5話
「こうして拝謁させていただくの久方ぶりとなりますな、朱雀殿」
高級宿の一室で久しぶりに直接ディルムッドと会う事になりました。念話や鏡を使った交信魔術など、メディアさんが色々と便利な方法を持っているので三日に一度くらいは連絡を取り合ってますけどね。
今回はメディアさんのゲートを使って魔法世界で直接顔を合わせる事になりました。
「既にご承知かとは思われますが、お命じのとおり赫翼の槍騎士の名をもって槍を振るい、我が名を魔法世界に知らしめました。この街グラニクスにおいて我が槍を知らぬものは無く。オスティアでの拳闘大会にも招待選手として招かれております」
そして、久方ぶりに顔を合わせたディルムッドは私を迎え入れた直後に膝をついて自身の武功を語ります。戦を生業とする彼らにとって槍を振るって得た戦功を主に捧げることこそ本懐にして本道。
そして命じたのは私です、槍騎士の名を知らしめよと。
「……ええと、お疲れ様」
シンと、僅かに部屋の温度が下がった気がします。
臣下の礼をとるディルムッドの所作に乱れは無いですし、微塵の動揺も見えないのですが、何と言いますか。テンションが急降下したといいますか……
『ランサーのやる気を削いでどうするの、ちゃんと相手をしてあげなさい』
部屋の片隅で【王の財宝】から出した美酒を傾けながらメディアさんが念話を送ってきます。
『メディアさん、ですが、ですが、これ以上病を進行させるわけには……』
『病? 持病なんてあったの、後で診てあげるわ、いいから何時ものをやりなさい』
いえ、この病はメディアさんに診てもらっても癒えない病なんです……ですが、表にこそ出しませんが間違いなくディルムッドは落胆しているでしょう。
失敗でした……こんな事なら最初のときにもっと自重しておくべきでした……
「……我が槍ディルムッドよっ、よくやってくれた、我が槍が掲げし栄光は我が誉れ。我が槍の勇名は我が武の誉れ。ディルムッドよ、汝の類稀の武功は、我が力を魔法世界に知らしめんとしたのだな。その栄達の大きさに言葉を逸してしまったぞ」
「は……はっ、恐縮であります、我が主よ」
あ、部屋の温度が上がってきました。それにしても、痛い、痛いよ、絶対に進行してますよ、私の病……千雨ちゃんには夏休み中には治るって言い切ったけど、ディルムッドの相手をしてるだけで重度が深行してる気がします。
何で最初のときに『征服王』とか『英雄王』っぽく言えばディルムッドも喜ぶだろうとか思っちゃったんでしょう、騎士王っぽくすれば良かった……『ディルムッド、お腹が空きました、ご飯はまだですか』とか……うん、駄目ですね。
「暫くは私も魔法世界に留まる、我が槍が武功を積み重ねる姿は今から楽しみだ、どうか私の期待を裏切らないでくれよ、ディルムッド」
「約束いたしましょう、朱雀殿が居られる間に、我が槍に百の武功を積み上げると」
「それは楽しみだ、余を楽しませよ。ディルムッド」
「御意に」
痛い、痛い……何よりもディルムッドが誇らしげなのが凄い痛い。
……千雨ちゃん……ごめん……この騎士が居る限り、私の厨二病は治りそうにありません……
時は少し遡り。
入学式から三ヶ月と少しが経過しました。夏の暑さも増す中で学生にとっての黄金週間がやってきます。
夏休み……およそ、40日間にも及ぶ長期休暇です。
私達の通う小学校も昨日が終業式で、今日から夏休みです、早速千雨ちゃんと示し合わせて図書館島に集合しました。
もちろん千雨ちゃんが不安定にならないよう、“滝”ですとか“吹き抜け”ですとか“本棚の通路”などが視界に入らない場所です。
……実はそう言ったエリアの方が少ないんですけどね。
「……はじめまして」
私の後に着いてきた2人に眼を向けて千雨ちゃんが軽く会釈します。
あらかじめ他に何人か来ることを言っておいたので、驚きは無いようですが。
