秘密会談の終わり
「——— 王宮にはその許可を頂きたいのです」
リシュリュー枢機卿は僕の言葉に少し考えるそぶりを見せた。
恐らく彼の脳内では、何故僕がわざわざ王宮の許可を取るのか、という疑問が渦を巻いているだろう。
デュステール侯爵家の地理的及び政治的条件では、よほどの大事業で無い限り領内改革が王宮の目に留まることはない。
聖戦時やその他の戦時ならばともかく、平時において政治的、経済的影響力が皆無の寂れた辺境に目を向けていられるほど王宮も暇ではないのだ。
僕としても本当ならば王宮なんかに知らせずに、改革で得られる利益を全てデュステール家のものにしたいのだが、これから僕が王宮の許可を得たい事柄は、そうも言っていられないものになる。
王宮に隠したまま事を進めることもできなくはないが、もしばれれば取り潰しどころではない。
下手をすればデュステール領ごと処断されてしまう可能性が低くないと思う。
「ふむ、いったいどのような許可が欲しいのだ?」
しばらく思案した後、リシュリュー枢機卿は僕に許可の内容を聞いた。
その瞳は相変わらずの無感情。
彼の思考を読ませてはくれない。
ロベスピエール3世が僅かに体を動かす。
彼も許可の内容が気になるのだろう。
だが許可の内容が内容だけに、そう簡単に本題を切り出すわけにはいかない。
「デュステール侯爵家は2000年もの間、エルフに対するガリアの防人としての役割を担って参りました。
そのため我が家の資料庫には聖戦の資料が多く存在し、私はそれらを読みエルフについて多くのことを学びました。
そしてあることに気づいたのです」
僕がそう言うと二人は僅かに目を細めて話の続きを促した。
「長い歴史の中で、我々がエルフの領土を奪うこともあれば、逆にエルフが我々の領土を奪うこともありました。
その中で私はエルフが侵攻する土地にある条件が存在する事を発見したのです」
原作知識のお蔭でね。
「エルフは我々が長く支配する土地には占領を目的とした攻撃は行わず、逆に我らの支配が短い土地ばかりを占領しようとする特徴があります。
この特徴は過去の聖戦が全て我々からの攻撃で開始される事と関連性があるのだと考えられます。
私はエルフが我々の知らない何らかの重大な情報を持っているのだと考えました」
僕が一旦話をやめる。
話の途中では所々で驚いたり興味深そうにしたりしていた二人だが、今は元のにやけた表情に戻っている。
しかしその瞳の奥には
枢機卿は苦笑いに表情を変えて口を開く。
「なるほど、中々に興味深い話ですな。
この会談の後にアリスト殿にはぜひ然るべき者たちにその話をして欲しいところだが……それで、その話と経済政策にどのような関係があるのだ?
無いとは思うが、その情報を火種に聖戦を発動させるつもりではあるまいな?」
そう言って枢機卿はそれまでの表情とは一転し、険しさを滲ませながらジロリと僕を睨んだ。
経済政策としての戦争は、市場に刺激を与えるという意味なら友好だが、それは国家に余裕がある時だ。
もしも今のガリアで聖戦規模の戦争が勃発したら財政は軍事費によって崩壊するだろう。
枢機卿が釘を刺そうとするのも無理はない。
ロベスピエール3世は場の盛り上がりに少しワクワクしている様子だ。
殴りたい、あのニヤケ顔を。
「まさか、今の王国経済は聖戦に耐え切れるかどうか疑問です。
エルフから戦利品を奪う前に破産しては意味がありません。
私が貰いたい許可は、聖戦の発動許可ではなくこの情報を探ることやエルフの技術調査、軍事工作などを目的で行うエルフに対する多面的な偵察活動の許可です」
よし、言った。
ちょっぴり婉曲的な表現だったけど、ちゃんと言ったぞ!
ロベスピエール3世は僕の狙いが理解できないらしく、表情はニヤケ顔のままだが、瞳は疑問が渦を巻いている。
枢機卿の方は僕の狙いにいくつか思い当たるのか、表情を変えずに思考しているようだ。
ここが攻め時かな?
「偵察活動の内容はエルフの文献の入手、エルフ集落への潜入、エルフとの接触など多岐に渡ります。
そしてその過程でエルフ由来の物品を入手し、それを活用する事でガリア経済に刺激を与えようかと考えております」
ここまで言うと流石にロベスピエール3世も僕の狙いが分かったらしく、やや表情を引きつらせている。
まあ、簡単に言えば、エルフ製の物を市場に流して金持ちから金を吸い上げるよ! と言っているようなものだしな。
エルフの侵攻の特徴なんかは単なる理由に過ぎない。
本気でそれを探らなくても答えがハルケギニアが地下風石の暴走で浮き上がる事だということは原作知識で分かっているから、いざ偵察結果が求められた時でも問題ない。
エルフに対し過敏なハルケギニアの人間なら表情が引きつるのも無理はない。
ただ、その程度の反応なら対策はきちんと考えてあるし、説得するのも簡単なんだよね。
一番困るのはロベスピエール3世みたいに一般的なハルケギニアの人間の反応ではない奴なんだよな。
そう、目の前の枢機卿みたいな無表情でこちらを試すかのような目で見てくる奴が一番困る。
だってさ……どうせこの枢機卿、僕がきちんと対策を立てていることを前提で考えてるもん。
嫌になるよ。
「ふむ、確かに腹立たしい事に彼奴らの技術力は我々のものよりも上だ。
彼奴らの物は我らが作ることのできる物でないことが多い。ハルケギニア各国は喉から手が出るほど欲しがるはずだ。
それ以外にも彼奴ら独自の美術品も製作者がエルフなだけに、希少な品として各国の貴族が大枚をはたいて買うだろう。
エルフとの境界に接する数少ない国家である我が国の環境に適した交易だ。
できることならばアリスト殿に許可を授け、王国経済の活力となって貰いたいところだが……それには多くの問題があるはずだ」
お前はそれをどう解決する?
