ガリアとネフテスの秘密協定
人間とエルフの勢力圏の境界であるサハラと呼ばれる広大な砂漠地帯。
枯れ木の一本すら見られない不毛の大地は、見渡す限り細かい砂で覆われ、生物の生存に巨大な壁となって立ちはだかる。
サンドワームや
東はエルフの勢力圏であるが、そこに向かう彼らにはエルフの特徴である横に細長い耳は一人として見られない。
そんな一団の中央部にいる僕、アリストことアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールもまた、馬に
去年のフェオの月へイムダルの週オセルの曜日、つまり4月15日にデュステール侯爵家第一次使節団を派遣して以来、半年以上の時を要し年明けのヤラの月フレイヤの週ユルの曜日、つまり1月2日になってようやく第二次使節団はエルフとの会談予定地であるアディールに向けて出発した。
予定ならば去年の秋頃に第二次使節団は出発できたのだが、案の定というか、第一次使節団でのエルフとの交渉が難航し、またエルフ側が本命となる第二次使節団の受け入れ態勢の構築するためにある程度の時間を要した為だ。
エルフ側としても6000年前から敵意を剥き出しにしていた相手がいきなり親書を送ってきたのだから、警戒もするし戸惑いもするだろう。
多少予定は遅れるが、無事に会談の設置を了承してもらえたので良しとしよう。
第一次使節団に対応したエルフの部族はやはりネフテスだった。
ただ政府の主要人物は、原作から何十年も昔なだけあり原作時の人物とは違っていた。
原作時ではネフテスの統領はテュリュークだったが、第一次使節団が持ち帰ったエルフ側の親書にはアッバスという名が統領として記されていた。
恐らく会談で僕と実際に対話するであろう人物、蛮族対策委員会委員長も原作でのビダーシャルとは違う人物だろう。
その人物が人間に対し強い害意を持っていないことを祈るばかりだ。
翌日、僕を団長としたデュステール侯爵家第二次使節団総勢49名は、ネフテスの首都アディールに向かう旅路の最後の休息地点であるオアシスに到着した。
このオアシスでネフテスから派遣される護衛兼監視部隊の騎士団と合流する事になっているのだ。
僕達はオアシスに着くなり、その場で使節団を待っていたネフテスの騎士団の歓迎を受けた。
歓迎といっても砂漠の旅ではあまり食べられない生鮮食品をメインにした些細な食事と少量のお酒だ。
一応、今回の僕はある程度制約を受けるとはいえ、国家の全権代表と同等の決定が出来る立場なのだし、もう少しマシなものは出せないのかな? と思う。
だが、仮にも6000年前から殺しあっている相手に対する扱いとしては、まあまあ上等な部類だろう。
騎士団は全員が礼儀を持って接してくれていたし、エルフたちは理性的な対応をしていると言える。
まあ、第一次使節団の時からこちらが丁寧な応対をしているからだとは思うがね。
エルフは人間の事を蛮族や蛮人として
旅の予定では騎士団と共にこれから2日間かけてアディールに向かうことになっている。
原作では、アディールをサイトは『中東の人工的な海上都市』と評していたので、どんな都市なのか微妙に楽しみだ。
「———では、早速だが今回このような会談を提案してこられた意図をお聞きしても宜しいですか?」
僕の対面に座るタキーユと名乗った今代の蛮人対策委員会委員長は、そう言って鋭さを持った青い瞳で僕を油断無く見つめた。
使節団はアディールに到着した直後に一通りの歓迎を受け、瞬く間に政府施設と思われる巨大な建物に連れてこられた。
街を観光する所か、観察する暇さえなかったのは残念だ。
まあ、仕方が無いといえば仕方が無い。
僕だってエルフが領内に入ったら寄り道などせずにさっさと秘匿性が高く、エルフと人間双方にとって安全な場所に連れて行く。
それに観光が目的ではないのだから始めから諦めていたさ。
政府施設に連れてこられた僕達は旅の疲れを癒すために一日、休息という名の監禁をされて、次の日の朝食後に僕1人がこの部屋に連れてこられ今に至るというわけだ。
石造りの部屋に木製のテーブルと高級そうなソファが配置された今僕がいる部屋は、まさに密談用の部屋と言える。
室内には僕とタキーユの他にネフテスの統領であるアッバスが、タキーユの隣に座っている。
「前回の使節団が伝えた通り、今回会談を設けて頂いた目的は貴殿らと平和的な協定を結びたいがのみです」
僕は微笑みを顔に貼り付けて彼の問いかけに答えた。視線がやや強くなった気がしたが、軽く受け流す。
「我々としてもそれは実に喜ばしいことです。
しかし我々エルフと人間は長く争ってきた。
だと言うのに突然、平和的な協定を提案されたとしても容易に信じる事もできないのですよ」
ですよね。
6000年以上争ってきた相手からいきなり協定を結ぼうなんて提案をされても信じる訳がない。
