93話
四日目の夜は枕投げに始まって正座の説教に終わった。
唯一、運良く難を逃れた1班だけは被害を免れたが、三日目の夜にも似たような騒ぎを起こしていた事を男子中等部の担任から入手していた新田の怒りは凄まじく。
また、副担任であるネギまで参加していた事が、さすがに容認できる限度を超えたらしい。
数時間に及ぶ長い説教を乗り越えた頃には、とうに精も根を尽き果て。
……結局、帰りの電車の中ではクラスの半数以上がダウンするという結果に成り果てた。
それはネギも含まれるが、もはや新田教諭は何も言わず。
「来たときに比べたら静かなもんだな」
「そうだね……私もちょっと眠いけど、千雨は大丈夫?」
「徹夜には慣れてるからな、桜子、囮任せた」
「はーい」
元気な1班は携帯ゲームの通信機能で協力プレイ等をしつつのんびりと過ごしている。
昨晩の新田の説教の嵐も、布団に潜り込んでゲームに興じる事で難を逃れていたため、ゲームにも慣れ。
「そう言えば、解散の後ってどうするの?」
「ディルムッドさんが車で送ってくれるはずだけど学園駅解散だしな……あぁ、どうすっかな」
「千雨ちゃんも疲れてるみたいだし、早目に帰る? それともどこか寄ってくか……朱雀は……任せるって」
携帯ゲームの通信機能に、少し離れた男子の集団から参加している幼馴染に軽く問いかければ、すぐに答えは返ってくる。
午後から遊びに行くのであれば同伴は当然となっているための確認だが、基本、幼馴染は3人の意思を優先することを基本とし。
「疲れてるっちゃ、疲れてるが……変な気兼ねも無く遊びたいってのも有るな」
旅行中、担任を筆頭とした要注意リストの面子に気を払っていた千雨にすれば、気兼ねの無い面子で好きなところに行くというのは魅力的な提案だ。
「けってーい、じゃ、まずはカラオケね♪」
「3時間までにしてくれよ……後、アキラには悪いが身体を使う系は無しで」
「いいよ、歌を聴いてるの楽しいし、わっわわっ、こっち来た」
「正面から行って良いぞ、援護してやっから」
「あ、だったら私も攻撃するね、てやー」
「つか、だからなんでお前の攻撃はそんな武器でそんなダメージが出るんだって……あぁ、いいや、ほら、アキラ仕留めろ」
「……う……ん、ねぇ、可哀想だから逃がしてあげたら」
「だから、そういうゲームなんだって何度言えば、つか、なんでモンスターが命乞いするポーズなんてあるんだ」
「メディアさんから貰った試作だから?」
「よいしょっと」
「わっ、千雨ちゃん容赦ない」
「絶対にこのポーズから反撃してくる、確信できる」
「うぅ……可哀想」
「けど肉は回すんだな」
「結構楽しいよ、これ」
「そうか」
「そうだよ」
「そうだよね♪」
適当に雑談をしつつ、おおよそ3時間と少しの電車での移動は過ぎていく。
新幹線から乗り換えつつ、3-Aの面々は四日ぶりに、麻帆良学園へと降り立ち。
「それでは、以上で解散になるが……旅行疲れも有るだろう、早目に寮に戻るように」
点呼と……この時点で、出発前に比べると3名ほど少ないが……簡単な説明を終えると、新田は解散を告げる。
後は、順次其々の目的に従って行動を開始する事となる。
五日間に及ぶ、長い共有行動は終わりを告げ。
街へ遊びに繰り出したり、すぐに寮に戻る者など、ばらばらに動き始める。
5班もまた、解散によって、これからはバラバラに行動する事になり。
「よし、ネギ、私達も帰りましょうか」
「それは少し、待ってもらえますか」
疲れの溜まった身体を早く休めたいと、寮に戻ろうとした神楽坂に声がかけられる。
それは、一昨晩にも聞いた声で……