「まぁ、はじめまして、いつもうちの朱雀が迷惑をかけているわね」
何時ものことですが、どうも『うちの』とか言われると背筋に冷たい汗が流れます。相手を油断させるための欺瞞だと分かりきってるからですかね。獲物を狙う狩人の撒き餌にされた気分です。
「はぁ……どうも」
千雨ちゃんは警戒模様。さすがです、その危険察知能力は極めて正しいです。その警戒心を何時までも留めて下さい。
「私、桜子。よろしくね」
にこにこと、天真爛漫な笑みの桜子ちゃん。えぇ、とても心安らぎます。何でメディアさん憑いて来たんでしょうか、可愛い子が居るからですね……
「じゃ、朱雀。私は調べ物をしてくるから、ちゃんと宿題しなさいね、桜子ちゃんのお母さんにも頼まれてるんだから」
にこにこと、余所行き笑顔を振りまいてから離れていくメディアさん、断言しますが絶対近くに潜みますね。千雨ちゃんの警戒心が強いのを察して長期戦を覚悟したんでしょう。
「あれ、お前のはh……お姉さんか?」
さすがです、彼女の危険察知能力は色々と学ぶべき点が多いです。メディアさんの耳の辺りで目線が泳いでましたから色々と気になってたんでしょうね。
「いえ、身元引受人といいますか……遠縁の親戚です」
「身元引受人て、何でそんなのが居るんだ……何かやらかさないとそういうのって付かないんじゃないのか」
怪訝な眼でズバズバ聞いてくる千雨ちゃん。まぁ、普通に考えれば犯罪者に行き着きますよね。
「私には両親が居ませんから。今は施設の管理人が保護者扱いになってますが、近々メディアさんの保護下に入る事になると思います」
僅かに千雨ちゃんが息を呑む、桜子ちゃんは難しい単語が多くて分からないのか首を捻ってますが。
「わ、悪い」
「お気に為さらず、私は気にしてません、むしろあの男女に比べればメディアさんとディルムッドさんは雲泥です。縁を切れてよかったと思うくらいですよ……それと、この話題はあまり続けるべきではありませんね」
命君の両親のことを『男女』と言い切った事で私の産みの両親への感情を理解したのでしょう、少し顔を青くした後で、うんと頷く千雨ちゃん。
「そうだな、今日中に夏休みの宿題を終わらせるって言うんだからな」
今回の集合の目的はそれです。初日から全力で宿題に取り掛かって一日で終わらせる、本来8月31日に行うべきことを、夏休み初日に済ませて後顧の憂いを断とうと言うことです。
夏休みのうちに魔法世界に直接足を運びたいですからね。
「遊ぶ時間が減るのはいやー、メディアお姉ちゃんが今日だけすざく君と一緒に勉強すれば、後は勉強しなくていいって言ったの」
桜子ちゃんが凄く分かりやすい理由を挙げてくれます。一応、メディアさんが桜子ちゃんのお母さんに話を振ったらしいですけど。
意外とと言ったら変ですがテストの成績は良いほうなんですけどね……まぁ、何でテストの成績が良いかは一緒に勉強したら一目瞭然でしたが。
センター試験とかなら満点とっても不思議に思いません……えぇ、選択式の問いは百発百中ですから、マークシートなんてまさに狙い目です。
「って、自由研究はどうするんだよ」
「メディアお姉ちゃんが、自由研究は毎晩お空の写真を一枚撮ったらそれで良いって」
頭に疑問符が浮かぶ千雨ちゃん……えぇ、私も普通なら訳が分からないって思いますよ。普通なら……
「昨日撮った写真はメディアお姉ちゃんが直ぐに写真にしてくれたの」
あの人……最早英霊じゃなくて、あの人……専用の現像部屋を拵えてますからね。主に着飾った桜子ちゃんの写真の現像用に。桜子ちゃんのお母さんが自由研究に不安に思ったので確認のために現像したらしいですが。
「流れ星の写真か……よくこんなの撮れたな」
「写ってたの」
写真の中で、空から降る星の雫。
……きっと、写真家の皆さんが一晩中頑張るか、流星群が落ちる時期を狙い撃つか、映像の中から拾い上げなければ早々お目にかかれない代物です。
