11話
退院して再びビスケに「アンタが何系統か調べて無かっただわさ」と笑いながら言われたときには、100%ビスケのフィギュアを世界にばら蒔こうと思った。無論、本当の意味で命懸けになるが…。
正直言えば、言い出さなかった私にも非はあるが…ビスケ程の指導者ならばきっと相手のオーラを見たら何系統か分かるものだと思って黙っていた。
まぁ、今なそんな事は置いておきましょう。
私の目の前に水が注がれたコップに一枚の葉が浮いている。
これは、中二病患者なら誰しも通ったことがあるアレに間違いない。
「これは、水見式と言って念の系統を調べるのによく使われる手だわさ。まぁ、説明するよりやってみたほうが早いから、とりあえず両手をコップに近づけて『練』をやってみなさい」
自分の系統か…改めて考えると極めて重要だよな。系統次第で当初から計画していたプランがご破産になる可能性もあるからね。個人的にいえば、操作系か具現化系が理想だ。次点で変化系かな。
昔読んだSSとかでは、特質が多かったが…そんなの転生特典でもない限り無理だ。それに、原作知識が正しければ極めて特殊な環境で育ったとか天性の何かがないと成れない系統だからね。この世界で標準的な一般人である私には無縁の事である。
それに、そんな不確定要素の多い系統なんて自分からゴメンである。特質なんて人が少なすぎて鍛え方すら見えないだろう。どこまで行ったら極めた事になるのか…どういう修行が良いのか。指導する方も困るに決まっている。
だが、たとえ外れ系統を引いてもピトーが私の嫁である事には変わりないがね。
「では、行きます!! ふーーーーーー、『練』!!」
コップに両手を添えて、『練』を行なった。
・・・
・・
・
シーーーン
「あんた、真面目にやっている?」
「いやいや、どこからどう見ても大真面目にやっていますよ!! どこからどう見ても全力で『練』をしていますよ」
再度、コップをよーく観察してみる。
ユラユラ
コップに乗っている葉がわずかだか揺れている。
「へぇー、葉が揺れるって事は操作系ね。ふむ、まぁ妥当かしらね」
「き…」
「き?」
「キタァーーーーーーーー!!」
きたきたきたきた!!
引き当てちゃいましたよ。1/6の確立で手に入れちゃいましたよ。これで、嫁を手に入れる確率がグッと上がった。
操作系の素晴らしいところは、極めれば他人を意のままに操れるといっても過言でないことだ。原作でも操作系の能力者は、そういった能力者ばかりだったからね。これは期待出来るわ。
他系統に比べて直接的な戦闘力は劣るが…私にはそんなものは不要!! 第一、紙装甲の私がガチンコバトルなど狂気の沙汰だ。
はっはっはっはっはっはっは
「なんだか、知らないけどおめでとう」
「ありがとうビスケ師匠!! さぁ、じゃんじゃん操作系を極める為に私を殺す気で鍛えてくれ。残り時間は少ないのだから」
今ならどんな試練でも耐えられる自信がある。どんな無茶難題だろうとこなせてみせましょう。
「元からそのつもりだわさ。で、その様子だと操作系について説明はあまりいらなそうだけど聞きたい事はある?」
ふむ…聞きたいことか。
やはり、アレだな。
「操作系は、物質や生物を操るのに特化した系統ですが…対象の生物を生涯支配下に置く事は出来ますか?」
「…まず、それは不可能ね。幾ら念だからといって万能じゃないわ。よくあるのが、一時的に制御可に置くと行った程度のものよ。勿論、一時的に制御可に置くのだってそれなりのリスクを伴う。それが一生となれば不可能ね」
一瞬ビスケの目が鋭くなった気がしたが気のせいだろう。
それにしても、不可能か…まぁそれは普通の方法ならの場合だろう。だが、あまりこの場で深く話し合うのも良くなさそうだな。
ビスケの雰囲気が少しいつもと違う。
「ははは、ですよね。まぁ、若気のなんとやらです…聞き流してください。時間がもったいないし修行を始めましょう」
「そうね。これから約二ヶ月…私が居なくなるまでは『発』をメインにやるわ。勿論、いつも通り応用も基本も実践も全てやるだわさ。死ぬんじゃないわよ」
言われるまでもない。
ビスケと別れるまで死を覚悟して修行をするつもりだ。だって…効率が最高なのだよ。疲れを癒す念能力とかマジ神スキル。指導者としてこれ以上の存在に巡り会える事などまずありえないからね。
こうして、必殺技開発のキーとも言える『発』の修行が始まった。
