91話
「あぁうぅ……ひどい目に遭いました」
結局、四日目の午前行動が始まるまで、露天風呂で生徒たちに散々玩具にされたネギは其々の班が班行動を始めるのを待ってようやく解放された。
もっとも、さすがに修学旅行四日目ともなれば、多くが、だらけモードに入っており、ネギの丸洗い後も午前中から温泉に浸かってのんびりしている班が多い。
1班と4班は既に外出したが、2班と3班はそのままのんびり温泉に浸かっている。
まぁ一部、露天風呂で再度撮影行為を行おうとして裏界に招かれたパパラッチとオコジョも居たが。今回は荒廃した大地のベンチに暫く放置された後解放された。
また、6班は大半が病欠と相成り……5班は、その大半が昨晩の疲れを癒すべく、部屋でまったりとしていた。
「けど、明日菜の服の汚れを誤魔化すのには他に良いアイディアが無かったんやし、ここは龍宮さんに感謝しとかんと」
「まぁね……それにしても、今更ながら全身が痛い」
「眠いです」
「疲れが取れないアルナ」
「て言うか、昨日みんな何してたの?」
今、部屋に居るのはネギと木乃香、明日菜、夕映とクーフェイ、それに朝倉だ。
5班は他にも早乙女と宮崎が居るのだが、二人は楓に誘われて露天風呂へと繰り出している。
5班の面々で昨晩のことを整理したかったのだが、うち二人には聞かせられないことも多いため、一番余裕のある楓が何とか引き離してくれたのだ。
幸い、ネギが丸洗いされている間に昨晩の衣服の痕跡等は全て消す事ができた、露天風呂から帰ってくるまでは昨晩の事件の関係者だけで話し合うことが出来。
「昨日はいろいろ有って……て言うか、朝倉……あんた何で居んのよ」
「いやぁ、露天風呂で記念撮影してたらなんか変な心霊現象に遭ってね、暫くは近付かないでおこうかなぁって」
「俺っちも何かやる気が出ないんでさ」
普段は無駄にバイタリティ溢れる一人と一匹がやる気無さげにへこたれる、もっとも、この程度で済んでいるのはまだ目こぼしして貰った結果だろうが。
そんな一人と一匹の会話を聞き流しながら、ネギはじっと木乃香を見る、露天風呂で丸洗いされている間は落ち着いて考える暇も無かったが、落ち着いて昨晩のことを思い出してみれば……色々なことがあった。
そして、その中でも特にネギの琴線に触れる出来事があった。
ずっと昔、雷光と共に夜空を駆けた、ネギにとって憧れの存在である『
再会は小太郎との戦闘の時に……その時も辛辣な言葉は言われたが、それでもその卓絶した魔法は素晴らしいものだった。
そして、自分達が手も足も出なかった大鬼神や、エヴァンジェリンを一蹴する実力……無論、エヴァンジェリンへの追い撃ちはけして見過ごせるものではなかったが、それでも、6年前の魔法使いと同一人物だとすればネギには重要なことだ。
「あ、あの、木乃香さん、昨日の……木乃香さんの魔法の師匠のことをお聞きしたいんですが」
「木乃香の師匠って……ちょっと待ってネギ、それって」
明日菜の脳裏に浮かぶのは昨日、二度ほど遭遇した一人の魔法使い。
横で会話を聞いてるだけでも腹が立った、明日菜にすればあまりに不遜な態度の女で。
「……少し話は聞いた、お師匠、うちを助けに手を貸してくれたんやって」
「最終的にはねっ、それまでは刹那さんが助けを求めても断るし、長さんや学園長だってお願いしてたのにっ」
横で会話を聞いていたときの腹立たしさを思い出したのか、段々と腹を立て始める明日菜、その中には無論、ネギを串刺しにした事も含まれており、それは槍を放った当事者である朱雀にも向けられているだろう。
「……そやね、お師匠さん達は、その辺りシビアやから」
「シビアって、あのね木乃香」
「や、やっぱり昨日の魔法使いは木乃香さんのお師匠さんなんですね」
不機嫌さを増す明日菜に対し、むしろ機嫌を良くするのはネギだ。
自分にとって憧れの存在であり、目的の一つをかなえるアーティファクトの鍵である魔法使いとの接点だ、これほど望ましいものは無く。
「あ、あの、昨日は慌しくて話も出来なかったんですけど、一度会わせて貰えませんか、その人にどうしてもお聞きしたいことがあるんです」
昔のこと、同時期に助けに来てくれた父の事、アーティファクトのこと、ネギにすれば、聞いて見たいことはたくさんあり。
