7話
麻帆良学園の名物といえばなんでしょう。
世界樹……麻帆良学園の皆さんにとっては日常風景です。
図書館島……同じく。
ぬらりひょん……何故か皆さん、これだけは普通じゃないと口にします。
ともあれ、麻帆良名物の中の名物といえば、全学園合同の学園祭である麻帆良祭があげられるべきでしょう。
三日間の延べ入場者数約40万人。世界的にみても最大規模の学園祭です。
普通は秋に行われるイベントですが、この学園では夏休み前に行われます……受験生でも気にせず参加できるようにとの配慮なんですかね。
昨年は施設の子供達を連れて来て参加したんですが、まぁ大変でした。
不思議と怪我人とか致命的なトラブルは発生しなかったんですが、細かいトラブルにはそれはもう事欠きませんでした。
……えぇ、黒歴史なんて作ってませんよ、ホントですよ。
「去年は……面倒だから家でネットやってたな」
千雨ちゃんは、ちょうど、その頃クラスメイトと常識の差異でイジメに近いからかわれ方をしてましたから……私的にもかなりトラウマな思い出ですが。
「私は、家族で来たよ」
アキラは家族で参加したようです。小学校・少等部は4年生以上のみ任意で出店が可能ですから、低学年は参加するだけになるんですね。
「今年は千雨ちゃんも参加してみませんか……色々大変ですが、楽しいと思いますよ」
「その色々大変が嫌なんだが。どっかネットカフェとか出店しねぇかな」
3日間ずっと入り浸るつもりですか。
色々あって楽しいんですけどねぇ、時代考証とか技術レベルとか無視したアトラクションがあったりして。
「長谷川も参加しよ、椎名って子も誘えば朱雀のハーレムメンバーが揃うし。一度会ってみたいな」
「だから、私は違ぇっての」
「ハーレムを作った覚えはありません」
穏やかな笑みを浮かべながら何を口にするのやらこの子は。
クスクスと笑っているところを見ると半分以上は冗談なのでしょうが。
「でも、色々企画されてるみたいですよ、伝統的なところだと、学内のバンドが参加する『まほロック』ですとか、マイナーな所では……『麻帆良祭(秘)コスプレコンテスト』とか」
「コスプレって……そりゃ、あれだろ、麻帆良の仮装パレード」
「いえ……それとは別で、図書館島でゲリラ的に開催されるイベントです。ちょっとマイナーなキャラクターコスプレイベントらしいですよ」
……そういえば、原作でそんなのあったなぁと言うレベルだったんですが。昨年の麻帆良祭でメディアさんが目敏く見つけて引っ張り出されました。
……何をさせられたかは最早忘れたのでまったく思い出せませんが。えぇ、完膚なきまでに記憶を消し飛ばしましたから。この歳でアルコールの力を借りる事になるとは思いませんでした。翌日お婆さんに泣きながら説教されたダメージも大きかったです。
我ながら身を切る思いですが、千雨ちゃんなら興味を持ちそうなイベントなので話を振るだけ振ってみます。案内だけして近寄らなければいいんですしね。
「ふーん……軽く流し見る位ならいいかな」
えぇ、軽く流し見るくらいならいいかな。
軽く流し見るくらいなら。
軽く……
「お、そろそろ現実逃避から帰ってきたか」
「今回は長かったね」
「大丈夫、朱雀君すごく可愛いから」
ふっと、もう一度意識が飛んでいきそうになります。えぇ、このままあとがきまで麻帆良祭が始まってから、千雨ちゃんとアキラと桜子ちゃんと4人で仮装パレードを眺めていた辺りを回想しましょうか。
あれは楽しかったなぁ、桜子ちゃんが凄くはしゃいでるのと対照的に、静かに楽しんでるアキラと、ありえねぇと呟いてる千雨ちゃんでしたが。
「ほら、何をぼさっとしてるの朱雀。それでも前回の準優勝者?」