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「あなた、ちゃんとホテル取った?早めに抑えておかないと何処にも泊まれないわよ」
「はっはっは、心配しないでも大丈夫だよ。会社が既に抑えてくれているからなんの心配も知らないさ」
美術商の仕事について、ここ何年かで一番大きい仕事だ。なんせ、ヨークシンでのオークションで競りを担当するのだからな。
「そういえば、レイアちゃんには連絡した? 貴方の素敵な姿をレイアちゃんにも見せるべきだと思うんだけど…」
「オークションは、まだ二ヶ月近く前じゃないか…それに、今から言いふらしていたら万が一 私がお役目ごめんになった時に恥をかくだけだからな」
はっはっは
お互い笑いあった。
歳相応で慎ましい妻といい、無駄によく出来た息子といい私は本当に幸せ者だ。特に、息子なんて信じられないくらい優秀だ。あの年齢でハンターになるのだから親として将来が楽しみだ。
そんな息子に是非ともお前の親は、凄いだと言えるような大仕事をしたく前々からオファーのあった仕事を引き受けることにしたのだ。
当日は、レイアもオークションに呼んで親の威厳というものを見せてやろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「嫌な物が届いただわさ…」
送り主を見ると…ジェームズと書かれている。誰かというと本来レイアの師匠になるべき人物で、私の馬鹿弟子でもある。
届けられたのは一本のビデオ…だが、当然普通のビデオではない。
「ビスケ師匠、それなんですか?」
まぁ、何事も経験だわさ。
「ジェームズからあんた宛に届いた品よ」
「あの師匠からですか…なにやら不吉な感じのするビデオですね。というか、念を纏ってますよ コレ」
へぇ…『隠』で極限まで隠蔽されているのによく気づいただわさ。
「とりあえず、害は無いからこのビデオを見なさい。もしかしたら、アンタの『発』のヒントになるかもよ」
「それは、ありがたい。持つべきものは よき師匠だわ」
笑顔でビデオを受け取り自室に戻っていった。
これも勉強だわさ。念には攻撃的な物とそうでないものがある。身をもって学ぶにはちょうどよい機会だ。
ジャームズの能力…それは、彼が撮影したビデオを最後まで見させるといった極めて単純な能力だ。しかし、それゆえに強力。この能力の発動条件は、対象が自らビデオを再生する事だ。勿論、ビデオを見ている時はあらゆる攻撃から身を守られる。
本当にあの馬鹿弟子の趣味にあった能力だ。
「本人は、無害ゆえに無敵と言っていたけどさ。絶対に有害だわさ…主に精神的に。なんせ、ジェームズは裏世界屈指の男色専門AV監督なんだからね。最も、そんな事はレイアが知るはずもないか」
普通の趣味の人間には、かなり辛いだろうね…三時間の超大作を脇目すらできず見続けるのだからSAN値がガンガン減るわ。
「ぎゃーーーーーー、目が目がぁぁぁぁあああーーーーー」
レイアの悲鳴が響きわたった。
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最近は、珍しく入院することなく絶好調で修業中のレイアです。
もっとも、修行の内容は『発』をメインにしている。必殺技の為とはいえ苦手な『練』の修行は、効率がかなり悪い。おまけに、練度も未だににかなり悪い。具体的には水見式の葉っぱが微妙に揺れているのが分かる程度だ。
だけど、『凝』『周』『流』といった応用に限っては任せろと言ってもいい位になった。『凝』と『周』はビスケにも「特に言うことが無いだわさ」と言わせるまでになった。『流』についてもかなり上手に出来ようになった。
両手の手のひらに開き、目を向ける。
「むむっ」
右手の親指から全身のオーラを全て集めて、そこから隣の指へすべてのオーラを移動させる。それを高速で繰り返した。
パチパチパチ
「『流』をそこまで扱えるのは、中堅ハンターでもそうはいないわよ。まぁ…他は壊滅的だけどね」
「いやー、本当になんで『流』が出来るのに『練』単体や『円』『堅』が壊滅的なのでしょうね…自分でも訳がわからないよ」
そう…自分で言うのも恥ずかしいが本当に訳が分からない。才能と呼べるかわからないが、私の念能力の熟練度は、こんな感じだ。
◎= 一流,〇 = 普通,△ = 三流以下,× = 修行するだけ無駄, ? = 将来に期待
■四大行
『纏』= ×
『絶』= △
『練』= ×
『発』= ?