枢機卿が何を考えているかは言葉にしなくとも簡単に分かる。
そして僕はちゃんと解決策は用意した。
なんたって僕には原作知識があるからな!!
天才でもない僕は原作知識に頼りきるぜ!!!
「ロマリアの事でしたらご安心を、ロマリアは過去に幾度と無く聖地に密偵を放ち、大量のエルフの物品を本国に持ち帰っています。
我らはロマリアとは異なる方法で同じ事をしようとするだけです」
根本的な問題はそこではないけどね。
枢機卿もこれは知っていたのか黙って先を促している。
ロベスピエール3世は驚愕の表情で枢機卿と僕を見ている。
詳しい事情が凄く知りたそうだ。
僕と枢機卿は気づかなかったことにした。
「もちろん秘匿に関しても考えてあります。
我が領は辺境に位置し、目立った産業も無いため他領の人間が立ち入る事は滅多にありません。
我が領で直接物品市場に流さず、一旦別の場所に移動させてから流せば、多少派手に動いたとしても気づかれることは無いでしょう」
宰相は無表情のままだ。
まあ、肝心要の問題を解決してないからな。
ロベスピエール3世は、それなら予でも考え付いたぞ! とでも言うかのような表情をしている。
分かったからそのドヤ顔はやめろ。
「そして、肝心のエルフ側の説得ですが ———」
僕がそう言ったところで宰相の眼つきが一際鋭くなった。
そうだよな、いくら僕たちがエルフと交易をしたくたって相手が嫌といえば出来ないからな。
そう、一番の問題はそこなのだ。
こちら側の問題、エルフに対する悪感情や各国との軋轢ならば何とかできる。
なんせガリアはハルケギニアの最大国家だし、それが無くともハルケギニアの技術力よりも高い技術力を持つエルフの作った物品は誰にとっても大いに魅力的だ。
場合によっては聖地に存在する物品の入手もできる可能性があることを考えれば、もしかしたらロマリアでさえ支援してくれるかもしれない。
だが肝心のエルフ側は首を縦に振らなきゃ話にならないのだ。
常識的に考えても自分たちは何もしていないのに数千年も昔から何度も侵攻してくる奴らと交易なんてしたくは無いだろう。
もしかしたら罠かもしれないしエルフの方が技術力が高い以上、ハルケギニアにエルフが求めるものは少ないだろう。
それに聖戦のたびにエルフ側にも少なくない犠牲が出ているので、感情面でもハルケギニアとの交易は受け入れ難いはずだ。
そんなことは侵攻しているこちら側も良く分かっている。
そしてこの問題は謀略を張り巡らせたところで容易には解決できない。
だからこそ、リシュリュー枢機卿は僕がどのような解決策を出してくるのか警戒しているのだろう。
なにせ対外的には僕はブリミル以来の天才だ。メイジとしてはだけど!
そんな天才だったら、突拍子も無い事を言うのかもしれない。
そう考えているんだろ……リシュリュー枢機卿?
安心しな、原作知識が全てを解決してくれる。
なんせ原作ではエルフの方から協力者の提供やらと引き換えに聖地に近づかんでくれと頼んできたんだからな!!
まあ、ガリア王ジョセフの手腕もあるんだろうが、それだけエルフも平和的に事態を収めることを望んでいるという事も事実だ。
それに原作までは聖戦なんて発動しない事は分かっているんだし、10年間だろうが、50年間だろうが停戦条約を結んでやるよ!
いざとなったら条約なんて破れば良いんだしな!!
条約なんて破る為にあるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
どうせエルフ側もそれを見越しているのだろうが、協定内容に交易も含めればお互いの利益が絡む分、信用は出来るはずだ。
ジョセフなみの手腕が無くても、相手が平和を望んでいる事が分かっている以上、協定を結べるだろう。
「——— 50年から100年以内における聖戦発動時の我が国の中立さえ約束できれば、私が自ら説得して参りましょう」
更新が3ヶ月も遅れてしまいすみませんでした。
本当は1月18日か2月14日か3月14日に更新したかったんですが、できないままズルズルとこの日まで……
書き始めの頃はこの小説、一年で完結させる予定だったので一応最後までプロットは作ってあります。
なのでちゃんと完結するので最後までお付き合い頂ければ幸いです。
できれば今年中には完結させて次の作品を投稿したいなぁ。