改革の芽生え
「———ふむ、なるほどな。
大体の事情は分かった。」
昨日の報告を聞いた父さんはそう言って鷹揚に頷いた。表情こそ侯爵家当主たる厳格なものだが、その雰囲気が心なしか柔らかいのは僕の気のせいという訳ではないだろう。僕が昨日森の奥地で見つけた新たな収入源が、父さんの雰囲気が柔らかい原因だろう。
「サラといったか?その娘の処遇についてはお前に一任しよう。」
父さんがその言葉を言った事で、肩の荷が1つ下りた僕はようやく安堵できた。これで彼女は名実共に僕の従者になり、彼女の今後の生活を安定させたものに出来る。
しかし僕にはまだこの場で父さんに話す事があるので、まだまだ安堵したままではいられない。気を引き締めなくては!
「ありがとうございます。それと今まで領地の詳細を調べていて、私が考案した領地改革案を聞いて欲しいのですが———」
そうして僕が話した改革案は2つだ。
1つ目は領民の戸籍管理と領内の耕作地の収穫量調査。
これによりデュステール家が輸入すべき食糧の正確な数が判明し、食糧輸入において余剰分を最小限にすることが出来る。さらに今まで見逃していた税金を徴収する事も可能になり、領内の状況を見るに僅かだと思うが歳入を増加する事ができる。
領民も食糧輸入のためと言われれば、生活と直結しているので誤魔化す事はないはずだ。デュステール領は群馬県の1,257倍と言う無駄に広大なので調査にそれなりの費用と時間がかかり、さらに管理にも人員的、財政的にある程度の負担を強いられるが、僕が後2,3回森の奥地に飛べば費用は補完できるはずだ。
現状では微々たる成果で費用対効果が悪いのだが、これから領地を発展させるのだし将来への投資と考えれば悪い案でもないはずだ。
2つ目は輪栽式農業の導入である。
現状、デュステール領の耕作地は痩せており、作物の収量も他領のものより少なく、これによる食料輸入量増加はデュステール家の財政に容赦なく痛めつけている。
輪栽式農業は小麦、カブ、大麦、牧草という既に領民が育成の経験を持ち、栽培費用も極めて安価な作物を育てる事で導入できる。
残念ながら家畜はデュステール領にいないし、導入する財政的余裕も無いので諦めるが、牧草自体はそれほど手間がかからずに荒地でも育てる事ができる。
領民たちには今まで以上の労働を強いてしまって苦労をかける事になるが、そのぶん少ない労力で牧草を素にした堆肥が手に入り耕作地の改良が出来るはずだ。
まあ、財政的にはとても優しい改革案だが時間はかなりかかるはずだ。恐らく明確に効果が出始めるのは1年や2年先の話ではないだろう。
今のところ、我が家の財政で可能な改革はこの2つである。
僕はこの改革案の効果と費用、および万が一失敗した場合に発生するであろう問題点を父さんに説明した。
一応、朝食の場を借りて話をしているので、この場には母さんもいるが領地経営に関しては父さんと僕しか関わっていないので母さんは黙って食卓についている。というか興味深そうに僕の後ろに控えているサラを眺めていた。
「ほう、お前の言葉が全て真実ならば中々興味深い内容だな。
戸籍についてはゲルマニアの方でも既に実施している領地があると、耳にした事がある。我が領のような人口が小規模の領地では効果も小さいが、それでも食糧輸入費が削減できその案が実行可能な財源が確保できたのならば私は反対するつもりはない。
それと輪栽式農業か・・・失敗した場合の問題点である地力の過度の低下は心配する事はないだろう。幸い我が領の広さだけは誇れる。例え耕作地が使えなくとも、代わりの土地はいくらでもあるからな。
多少手間がかかるだろうが、その案が失敗したとしても我が領にとって大した打撃にはならないだろうし、そもそもこれ以上耕作地が痩せることなどないのでな。
2つの案とも私がすぐに取り掛かってやろう。その代わり、お前はその娘と共に財源の確保に努めよ」