■応用
『周』= ◎
『隠』= 〇
『凝』= ◎
『堅』= ×
『円』= ×
『硬』= ×
『流』= ◎
うーーん…自分で表に纏めてみたがやはり偏りがひどい。基本が死んでいるのになぜ応用で得意分野があるのか本当に謎だ。これが転生特典だというのなら文句を言ってもいいかとおもうレベルだよ。
「それで…後十日もしないで約束の期日だけど『発』の開発は順調かしら?」
そう…水見式を行なって既にだいぶ月日が経ちビスケともお別れの時期が迫ってきたのだ。この神効率の修行から分かれるなど実に惜しいが…ビスケに付いていくともれなく原作一行が来るのでそれは勘弁だ。
「うーーん、一応アイディアはあるのですが…まだ検討中です。作れる能力にも限界がありますし、作った能力の練度を高めるにもそれなりの時間が掛かりそうなのでじっくり開発します」
まぁ、ビスケには内緒にしているが作ろうとしている能力は二つある。一つは、ピトーを嫁にする為に凶悪非道の能力を計画中だ。もちろん、この能力にメモリーの大半をつぎ込むつもりだ。そして、もう一つはゴンさん対策の能力だ。
ピトー向けの能力は、様々な制約と誓約と覚悟を折り込み限界まで能力を高めるつもりだ。
ゴンさん向けの能力は、一応戦闘向けの能力にしたいと思っている。もちろん、この能力は対象がゴン以外でも通じる能力にするつもりだ。ピトーの元に行くまでにキメラアントにあう可能性もあるからね…最低限自衛できる能力でないと困る。
「がんばるだわさ。じゃあ、今日も一通りの念の修行を終えたら組手をやるわよ」
「了解です」
数時間後。
ビスケとの組手を行い初めて数分が経つが、相変わらず私の攻撃は掠らせる事も出来ない。反対に私は、全身に青痣を作っている。ビスケの攻撃が直撃する瞬間に『流』で部分的にオーラ集めてビスケのオーラを相殺しているのだが…それでも痛すぎる。やはり身体能力にかなりの開きがあるな。
「長年、修行をしてきただけあって身体能力も悪くない。自分の弱い箇所をカバーする為に銃やナイフ…蛇打といった技を多用するところも褒めてあげるわ」
「いやー、そんなに褒められると増長しちゃいますよ」
ビスケは、余裕綽々といった感じで話しているがどこを見ても隙がない…さすがだ。だが、それでも私は攻め続ける。
指先にオーラを集中させ、ビスケの目を潰しにいった。
シュッ!!
ベキ
「ぐぁっーーー!!」
目潰しにいったらビスケが目にもとまらぬ速さで私の指を掴み取り、へし折った。
「勝つためには、手段を選ばないのも悪くない。今の攻撃もなかなか良い攻撃ね。だけど、まだまだわさ」
ちょちょ、人の指をへし折っておいてまだまだねとか鬼畜過ぎる。フィギュア造りをする者の指先は、ピアニストの指と同じくらい大事な物なのですよ!! もっと、丁重に扱ってくれ。
ピリリリピリリリ
「あ…ビスケ師匠ちょっとタンマね。親から電話だ」
お父様から電話なんて実に珍しいな。いつもは、お母様がかけてくるのだけどね。
『もしもし〜』
『元気そうで何よりだ レイア』
『いえ〜、お父様こそ元気そうで何よりですよ。 それにしても、お父様から電話なんて珍しいですね。 もしかして、なにかあった?』
『実はな…大きな仕事を引き受けて今、ヨークシンに来ているのだ。そこで……………』
えっ!!
『レイア聞いているか?』
『えぇ…も、もちろん』
あまりの衝撃的な地名を聞いてしまい、お父様が何を言っているか理解が追いつかなくなった。だが、状況把握が追いついていないが 分かったことがただ一つある。
両親の命に危険が及ぶ可能性がある!!
なぜなら、原作通りならばこの時期のヨークシンは幻影旅団の狩場なのだ。
幻影旅団の目的は、オークション品だから普通の観光客などの場合は被害が及ぶ可能性は極めて低い。だが…今になって思い出したが、お父様の仕事は美術商だ。要するに…オークション品に関係があるポジションにいるという事だ。
くっそーーーー!!
なんで、私は両親にこの時期のヨークシンがヤバイ事を忠告しなかったのだ。数年前にお父様の仕事の都合でヨークシンに行った事があったのにも関わらず、自分の事ばかり考えていてすっかり忘れていた。
『レイアちゃん、パパと一緒に待っているからね。パパもレイアちゃんにいい所魅せる為に大役を引き受けたんだから絶対きてね〜』
こんな我が身一番の息子の為に仕事で大役を引き受けたのか…全く…どうしようもないな。
ヨークシンに行けば死ぬ可能性は、ここに留まるのと比べて比較にならないほど高くなる。しかも原作を知っているだけに、幻影旅団を見つけたら少なからず動揺してしまうだろう。そして捕まってしまうかもしれない。
お、恐ろしい
逆に私が行く事で両親を危険に晒すかもしれない。しかし、私が入れば万が一の場合に両親を助けられるかもしれない。
・・・
・・
・
お父様が私の為にと思ってくれて頑張っているのに、息子がそれを無視などできるはずもないだろう。常識的に考えて。
私はな…赤の他人が何万人死のうと知った事ではないが身内に危険があるならば体を張ってでも守ってみせる。
『お父様、お母様…今すぐそちらへ行きます』
両親との電話を切り、深呼吸をした。
スーーーーーハーーーーー
・・・
・・
・
そして、ビスケと向かい合った。今までお世話になった事に対して心から感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「ビスケ師匠…野暮用ができました。10日程早いですが…今まで本当にありがとうございました」
「はぁ〜…その顔を見ると何を言っても無駄なのでしょう。さっさと、行きなさい」
ビスケも文句を言ってくると思ったが、私が存外真剣な顔をしていたのか…何も聞かないでくれた。
あんた…本当にいい女だよ。
その後、私は荷物を纏めビスケ師匠に幻影旅団の事までは伝えなかったが、ヨークシンにいる両親に危険が…と言ってお別れを告げた。
そして、私は万が一に備えて電話帳からある人物にコールを掛けた。
・・・
・・
・
『お久しぶりです。ミルキ様』