26話
どう考えてもおかしいだろうと思うレイアである。
蟻の巣に住み始めて2週間が経過して、私のポジションが便利屋の様になってしまった。
衣服の作成は勿論、銃のメンテ、食事の補助、人間の管理.etcと雑務が盛りだくさんだ。最近では、師団長達のトリートメントまでやるようになり忙しすぎて涙が出ちゃいます。
「ついでに、マッサージも頼む。最近、肩が凝ってかなわん」
「了解です」
特に、ライオンモドキのハギャとオオカミモドキのウェルフィンが一日一回の割合できやがる。幸いなことにベースが女性型のキメラアントもボチボチ来る事がせめてもの救いだ。
「俺の銃のメンテは終わっているな?」
「勿論です。そこの壁に立てかけていますので持って行ってください。今は手が離せなくて」
何故、私が男のトリートメントなんてしないといけないんだよ!! ピトーのトリートメントなら一日中でも望むところなのだが…生憎と来てくれない。当初の目論見では合法的にピトーに触る事が目的だったのだが、結果はこのざまだ。
笑えよ;;
もっとも、師団長クラスのキメラアントがトリートメントのような自分磨き(笑)をするようになったのも私が原因といえば原因である。強制的に精孔を開く事で女王への十分な栄養がある食事の提供ができるようになり、各キメラアントの仕事量が激減したのである。だから、補充をしなくても今ある貯蔵分で当面の食事は足りる。
レイアの行動は非道にも見えるが、全体的に見れば生け捕りにされる人間が減り餌となる人間も減っているのだ。その事を鑑みれば人間たちにとってもレイアはありがたい存在なのである。
というか…自分磨きなんてしている暇があるなら念の修行でもしろよと注意してやりたい。一応とはいえ、女王の部下なんだろう。しかも、最近行方不明になる部隊が急増してきたと食事の際に耳にしたぞ。
「そういえば、最近狩りにいったきり帰らない部隊が増えてきたがお前はどう考える?」
「間違いなく、ハンター協会が派遣してきた対キメラアント討伐部隊のせいでしょう。念を覚えた貴方達に並の人間がいくら束になろうと叶うはずがありませんからね。それに、王が生まれる直前のこのタイミングでキメラアントの方々が個人の判断で国外に逃亡するなどほぼあり得ませんからね」
私の記憶が確かなら、唯一一人だけ例外が居たはず。生憎と名前までは覚えていないが、強じんな精神力でキメラアント化されたにもかかわらず自我を保って自分の意志で逃げた奴がね。
その後、来る暇なキメラアントが絶えず…雑用を淡々とこなす事になった。恐らく、キメラアントの巣で一番働いているのはレイアである事は間違いないだろう。女王も自分の部下である蟻より、人間の方が働いているとは夢にも思うまい。
・・・
・・
・
常に綱渡り状態の日々を過ごしていたある日。
突然だが…ピトーからトンデモナイ事を耳にした。女王からご指名があったと不吉な言葉をね。
とりあえず、これはマズイ!! それが一番思った事だ。レインボーダイヤを使ってピトーが私を殺せないように抑止を掛けてはいるが…万が一、女王が私の殺害を命令した場合にピトーはどのように行動するのだか。
プロポーズに成功したとはいえ、恋仲でも恋人でもない私をかばうとは思えない。最近では、自分でもキメラアントからの色々な面で評価を上げたと自負していた為、少し安心をしていたが…やはりピトーにとっては便利な駒の一人程度に認識だと思っているだろうか。
そういえば結婚を前提にお付き合いを申し込んだのに…いまだに手も繋いでないぞ!! この際、思い切ってデートにでも誘うかな。マタタビ入りの特性お弁当をもってすればピトーとて恐れる事は無い。『胃袋を掴む』という言葉があるように、餌付けこそキメラアントの攻略であるはずだ!! なんてたってベースの半分が動物だからね。
「ついた。最初に言っておくけど、僕の居る位置より前に出る事は禁止するニャ」
「もし、前に出たら…」
ピトーが首元に親指を立てて左から右へスーーっと移動させた。
なるほどなるほど、王への安全配慮という事ですね。私が不審な行動をした場合全力で排除すると…くっそ!! レインボーダイヤの効果があるか疑問であるから殺されないと思っていたが王の為なら自らの死も厭わないと見れる・・・まずいなコレ。
「どうしたのです。早く中に入りなさい」
さっきまで気配すらなかった場所から声がしたので振り向いてみれば、執事服に身を包んだ超イケメンがいた。ちなみに、王の護衛の三人は全員目覚めていたりする。
