15話
死に瀕した吸血鬼とその従者。その直ぐ傍に立つのは背中に少女を背負い。血に濡れた槍を構える少年と……その現場へ飛び込んだ広域指導員と、教師の肩書きを持つ少年。
先手を打ったのは少年だった……経験の足りない方の。
「よ、よくも、僕の生徒を」
「っ、待ちなさい、ネギ君」
状況を見極めようと、何よりもエヴァンジェリンの無事を優先しようとする先達に対して、幼き教師の行動は短絡的に決断される。
魔法の力で、生徒達を救い出すと。
彼は此処に来るまでに親友を心配する2人の生徒を目撃している。彼女達の心配と、吸血鬼の噂を警戒した様子に不安を抱き、寮を飛び出した。
噂が桜通りらしいと頼りに辿り着いた先では……生徒が2人倒れ、心配されていた生徒も見知らぬ男の背中。
……目の前に居るのは凶器を手にした男、それからは血が滴る。そして、足元には自分の生徒が血を流しており、絡繰さんらしき姿に至ってはフタツにタタレ……
それは、幼き少年には許されない。
「ラス・テル・マ」
故に得意とする魔法を唱え。
「スキげふっ」
それを妨げる為、その鳩尾に膝を叩き込むのは彼にとっては必然。麻帆良における最強の一角たる男をしても追い切れぬ速度で踏み切った。
背に少女を背負ったまま。子供先生に腹に膝を叩き込んでその身をデスメガネからの盾にし。
「……あぁ、まだ来ますね……」
盾にされようと諦めず抗おうとする少年と、殺意を深める教師……そして、続々と集まってくる魔法使いらしき気配。
……抗弁は多々あるが、この状況で一から語ったところで即解はされまい。それよりも……先に確かめるべき事がある。
吸血鬼は言った、少女の記憶は消去したと……まずは、それが彼女に正常に効いているのか否かを確かめないといけない……背に背負った……いや、背中にしがみ付く少女の状態を。
確かにしがみ付いて来ている。けれど意識があるようにも感じない。
……意識が無く、無意識でしがみ付いてるなら良いが……エヴァンジェリンに止めを刺す瞬間、僅かに腕を引かれた……故に、必殺の二撃は逸れ。三撃目を迎撃に費やした。
……彼女は、麻帆良全土を覆う認識阻害結界に抗い……少年の催眠魔法にも抗する強い魔法抵抗力を備えている……先の魔法がきちんと効いたかも確信できない。
吸血鬼に襲われ、何らかの魔法を使われた彼女の状態が分からない。
……意識があるのなら、必ず護ると誓った少女に、クラスメイトに襲われ吸血され。幼馴染がそれを殺そうとしたと言う記憶が残される……
いや、既に結果としては残された。
……異常を忌避し、平常を望む彼女に、自分は間に合わなかった……
……眼下の吸血鬼に、再度槍を振るう衝動が抑えきれない……
このままでは、英雄と、英雄の息子を敵に回してでも殺しかねない。
「……まずは……この場を離れさせてもらいます……」
「ぐっ、僕の生徒を……」
「ネギ君」
これ以上は話がややこしくなるばかり、手にした『モノ』を力一杯デスメガネ目掛けて投げつける。
その『モノ(少年)』を受け止めたデスメガネはさすがに一挙動遅れ。
「アデアット。LOAD ASSASSIN」
瞬時に気配を絶った少年は、女生徒一人を伴って消え失せた。
「しまった、長谷川君が、くっ、エヴァと……茶々丸君も…っ…酷い怪我を」
男の後悔は、空から俯瞰する身にすればどこか的外れで。
『……ディルムッド、少し不味い事になりました……下手をしたらこのまま、麻帆良と事を構えます……まずは旧世界へ。合流しなさい……緊急の場合、魔力任せに召還します、備えを』
『御意』
『メディアさんにも連絡を……』
背中から、確かにしがみ付いている少女。それを振り返る勇気はない。
『……千雨ちゃんが、巻き込まれたと』
……麻帆良は、イレギュラーと対立することを選択した。
それが、勘違いと結果論に過ぎなくとも。
「エヴァンジェリンっ、このような姿に。急ぎ回復魔法をっ!!」
学園長たる近衛近右衛門にすれば信じられない光景が目の前に広げられていた。友人にして、封印されて力を損なったとしても、最強の魔法使いたる真組の吸血鬼が死に瀕している。
今宵は満月。封印によって力を封じられようと、多少なりと吸血鬼としての力を取り戻す刻、にも拘らず、吸血鬼は腹と右肺に穴を空け、耳を削ぎ落とされ、腕を折られ、もう1つを切り落とされたままの姿。
