会談での敗北
やあ、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステール13歳だ。
突然だが、僕は現在王宮、ヴェルサイユ宮殿の謁見の間にて国王に跪いている。
理由は至って単純。
2週間前デュステール家に届いた国王直々の召喚状のせいだ。
国王からの書状を見た時は、翼人のことが脳裏に過ぎって肝を冷やしたが、中身を見ると何のことはなかった。
前回と同じである。
ああ、そうそう…つい最近、僕は水のスクウェアになったんだ。
書状は要約すると、13歳で風と水のスクウェアになったんだし、ちょっと顔見せに来いって書いてあったよ。
改革も波に乗ってきて忙しくなってきたのに…まいったね。
「面をあげよ」
「はっ」
6年前、僕が初めて王宮に召喚された時と何も変わっていない言葉と声が謁見の間に響く。
唯一、6年前は声から感じ取れた威厳が若干薄れているように感じるのは、彼に対する心象の問題だろう。
「遠路遥々よくぞ参った。
久しぶりだな、アリストよ。
6年ぶりになるか?」
6年ぶりに見たロベスピエール3世は少し老けていたが、相変わらず目つきが鋭い。
今回は実家に置いてきた父さんと比べる事すらおこがましい。
「はっ、勿体無きお言葉。
私ごときの事を陛下の記憶に留めて頂き恐悦至極に存じます」
「うむ、だがお主は随分と成長しているな。
6年前は年端もいかぬ子供であったのが、今では立派な青年だ」
ロベスピエール3世の口元がほんの僅かだけど和らぐ。
これで目つきも和らいでくれたら、親しみが持てるのだがね。
「お主の噂は聞いている。
水のスクウェアになったそうではないか。
「はっ、お褒め頂光栄にございます」
僕は場の空気を読んで頭を下げてみた。
こういった場は慣れていないので、空気を読んで対応するしかない。
父さんと一緒だったら父さんのまねをしていれば良いのだが、一人なので自分で判断するしかない。
幸い僕の対応は間違っていなかったようで、周囲の反応に特異なものはない。
早く家に帰りたいなー。
「よいよい・・予は非凡な者が好きだ。
此度においてお主を招いたのは書状にも書いたが、齢13で風と水のスクウェアであるお主の非凡さを
よし、遂にこの時が来た!
あらかじめ書状の返答で書いておいたのだが、実は国王に進言したいことがあったんだ。
我が領の領地育成をより早く、より前進させるための布石を敷いておくために!!
「はっ、恐れ多くもそのことについてですが———」
「うむ、既に書状の返答にて分かっておる。
会談の席はこの後に用意してある。
宰相も同席するそうだ」
どうやら僕の願いは聞き入れて貰えたらしい。
それに宰相まで同席するなんて、望みうる最高の形だ。
まあ、大変なのはこれからなんだけどね。
会談での苦労を想像し、僕は心中で気合を入れた。
あの後、一旦謁見の間を出た僕は再び衛兵に案内されて、謁見の間から少し離れた場所にある部屋に入った。
室内には窓が無く、テーブルと椅子以外の無駄な家具も無く、まさしく密談のために用意されたような部屋だった。
しばらく室内で待たされると、ロベスピエール3世と純白の法衣を着た中肉中背のやや老け気味の中年男性が入ってきた。
その後、形式よりもやや緩い挨拶を一通りこなした後、ようやく会談が始まった。
「それで…話というのは何なのだ?」
まず口を開いたのは宰相のリシュリュー枢機卿だ。
もうすぐ50歳になる彼は少し寂しくなり光沢が出てきた前頭部とは正反対の薄暗い赤眼で僕を見据える。
流石は大国ガリアの宰相を10年以上務めているだけあり、ロベスピエール3世とはまた違った迫力がある。
ロベスピエール3世は椅子に座って、楽しそうに僕をニヤニヤと眺めている。
無性に腹が立つ顔だ。
「はい、実はガリアの財政状況が
多少は政治的駆け引きをするべきか迷ったが、今後の王宮内における僕、ひいてはデュステール家の立場を考え、あえて小細工はしなかった。
そもそも泥沼の権力闘争を勝ち抜いたこの2人相手に僕が駆け引き勝負をしたところで勝ち目は無いだろう。
もし相手が1人の場合や僕と対等の立場だったのならやりようはあったんだけどなぁ。
「ほう、我が国の財政を立て直す秘策があるというのか。
すばらしい!!