そのネギに、木乃香はゆっくりと首を横に振った。
「え? あの、ちょっと話をするだけで良いんですけど」
「だめや、うちのお師匠のことを誰か他の人に話すんは禁止されとる」
「禁止って……ちょっとくらいなら」
「あかん」
普段に無く頑なな姿勢を見せる木乃香、そこには確かな芯があり、普段見せるネギや明日菜への無条件の甘さも存在しない。確固たる拒絶で。
「んー、少し話すだけでも駄目アルカ?」
「そこを何とか、コノカ姐さんは、そのメディアって人に気に入られてるらしいじゃないですか、ちょっと間を取り持ってくれるだけでも……」
「こればっかりは、いくら明日菜やネギ君に頼まれても聞けん頼みや……今回、お父様のところを頼っただけでも危なかったんや、次に約定を破ったら破門されるかも知れへん」
それは、刹那からも少なからず聞けた現状の危うさ。
これ以上、西か東に傾倒すれば縁を切られることもありえると……今の状況下で、木乃香にそれだけは選べず。
「っ、そんなの、あの状況で長さんを頼るなってどんな了見よ、木乃香は実家を頼っただけでしょうが」
「……せやけど、お師匠にとって関西呪術協会は不倶戴天の敵みたいなもんや……うちもせっちゃんもそれを知っとった」
過去に見た朱雀の怒りと、関西呪術協会を良しとしないメディアの態度。
常々見せてきた関西呪術協会への少なからぬ敵意……それらを思い出せば、ネギや明日菜の安全を考慮した結果とは言え、木乃香が関西呪術協会へ身を寄せたのは失策と言えるだろう。
昨晩の時点で見捨てられていてもおかしくは無いのだ。
「だからって」
「昨日も言ったはずや……魔法の世界はそんなに甘いもんやない、お父様が関西呪術協会の長である以上、うちもそれなりの付き合い方をせんとあかんのや」
絶句する明日菜に言い切る木乃香。
横で話を聞いていたネギや朝倉、綾瀬もかなり驚いた顔をしている……それは、魔法の師匠のために実父と絶縁しろと言っているようなもので。
「そ、そんな馬鹿な事言うヤツに魔法なんて習うんじゃないわよ、今からでも遅くないわ、逆にそのメディアって女と縁を切ったほうが良いわ木乃香」
「あかん……うちは、どうしても教えてもらわなあかん魔法があるんや」
がしっと、木乃香の肩を掴んで力説する明日菜だが、それでも木乃香は揺らがない。
逆にじっと、明日菜の瞳を覗き込むようにして何かに集中し、少し悲しい顔をする。
「絶対に……教えてもらわなあかんのや」
「けど、危ないわよ、昨日、あの女が何したか……木乃香は見てないけど、エヴァンジェリンやネギはあいつ等に殺されかけたのよ?」
「……最初にお師匠の身内に手を出したのはエヴァンジェリンさんや、戦いを嗾けたのもエヴァンジェリンさんや聞いとる、それは違うんか?」
「それはそうだけど……けど、エヴァンジェリンはアーティファクトを見せろって言っただけよ? そっからは挑発しあってたし」
木乃香は少し考え込む。
この時点でネギはかなり興味深げに、綾瀬と朝倉も出来るだけ情報を引き出そうと息を潜めて聞いており、クーフェイは思考を放棄して半ば眠りかけているが。
「……アーティファクトは、見せたがる魔法使いが多い言う話もよう聞くけど……お師匠的には完全にアウトやな、秘密主義やから、うちもお師匠のは見たことが無い」
「そんな、信用できないやつに弟子入りしたって言うの!? 木乃香は」
「そうや……お師匠は、敵には容赦ないけど身内には甘いとこがあるし、少なくとも、弟子入りしとる限りは、うちがこれ以上関西や関東に深入りせんかぎり……面倒見てくれる」
逆に言えば、これ以上関西や関東に関れば必然的に絶縁されるであろう……明日菜を前に、自分の眼で実情を確かめた上で、魔法の指導者として適切なメディアとの縁を逃すことは出来ず。
「だからって」
「あの、少し良いですか……」
口論する二人の間に入る形で夕映がゆっくりと声を上げる。
頑なな態度の木乃香と熱くなった明日菜ではかみ合う物もかみ合わないと思って声を挙げたのだ。
「私も昨晩、おそらくは木乃香さんのお師匠さんとはお話をさせていただいたのですが、確かにシビアな印象を受けましたが、一度した約束を破るような印象は無かったのですが」