「思い出させないで、私の黒歴史っ。て言うか、前回は参加者じゃなかったですよね? 面白そうだって飛び入り参加させられただけですよね。参加しないと研究が滞るとか無茶な事言われて」
えぇ、命君の研究と引き換えに脅しをかけてきたんですこの魔女は。
「あら、逆でしょう。参加したらやる気が増して研究が捗るとは言ったかもしれないけど」
「嘘だ、去年は間違いなく脅迫でした。出なきゃ研究しないとまで言われました」
「仕方ないでしょう、去年はこの企画を知るのが遅すぎて桜子ちゃんに約束を取り付けられなかったんだから。仕方ないから朱雀で妥協してあげたのよ」
そこで参加を来年まで諦めるか。もしくは自分が出るという選択肢は無かったのでしょうか。この世界には年齢詐称薬と言う便利なものもあるんですが。
いえ、言及して怒らせると怖いんで口には出せませんが。
「じゃぁ、良いじゃないですか。桜子ちゃん可愛らしい衣裳着てるじゃないですか、普通に優勝候補に入れますよ、私要らない子でしょう」
えぇ、子供らしい愛らしさですが。とても可愛らしいと思います。
「馬鹿ね、ビブリオンは2人組みなのよ、ほら、コスが崩れるでしょう」
その可愛らしい衣装のペアを私が着させられてるわけですが……えぇ、鏡は絶対に見ませんよ。
「うん、朱雀君と一緒に出れるって聞いたの。だから楽しみにしてたんだよ」
「すいません、私が出るのは既に確定事項だったように聞こえるんですが」
「当然でしょう、衣裳はペアで用意したもの」
千雨ちゃんとアキラと桜子ちゃんと4人で学祭を楽しく回っていて、桜子ちゃんが約束があるからと私の手を引いて、空き教室へ入っていって……そこにメディアさんが居た時点で逃げようとしたんですけどね。
『長谷川さん、可愛いでしょうね』
……一言で逃げ道はふさがれました。本気で逃げれば逃げるくらいは容易いですが。人質……たぶん、昨年の私と同じ目に遭う……を見捨てられませんでした。
「……ちなみに、私が今回の学園祭に参加してなかったらどうしてたんでしょうか……」
もしくは、念話を無視して逃げ出してたらとか、桜子ちゃんと学園祭に来なかった場合ですが、既にifの話ではありますが、桜子ちゃんに私と一緒に出られると言い切ってる以上何らかの手を打ってる気がするんですが。
「……貴方、仮契約カードが何の為にあると思ってるの」
「強制召還!? と言いますか、まさかその為だけの仮契約ですか!?」
仮契約してくれたのは意外でしたが。えぇ……きっちり、メディアさんが主側で仮契約となったんです。アーティファクトは手に入れましたが、代わりに好きなときにメディアさんに強制召還フラグが立ってたんでした。
……今度ルールブレイカーで壊しておきましょうか。戦闘面ではかなり使えるアーティファクトなんで勿体無いですが。
「そうね、半分くらいはコレが理由かしら、事前に言っておくと逃げ出すと思ったから、さすがに本気で逃げられたら私じゃどうにも出来ないから」
「逃げます、嫌です。逃げさせて」
正直、今からでも逃げ出したいです。
能力的にはチート仕様の私はメディアさん相手なら100回戦って100回勝てますし、逃げようと思えば容易く逃げられます。
「ちなみに、桜子ちゃんは今回の麻帆良祭はコレが一番楽しみなのよね? 」
「うん、前の麻帆良祭の朱雀君凄く可愛かったの、そしたら同じ衣裳着て一緒に出れるってメディアさんが」
「本当にね、ずっと楽しみにしてたものね」
無邪気な笑顔が眩しいです。後……千雨ちゃんとアキラが先ほどから非常に静かなのと、桜子ちゃんが『可愛かった』と、さも見た様に断言したのは何故でしょうか。
回答 千雨ちゃんとアキラは昨年のこのイベントのアルバムを覗くのが忙しくて、桜子ちゃんは、たぶんそれを既に見たからですね。