どうやらアリスト殿の才は魔法だけでは無いようだな。
ぜひその提案とやらを聞いてみたいものだ」
リシュリュー枢機卿は表情をほころばせて、椅子から身を少しだけ前のめりにする。
瞳も先ほどまでの光が無いものとは違い、赤眼の奥には希望の光が見て取れる。
芸の細かい奴だ。
まだ提案の内容を話していないにも関わらず、子供の言葉でここまで変わる人間が宮中で生き残れているはずがない。
こちらの程度を見定めようとしているつもりなのだろうが、あまりにも僕を侮っている。
腹立たしい奴だ。
…と思いたい所だが、実際の狙いはもっと深いだろう。
泥沼の権力闘争を制して宰相の地位まで登りつめただけでなく、度重なる出費で崩壊寸前の財政を支え、尚 且つ内政もミス無くこなしている大宰相の名は伊達ではないはずだ。
もしも宰相の言葉に対し、僕がまともに—— セリューネ公爵にしたような対応をしたならば、交渉は以後この大狸が優位になってしまう。
まあ、そうなっても問題は無いようにしてきたが……
それじゃあ面白くないよね!!
「そんな…宰相殿がそこまで評価して下さるなんて感激です!!
では僕の提案は受け入れて貰えるんですね!?」
できる限り13歳の少年らしく言ってみました。
宰相は僕の返答が予想外だったらしく、一瞬目を見開いたがその後すぐに元通りになってしまった。
ロベスピエール3世はニヤニヤ笑いから、まるでおもちゃを見つけた子供のような表情になった。
やはり予想通りだ。
おそらく宰相は僕が実家の方で軍事協定締結を主導した事や婚約パーティー後にセリューネ公爵と交渉したことなど知っているのだろう。
そうでなければ、いくら魔法の天才が要請しても内容が不明の会談に激務の宰相が同席するはずがない。
本来ならばこの会談は国王であるロベスピエール3世と僕だけで行っても良かったのだ。
そこに参入したと言う事は、あらかじめ僕がどのような人物なのか知っていたのだろう。
ゆえに先ほどの僕の言葉は知識の中での僕とは比較にならないほど幼く、浅慮でリシュリュー枢機卿にとっては予想外だったはずだ。
まあ、その驚きも一瞬で消されてしまったが。
「ははは、それは内容によるな。
おっと、そろそろ私は失礼させてもらう。
これでも宰相なのであまり時間が取れなくてな。
申し訳ない。
では陛下。
私はこれにて失礼させていただきます。
以後の会談はよろしくお願いします」
宰相はロベスピエール3世に言って椅子から席を立とうとする。
僕の言葉があまりに予想外れだったので、この会談を見切ろうとしているかに感じられるが、僕は見逃さなかったぞ!
このクソ狸はロベスピエール3世に顔を向ける直前、薄暗い瞳に戻って僕に笑みを向けやがった!
それも明らかにこちらを挑発する笑みだ。
クソ!クソ!クソ!クソ!!クソ!!クソ!!クソ!!!!
このクソ狸は僕の立場の弱さを利用した一撃を放ってきやがった!
今の僕ではどうあがいたところでこの状況を覆す事はできない。
やってくれたよ、この狸は。
ははは……はぁ、どうやら今回は僕から尻尾を出すしかないようだ。
流石はガリアの宰相、容赦がない。
「おお、それは残念ですな。
ならば以後の交渉は国王陛下の判断に委ねられるということで宜しいですかな?
宰相殿」
当初とは僅かに、だが確実に声質、口調が変化している僕の言葉で部屋から出ようとしていたリシュリュー枢機卿の動きが止まった。
ロベスピエール3世は凄まじい笑顔になっている。
「……おっと、そういえばアリスト殿との会談のために今日は用事を空けておいたのだ。
私とした事がすっかり失念していた。
いやはや、すまないな。
では会談の続き、アリスト殿の提案とやらを聞かせて貰えるか?」
リシュリュー枢機卿は恥ずかしそうに頭の後ろを掻きながら再び椅子に座ったが、出口の方向から振り向いた直後、一瞬だけ見えた勝ち誇った笑顔は忘れない。
……これはまずいぞ。
今すぐコイツの禿頭の生き残りを
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