第二次領地改革
ガリア極東の諸侯を纏める大貴族、セリューネ公爵家の四女セラス・ラ・ルフェ・ド・セリューネとエルフに対する防壁の役目を遥か昔から務めてきた歴史ある名門、デュステール侯爵家嫡男アリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールの婚約が公に発表されてから数ヶ月が経過した。
突然の婚約発表にも拘らず、周囲の反応はある意味静かだった。
今まで数える事が馬鹿らしくなるほどのパーティーに出席しただけあって、ガリア国内はおろか国外の多くの貴族からお祝いの品や手紙が届いたが、どの貴族もあまり驚いた様子ではなかった。
まあ、予想通りだ。
僕の婚姻に関するセリューネ公爵家による他貴族への干渉妨害の工作は前々から行われていたのだ。
表沙汰にはなっていないが、セリューネ公爵家が僕との縁談を強引に結ぼうとしていた事は多くの貴族が知っていたのだろう。
今のところ、この婚約に表立って反発する貴族がいないことは、セリューネ公爵家の政治力がいかに高いのかが分かる。
忌々しい事だが敵ながら見事である。
僕は思わずセリューネ公爵を思い出してしまった。
頭の中で公爵はあの憎たらしい顔を盛大に歪ませて高笑いしている。
やばい、今すぐあの顔を殴りたい。
僕はすぐさま思考を振り払い、目の前の書類作成に集中した。
今は実家の自室で領地改革第二段階の一環で資料を作成している。
領地改革の第一段階である戸籍管理体制の構築と輪栽式農業の導入は、翼人と不正官僚摘発という副産物を生み出して完了した。
それなので僕はセリューネ公爵家での婚約パーティーから帰った後すぐに領地改革を第二段階に移行することを父さんに提案した。
第二次領地改革は大きく分けて5つだ。
1つはデュステール領北西部、ゲルマニアとの国境となっている山脈に存在する風石鉱山の採掘量拡大だ。
現在の採掘量は少量であり、領内需要の20%ほどしか産出していない。
それを改革第二段階では領内需要を満たし外部へ輸出できる程度まで、採掘量を増大させる。
これの問題点は、採掘場所が広大な領地の最北部という輸送に難のある場所なので、採掘量を増大させてしまったらそれなりに輸送費用がかかる事。
そして何より輸出するにも周辺で経済的余裕のある貴族は全てセリューネ派閥なので、せっかく採掘した風石が安く買い叩かれるか買い取る事すら拒否されてしまう事だ。
もしもセリューネ派閥に売らない場合は、輸送費用が高騰してしまうので市場での競争能力がなくなってしまう。
輸送費用の問題は、輸送に軍馬を活用し、余分に消費する軍馬の餌をその辺に生えている牧草を取ってきて食べさせる事で、必要経費は人件費だけとなり解決できる。
最近は領内では北部の森周辺ですら牧草が生えているので、牧草の供給は心配要らないだろう。
輸出問題の解決策はちゃんと考えてある。
2つ目は武器生産の拡大だ。
デュステール領には聖戦時に数十万の兵士や数百隻のフネの駐屯、整備、補給ができるだけの鍛冶場や造船所などの軍需設備がある。
これらの軍需設備を整備、稼動させる為に毎年大金が消費している。
というか総額60万エキューに上る軍事費の半分近くはこれに使われている。
しかしそれだけの大金を消費して使用しているのは、造船所では10隻の艦隊の整備、鍛冶場では600人ほどの兵士の武器防具の整備と作成だけ。
全く持って無駄である。
だからと言ってエルフに対する備えは至上命令なので、軍需設備群を閉鎖する事もできない。
そこで剣や防具の生産を拡大することにより武器輸出量を増やせば、遊ばせておくだけだった設備を使用でき、利益も上げられる。
問題点は、武器の生産を拡大しても輸出場所が無い事である。
大きな戦争でも起きれば話も違うのだが、現在ガリアの武器市場は供給が需要に十分追いついているので、武器を増産しても誰も余分には買わないだろう。
トリステインやアルビオンなどでは分からないが、その場合輸送費が高騰するので競争力がなくなる。
品質は良いのだが、飛び抜けて良いわけではないので遠い場所での武器商売はうまくいかないだろう。
この問題点の解決もちゃんと考えてある。
3つ目は社会的経済生産基盤、つまり街道などのインフラ整備だ。
前述の改革で領内の輸送活動が活発化するので、輸送路、つまり街道や補給拠点を整備する必要が出てくる。
そうしないと輸送の非効率化や長時間化、余分な労働力の消費など数多くの問題が発生する。
これの問題点は費用だけである。
ただでさえ広大な領地なので、街道を整備するだけでも莫大な金額が必要になる。
解決策は時間をかけてこつこつと整備していくしかない。
4つ目は商会の設立だ。