「お、お久しぶりですシャウアプフ様」
「さぁ、早くいきますよ。貴方には、この後ヴァイオリンの調律をやっていただかないといけないのですから」
そう…何の因果かわからないが、シャウアプフが目覚めてから何かを目を掛けてもらっている。恐らく、王の為に一番働いているからであろうね。それに、王の仕える者の服と称して執事服や音楽は胎児に良い影響を与えると教えてあげてヴァイオリンの使い方や世界の名曲などを教えた事が起因しているのだろう。
今では、ピトーよりシャウアプフに会う機会が多い位だ。
「なんでそんなに仲がいいニャ?」
「男同士なにかと気が合うというか…馬があうというか…」
「僕も男だニャ!!」
「…と、虚言を申されておりますが、いかがなさいましょう? シャウアプフ様」
「ふむ、ピトーは疲れているようですね。女王との面談は私が引き受けましょう。少し休んできなさい」
シャウアプフがピトーに対して憐みの目で肩に手を置いた。
その瞬間、ピトーがとてもいい笑顔でシャウアプフに微笑みかけた。そして、その身から膨大なオーラが漏れ、周辺の壁に亀裂が入り始めた。対抗するかのようにシャウアプフも膨大なオーラを出した。
二人のオーラに挟まれて私の胃に穴が開きそうだ。
「じょ、冗談はさておき早く女王に会いに行きたいデス。あまり待たせると申し訳が…」
ピトーとシャウアプフの二人に挟まれて生きた心地がしない…誰か、助けてよ。せめてもの救いは、三人目の肉ダルマが居ないことだ。
「それもそうニャ」
「そうですね」
女王のキーワードで二人とも我に返ったようだ。なんやかんやで、二人が私を左右から囲む形に落ち着いた。これ…逃げるの無理ゲーじゃん!!
ついに、女王の居る間の扉が開かれた。
私は、この部屋の中を見た瞬間…やり過ぎちゃったよと思ってしまった。王と女王によりよい環境をご提供したいとポイント稼ぎに張り切って作っちゃたんですよ。
大理石で出来た床にヴェルサイユ宮殿ばりの内装が施された天井や壁。そして、今は亡き天才達が作った調度品の『ミロのビーナス』や『サモトラケのニケ』などのレイア作の贋作が所々に配置され見る者の目を奪う。
出来栄えは、本物に限りなく近い贋作である。所詮偽物であるが、本物を見た事がない者にとってはその差を見出す事は出来ないだろう。まぁ、王が相手だと流石にバレてしまいそうだがね。
きっと、ミルキに見られたら…「お前、ハンターやめて美術家になれよ。俺が後見人になてやるからさ…いや、本当にマジで!? それにさ、お前のような奴の事を世間一般では何というか知っているか? 『才能の無駄遣い』というんだよ」などと言われてしまうだろうね。
「いつみても素晴らしい彫刻です。人間にしておくのは、実に惜しい。今からでもキメラアントになりませんか? 今なら、高待遇をお約束しますよ」
保身の為とはいえ、気合いれて作り過ぎたかもな…。
それに、その就職を進めるような感じでキメラアントになりませんと勧めないでください。私は人間やめるつもりは毛頭ありません!!
「お誘いはありがたいのですが、人間やめると今までのような作品が作れなくなるかもしれませんので…」
「そうですか、ならば仕方ありません」
「バカやってないで早く進むニャ」
奥にいる女王へ一歩ずつ近づくに連れて、私は生きている心地がしなくなってきた。針を脳に刺して恐怖心を麻痺させているはずだが、前に進むたびに恐怖という底なし沼に足を取られていくような感覚に負われた。
世界最強ともいえる鎧に身を包み、恐怖心を麻痺させてなおも感じる絶対的な恐怖。
まだ、この世に生れ落ちてすらいないというのにここまでの存在だとは笑えない冗談だ。こりゃ、ネテロ会長が倒せないのも頷けるわ。
「あなたはここまでです」
シャウアプフに止められてようやく我に返った。
気づけば、女王まで10m程の距離まで来ていたのだ。そして、その大きくなったお腹の中に人型の影のようなものが見えた。
アレが…王。
まじで、帰りたい…もう、お家に帰りたい。ピトーに会いに来ただけだというのに他の護衛や女王、王にまで会う事になるなんて完全に想定外。一番の謎は、よく私が死んでいないかという一点に尽きるが。
生き残る為、最善を尽くす!! 今やるべき事は、ただそれだけだ。
私は、飯時以外は決して外さなかったマスクを初めてマスクを外した。今まで、他の蟻共から身を守る意味も込めて外さなかったが、王の御前であるので失礼のないようにする。そして、そのまま跪き頭を下げた。