親友の記憶を消し、日常へ戻してくれた。
そして、自分の記憶を残し……魔法を吹聴すれば殺すと言う制限つきで……自由な判断を黙認した魔法使い。
話してみた印象としては、比較的正論も通じる相手にも思えた……それが何処まで本音までは分からないが。
「夕映ちゃんは、昨日あの女がエヴァンジェリンとネギに何したか見てないから」
「いえ、電話でのやり取りから聞いていたのですが……関西と関東と敵対している以上、彼女のやり方は間違っては無いとも思うのですが」
「でも……」
「あ、あの……関東魔法協会と、木乃香さんのお師匠が仲が悪い原因は……エヴァンジェリンさんにあるって聞いたんですが、その辺りをもっと詳しく教えてもらえませんか」
昨晩、エヴァンジェリンに向けて槍を放った朱雀と、それを見過ごしたメディア。
関西呪術協会とGFの仲は最悪とも聞いたが、関東魔法協会とはそこまでではないとも聞いた。
関西の長から教えられた話でも、関東とGFの不仲はエヴァンジェリンを発端としていると教えられ。
そして、そこで一つの解決策をネギは見つけている。
「うちは……関東魔法協会とのいざこざは詳しくは知らへん、せっちゃんなら知ってるやろうけど、たぶん、口止めされとる」
「そ、そうなんですか……他に知ってそうなのは……長谷川さんとかですかね、朱雀さんも居ましたし」
朱雀のマスターであろうとネギが判断している一人の少女。
一昨日から、その考え方を矯正しようと追い掛け回しているが、未だに接点を見出せない少女のことを思い出す。
昨晩の戦闘には朱雀も参加していた、であれば、長谷川千雨もGFの関係者であろうと考え……
「あぁぁ、結構凄かったもんね長谷川……そっかぁ、こりゃあんまり突くと真剣にやばいかな」
クラスメイトの名前が出てきた時点で反応するのは朝倉だ。
昨晩、死闘を繰り広げた少女の姿を思い出して思わず遠い眼をして、少し鳥肌が立った。
「何かあったんですか?」
「いや、昨晩、長谷川が中庭で幼馴染と逢引しててさ、それをネタにちょっとからかったら……ハリセンで枕を真っ二つにされた」
もっとも、真の恐怖はその後に訪れた。
「その後は、さっき名前が出てた幼馴染が召喚されて凄い
思い出すのは旅館を席巻した莫大な
「あ、姐さん、それって何時ごろの話なんですかい」
「うん? えっと……」
暫し、朝倉の記憶とオコジョの情報がやり取りされ……タイムスケジュールがほぼ合致することが確認される。
すなわち、朱雀たちが夕映たちの下を訪れた直後、長谷川千雨との逢引が発生し……
「『
「えうお? うん?」
聞き慣れぬ単語に朝倉が僅かに首をかしげ、木乃香も少し怪訝そうにしたところで。
ネギは決意する、話を聞こうと、いったいGFと関東魔法協会の間で何があったのかを……あの日の、朱雀とは千雨がエヴァンジェリンと茶々丸を半死半生に追いやっていた現状も含めて問い質そうと……心に決め。
ピー と、甲高い電子音のようなものが響いた、その音はピッピッと次第に間隔を狭め。
「うん、何この音、誰かの携帯?」
視線が音の発生源へと集まる……それは、ネギの指先。
昨晩、存分にその活躍を見せた……
【警告 1度目の発動です】
……直後、ネギの身体を淡い紫電が奔った……
「あぐぅっ」
「ネギ!?」
「……っ、呪いの指輪、昨日の電話で話してた発動体なのですか」
事態を見ていた夕映が状況を整理してそう判断する、電話で用意すると言っていた呪いの発動体。それが何らかの効力を発した様子で。
「な、何や今の呪力、お師匠クラス……って言うか、お師匠の呪いなんか?」
少し全身に痛みが走ったのか、痺れた様子のネギ……だが、特に別状は無さそうだ。
その状態を確認している間に、夕映から昨晩の取引に関する内容が話され。
「……ネギ君、もしかして、長谷川さんに何かしようとか思ったん?」
「……あの、話を……聞ければとは思いましたが」
それほどのダメージは無く、すぐに復帰したネギはすぐに正直に語る。
もっとも、発動回数をカウントしている辺り、今後、それが強まる可能性は十二分に有るが。
「……たぶん、最初は警告やと思うけど、あんまり変なことは考えんほうが良いで」
