異郷の同胞
エルフとガリアの代表同士で協定について話し合った日の夜は、僕の予想と違ってパーティーが開かれる事は無く、豪勢ではあったものの特に目立ったことの無い普通の夕食だった。
もしかして僕達は想像以上に格下として見られているのかと、一時不安になりはしたが、協定調印がなされた日の夜にパーティーが開かれて何とか安心できた。
天井から吊るされた無数の巨大なシャンデリアに照らされたパーティー会場は、ガリア王宮ヴェルサルテイユ宮殿の大広間ほどではないが、セリューネ公爵家邸宅の大広間を超える広さを持っている。
もちろんデュステール侯爵家邸宅の大広間とは比べるまでも無い。
会場内にいくつも設置されたテーブルは純白のテーブルクロスに覆われていて、その上にはハルケギニアでは見られない独特の模様が描かれた大皿の上が様々な料理をのせている。
ハルケギニアとエルフでは文化の違いもあり、当然ながら料理も珍しいものばかりである。
ガリアに戻ったらリュティスあたりでエルフ料理をだすレストランを作ってみるのも面白いかもしれない。味も良いし、それなりの収益が期待できるだろう。
パーティーに参加しているのはデュステール侯爵家第二次使節団49名とネフテス首脳部、交易関係の責任者だけだ。
少なくは無いのだが、会場が広いのでどうしても人は
人間とエルフの協定締結記念がパーティーの名目だけに、あまり大っぴらに祝うこともできない。
それにエルフ側としても人間に対しほとんどのエルフが蔑視感情を持っていることもあり、下手な人物をパーティーに参加させていらぬ火種を作りたくは無かったのだろう。
僕は一通りエルフ達と挨拶を交わした後、パーティーに出された食事を食べている。
その中で見つけたのが、今食べているパエリアみたいなものだ。
つまりお米だ。
前世以来の米料理を見つけた瞬間、気づけばその料理を食べていた。
ご飯粒は日本の物とは違い、細長くパサパサしているが、15年近くパン食を続けてきた身としてはそれでも懐かしい味だと思える。
僕がおいしそうに食べるので、それに釣られた使節団の面々もパエリアみたいなものを食べていて、お米と言うハルケギニアでは見られない食品に感心している。
お米に慣れ親しんではいないハルケギニア人にも
米の栽培は大量の水を必要とするが、デュステール領は砂漠に隣接しているとは思えないほど豊かな水源を持っているので大丈夫だろう。
「料理は口に合いましたかな?」
パエリアみたいなものを食べている僕に声をかけたのは、僕の隣で赤いソースをかけた肉料理を食べているエルフの中年だ。
もちろん男だ。
「ええ、故郷では見る事のない料理ばかりでどれも新鮮です」
僕が無難に返すと中年エルフ、ネフテス老評議会議員にして対外交易委員会委員であるカラムは、10人中7人は親しみを覚えるであろう微笑を浮かべた。
昔から多くのパーティーに参加して、様々な貴族と会い、セリューネ公爵やらリシュリュー枢機卿と腹の探りあいもした僕にとっては見慣れた表情のはずだが、なぜかこの中年エルフには他の者たちとは違い、素直に親しみを覚える。
なんだろう……とても懐かしい感じがするのだ。
僕がアリスト・ラズム・コネサンス・ド・デュステールとなってから久しい感覚だ。
駄目だ、15年近くその感覚から離れていただけに、あと少しのところで思い出せない。
「それは良かった。
サハラの食物が貴殿らにとって珍しいものならば、我らにとっては重要な交易品となりますからな」
カラムがそう言うと、周囲で僕たちの会話を聞いていたエルフたちが一斉に笑った。
彼らの笑いには嫌味なものが含まれない。恐らくエルフ流のジョークだったんだろう。僕も空気を読んで笑っておく。
普段なら大して面白くも無いジョークには何も感じないのだが、彼のジョークはなんだか微笑ましい気持ちになる。
どうしてだろうか?
「はっはっは、カラム殿は中々に商売上手ですね。
ですがそれは我らにも言えること。
我らにとってはハルケギニア独自の食物が優れた交易品になりますよ」
僕がジョークにジョークで返すと、再び周囲のエルフたちが笑った。
正直言って何が面白いのか分からない。
前世では笑いのセンスの無さに定評がある日本人だっただけあり、僕も外人さんに対して笑いのセンスが劣っているのだろう。
「仰るとおりですな。
いやはや、アリスト殿は年齢にそぐわない賢明さをお持ちだ。
それに…なぜであろうか、私は貴殿に親しみを感じる……」
カラムは少しだけ困惑したように僕を見た。
周囲のエルフたちはカラムの様子に不思議そうな反応をしている。
ふむ、どうやらカラムも僕と同じ感覚を抱いているようだ。
「ほう、奇遇ですね。
私も貴方が今日会ったばかりではない様に感じます。
そう、まるで……長年共に戦った戦友の———」
『戦友』
その言葉が口から出た瞬間、僕の疑問はようやく解けた。
「うん?