「回復魔法は、行っているのです、ですが……回復しないんです、腕も繋がらず……これ以上、ただ血を流すだけで」
「……原因は分かるかね」
「不死性殺しのアーティファクト、もしくは治療不可の傷をもたらすアーティファクトかと」
「緊急治療として、私のチームの佐倉君に血を提供してもらっています……それも、そう長く続きませんが」
「うぅ、次はお姉さまの番ですからね」
「……えぇ、仕方ありませんわ、同じ警備の仲間なのですから……えぇ、仕方ないでしょう」
魔力持つ処女の血。
……麻帆良の警備員必須の緊急発光弾、それを目指し集まった者達の中から吸血鬼にとって最も力と為すそれが直ぐに手に入ったのは唯一の救いだった。
故に、唯々血を垂れ流すエヴァンジェリンの命は繋ぎ止められたのだから。
もう1人、彼女の命を繋ぎ止めるに十分な力を持つ少年の血があるが。彼は故有って奥の部屋でしずな先生に押し留められている。
ひとまずは、状況を整理するまで待つように言ってあるが、パニックを起こしかけていた……二つに断たれた生徒が原因であろうが。
「……どれだけ保つかね」
「……仮に、ネギ君の血まで用いたとして、後……2時間ほどかと……それ以上は、血を供給する側が持ちません。血液の供給元を増やせば話は別ですが、吸血鬼の特性上……その、幼く魔力ある血が効果的です、シスターシャークティの処の2人と……後数人、心覚えはありますが」
「……対象の追跡状況は」
「可能な限り、全ての警備員を動員していますが、気配断ちが巧妙で、辛うじて追い縋れているのは二名のみ。それもギリギリのようです……既に、痕跡を追いきれなくなっており、逃げ切られかねないと……」
「……仕方あるまい、エヴァンジェリンの魔力封印を解除する。明石教授、直ぐに手配を……その上で、エヴァンジェリンには入院の理由で『登校地獄』を誤魔化したと説明し、敵の情報を引き出すとする……エヴァンジェリンの治療を終え次第、結界の魔力封印を再開する」
「それしか、ないでしょうね……」
『登校地獄』と言う呪縛に縛られる吸血鬼に科せられたは、あくまで都市から出られぬ呪縛。それより上に科せられたのは、学園都市の大電力による魔力の封印処置。
それを、電子妖精によって護られたセキュリティとパスワードの後に解除する。
ソレによって縛られていた真祖の吸血鬼に力が蘇る。
魔力がゆっくりと身を満たし。傷によって失っていた以上の力を取り戻していく。
事実、明石教授から呪い除去の連絡が来て直ぐに、処女の生き血を啜る吸血鬼は力を取り戻し。
「ぐふっ……あ、あの小僧が」
躊躇わず、手元の栄養源に喰らいついた。
「痛っ……あ、あぅ」
指先から血を与えるだけだったはずの少女は、その腕に深々と吸血鬼の牙を受ける。
「愛衣っ」
右肺と腹部に背部まで貫かれた傷。右腕は折られたままで左腕は斬り落され、片耳も削ぎ落とされた。
そして、それらの傷が一向に癒える事が無い。
真祖の吸血鬼の傷が、全く癒えない。
故に、傍に居た生娘の魔法使いに喰らいつき、周りがそれを引き剥がす。
処女の生き血を存分に啜った吸血鬼は、けれど癒えぬ両腕を見つめ。
「……成程……あの黄の槍は……癒えぬ傷を与えるアーティファクトか」
「愛衣、しっかり……愛衣っ……」
「お姉様、大丈夫です、ちょっと痛かっただけで」
それでも魔力任せに吸血鬼は身を起こす。唯の人間に近かった体力が無尽蔵の生命力を誇る不死の吸血鬼へと戻っていく。
「エヴァンジェリン、無事か……既に追っ手は放っておる。お主は侵入者の情報を」
「黙れっ!!! ヤツは私が殺す。アレは私が殺し尽くすぞっ!!」
血を撒き散らしながら吸血鬼は立ち上がる。
右肺と腹部に穴を空けたまま、左腕は落ち、右腕が折れた傷の癒えぬまま、殺意に満ちた目で虚空を睨み付け。
「むっ、すまん、エヴァンジェリン」
学園長は決意を旨に、魔法薬と共に呪文を唱え吸血鬼に魔法を唱える。
「……ラ・デス・ネムレ・ネムレ……永眠の霧」
「きさっ……ぐっつ いけ……」
本来ならばこの程度で眠りに落ちるような存在ではない。が……死に瀕した状態からの無理矢理の復帰と魔力の開放に気を取られ、眠りの魔法に落ちていく。