「■■■■■■—■■■■■■■——■■—■■■■■」
「あ、影羅。影羅可愛いね、去年準優勝なんだ。凄いと思うよ、わぁ、可愛い」
「……私より先にこんな……っ、朱雀に負けられない」
「……最近……幸運が下がってる気が……」
「あっちでディルムッドがアーティファクト使ってるんじゃないの、確かそんな効果でしょう? あのアーティファクト……朱雀のステータスは見えないから断定は出来ないけど」
……ちょいちょいと隅に指招きして、簡易結界張ってもらって一瞬だけ【己が栄光の為でなく】を解除します。
「下がってるわね、ディルムッドがアーティファクトを使ってるんでしょう」
……壊しましょう。ディルムッドが何と言おうとあいつとの仮契約カード壊そう。
「けど、ディルムッドのアーティファクトは色々役立つでしょう」
クスクスと笑うメディアさん、えぇ、確かに私達みたいなチート仕様には特に役に立つアーティファクトです。
「……ちなみに、今はあいつの幸運がAで私がEなんでしょうか……」
「今の朱雀はCだから、ディルムッドもCかしら、けど、あれの性格から、上げても1ランク程度でしょう、朱雀の耐久も2ランク下がってるようだし……DとBに上げたけど、使い慣れてないから余分に持っていってるんじゃないかしら」
神楽坂のアーティファクトが剣からハリセンに格落ちしたみたいに、使いこなせてないから余計な代償があると……猛特訓させましょう、最低でも等価になるように。
私では神様の力でステータス画面を見ても本来の数値しか見えないので、令呪を持ってて一応マスター権のあるメディアさんしか状態を把握できない訳ですが……2ランクくらいは好きに使って良い言ったのは失敗でしたね。幸運と耐久の底上げだけだと思ってましたが、こっちが倍下がるとちょときついです。
……私のアーティファクトとのコンボは凶悪なんで、失いたくは無いですし……やはり、幸運と耐久、それぞれ1ランクUPのみ許すのと、対価が等価になるよう猛特訓ですね。
「で、現実逃避はそろそろ良いかしら、もう出番よ」
「いえ、まだまだ考えるべき点は多いですね。天秤の名を冠す辺り等価であるのは前提の気もしますし、より多くのコストを支払う羽目になっている私としてはもう少し考える時間を」
「では、前麻帆良祭(秘)コスプレコンテストで、飛び入りながら準優勝を勝ち取った美少女(偽)が。今年はペアを伴っての参戦です、キャラクターは勿論。魔法少女ピブリオン」
「いいから、逝って来なさいっ!!」
「ぎゃーーーっっっ」
「きゃはーーーっ」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
「……もう、お婿にいけない」
何故か、何故か。ええ、本当に何故か“あの衣裳のまま”連れまわされました。えぇ、桜子ちゃんもあの格好のままですが。
まぁ、学園全体が仮装ムードで多少変な格好でも気にされないですし、小さくて可愛い女の子の桜子ちゃんは、普通に可愛いんですが。
えぇ、私に向けられた可愛いって声は全て無視の方向で。今すぐ【己が栄光の為でなく】を黒霧モードで全力展開するか、別人に成り代わりたいです。
「男の台詞じゃねぇぞ」
「良い子良い子」
「その時は、私が貰ってあげようか」
千雨ちゃんと桜子ちゃんに慰められますが……偶にアキラが爆弾発言を放ちます。
「でもね、朱雀……浮気は2人までだよ、それ以上は駄目だからね」
「浮気することは確定ですか!?」
「私が2号? それとも千雨ちゃんが2号?」
「私を数に入れるんじゃねぇっ」