「ネギ・スプリングフィールド先生、それと……神楽坂明日菜さん、少し付き合っていただけますか」
バラバラに散っていく3-A生徒達の動きとは逆に、解散を待って其処に近づいてきたのは二人の男女。
その両方に、ネギも神楽坂も面識があり。
「あんた、この前の……それに、長さん?」
「あ、あれ、どうしたんですか」
そこに立つのは、一昨晩に顔を合わせ、エヴァンジェリンを霊柩車で空輸と言う悪趣味な真似をしでかした女、春庭鈴音の姿がある。
そして、その横には洋服に着替えてはいるものの、関西呪術協会の長である近衛詠春の姿も。
「一昨晩の件について、この後学園長と最終調整の話し合いを行うのですが……間に学園長を挟むと内容が曲解される疑惑がありまして、当人にも出席して頂きたいと思います……よって、ネギ・スプリングフィールド、神楽坂明日菜、アルベール・カモミールをお待ちしていました」
苦虫を噛み潰したような顔をする詠春だが、何も言う事は無く、ただ、鈴音の言うがままに任せる。
一昨晩、そして昨日の協議によって、関西呪術協会の存続と今後の関東並びGFの関係性についても情報交換は行われている。
それについて、必然的に弱者の立場に立たされる詠春にすれば、強い言葉等出せず。
「この申し出を断られた場合、関東ならびに関西の今後の活動について大きな問題が発生する可能性が発生しますので、どうか自発的な参加を希望します」
「えっと……わ、私も?」
「えぇ、勿論、神楽坂明日菜さんは……失礼」
すっと、鈴音は懐から宝石細工を二つ取り出すと、それらを軽く擦り合わせる。
その一瞬で、ネギ達の周囲から周りの喧騒が遠くなったように感じられ。
「神楽坂明日菜さんは、ネギ・スプリングフィールドさんのパートナーであると私共は認識しています、よって、ネギ・スプリングフィールドの行動において、それが如何なる内容であったとしても連帯責任として少なからぬ責任が発生します、もはや、無関係では有り得ないと言う事です」
「……春庭さん、彼女は手伝っただけで」
「仮契約によるアーティファクトの使用を確認しています、まさか無関係とは言わないでしょう?」
詠春が何とか押し止めようとするが、鈴音は聞く素振りすらも見せない。
実際、魔力供給とアーティファクトの加護を一方的に受ける立場にある従者の立場としては、それを使役する立場にある魔法使いの意向を達成する立場にあると言っても過言ではなく。
事実、アーティファクトと魔力供給を使用してネギのサポートを行っていたのだから、けして間違いではない。
「ちょ、ちょっとネギ、なんか私、知らない間にとんでもない事になってない!?」
「え、ええぇ、そんなこと言われても」
「繰り返しますが、あなた方の不参加は関西呪術協会ならびに関東魔法協会の不利益に直結します、どうか理性的な判断をお願いします」
「……春庭さん、今更だが、別に子供を巻き込む必要は無いはずだ、我々だけでも」
「別に、今直ぐ交渉を切り上げても構わないのですよ? まぁ、その場合の闇の福音の身の安全までは保障しかねますが」
「エヴァンジェリンさんに、何かするんですか!?」
闇の福音の名にネギが反応する。
刹那や詠春、木乃香や春日から何度も聞いた話……闇の福音・エヴァンジェリンとGFは敵対していると。
そして、昨日にはカモミールが長谷川千雨は二度目以降はやり過ぎても止めないと言うスタンスを取っていると伝えられた。
ネギは瀕死の重傷で麻帆良に送られた少女の安否を気遣い。
「どうか、ご同行ください……詳しくお話させていただきます」
「わ、分かりました……け、けど明日菜さんは」