逆に言うなれば、麻帆良学園最強の魔法使いとは言え眠りの魔法に抗する事も出来ぬほど弱体化しているのだ、今の闇の福音は。
……それほどに、あの槍が穿った傷は深い……
「……やれやれ、この状態で飛び出させるわけにはいかん。わしは眠りの魔法に集中せざるを得まいか……まったく、この傷で無茶をしようとする」
麻帆良学園最強の魔法使いだからこそ抑えられる最強。それこそが闇の福音。
けれど、これで命は繋ぎ止めた。最強の魔法使いの魔力が復活すれば、多少の傷は……そう、多少の傷ならば問題は無い。
……この傷が不死性殺しであれば、猶予が長くなったと言うだけだが……
「愛衣、本当に大丈夫ですか?」
「a……オ……お姉さま……」
「本当に大丈夫ですかと聞いています」
「はい……でもちょっと、奥で休みたいです……」
突然、腕に噛みつかれた少女も立ち上がり、フラつきながら奥の部屋へと下がる。
「ですが、この剣幕では相手の情報が全く手に入りませんね……僕の見た限りでは高校生くらいの容姿で……全盛期の詠春さんに匹敵する速度の斬戟を放ち。子供相手でも容赦が無い。それ位ですね」
周りの魔法使い達がざわめきたつ。よりによって、高畑に紅き翼に匹敵すると言われれば、その力を疑う余地は無い。
彼の視点からすれば。当然の言葉。
茶々丸の緊急信号と音を頼りに駆け付けた先には。茶々丸を両断し、血を垂れ流す致死の傷を負ったエヴァに、尚、槍を振るう青年。
それは、自分の攻撃にネギ少年を盾にし、投げ捨てた上に生徒を浚って逃げ失せた。
……そう、未だその手に少女が1人、拐わされたままなのだ。ギリッと、煙草の根元を噛み切る。
「……見た目は若いですが、かなりの実力者です……」
「では、尚更逃がすわけには行かないでしょう。今直ぐ追跡を。相手の容姿を分かり易く出来ませんか。もし学生として潜伏していたのなら名簿から割り出すことも可能かと」
「……絡繰君が回収されて、工学部に運ばれている。記憶域が無事なら映像が取り出せるはずだ、攻撃は腹部に集中していたから無事だとは思うけど」
「今から追っても追いつけない、追撃中の者は別として、我々はそれを待つべきでしょう……外部からの侵入は無かった、であれば内部に長期潜伏していた事になる。仲間が居ないことは有り得ません」
暫し、沈黙の間が訪れる。
ただ、確かなことは、吸血鬼の傷が全く癒えぬこと。
全力の【闇の福音】が眠りの魔法に抗えぬ、それほどの深い傷を負う。
【闇の福音】を忌避するものは多いが、それでもその力は認められていた。
広域結界の感知に、力を封じられながらも技量のみで警備員としての立場を確固たるものとしていた。
その全てを、たった一人が打ち破った。
その事実は関東魔法協会に焦燥をもたらし。
「茶々丸君から記憶ドライブの読み出しが出来たそうです。直近6時間の映像を貰ってきました」
その報がもたらされた時には誰しもが僅かに息を洩らした。これで。敵の正体が分かると。故に、その映像は無音の時を高速のままで早送りし。
要所のみを汲み出した。
「ォィ」
「……確認です……吸血鬼。あなたは、この学園の許可を得て吸血行為を行っているのですか? この子を、襲ったのを学院は知っているのですか? 」
「ふざけるな、何故私があんな奴等の許可を取らねばならない」
「……あなたを敵に回しても、麻帆良学園を敵に回すと同義にならないと、そう取ってよろしいですか、『闇の福音』(ダーク・エヴァンジェル)」
「……何だ、こう言いたいのか。私と敵対するのは構わないが、関東魔法協会と事を構えたくは無いと」
「……その前に、1つ質問です。この子は……貴女の顔を見ましたか?」
「ふん、見たがそれがどうした、まぁ、記憶は消してやったからクラスメイトに襲われたことは覚えてないだろうが」
「……先の質問に応えましょう。貴女との敵対するのは構いませんが、関東魔法協会と敵対はしたくないですね。あなたの行為が、彼らに命じられた結果だと言うのであれば、対応を考えざるを得ませんが……」
「そうか、貴様は殺そう。女子供を殺すのは主義に反するが。貴様の目は既に一端の戦士のソレだ……構わんだろう?」