桜子ちゃんの庭の風景が僅かに写ってるあたり芸が細かいですよね。ちゃんと家で撮った証明になりますから。
「……撮ったんだよな、コレ」
「? シャッターのボタンを押しただけだよ、そしたら写ってたの」
えぇ、認識の違いが甚だしいですが、千雨ちゃんの認識としては、夜空に流れ星が降っていたからその写真を撮った。桜子ちゃんの認識は……シャッターを押して、今朝現像してもらったら流れ星が写ってた。ファインダーを覗いたかどうかすら怪しいです。
「……共同制作にしましょう。桜子ちゃんは毎晩写真を撮って写真を私達に渡してください。私達が星の位置とか星座とかを補足しますから」
「メディアお姉ちゃんもそう言ってた、すざく君をうまく使えば良いって。そう言う事なんだ」
いえ、違います。それは共同ではなく強制労働を強いようとしていた台詞です。
「では、もう面倒なんでさっさと宿題を片付けましょう。幸い麻帆良学園低学年の夏休みの宿題は全学校同一です。順番に片付けて後は写すということで……異議は?」
「無し、て言うか国語と社会が面倒臭い」
「いいよ〜♪ 算数苦手だし」
バリバリ理系の千雨ちゃんは国語とか社会の問題が苦手です……長文を読まないといけないのが面倒な意味で。
桜子ちゃんは選択式が多いテストが得意で、問題式も幾つか思い浮かぶのがあればふっとどれが正しいか思いつくそうです……算数は、小学校一年でも100以上の答えが有り得ますからね。1〜100だけでも100通りです。
……それでもきっちり半分以上は式が無くても答えを出してしまいます。式が無いので減点されますが。
「理科が選択式が多いですね……桜子ちゃんお願いします。算数は千雨ちゃん、ちゃっちゃと終わらせてください。私は国語と社会を終わらせます」
……まぁ、千雨ちゃんと私が居る時点で小学校一年の宿題なんて直ぐに終わるんですが。
……桜子ちゃん、選択式なら問題も見ずに選んで全問正解は、きみの将来的に色々不安です。今度メディアさんを通さずにご両親に勉強する時間を作るよう相談しておきましょう。
「で、朱雀は夏休みどうすんだ」
さらさらと算数の問題を解きながら千雨ちゃんが聞いてきます。表情は凛々しいのに顔立ちは幼い……えぇ、学園祭のちび千雨ですが、こんなに愛らしい生き物だったんですね。
「ディルムッドさん……私の保護者になってくれそうな人のところに行く予定です、外国なので夏休み中はこちらに帰ってこれなくなりますが」
「そっか、椎名は?」
「みさちゃんと、えんちゃんと遊ぶ約束してるの、宿題が今日で終わるはずって言ったら見せて欲しいって言われたけど」
選択式じゃない問題でうむむと唸ってる桜子ちゃん。ちゃんと考えるのは大切なことですよ。
たぶん、原作の柿崎さんと釘宮さんのことでしょう。えんちゃん……この渾名が中等部まで続かないことを祈ります。
「今日は、そのお友達誘わなかったの?」
何時の間にか桜子ちゃんの隣でメディアさんが補佐してます。千雨ちゃんには一定以上の干渉をしない辺り、落とし神の素質がありませんか。美少女幼女限定で。
そんなメディアさんが不思議そうに聞きます、まぁ実際。原作の2人なのでしょうが……別に友達を連れて来てもよかったんですが。千雨ちゃんの交友関係も広がりますし。
「お母さんがゆーぼーかぶだからすざく君は二人には見せるなって。ばいりつが上がる前にげっとしなさいって言われたの」
ぶっと、私と千雨ちゃんの口から息が吹き出します。
後、メディアさんから薄ら寒いオーラが漏れ始めます。
「そう……話の合う方なのに、見る目は無かったのね……今のうちにモいでおこうかしら」
「ちょっ、メディアさん、何を言ってますか、冗談。きっと冗談ですよ。後、何故私が痛い目を見る方向で話が進むのでしょう」
「黙りなさい! 、私の桜子に手を出そうなんて朱雀のクセに生意気な……不能になるのと死ぬの、どっちが良いかしら、選びなさい」