「魔法使いのパートナーでしょう、でしたら無論、その身が一蓮托生であることは覚悟の上なのでしょう?」
「ちょっ、だから、そんなこと聞いてないー」
子供の手伝い程度の感覚で参加していた明日菜が叫ぶが、無論、その叫びが聞き入れられるはずも無く、鈴音は肩を竦めるだけだ。
ただ、その視線を周囲に配らせ。
「後一名……と言うか、一匹、カモミールと言うオコジョ妖精が居る筈ですが」
「えあ、カモ君なら、昨日、ちょっと怪我をしたんで僕の鞄の中で休んでます」
昨晩、枕投げの流れ弾……と言う名の、ボーリングピンにボーリング玉が直撃するのと同じくらいの衝撃の一撃……を受けたオコジョ妖精は、気休め程度にネギの回復魔法を受けた後は鞄の中で休息を取り。
「って、あれ、居ないっ!?」
「……確認ですが、現在の居場所をネギ・スプリングフィールドは無論、管理していただいているのですよね」
「いえ、その、鞄の中に居ると思ったんですけど……」
困ったような顔を見せるネギに、無言のままに懐からクリップボードを取り出すと、綴じられている書類に数行追加する。
隣の詠春がどんどんと青褪めていくのが印象的だが。
「念のために確認します、ネギ・スプリングフィールド、アルベール・カモミールが現在、犯罪行為の刑罰として無償奉仕の責務を帯びている点と、それにおける保護監察官として自身が責任を負う立場にある自覚はどれ程?」
「え? えっと、す、すいません、言ってる事がよく」
「件のオコジョ妖精の所在が不明と言う点が既に問題であり、その
「ちょっ、あの変態オコジョがどっかいったペナルティが私にもって何でよ、あれがどっか行くのは何時もの事だし、私は関係ないでしょうが」
「……何度も言いますが、ネギ・スプリングフィールドのパートナー……いえ、ネギ・スプリングフィールドと仮契約なり本契約なりした時点で、あなたはネギ・スプリングフィールドと一蓮托生の身となったのですよ、よって、彼に犯罪や問題行為が発生した場合、必然的にあなたも同じ罪に問われます」
「聞いてないわよーーネギーー」
「え、ええ、僕も知らなかったですよー」
「ともあれ、問題のオコジョ妖精は早々に捕縛しましょう……こういう時、すぐに使える手駒が居ないのは困りものですが」
僅かに考え込む鈴音、ネギや明日菜がすぐに探してくるなどと言っているが、この状況でそんな事が許されるはずも無く。茶々丸は修理中、頼みやすいディルムッドは現状お姫様方の送迎の真っ最中だ、まさか、こんな馬鹿馬鹿しい事でメディアの力を借りるわけにもいかず……
ひとまずは考える、麻帆良最高頭脳をフルに使って……もとい、麻帆良最高頭脳を無駄に使って、アルベール・カモミールの思考回路で、深手を負った状態でネギの元を離れ、何処に行くのかを考え。
……かなり嫌な考えになった……まさしく最高頭脳の無駄遣いだが。
「あぁ、先に、噂に聞いたQ……もとい、ユー……いえ、カモミールは女好きと言う話ですが、神楽坂明日菜、あなたの荷物の中には居ませんか?」
「は? 私の?……って、まさか」
慌てて旅行鞄を開く明日菜。其処には。
悲壮な姿だ、腕にはギプスを巻き、身体のあちこちには包帯が目立ち、松葉杖すらその手に持ち。
パンティを枕に、ブラを己の身に被せ、下着に塗れて惰眠を貪るオコジョ妖精の姿が……
「あっんったっは、何やってんのよーーーっ」
「ぐげっ、あ、姐さん、着いたんですかい? いやぁ、ギリギリまで寝てる気とは言え、寮につくまでには起きる気だったんですけど……って、あれ、まだ駅じゃないですかい?」
「……この時点で反省の色は皆無、と」
さらさらとクリップボードに書き連ねる鈴音、目の前で漫才を見ていた詠春の顔色は既に青を通り越して紫になりそうだが。
