今回の話には 流血表現、残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
14話
「失敗したな」
少女にとっては、いろいろな意味で失敗だった。
学園のPCルームを使ってHPの更新作業を進めてしまったのはまだ良い、少女なりに築き上げたネットワーク環境を駆使し、学園の一部屋からでも自室に居るのと同レベルの更新環境……ネット、フォトショップなどの機材……を取り揃えているのだから。
中等部に入学して1年と10ヶ月、こつこつと学園に内緒で築き上げた第二の城とも言えるだろう。
むしろ、幼馴染2人が部屋に来た時に備えて自室の設備は色々と隠しているため、写真だけ撮って此処で更新と言うのは何時もの日常とも言えた。
……そのせいで、季節によっては学園から寮へ帰宅する頃には夜闇に包まれてしまうが。
事実、今日も例によって。
……学園を出れば、既に陽は落ち夜闇に包まれている。二月では日も落ちるのも直ぐのため仕方ないことだろう。
麻帆良学園は治安が良いし、これくらの暗さでも普段なら誰も気にしないが。
……夜空には、煌々と輝く真円の月……
「満月だったか……朱雀に怒られるな」
昨年の夏くらいから、満月の夜には吸血鬼が現われると噂されている。実際噂だけで被害者らしき者も無く、学園側も殆どまともな対応をしてないから噂だと断言できるのだが
彼女は、嫌な予感を二つも抱えていた。
1つは、何より信頼できる自分の中のヒーローが心配してきたこと、そして、異常に勘の良い幼馴染が満月が近付くと夜に出歩かなくなったからだ。
「……心配するだろうから、連絡だけ入れとくか」
メールの一本も入れておけば、心配がちな幼馴染は飛んでくるだろう。
ピンチになったら現われるヒーローは、彼女にとって憧れのような存在だ。
……だから、それは。タイミングが悪かったとしか言いようが無いだろう……
突然訪れた非常識な担任に、少女は随分昔の疎外感を再び味わった。
小学一年の時、麻帆良に来て直ぐの周りとの常識の差異。
ずっと一緒だった2人の幼馴染とも、中等部に進学してからは度々温度差を感じることがあった。
……けれど、彼だけは今までと同じ。
きっと、自分がピンチになったら助けてくれる。ほんの僅かでも無意識の内に救いの手を求めた少女は。
慌てて飛んで来るだろうヒーローの姿を夢想し、僅かに心躍らせながらメールを打ち終え。
「……圏外?」
有り得ない表示に不審がる。
麻帆良学園内は全域……無論、森などを除いて……アンテナ域のはずだ。少なくとも、“桜通り付近”で圏外のようなことがあった覚えはない。
携帯電話の故障かと、一瞬思って。
一瞬、生温い風が横を通り抜けた……感じるのは違和感。
感じるのは畏怖、異様、何よりも……常識が壊されるような危機感。
「25番 長谷川千雨か……悪いけど、少しだけその血を分けてもらうよ」
彼女の常識が侵される。
ふと、嫌な予感を感じた。少年にすればその程度の印象。
けれど、今宵は満月……その違和感は、ある懸念に直結しかねない。そして、その身の【直感】は未来予知に等しい精度を誇る。
「……吸血鬼事件は、3年の一学期のはずなんですけどね……」
今は中学2年の3学期……噂こそあるものの、被害者らしき話を聞かないために、新学期に向けての情報操作だと思っていた少年は携帯電話を取り出すと、コールする……圏外。彼女の携帯電話には繋がらない。
その時点で既に異常。麻帆良学園で圏外な場所など殆ど無く、彼女がそんな場所に近付くはずもない。
そして、彼女がデジタル機器の電池切れなどと言うミスを侵すことも有り得ない。
ベランダから飛び出しながら2人目の少女へコール『もしもし、どうかした?』
「いえ、ちょっと声が聞きたくなっただけです」プチッ
3人目の少女へのコール。『もしもーし、何かあるの?』
「いえ、声が聞きたかっただけですから」プチッ
何も無ければそれでいい。けれど、護ると決めた少女の声が聞こえなかった。
故に取り出すのは一枚のカード。
『ディルムッド……此方で戦闘の可能性がある、アーティファクトは直ぐに使えるか』
一光りのカードの発光が。従者から“是”を応えた。
突然の電話、此方の返答だけ確認するとプツリと切られてしまった。
それに不審を思ったのは、受け取った二人の少女。
二人が部屋を飛び出すのはほぼ同時で、廊下で顔を合わせれば……後は確認するのは1人だけ。
「千雨ちゃーん、電話無かった?」
「……長谷川?」
部屋の電灯はつけられていないし、返事も返ってこない。
