使節団の派遣
「…………諸君、よろしく頼むぞ。
王国と侯爵家の未来は諸君に懸かっていると言っても良いのだ」
「はっ、お任せくださいアリスト様。
我ら一同、命に代えましても責務を全ういたします」
24名の臣下達を代表して一歩前で跪く男は、その言葉と共に力強い眼差しを僕に向けている。
男だけではない。
僕の前で跪く24名の臣下達は皆、決して揺れない瞳で僕を見つめている。
それは彼らの忠誠の証。
24名全てが熟練のメイジで構成されたデュステール侯爵家が誇る精鋭達は、自分達に課せられた使命を何があっても全うする覚悟を持っているのだ。
幾多の聖戦を潜り抜けた難攻不落を誇る永久陣地、デュステール第3要塞。
その重厚な城門が、僕達の背後で威風を放っているが、彼らが発する気迫はそれに決して劣るものではない。
ならば僕も主君として、彼らの忠誠に応えよう。
「侯爵家は諸君の忠誠に最大の感謝と敬意を払う。
諸君の旅路にブリミルの御加護があらんことを……」
「デュステール侯爵家第一次使節団、行って参ります!」
その言葉と共に24名の
デュステール侯爵家魔法大隊副長ケビン・ルーゼルに率いられた総勢24名の使節団はガリア王ロベスピエール3世の親書を持ち、エルフに対する使節団として派遣された。
彼らの目的は現在敵対しているエルフ勢力に接触し、協定締結の足がかりを構築する事だ。
王宮にて行われた酷く意地の悪い宰相との秘密会談は、僕の提案は何とか好意的に受け止められたものの、事が重大なだけにその場では決められず、一先ずの保留となった。
その後、半年近く僕が何度も王宮に通って宰相と協議し、ようやく僕の提案が受諾された。
ロマリアからは聖地から発掘される場違いな工芸品の収集を最大限努力することを条件に黙認という形で収まったらしい。
もちろん僕にはそんな努力をするつもりは無い。
リシュリュー枢機卿もそちらの方の結果は僕に求めてはいないだろう。
あの人ならば、ロマリアからの条件?そんなことは良いから国家の利潤を増やす作業に戻るんだ!! みたいな事を思いそうだ。
まあ、僕にとっての一番の目的はデュステール侯爵家の利益だけどね。
そんなことを考えて苦笑いしていると、一陣の強い風が吹いた。
城門の前でずっと使節団を見つめていた僕は、急に襲ってきた冷たい風で僅かに身震いする。
昼間は灼熱と化す砂漠は夜になると一気に冷える。
砂漠の旅は夜に移動することが鉄則なので、使節団も夜に出発することになったのだ。
「アリスト様、この場に留まっていては御身に障ります。
建物の中に入りましょう」
僕にそう進言したのは、今までずっと僕の背後に控えていた腹心の臣下であるサラだ。
ここ最近は家を空けることが多かったので、あまり構ってあげられず少し寂しそうだ。
ついでに使節団団長であるケビン君46歳は最近円形脱毛症が進行しており、頭が少し寂しそうだ。
うん、どうでも良いね。
妻子持ちなぞ知った事か!!
「うん、そうだね。戻ろうか」
僕はサラを連れ立って要塞の中に入り、そのまま要塞を通り抜けて、砂漠とは反対側の要塞の出口に停めてあった馬車に入った。
要塞は一応、管理されているものの、経費削減のために滞在設備は完備されているとは言い難い。
第三要塞から家まで馬車で片道4,5時間ほどかかる。
僕はガタガタと揺れる馬車の中でウンザリ気味にため息をついた。
現在、領内では街道という名の草原に木の棒が等間隔で突き刺さっているだけの道を急速に整備しているが、無駄に広大な領地のお蔭で領内の辺境部では街道の整備が遅れている。
もちろんエルフとの境界面にあり見事なまでに廃れている第3要塞周辺も例外ではなく、馬車の窓から見える景色に街道の印である木の棒は見当たらない。
昼ならば周りの景色を頼りにできるし、夜でも空が晴れてさえいれば迷うことは無いだろう。
しかし現在は曇りで空には星がほとんど見えない。
もしかしたら迷って到着時間が更に遅れるかもしれないと思うと
鬱になると言えば、最近頭の痛くなる問題が起きたんだ。
僕の提案を許可するにあたって、極悪非道の宰相殿は僕の領地軍にて竜騎士を増設しろとか寝言をぬかしやがった。
増設数は20騎、既存の竜騎士も20騎。
つまり我が家の竜騎士戦力は一気に2倍になったということだ。
維持費も2倍になったということだ。
枢機卿、いつか、絶対に、その貧相な、頭髪を、毟り取ってやる!!!