僕だって原作知識が無ければ、エルフに協定を申し込むなんて馬鹿げた事だと一笑していただろう。
だが原作では、エルフは聖地に密偵を送り込み続ける人間勢力に対し、武力による示威行動ではなく、話し合いで事態を解決するために政府主要人物自らがガリアに出向いた。
それだけエルフは戦いを好まないと言う事だ。
ならば僕はそれを利用しよう。
「ええ、我々としてもただの不戦協定を容易に結べるとは思っていません。
それなので今回我々が提案する協定では、不戦条項の他に人間とエルフの間でなんらかの交流を持たせる条項も入れています。
お互いに利点さえ明確にしてしまえば、協定をある程度信用できるでしょう」
お互いが信用できない場合でもそこに利益を絡ませると、そうで無い場合に比べて裏切られにくい。
なにせ裏切ってしまえばお互いが得られる利益を失う可能性が高いからな。
まあ、利益を絡ませると謀略に利用できるという面もあるが、全く信用できない協定を結ぶよりかはマシだろう。
「なるほど、それならば協定もある程度信用できますね。
お互いの有力者に婚姻でも結ばせるのですか?」
その言葉と共に部屋の温度が数度下がった気がした。
有力者同士の婚姻は、ある程度の信用を作る方法としては中々に良い方法だが、嫁ぐということは人質を渡すということだ。
そうなればお互いの立場は平等ではなくなる。
「いえ、残念ながら現在の我々の関係では、悲しい事にそれの実現は極めて難しいでしょう。
6000年の時はそれだけ人間とエルフの溝を深めてしまった。
戦いの原因が単純な利益ではなく、宗教や種族においての対立や擦れ違いである以上、婚姻を選択肢には出来ません」
そう、エルフと人間の間に宗教や種族としての壁がある以上、婚姻など上層部が容認できても民衆や貴族たちが拒絶するだろう。
「我々は協定への信用として、経済的交流を提案します。
幸いにも人間とエルフは文化的にも技術的にも大きな違いがある。
それを活用すればお互いが利益を上げることが可能な筈です」
僕がそう言った瞬間、今まで黙っていたアッバスの瞳が僅かに細められた気がした。
タキーユはずっとこちら睨んだままだ。
言葉遣いや態度は丁寧なのに、目だけが荒ぶってやがる。
僕と蛮人対策委員会委員長タキーユ、ネフテス統領アッバスとの会談は開始してから既に半日が経過した。
長い事話し合っていたお蔭で、協定内容もなんとか纏める事ができた。
「———では確認します。
協定に含まれる条項は
聖戦発動時、人間とエルフ双方に対しガリア王国は中立の立場をとる。
ネフテスはガリア王国所属デュステール侯爵家と交易を結ぶ。
輸出規制品目に含まれる物品をお互いの国内から持ち出すことは禁止される。
協定の存在およびその詳細について秘匿義務が両者に課される。
でよろしいですか?」
半日かけてようやく決まった協定内容を僕が確認すると、いつの間にかタキーユに代わり僕と交渉していたアッバスが
協定内容についてだが、エルフ側は人間全体での不可侵を約束させたがっていたが、流石にそれは無理なので、ガリア一国のみの不可侵で決まった。
その代わりエルフ側も、交易に応じるのはネフテスのみと言う事でお互い譲歩した結果となった。
輸出規制品目は、ロマリアが聖地に対し密偵の派遣をガリアが抑制できない代わりに、エルフからの要請を受諾して設けられた。
いくら交易をするからと言っても、武器などは流石に渡したくは無いらしい。
まあ、当たり前だな。
秘匿義務については、民衆への公表の禁止、第三勢力にこの協定の存在を教えない、などを義務化している。
これはお互いの立場を考慮した結果だ。
なにせこの協定が公開されれば、ロマリアを敵にすることは決定だし、他の国にも強い警戒心をもたれてしまう。
ネフテスの方も、人間勢力と繋がっていることを公表すれば、他のエルフ部族との関係が悪化する事は免れない。
ガリアとネフテスは確かに両勢力の中では最大規模だが、それでも出来る限り周囲との関係を
「では、正式な調印は明日ということでよろしくお願いします」
「うむ、必要な書類を用意しておこう」
調印の形式は、お互いがそれぞれ書類を2部用意し、それを双方が一部を交換するというものだ。
まあ、所詮、お互いの代表のサインが書かれた紙切れに過ぎないがな。
そんな紙切れなんかより、この協定で生み出される利益の方がよっぽど信頼できる。
そうじゃなきゃ、エルフは協定に同意しなかっただろうな。
これで今夜ちょこっと書類を作成して、明日サインを書けばめでたく目標完了となるわけだ。
本当なら技術者の交換とかもしたかったのだが、欲をだして失敗する訳にもいかないしな。
今夜はどうせパーティーだろうし、エルフの美人さんに会えるかな?
エルフ耳をチュルチュルしたいなぁ。
実は僕、エルフ耳萌えなんだ。
本来なら3話くらい消費する内容を1話に詰め込んでみました。
ちょっと駆け足すぎだなぁ。