「あぁ、有難うございます。あなたを殺せる免罪符を得られた……覚悟は良いですね、吸血鬼。私の身内に手を出した、貴方は此処で殺します」
「御託は良いからさっさと来い、行け、茶々丸。構わんからあれを殺せ」
「アデアット。ロードランサー」
「あっ、まste」
此処から映像と音声は少し乱れる。
「茶…」
「かはっ……ぐ」
「折れた右腕でまだ糸を繰りま/・、大したものでででで……600年の生の最期ですよ、吸血鬼……あぁ、申し訳ない。急所を避けたのは私の甘さででで」
「ぐっ、きさ……いまの……」
「覚悟は済みました。Erと心臓、額を一息できます……さようなら、吸血、『闇の福音』(ダーク・エヴァンジェル)」
……
「……確認ですが、この吸血鬼との関係」
……その光景を見終わった後。集まる視線は一点。
魔力を解き放たれ、眠る一人の吸血鬼に集まった。
「……学園長……コレは……」
「む、むむ……」
「今の……長谷川……っ、あ、背が伸びたが朱雀か ……いや、朱雀が魔法関係者とは知らなかったが……待て、だとすると」
白髪交じりの魔法先生の1人が狼狽する。歳ゆえに前線を退く形になった彼だが、教師としての歴は長い。最今は、小学校の教師としても長く勤め続け。
呟きに自然と注目が集まる。
「あの青年をご存知で」
「見間違いでなければ。いえ、長谷川ならば、あの怒り様は朱雀でしょうな。一昨年までうちの小学校に居た少年です……長谷川とは幼馴染で……あぁ、こう言っては何ですが、長谷川千雨の心配はもう要らないでしょう……あれが朱雀なら、彼女は既に安全な場所に居て……むしろ、朱雀が危険な場所から引き離したようにしか見えません……吸血鬼から」
「……学園長、今の映像を見る限りで……問題になる会話がありました。千石先生も言われましたが……【闇の福音】が女生徒に吸血行為をしたと糾弾する内容です。彼女は警備員として敵と戦ったのではなく……【闇の福音】が学生に牙を剥け、『それから護るために』に槍を向けたように見えたのですが」
「む、むぅぅ……」
「……まずは事実の確認ですか……青年の顔と、その……千石先生が言われた朱雀少年の一致率は?」
「少々お待ちを……先月の健康診断の結果と比較。類似率……98.7%。まぁ、ほぼ間違いなく同一人物です」
「……大河内君と長谷川君のことで話したとき、1人だけ無条件で気を許す幼馴染の男の子が居ると聞いたことがありますね……」
「……桜通りの吸血鬼の噂は学園長から直に唯の噂だと報告を受けていますが」
「待ってください……ええと、我々に認識違いが有ったかもしれませんが。ともかく、現在も未だ標的……いえ、少年に対し追撃部隊は追跡中なんです。至急、取り止めか命令の修正を行いませんと尚更、事が拗れかねないんですが……追跡を、続けさせますか?」
「むっ、至急追跡部隊に連絡を此方に不備があり、事態を」
「追跡部隊から緊急伝聞、敵方を発見、被害女性と敵方が交戦の模様、これより救出に入る。以上です」
「んなっ、あ、抵抗……普通に誘拐じゃったんか? んむ、至急に救出を」
「む、朱雀ではなかったか、長谷川なら朱雀に抗うわけもないし……眼鏡はこの前変えたばかりなんじゃが」
乱れ散る情報の錯綜に事態は混迷を極め。
……少女が1人、飛び込んでくる。
「学園長先生、愛衣が、愛衣が居ませんっ。窓が開いてて、そこから出て行ったようで……腕の噛み傷の消毒と包帯を取りにいっただけなのにっ」
「ひょっ、佐倉君が……トイレとかじゃ」
「あっ……待ってください学園長……現在【闇の福音】のは眠っていますが、魔力は開放されてますね……仮に、噛まれていたら……吸血鬼化は?」
茶々丸の記憶データでは被害女性は噛まれたような話で。血を与えていた佐倉愛衣には、目覚めた直後に深々と噛み付いている。
「ほ?……っ、いっ、いかん。眠りに落ちる寸前に……従者に支配権を渡す位はしかねんかっ!」
「桜咲が交戦を始めたそうです」
「ケケケケケ、急グゼ新入リ。モウ1人ノ新入ガ抑エテル間ニ追イツクゾ……久方ブリノ狩ダ」
「はい、お姉さま」
学園側は言い分が長いんで描写が少ないですね。
……チウタンが足りない、アキラタンも足りない。
そろそろ番外編を書きますか。