偶に帰りが遅いときはある、けれど、そんな時は決まって幼馴染の少年を呼び出して途中まで一緒に帰ってきている筈だ……なのに、電話は幼馴染の少年からだった。
……2人の懸念は高まるが。彼女のヒーローは既に動き出している。
「……私の部屋、円ちゃんと美砂ちゃんが居るから」
「……大勢で居たほうがいいね、満月……朱雀が言ってた、満月の夜は外に出るなって」
「そうだね、何か居る気がする……外に」
大丈夫、大丈夫。世界で一番のヒーローは既に動き出している。
「大丈夫だよね、桜子」
「うん、大丈夫、間違いなく……千雨ちゃんと朱雀は大丈夫」
類稀な直感を持つ少女ははっきりと断言する。唯、少しだけ、嫌な予感を感じながら。
「……唯……朱雀を怒らせた子が、危ないかも」
「椎名さん、大河内さん、どうかされましたか?」
少年が辿り付いた時、既に事件は終わっていた。
魔女の三角帽を被り、黒いマントを羽織った幼女。
その腕の中に、少女が一人、抱えられていた……その姿を見間違えるはずは無い。
そして、彼女を抱えたソレは、不満そうにひとつ、舌打ちをした。
髪は金髪、目は薄暗く翳り……その牙からは、僅かに血が滴った。
「ちっ、男か……あまり食指は動かんが、仕方ないか」
少女を手放し、此方へ指先を向けたソレへの対応は唯1つ。
何も考えることなく、身体は勝手に動いた。
「トレース・オン」
呟きと共に勢いよく踏み込んだ少年は、手にした黄色の槍で力任せにそれを振り払う。
突然の踏み込みに吃驚したそれは辛うじて鉄扇で受け止めるが、勢いのままに吹き飛び。
「……あぁ、何ですか吸血鬼……私の敵となりますか」
少年にすればそれは許されぬ怒り。
大切な少女の首元には吸血痕……コレは、大切な彼女に手を出したのだから。
「なかなか早いな……見たことは無いが、魔法生徒だったか」
吸血鬼は笑いながら立ち上がる。鉄扇で受けながらも腕の骨にヒビを入れられた。
だが、それだけの事。
むしろ、魔法生徒に見られた以上、何の処置もせぬまま見過ごすわけにはいかない。
今は力を蓄える雌伏の時。僅かな痕跡や証拠も残せないのだから。
「来い」
故に呼び寄せるのは吸血鬼の従者。魔法と科学の混合によって生み出された近世界における吸血鬼の従者を自らの元へ引き寄せる。
……科学的に記憶を見られることがあるため、事件の痕跡を残さぬために常は距離を置かせていたが……不意打ちとは言え腕にヒビを入れられた以上慢心はできない。故に従者を呼び寄せた。
黄色の槍を握った少年……いや、体格的には既に青年と言って良い男は少女を片手に。見た目幼い吸血鬼に語りかける。
「……確認です……吸血鬼。あなたは、この学園の許可を得て吸血行為を行っているのですか? この子を、襲ったのを学院は知っているのですか? 」
それは、少年にとって確認すべき一事項。それによって。敵に回すのが吸血鬼単体か、“麻帆良学園全体”かに変わる。彼の知識でも確信できない点を問い質し。
「ふざけるな、何故私があんな奴等の許可を取らねばならない」
それは最強の魔法使いの矜持に泥を塗った。
「……あなたを敵に回しても、麻帆良学園を敵に回すと同義にならないと、そう取ってよろしいですか、『闇の福音』(ダーク・エヴァンジェル)」
「……何だ、こう言いたいのか。私と敵対するのは構わないが、関東魔法協会と事を構えたくは無いと」
それは彼女にすれば唯々、恥辱。たかが数十、数百の魔法使いよりも自身を下に置かれた、『闇の福音』の名を知りながら。
「……その前に、1つ質問です。この子は……貴女の顔を見ましたか?」
「ふん、見たがそれがどうした、まぁ、記憶は消してやったからクラスメイトに襲われたことは覚えてないだろうがな」
槍を握る拳に力が篭る。少女を抱える手できつく拳を握り締める。
「……先の質問に応えましょう。貴女との敵対するのは構いませんが、関東魔法協会と敵対はしたくないですね。あなたの行為が、彼らに命じられた結果だと言うのであれば、対応を考えざるを得ませんが……」
静かに、少年は二枚の仮契約カードを手にする。
一枚は彼自身のソレを、そして、彼が従える従者の仮契約のコピーカードを。
「そうか、貴様は殺そう。女子供を殺すのは主義に反するが。貴様の目は既に一端の戦士のソレだ……構わんだろう?」
故に、殺し合いは必然。彼は吸血鬼の誇りを汚し。吸血鬼は彼の幼馴染に傷を残した。
「あぁ、有難うございます。あなたを殺せる免罪符を得られた……覚悟は良いですね、吸血鬼。私の身内に手を出した、貴方は此処で殺します」
「御託は良いからさっさと来い、行け、茶々丸。構わんからあれを殺せ」
『ディルムッド、戦闘に入る……全力でだ、お前の忠義、私に全て預けろ』