「さて、これで揃いましたね……では、行きましょう」
再度宝石を擦り合わせれば、周りの喧騒がどんどんと戻ってくる。
既にクラスの殆どの生徒は居なくなり、残ってるのは殆どが5班の生徒で。
「あ、居た……って、あれ、何か有ったの?」
宝石を擦り合わせてからは、何らかの方法で周りから知覚されない様になっていたのだろう。
鈴音や詠春といった、見慣れぬ大人が傍にいるネギと明日菜の姿に朝倉が怪訝そうな顔を見せ。
「お父様……」
「木乃香……すまない、刹那君、大丈夫だ、少し話があるだけですから」
何時の間にか、木乃香の横には病欠したはずの刹那の姿がある。
無論、詠春と共に麻帆良へ来たのだが……参考までに、このタイミングを狙って麻帆良へヘリで移動する詠春、刹那、鈴音の3人のみの座席はとても寒々しかったとか。
「えと、うわっ」
朝倉や綾瀬、宮崎などが戸惑っている間に辺りから集まってくるのはスーツにサングラスと言う見るからに怪しい黒服強面の男たち。
それが50人近く、俄かに駅が慌しくなるが、それらが全員、規律正しく一斉に立ち並び。
「あぁ、私の護衛ですのでご心配なく……まぁ、GFのSPの最精鋭とも言いますが」
見れば、駅の入り口には数台のパトカーが見え、警察の中でもそれなりの階級にありそうな中年男性が黒服の一人に頭を下げたりもしている。
少なくとも、警察が友好的に接している時点で、周りの喧騒は一定以上に広がる事は無く。
「外に車が用意してあります……参りましょう」
「な、なんか……まほっ、痛いわねっ」
神楽坂が余計な事を言い放つ直前に、SPの一人が気配も無く近づきその頬を引っ張る。
それで助けられたのだが、無論、それに感謝するような度量は無く。
「あぁ、あちらでも生え抜きの実力者が十数名居ますから、その点はご了承ください」
麻帆良に喧嘩を売りにいくのだ、ディルムッドが傍にいるならばともかく、不在であればこの程度の備えは当然で。
「それで、何を言いかけたのですか、神楽坂明日菜、あれを口にしそうでしたが」
「……な、なんか……急にとんでもない世界に足を踏み入れた気が……」
ずらっと勢揃いした、平均身長でも180cmはありそうな屈強な男たちに囲まれて、それらが警戒しているのは、詠春であり、ネギであり、自分自身である。
その視線に曝されて、まともで居られる女子中学生の方が少ないだろう。
「念のために言っておきますが、彼等は全員合法的に拳銃の所持を許されてますから、抵抗はしないでくださいね、女子中学生の射殺なんて、揉み消すのが大変ですから」
ぼそっと、神楽坂の耳元で囁くと、モーゼのように開くSPの道を歩んで先を行く鈴音。
詠春も続くため、ネギや明日菜もそれに続くしかなく、朝倉や綾瀬はSPが阻んで届かない。
「あぁ、念のために言っておきますが」
故に、鈴音はその視線を朝倉に向ける。
50人近い屈強な男たちに護られ、警察権力にすら頭を下げさせ、力を見せ付けながら。
「これが、GFの……その分野を敵に回すと言う事です、下手に対抗心を出されても困りますが……一学生の手に負えるものではない事だけは、理解したほうが良いですよ、今日、これだけやってもきっとニュースにもあげられませんし、ネットでもすぐに消えますから」
クスリと笑って背を向ける。
無論、その背はネギや明日菜にも向けられ。
「……まったく、フォローも大変ネ」
溜息をつきながら、麻帆良学園、学園長室へと向かう。
ネギと明日菜、詠春とオコジョを引き連れて。其処で、学園長と高畑、そして……闇の福音とその従者が待っているはずなのだから。