、少し沈んだ気持ちになっていた僕をサラが心配そうに見ている。貴族の令嬢でも滅多に見る事ができない透き通るような白い肌、それ以上に白い長髪を持った現実離れした美貌を持つ女性。まるで宝石のように紅く
童貞の中の童貞である僕でも思わず引き込まれてしまいそうになる。これでは童貞の誓いを交わした仲間たちや呪殺の大魔法使いという称号を与えてくれた
「ああ、すまない。少し考え事をしていた。もう大丈夫だ」
僕が笑みを浮かべてそう答えると、彼女は安堵したように笑みを浮かべて目の前にある食堂へと繋がる扉の取っ手に手をかける。
さて、頑張って父さんたちを説得するかな。
僕は自身に気合を入れながらサラが開けてくれた扉をくぐり、既に両親が待っている食堂に入った。