「私のって、血縁・親権・保護義務、どう考えても桜子ちゃんの責任者はご両親でしょう、メディアさんストップ、本気で眼が恐い、鈍い輝きが怖すぎです、魔力込めないで。私にはメデューサクラスじゃないと効きませんから、千雨ちゃんとかを見ちゃうと危険だから魔眼はやめてください」
「……不能が無理なら……ねぇ、何回殺したら朱雀は死ぬんだったかしら、一回じゃ無理みたいなこと、前に言ったわよね」
「……すいません、真剣勘弁してください。眼が恐いです。少なくとも私に桜子ちゃんをどうこうと言う気はございません」
「うちの桜子の何が不満だというのっ!」
「今度は逆ギレっ!? 幼すぎるのと、自称保護者が危険すぎる事です。て言うか『うちの』に当たり前のように桜子ちゃん加えましたね」
「うちの子はこの子だけよ、後は飼い主への忠義の足りない犬が居るかしら、始終発情期の節操の無い駄犬がね、よりによって鼻が効くのが憎たらしいわ」
「いやもう、勘弁してください……て言うかメディアさん、私の中では娘の花嫁衣裳見て涙するタイプだと思ってたんですが……捕らえたサーヴァントまで着飾らせますし」
「偽装結婚で構わないわ、式さえ挙げられれば満足よ、後はもう要らないわ。下種なんて」
「凄いことぶちまけました。花嫁の母としては最低の回答を胸を張って言い切りました!」
ハァハァと、桜子ちゃんを腕に抱いて……いえ、たぶん庇護対象として抱えてるつもりなんでしょうが。眼の輝きが鈍く妖しくて恐ろしいです、ナンデスカ、コレハ、コウシテナツヤスミニハイリマシタ、ヲセツメイスルダケノハズデショウ、何でこんなに長くなるんですか。
「……魔眼にメデューサ、後不死性か……ケルト神話を調べてたって事は。こいつの元ネタは漫画やゲームじゃなくてヨーロッパ圏の神話が主体なのか、あぁ、確かにあっちは男の子が憧れそうな伝説が多いな、否定しても駄目そうだから……悲恋とか不遇の伝説を調べて見せてやるか、愛の黒子とか裏切りの魔女とか。伝説にもドロドロしたもんが有ると分かれば……」
後、千雨さん、貴女はなにをプロファイルしておられますか。『朱雀更生計画』とか銘打たれたノートに色々書き綴ってます。
ついでに言うと私の元ネタはゲームです。
それと、【愛の黒子】が不遇なのは私も同意ですが、メディアさんの前で禁句を口にするのはやめてください。絶対に私にとばっちりが来るんです。
「結婚式したいー、すざく君とするー」
桜子ちゃんは爆弾発言をやめてください、メディアさんの眼が怖いのと千雨ちゃんの眼が冷たいです。
「そうね、朱雀が18になったら結婚式しましょうね……きっと綺麗だと思うわ……えぇ、色々準備をしておかないとね」
すいません、その準備の中に私の殺害計画も含まれておりませんでしょうか。式さえ終われば用済みとかいう感じで。
「ほれ、算数終わったぞ」
千雨さん、千雨ちゃんじゃなくて千雨さんは我関せずと言った感じですが、手元で鉛筆が何本かご臨終なさっているのが地味に怖いです。
「もう……勘弁してください」
何だか、私の涙目でエンドロール流れるのが定番になりそうです。えぇ、すいません、戻っていけません。
……最終的に、夏休みの宿題はちゃんと終わりましたが、空気は始終混沌としていました。
……後、柱の陰から誰かに見られていたような気がします。気のせいですかね、前髪長めの女の子がいたような気がしますが……きっと気のせいですね。気のせいです、ヤンデレフラグとか立ってません。気のせいです。
さぁ、早く魔法世界へ行きましょう
感想での出演期待キャラを取りまとめてみました。
チアリーディング部の2 一
長谷川千雨 一
本屋 一
アキラ T
ザジ 一
真名 一
木乃香 一
フェイト(三番目) 一
夕映 一
ゆーな 一
次のフラグ建築はアキラになったようです。
幼児期フラグはこのくらいですかね。