女三人揃えば姦しいと言いますが。小さな女の子でも変わらないんですねぇ……下手にリアクションを取ると却って燃え広がるんでスルーしますが。
まぁ、くすくす笑ってるアキラと桜子ちゃんを見れば、冗談だとわかりますが。
「あ、朱雀君、ほら、樹が」
「世界樹が光ってる……綺麗」
きらきらした目で世界樹を見つめる桜子ちゃん、アキラも綺麗だと呟いています。
えぇ、綺麗なんでしょう。きっと、この祭りに参加している全ての人々の目に、あの輝きはとても美しく、荘厳で、綺麗で。でも、不思議ではないんでしょう。
……だから、私は2人から距離をとります。
「大丈夫です、私は……千雨ちゃんと同じ気持ちです」
「そ、そうか……そうか」
果たして、昨年の世界樹の発光を、千雨ちゃんはどんな気持ちで見つめたのか。
樹が光り輝く、イルミネーションに飾られて、或いはスポットライトに彩られて……そんな当たり前な言葉で表現できない『ナニカ』を感じ取ってしまう、私達は。
いえ、みんな、きっと感じているのでしょう。あれは自然な輝きだと。科学のチカラなど及ばない神聖な輝きだって。だからあの光にみんな惹かれる。
桜子ちゃんとアキラは高台の柵に手をついて光を帯びる世界樹を眺めています。とても素直に、当たり前に。
それは他に居る全ての人にとっても同じ。
とても美しい光景を前に、何も疑問に思わずに『綺麗に光り輝く世界樹』を。
敢えて、例外を上げるなら、監視に飛び回っている魔法先生方とメディアさん、私と……千雨ちゃん。
「いいな……」
だから、その呟きは、私の心を重くする。
けして聞こえないような呟き、けれど、確かに聞いてしまった私。
……千雨ちゃんは今、アキラと桜子ちゃんを羨んだ。
『周りが当然に、美しいと呟く光景に、同じく美しいと呟ける』それを羨んだ。
私達の口から漏れるのは、あれはおかしいの。一言だから。
「……千雨ちゃん、約束します。絶対の約束です。1つの命と槍の従者と魔術師の同胞と、何よりも朱雀命と■■■■の名に誓って絶対の約束です……」
「な、何だ急に、そういうのは」
「……約束します。8年後……私達が中学生の3年生か、中等部の3年のとき、世界樹は今よりもっと輝きます……その輝きをまた4人で見ましょう。私達も……彼女達も、同じ側で」
……今、決めた、今、決まった、彼女にすると決めた我侭を。今、決めた。
千雨ちゃんに、この4人で、もっとたくさんで……世界樹の最大のあの輝きを……綺麗と言わそうと。
「……綺麗な、樹だと思うぞ、今でも」
「……あの2人と、同じ場所に立って見せてあげると言ってるんです。約束です。みんなと同じ立場で、もう一度、世界樹を見て、同じ気持ちで見られると、約束します」
「朱雀は……色々酷いな、うん、色々……っく、ひどい……」
「えぇ、反則チートの権化と呼んで下さい。私は、かなり非道いですよ……1人の女の子の為に……全部、壊そうと決めましたから」
……今決まった、命君の次の目標。
壊そう、全部、この先彼女を悲しめるだろう全部……
「くっ、はっはっ、我ながらオリ主くさい」
「って、あぁ。何時もの病気か…………くそっ、結構感動したんだぞっ!おいっ」
「いや、本当に頑張ろうと思ってるんですが」
「はいはい、くそ、またお前に泣かされた、そのうち金取るからな」
「え、あんな可愛い千雨ちゃんを見るのに、お金だけでいいんですか。分かりました。幾らでも支払いましょう」
「っ……■■■■——■■—■■■■」
「あっ、長谷川の影羅だ」
「わっ、凄いね。アキラに聞いたとおり♪」
ぽんぽんと、私の身体を叩きながら笑い泣きする千雨ちゃんを前にして。
……私は、麻帆良学園と事を構えることを決意しました……
アンチ麻帆良学園フラグが立ちました
女装フラグが立ちました