「女王様のお言葉は、人間である私には聞き取れません。申し訳ありませんが、通訳をしていただけませんか?」
女王は、他の蟻と違って言葉を発しない。テレパシーのようなもので会話をするようだが…生憎とわたしはそのような超能力は持っていないのでね。人間やめてキメラアントになれば聞こえるようになるともうが、その為に人間捨てる気はないね。
とりあえず、ピトーが通訳してくれることになった。
『最初に言っておく、人間などエサ程度にしか思っていない』
そうでしょうね。
『その事実を知りつつも、こんな所まで来てあまつさえ私や息子の為に働いていると聞いている。最近運ばれてくる食事、兵隊の練度の向上、そして調度品の数々。これらすべてお前が関わっているな?』
「おっしゃる通りです」
この場での嘘は、不可能。シャウアプフの能力だったか覚えていないが、オーラに超が付く程敏感だったはず。嘘などすぐばれるし、嘘をついても良い事なんて無いからね。
『何故、そこまで我々に肩入れをする?』
「それは、ピトー殿に一目惚れをしてしまったからです。それと、王が統治する世界を見てみたいという事もあります」
『…変わった奴だな。まぁ、嘘偽りをいってやり過ごそうと思っていたならばこの場にて始末させる予定だったが、気が変わった。息子が総べる世界が見てみたいという考えが気に入った』
「あ、ありがとうございます」
生まれた直後の王が総べる世界は見てみたくないが、あの軍議マニアにあって心変わりした王が総べる世界が見てみたいのは本当だ。国境がない世界…リアルで恒久平和を実現できそうでいいじゃん。
『これからも息子の為に働くというのであれば、褒美をくれてやる。何なりといってみろ』
なん…だと!?
ブラック企業だと思っていた場所が実は超ホワイト企業だったと言わんばかりにビックリだ。成果を正しく評価してくれるとは、キメラアントながらあっぱれだ。王が生れ落ちるまでの生存が確定しただけでなく、褒美までもらえるとかマジで人間社会捨ててきてよかったと思う。
「よかったですね。これで、当面は安全ですね」
「おめでとうニャ」
シャウアプフとピトーも励ましてくれた。漫画では悪魔みたいな存在だったが、実は仲間になっちゃえば結構いい蟻達なんじゃない?などと思った。
ここに餌として捕まっている人間を助けたいなんて酔狂な願いは持ってない。お金は大好きではあるが…別に、ハンターライセンスがあれば一生食うに困らないからそこまで欲しいとは思わない。新しいベンズナイフとかは、欲しいけどこの国にあるとも思えない。
そうなると、キメラアントの巣でしか手に入らないような物がいいよね。
きっと、ここで「ピトーをください!!」なんて言ったら……無理だな。王が生まれるまでなら案外ソレも可能かも知れないが、王が産まれてしまえば女王からの命令など聞くような護衛兵ではない。
とすれば……っ!!
「女王様!! 私の専属の師団長クラスのキメラアントを新しく産んでください!!」
・・・
・・
・
私の発言に女王の空いた口がふさがらない。
『……産むだけというならできない事は無い。但し、息子がお腹にいる手前、世話はできない』
「大丈夫です!! このレイア、産んででさえ頂ければ、食事などの世話は全て私が行います!!」
産むと言っても、人間のような哺乳類的な産み方ではなかったはず。卵をみたいなのが大きくなり、その中でキメラアントが育つといった風だった描写があったような…なかったような。
『そ、そうか。ならすぐに…』
「お、お待ちください!! 産んでいただけるキメラアントですが、女性型にしていただきたい。後、ベースになる人間と動物をすぐに揃えてまいります。どんな子にしてほしいか分かりやすいようにイメージを具体化した彫刻をすぐに掘ってまいりますので二日…いえ、一日だけお時間をください!!」
ふっふっふ
女王は、人間と動物を掛け合わせた存在をこの世に産み落とせる世界で唯一の存在だ。それを活用せずして何とする!!
私は、女王に一礼した。
そして、必要な物を頭で考えながらマスクを装着し部屋を退出した。
今からやる事は一つ!!
「キツネ狩りじゃ!!」
ピトーだけに留まらず、ハンターハンターの世界でリアルキャス狐をこの手に入れられる機会がこようとは思っても見なかったぜ。
但し…男だ。
そろそろ、王が誕生する気配が…@@
さて、レイアをどうやって生き残らせようかな。
ストック話が尽きてしまい、次週は予定通り更新ができるか微妙です。
執筆状況的には0.5話と言ったところですので頑張ります。