まあ、枢機卿の言い分も理解できなくは無い。
エルフと交易するにあたって、重要な交易路となる砂漠の警備は必須だし、エルフと交友を持つとなれば有事のために軍事力は多ければ多いほど良い。
かと言って国軍を我が領に駐屯させれば、エルフはもちろん周辺諸侯にもいらぬ警戒心を持たせることは必須だし、エルフが関わっているだけにあまり大っぴらに事を進めたくは無い。
そんなことを言われたら、こちらから提案しているだけに断れるはずが無い。
一応、増設費用は王宮が補助してくれるので侯爵家の財政は破綻を何とか免れた。
でもなぁ……
今まで苦労して作った財政的余裕がこれでそれなりに削られてしまったことは痛い。
折角風石の増産がある程度進んで利益を上げ始めたのに、それが一気に吸収されてしまった。
何年も頑張ってようやく生まれた利益が、一瞬でより大きな支出に吸収されるのは中々に堪えるね。
鬱になりそうだ。
まあ、大丈夫だけどね。
前世ではこんなこと何度も有ったし。
でもいつか枢機卿の鼻の中にハシバミ草を詰め込みたいなぁ。
「……枢機卿の鼻の中にハシバミ草を詰め込みたいなぁ」
「アリスト様が御望みならば、私が叶えて参りましょう」
「ごめん、やらなくても良いよ。むしろやらないで」
「はい……」
どうやら無意識の内に欲望が口から漏れてしまったようだ。
僕の対面に座るサラはショボンとしている。
その様は飼い主に怒られた子犬を連想してしまうほど健気で……やべぇ、サラちゃん可愛い。
透き通るような純白の長髪に宝石のような赤い瞳、病的なまでに白い肌を持ったサラは、いつもはクール系の美女だ。
間違えた。
絶世の美女だ。
前世だって彼女ほどの美人は見たことが無い。
……ごめん、嘘ついた。
大英帝国の『戦乙女』やロシア帝国の『妖精』はたぶんサラちゃんを超えるかもしれない。
下手したら我が祖国の『巫女姫』もサラちゃんを超えちゃうかも……
うん、気にしないことにしよう。
前世だしね。
もう関係ないしね。
引き篭もりのお嬢様やロリッ娘、カルト教団の教祖様のことは忘れよう。
とにかく、僕はサラたんが大好きだ!!
よし、話を変えよう。
そうそう、最近家畜を飼ったんだ。
王宮から、エルフとの協定締結のための経費を貰えてね。
使節団の費用やこれから必要になるであろう支出を差し引いても大分余っちゃったんだよね。
大きな臨時収入が入ったからずっと欲しかった羊、馬、豚、牛、ロバなどの家畜を一通り買え揃えたんだ。
まだ数が少ないのでなんとも言えないが、これで少しは収入も増えるだろう。
翼人たちの人口は相変わらず増え続けており、恐らく来年には2000人を超えることだろう。
彼らが増えるとゲルマニア街道の建設速度も速くなるし、税収も増えるし、労働力も増えるしで嬉しいのだが、一体どこまで増えるんだろう?
もしかしてこのままハルケギニア中の翼人が移住してきたりしてね。
流石にそれはないか。
奥は馬車の窓にかかっているカーテンを少し開けて夜空を見る。
相変わらずの曇天だ。
僕は先ほど旅立った使節団を思う。
おそらく彼らは使命を果たし、僕とエルフの会談を取り付けるだろう。
第一次使節団は会談の取り付け以外の要求は持っていないので、エルフが平和を望む以上、失敗する可能性は限りなく低い。
そして順調に行けば今年の末には僕が第二次使節団を率いて、協定締結のために会談の場所、恐らくネフテスに向かうことになる。
ああ、嫌だなぁ。
家に引き篭もっていたいなぁ。
もちろんそんなことは許されるはずが無い。
僕はため息を吐きつつもどんよりとした空を見つめた。
雲に覆われた夜空はまるで僕の心を表しているようだ。
ロシア帝国やら戦乙女やら変な単語が出てきましたが、気にしないで下さい。
作者がこそこそと書いている複数の作品と全てが繋がっているという脳内設定なんです。
そっちの作品もいつか公開できたら良いなぁ。