アリスト殿、いかがしましたか?」
カラムは気づいていないようだ。
まあ、当たり前か。
戦友なんて言葉はカラムにとって縁の遠い言葉だ。
ましてや僕とカラムの間では存在すらしないだろう。
僕が気づいたのも前世を……童帝陛下の下で戦友達と共に戦った経験をしているからだ。
「失礼、どうやら料理を食べ過ぎてしまったようです。
少し外の空気を吸ってくる事にします」
僕が唐突に言うとカラムは少し驚いたが、何かを悟ったように深く頷いた。
「そうですか、何かお困りなら周囲の者に頼ると良い。
……私も時々食べすぎで友人達に部屋まで運んでもらう事がありますからな」
カラムが最後に笑いを取ると、周囲のエルフ達はそっと道を開けてくれた。
僕は小さくお礼を言い、足早に人気の少ないバルコニーに向かう。
良かった、どうやら間に合ったようだ。
僕は頬に伝わる水滴の感触に安堵した。
カラムにバレていたかは分からないが、なんとか公衆の面前で醜態を晒さなくてすんだ。
ハンカチで涙を拭いた後、夜空を見上げる。
双月のうち赤い方は雲によって隠されてはいるが、青い方は雲がかかってなく綺麗な弧を描いた三日月を見ることが出来た。
改めて前世とこの世界が異なるということを嫌でも実感させられてしまう。
再び、頬に水滴が伝った。
駄目だな、懐かしい感覚に出会えたから何故か今は感傷的だ。
あの時——— 僕が『戦友』という言葉を無意識の内に発した時、僕はようやく思い出せたのだから。
あの時になってようやく分かった……あの感覚の正体。
そう
カラムは
彼は
カラムの見た目は40過ぎの中年だった。
エルフの実年齢は見た目のおよそ2、3倍だが、その分、恋愛経験やらも遅いので、見た目の年齢をもとにして良いだろう。
そうなると、40過ぎの童貞で大魔法使い、賢者クラスと言う訳だ。
彼の風格からは童帝、大賢者クラス独特のものが感じられない。
僕とカラムが感じた感覚の正体は
まだまだチャンスを諦めていない大魔法使いや童帝、それに対して希望を完全に捨て、ある種の悟りを開いた賢者や大賢者。
似ているようで性質の全く異なる者たちでも共通して感じる事ができる感覚だ。
いくら15年間もその感覚から離れていたからと言って、これを忘れるとは童帝の名が廃ると言うものだ。
僕は自嘲の笑みを浮かべる。
泣きながら自嘲の笑みを浮かべる顔はさぞかし酷いものだろう。
さっさとあの場から逃げてきて良かった。
ふと、僕は夜空から視線を外し、横を見ると、いつの間にかカラムが並んでいた。
両手にはワイングラスを2個と1本のワインを持っており、表情は会場で見せていたものとは違い、真面目なものになっている。
「……言葉にしなければ人に思いを伝える事はできない。
それはほとんどの場合事実だ。
しかし例外もある。
そうだろう?
カラムが差し出した片方のワイングラスを受け取ると、真紅のワインが注がれる。
僕もカラムからワインを受け取り、カラムのグラスに注いでやる。
もう、カラムとは言葉を交わす必要は無い。
「全くだな、
その言葉と共にお互いのグラスを合わせた。
そして示し合わせたかのように、一気にワインを飲み干す。
辛口で鋭い味わいだが、なかなか美味い。
気づけばお互い笑っていた。
エルフ耳の美人さんではないが、それに勝るとも劣らない相手と飲む酒は格別なのだなぁ……また1つ、大事な事を思い出したよ。
そう言えば前世でも、同期の賢者とこうしてお酒を飲んだっけ。
うん、楽しいや。
今はこの地で新たに出来た
我らが未来に栄光あれ。
今回は童貞が盛り沢山ですね。
私は何をやっているんでしょうかね。
最後がなんだか最終回みたいですね。
もちろん最終回ではありません。
まだまだ続きます。
∩(・ω・)∩ドウテイ!バンジャーイ!! ∩(・ω・)∩ドウテイ!バンジャーイ!!
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