父さんは僕の案に対する考えを言葉にしたうえで、了承してくれた。そりゃあ僕だっていきなりリスクの高い改革をするつもりはない。そんなものを提案したところで父さんは納得しないだろうし、失敗した時の反動も怖いしね。
僕が提案した改革案は小さな出費である程度の効果をもたらすものだ。よほどの頑固者でなければ了承するだろうことは予想できた。
その後は普段通りに朝食をとった。今までずっと黙っていたせいか母さんの言動がいつもより多かったのは、まあ、気にするほどでもない。
朝食を食べ終わった僕は、サラを連れて自分の部屋に戻った。昨日血と土で汚してしまったベッドのシーツは真新しいものに代えられていた。
僕は机に座り、先ほど了承してもらった改革案の詳細を羊皮紙に書き込む。
事前に詳細をまとめた書類を容易できれば良かったのだが、昨日は疲労のためすぐに眠ってしまったのがいけなかった。
僕の背後で暇を持て余しているサラが興味深げに僕の室内を眺めている中、僕はひたすら羊皮紙に文字を書き込み続けた。
3時間後にようやく改革案の詳細をまとめ終わった。サラはよほど暇だったのかベッドの上ですやすやと眠っている。
白いシーツの上で純白の長髪を持つ絶世の美女が眠っている姿はまるで一枚の絵画を見ているかのようだ。僕は前世の子供の頃読んだ御伽噺に出てきた眠り姫のように静かに、しかし心底安心しているような表情で眠っている妖精のごとき彼女を見てただこう想う・・・
君、メイドだろ?
それでいいのかい・・・
僕はサラを放って父さんに書類を提出しに向かった。
これが終わったら今日は休みだ。昨日精神力の大部分を使ってしまった以上、再び森の奥地に向かうのは2,3日後だろう。
「とりあえずサラを教育するかな」
僕の部屋を出る直前、ポツリと独り言をもらす。
彼女は礼儀云々以前に基本となる知識が足りない。このままでは彼女が苦労する事は目に見えているし、僕が彼女を保護すると決めた以上は必要な事は全て彼女に教えるつもりだ。
幸いしばらく財源確保以外の時間は暇になるしね。
デュステール領で改革の芽が芽生え始めて数週間が経過したある日の朝食時、僕は父さんからとある報告を受けた。
「汚職・・ですか」
僕が苦さに定評のあるハシバミ草のサラダをつつきながら返答すると、父さんは苦々しげな表情で頷いた。ハシバミ草は凄まじく苦いのだが、健康に良くなによりも安価なので我が家に限らずデュステール領の主要な食物の1つになっている。
産地は忌々しいセリューネ公爵領だ。
「ああ、戸籍調査の最中に判明したらしいのだが、いくつかの村の徴税官が故意に収穫量を少なく、輸入する食料の量を過剰に報告していたらしい。
散々私腹を肥やしおって腹立たしい事だ。不正が発覚したお蔭で今までの負担が減る事になるが、我らが苦労をしている間に彼奴らが甘い汁を吸っていたと想うと怒りが中々収まらん!」
父さんはそう言って荒々しく馬鹿みたいに固いパンを噛み千切った。まさか我が領のような極貧領地でも不正があったとは驚きだ。
まあ、不正なんてどこにでもあると言う事か。しかし領主でさえも貧困に喘いでる中、不正をして私腹を肥やすとは・・・その度胸だけは大したものだ。
我が領は人口とは不釣合いなほど広大な面積を持つので、その分領主の目が行き届きにくい。確かに不正などやろうと思えば簡単に出来ただろう。・・・そんな余裕があるかどうかは別だがね。
今回の調査では領内の隅々にまで領主の目を向ける事になるから、今まで気づかなかった些細な事も分かるようになる。
この事はまだまだ序の口で、次々と新たな不正が発覚するだろう。そうなると調査の遅滞は避けられない。まあ、時間はあるんだ。じっくりといこう。
僕は母さんと協力して父さんを宥めつつ、慣れ親しんだハシバミ草の苦さに顔をしかめるのであった。
遂に領地改革が始まりましたね!
これからはガンガン行きますよ!!
・・・すいません嘘です。たぶんのっそり進むと思います。