『畏まりました、我が主。タイミングは』
『今、直ぐだ』
「アデアット。LOAD LANCER」
少年が握るカードから漏れたのは一冊の書物。
ほんの、7頁ほどしか無い書物を彩るのは、英霊達の姿、その一頁が光を放つ。
そして、流れ込むはパートナーたる従者の力。
頁は上書きされ俊敏なる能力を得て、更に力は湧き上がり。
それは、寸前まで英霊としても優れた部類に入った速度を、即座に規格外まで撥ね上げさせる。
「あっ、まste」
それは他のステータスにしても等しく。
故に、飛び出た吸血鬼の従者は腹部を両断され瞬時に断裂された。
英霊においても知覚不能な速度を、能力の封じられた魔法使いの従者に防げるはずは無く。
その身の二つに断たれ、空に破片をばら撒いた。
轟音を背に、黄の槍を手に少年は吸血鬼の寸前まで飛び寄る。
その片手に少女を抱えているため、あくまでも動きは滑らかで優しいが。目の前の“敵”に対してはそれは有り得ない。
「茶…ちっ」
鉄扇を盾とするが、その程度は障壁になりはしない。
「燕返し」
槍の払いが、鉄扇ごとヒビの入った腕を折った。そして……斬戟が左腕を切り落とし、突きが腹部を突き抜けた。
背を突き抜けて飛び出た穂先は瞬時に消え去るが、その身を突き抜けた衝撃は消えはしない。
「かはっ……ぐ」
腕が落ち、血が舞う中で……少年は迷わず吸血鬼を蹴り飛ばし、その右掌に槍を突き刺した。
……吸血鬼の、幼きその指先から細い糸がこぼれる。
「折れた右腕でまだ糸を繰りますか、大したものです……600年の生の最期ですよ、吸血鬼……あぁ、申し訳ない。急所を避けたのは私の甘さですね」
愛おしそうに1人の少女を抱えて、眠りの魔法を奏でる。最早、目の前の吸血鬼が敵でないと確信してから漸く、腕の中の少女に眠りの魔法を重ね掛けする。
深く深く。幾度も呪文を奏でる。
懇願しながら、深い眠りに落ちて欲しいと、目の前で起こる惨事が僅かにも記憶に残るまいと。
「ぐっ、きさ……いまのは……」
喉か心臓、もしくは額を貫いておけば楽に殺せただろう。けれど、未だ死を与える事に経験の無い少年は、僅かに生き延びさせることを許してしまった。
血を吐き、無様に倒れる吸血鬼に、再度、黄色の槍を振り上げる。
「覚悟は済みました。喉と心臓、額を一息で射抜きます……さようなら、吸血鬼、『闇の福音』(ダーク・エヴァンジェル)」
腕に少女を抱えたまま、一息で3箇所を射抜こうとして。
「っ…ちっ」
「げふひっ……」
その刺突は吸血鬼の右肺を貫くと片耳を削ぐに終わり。残る一撃は迫った風圧を払う事に使われた。
勢いを完全には殺しきれず、数歩後ずさるが。
「……確認ですが、この吸血鬼との関係は?」
「友達、かな」
殺気を露に煙草を吹き捨てる壮年の男。
背後を振り返れば、砕けた機械仕掛けの従者は腹を断たれながらもこちらを睨み付け、空から幾つもの発光体が舞い降りている……発光弾。敗れた時に味方を呼び寄せる仕掛けなのだろう。
「成程……吸血鬼に止めを刺したいですが邪魔しそうですし……直ぐに人が集まりそうですね、面倒は御免ですし、彼女を部屋に連れ帰りたいのでこれで失礼させて」
話の中にも壮年の男は拳を放つ。
当然だ、少年の足元で友人が死に瀕しているのだから。少なくとも腹部と肺を貫かれ出血が多い……封印状態の彼女は子供同然の体力しか持たない、長くは持たないだろう。
そして、彼が抱える少女は元生徒だ、それを自分の陣地に連れ去ろうとしている。見過ごすわけには行かない。
『トレースオン』
放った拳圧は、赫き魔槍に吹き散られる……
「……あぁ、この吸血鬼は貴方の友人でしたね。理解しました」
槍で牽制しながら少女を背負うように背負い直すと、両手に黄色の槍と赫き槍を手にする。
「一応言わせていただくと、私の方にも言い分がありまして」
少年は翼の如く槍を両手を拡げる構え。手に持った黄色の槍と赫き槍を翼のように大きく拡げ、敵に相向かう。
既視感はそれの原型を魔法世界で見る機会に恵まれたため。
少年の姿に7年不敗の、闘技場において紅き翼のラカンに迫る人気を誇る闘士にして。名だたる賞金首を討ち取る二槍の使い手に一瞬姿を重ね。
「何かあったんですか!?」
……物語の主人公は現われる。
彼が眼にするのは黄と赫、二色の槍を翼の如く拡げる少年と。
「エヴァンジェリンさん!? それに、絡繰さんも!」
……その足元で息絶えようとする、吸血鬼の姿だった。
……この作品はアンチ成分を含みます……
そして、最高に空気を読まない薬味初登場
修正 見逃して云々の台詞を切りました 時期間違えました