「警告って……ちょっと考えただけでしょうが」
「……やから、最初は手加減されてると思うで」
そもそも、意識が残っている時点で大分甘いペナルティの部類に入るだろう……メディア的な呪いの範疇ではの話だが。
無論、明日菜はかなり発奮した様子だ、とても納得している状態ではない。
「……そ、そうでした、無闇な干渉はできないんでした……それに、そうだ、僕の発動体……」
思い出したのか、部屋の隅、辛うじて運び入れた杖型の発動体を手にするネギ。
昨晩、男の銃撃を受けて以降は、父から受け継いだその杖での魔法の発動がうまくいかなくなってしまっており。
「それに、春日さんの発動体も……」
ポケットに入れていた壊れかけた発動体、今は龍宮が回収しているだろうが……最早使い物にならないだろうそれを思い出して少しばかりネギも焦る。
春日は既に班行動へ出かけているために確認できないが、自分のせいで発動体を失ってしまったのは確かで。
「……そう言えば、春日さんは関東魔法協会側の方なのですよね、春日さんに詳しい話は聞けないのですか?」
「そう言えばそうね……帰ってきたらちょっと聞いてみようかしら」
関東魔法協会の一員である春日への接触ならば問題ないだろうと、昨晩、色々と面倒をかけたクラスメイトを思い出す明日菜。
……思い出自体は多少美化され、美空が率先して協力するような感じになってるかもしれないが……
「すいません、昨晩、貸して貰った発動体のことも早目に謝っておきたいんですけど」
「……ちょっと電話してみようかしら」
携帯電話でクラスメイトの番号を探すと、そこに電話をかける明日菜。
コールは十度以上続き、まったく出る気配の無い春日に明日菜が少し心配になった頃。
『こ、この電話番号は現在使われていないでやんす、用が有っても無くてもかけてくるんじゃ』
「ちょっ、美空ちゃん? 何ふざけてんのよ」
『ひぃぃぃ、お助けー、もうごめんっすー』
「ちょっと落ち着いてー」
何とか繋がった様子だ。狼狽した様子の春日を宥めつつ、ネギに代わる。
その間に、明日菜などは木乃香に発動体を外せないかを訪ねているが……暖簾に腕押しの様子で。
ただ、この場合はネギが危険に関る可能性がむしろ減るため、木乃香は看過する様子だ。
ネギや明日菜がよりによって、メディアや朱雀の逆鱗である少女に関わるのは正気の沙汰ではないのだから。
その間に、少し離れたネギは通話を開始し。
「あの、春日さん、昨日は発動体を貸してもらってありがとうございます……それで、その発動体なんですが」
『あぁ、いいっすよ、あれなら龍宮さんから返して貰ったっす』
「そう……ですか、すいません、発動体……壊してしまって」
『それも大丈夫っすね、さっきパシる時に無いと不便だって言ったらメディア様がぱっぱと直してくれたっす』
パシルと言う単語が理解できず、一瞬ネギの思考が止まるが。
この場合、大切なのは一点だろう……すなわち、壊れかけの発動体を直した点と……
「……い、今、その人と一緒にいるんですか?」
何度もその名を聞いた、メディアと言う魔法使いの名前。
それは紛れも無く、木乃香の師の名前の筈で。
『そうっすよ、てか、身の回りの世話の頼まれたっす、頼られる女は辛いっすねー』
「……あの、関東魔法協会とは仲が悪いって聞いたんですけど」
『メディア様の懐の広さは学園長とは比較にならないっすからな、誠心誠意努めれば見合った評価はしてくれるんすよ、目指すは右腕の座っすね』
リアルタイムでパシられてる最中なのだが、それでも、それなりの評価と見返りが得られるのはありがたいのか、三下根性を発揮して奮闘している様子だ。
もっとも、今のネギがその状況を何処まで理解しているかは不明だが。
『あ、呼ばれてるっす、そう言う事なんで、発動体は気にしなくていいっすよ、てか、もう関らないで欲しいっす』
そのまま、春日の方から通話が切られる。
そのすぐ後に、宮崎や早乙女が部屋に戻り、その場はいったん、お開きになるのだが。
「……よし、頑張ろう」
決意を新たに、ネギは形見の杖を手に拳を握るのだった。
さて、ベネットが掘ったのは薬味が落ちる落とし穴なのか、自分の墓穴なのか(何
修学旅行はそろそろ〆ですね