今まで、我が領で生産した武器や最近輸出し始めた希少植物は全てセリューネ派閥内の商会に
しかしこれからデュステール領の経済活動が活発になってもそのようにしていたら、せっかく育てた経済がセリューネ派閥の商会に支配されてしまう事になる。
それでは意味が無いので、デュステール家が商会を設立し、領内での商売の一切を取り仕切る事で領内経済への外部からの干渉を防ぐ事が目的だ。
問題点はデュステール領内の経済活動が活発になったら他領の商会から不満が出る事、自由な経済活動が大きく制限されてしまう事による領内経済の硬直化、そもそもデュステール領内の経済活動が活発になるまで何年かかるのか? である。
1つ目の解決策は不満が出る前に他領へ進出し、他商会の目を我が領内からそらせば良い。
セリューネ公爵が商会と組んで何かやらかすだろうが、あの無駄に優秀な公爵相手の動きを完全に封じる事は無理だろうから後々、対策を立てておこう。
2つ目は商会内で報奨制度や達成目標などを設定して競争を促せばそれなりに緩和できるだろう。
3つ目は時間が解決してくれる・・・・・・と信じたい。
最後の改革は周辺貴族と共同して行う軍需産業の効率化だ。
これこそが第二次領地改革の要と言える。
現在、ガリア国内でエルフとの境界線に接している領地を持つ貴族は5家存在する。
北から我がデュステール侯爵家、ケティーネ侯爵家、メイベント公爵家、ファットン侯爵家、ミスベール男爵家である。
これらの内、改革の対象となるのはミスベール家を除く4家だ。
ミスベール男爵家を除く4家には聖戦時における軍需拠点の役割が課せられており、毎年王家から援助金を貰っているが、どこも財政的に余裕があるとはいえない。
なので各領地の軍需産業を集中し、軍と軍需設備の整備維持費用を縮小することが目的だ。
我が家はもちろん他の3家も膨大な額の軍事費を王命に逆らうことなく削減できるならば間違いなく食いつくだろう。
軍需設備は管理だけならばそれほど費用がかかるわけではない。
しかしそれを稼動させようとすると、細かな調整や老朽化の進行速度上昇などによって規模が巨大だけに膨大な額の費用が発生する。
ならば各領地の軍需産業を管理するだけに留め、武器の維持整備を一箇所で行えば、元々個々が過剰な軍需設備を稼動させていただけあり大幅な軍事費削減が実現できるだろう。
さらに軍需設備を稼動させる領地も、武器の維持整備費に多少の利益を上乗せして他の3家に請求すれば、稼動費用を補填するどころか利益すらでるので、決して損はしない。
僕は軍需設備を稼動させる領地をデュステール家にすることでデュステール家に利権をもたらし、更に1つ目と2つ目の改革の問題点を解決しようと思っている。
この改革を実行した場合に各領地の軍事費がどうなるか計算して見たところ、どの領地も軍事費大幅削減が実現したので、よほど頑固か現実離れした愚か者でない限りこの話に乗ってくるはずだ。
問題点としては聖戦発動時において軍需設備を全面的に稼動させるのに少し時間がかかってしまう事だが、聖戦が発動したらすぐに何十万もの大軍が各領地に集結するわけではないので実質的に問題は無いだろう。
「よし、できた!」
僕は何とか資料を完成させて、いつの間にか机の上においてあった紅茶を飲む。
おそらくサラが気を利かせてくれたのだろう。
あの娘も成長しているんだなあ・・・・・・
僕は完成した資料を眺めた。
この資料は2週間後にメイベント公爵家領にて開かれるデュステール侯爵家、ケティーネ侯爵家、メイベント公爵家、ファットン侯爵家の領主達の会談で使用する資料だ。
この会談は2ヶ月程前にデュステール侯爵家の提案により開催が決定された。
会談場所については、形式上は公爵家が最も格上なのでメイベント公爵家が選ばれたのだ。
決して庭園が畑と化しているから他の貴族たちを我が領に呼びたくなかったわけではない。
断じて見栄なんて張ってない!!
僕は気分転換に長時間の資料作成で固くなった体を思い切り
捩った事で視界に映るベッドを見て、僕は思わず息を呑んだ。
ベッドの上ですやすやと気持ち良さそうに眠るサラ。
白いシーツの上で純白の長髪を持つ絶世の美女が眠っている姿はまるで一枚の絵画を見ているかのようだ。僕は前世の子供の頃読んだ御伽噺に出てきた眠り姫のように静かに、しかし心底安心しているような表情で眠っている妖精のごとき彼女を見てただこう想う・・・・・・
やっぱり君は変わらないね。
おじさんなんだか
ああ、そうそう。
最近水のトライアングルメイジになりました。
忙しい
最近とても
忙しい
近況を俳句で言ってみましたカトゥです。
徹夜は4日以上になると体に悪いのでやめたほうが良いですよ。