16話
夢……とても、優しい夢を見ている。
最初は……悪夢、クラスメイトが吸血鬼で、突然襲い掛かってきたのだから……
けれど、夢は優しい夢に変わった。
まるで映画のように。漫画やアニメのように、ヒロインの危機に颯爽と駆けつけたヒーロー。
ロボが真っ二つで吸血鬼役のクラスメイトに止めまで刺そうとしたのは、自分のストレスとか無意識下で異常なクラスメイトへ殺意持ってるのか不安になるけれど。
ヒーローは敵役の担任共から颯爽とヒロインを連れ去り……これも、無意識下で敵対したいとか思ってるんだろうか……
大切そうに扱って麻帆良から逃げ出した。
ヒロインはその背の温もりを感じながら、ぎゅっとしがみ付き。
幸せの夢の中、ハッピーエンドを待ち望む。
……吸血鬼の悪夢が、まだ終わっていない事に気付くことなく……
麻帆良の森を疾走しながら少年は確かな視線を感じていた。
そして、背後から迫る追っ手の気配も。
アサシンのスキルにより、気配は遮断しているが、背に少女を1人抱えたままなのだ。勘が良い者には気付かれるだろう。
「すいませんね、千雨ちゃん。少し急ぎます」
けれど、類稀な敏捷を誇る健脚は、その気になれば視線も追っ手も軽く振り切れる。
背に背負った少女を気遣って揺れが少ないよう動いていたが、交戦の危険を考えれば早期に振り切った方が危険は少ない。
実際、速度を速めれば視線も気配も軽く振り切れた。
後は麻帆良学園を脱出するだけで……
……背にした学園側から凶悪な魔力が吹き上がった。
「……あぁ、闇の福音の延命に封印を解除しましたか……」
メディアさんに匹敵する強力な魔力。学園の結界で封印されていた魔力が解き放たれたのだろう。
少年は仮契約カードを手にする。
封印解除された闇の福音の追撃が有り得る。最早、手札を出し惜しみする余裕は無くなり。
「ぐっ……」
攻撃は最も有り得ず、予想外な場所から訪れた。
背後の身動ぎ……そして、少女の“牙”が少年に突き立てられた。
「……ごしゅじんさまのめいれいだ、しんでくれ……すざく」
続いて細く華奢な指が背後から少年の首にかけられた。
あまり体力が無く、パソコンの設置にも一苦労する細い腕……それが、何時に無い力強さで背後から首を締め付ける。
……背中に背負った少女が、少年に攻撃を開始した……
「っ、千雨ちゃん、何を……」
魔力によって強化された力は確かに強い。けれど英霊の身体能力を誇る少年を苦しめるほどではない。
そもそも、その身に秘めた神秘は、あるレベル以下の攻撃を完全にシャットアウトする。現に牙は少年を傷つけられず、絞首も苦にならない。
けれど。“大切な少女に攻撃される”、それこそが少年を苦しめる。
慌てながら、けれど少女を傷つけないように腕を取って振り解く。
少年に攻撃が通用しない事を察した少女は無闇に暴れて少年から離れようとする……仲間が近付いていることを理解する少女は、自身がこの場に留まる事こそ主の利に繋がると理解するのだ。
少年は腕を離さない。少女は無理矢理にも離させようとする。
それによって少女の腕に赤い痕がつく。それが少年には何よりの苦痛だ。
「千雨ちゃん、落ち着いて、大丈夫ですから……え……魔力……それに、牙……」
背から下ろして向き合ったことで、普段に無い異常を理解する。
少女にあるはずの無い魔力と……何時に無く鋭く尖った八重歯……
「闇の
激昂する少年。
その腕の中で少女は暴れ続けた。
『……標的が速度を上げた、そろそろ私の眼でも追いきれなくなるな』
「これ以上か……人質を背負ってるはずなんだが、とんでもない速度だな」
耳に当てた仕事用の携帯電話から相方の溜息が漏れた。
多くが標的を取り逃がす中で、彼女達だけが追い縋っていた……その理由は単純に眼が良いからだ。
高台からスコープを手に標的を眼で追う狙撃手は仕事柄、複数の狙撃ポイントを用意し、麻帆良の広域を観測できるように備えており。
常人より遥かに夜目の効く剣士は森の中でも……否、森の中だからこそ他者より多くを感知する。
けれど、狙撃手のナビゲートで標的を追撃していた剣士にも、標的の気配が遠ざかるのが感じられた。
……もう間もなく、取り逃してしまうだろう。
「っ、くそっ」
『深追いは禁物だぞ、エヴァンジェリンを倒し、高畑先生から逃げ切る相手だ』
「だが、クラスメイトだっ」
情報は細かく追撃者達にももたらされていた。
警備員の1人であるエヴァンジェリンが謎の敵に瀕死に追いやられたこと、高畑先生が救出に間に合ったが、生徒一人を連れて逃げ去ったこと。
……その生徒が、剣士達のクラスメイトでもある長谷川千雨であること。
これまでに無い失態と言える。もしこれが警護対象である少女を狙われていたらと思うと気が気でない。
だが、最早、狙撃手にも剣士にも気配は感じ取れない。
逃げ切られた……
……そう思った直後、学園側から強力な魔力が感じ取れた。
すわ敵襲かとも思うが。
『エヴァンジェリンの魔力だそうだ、封印を誤魔化して魔力を回復させて命を繋ぎとめると』
狙撃ポイントで学園本部と連絡を取り交わす相方から情報が伝えられる。
「……なるほど、これが全盛の【闇の福音】と言うわけですか……」
『むっ、刹那。お前から二時の方角にも魔力反応だ……』
相方の指示に従って剣士は森の中を翔ける。
標的が逃げていた方角から僅かにズレた場所だが……果たしてそこには、クラスメイトの腕を取って押さえつけようとする青年の姿。
押し倒そうとしているようにも見える。
少女は必死に逃げようとしていて、かなりの抵抗をしているようだ。
「標的だっ。長谷川が眼を覚まして抵抗しているようだ、救けに向かう」
『位置的に狙撃は難しい、学園に救援は要請しておく』
剣士は愛刀たる夕凪を手に少年へと駆け寄る。そのまま勢いに乗って袈裟懸けに斬りかかり。
ガギンッ
……カードを手にしたその腕で受け止められた。
「なっ」
信じ難い現象に眼を剥くが、まるで岩……いや、気で強化された神鳴流剣士師範の剣に斬りつけた様な異常な感触。
確かなことは唯1つ、この一撃は相手に痛痒すら与えられなかった。
「次から次に……『
少年は仮契約カードで従者を召還する。
現われるのは革鎧を纏い、二槍を手にした美丈夫。
「無力化しろ……余計な傷はつけるな」
「御意」
襲撃していた剣士よりも逃げようとする少女を取り押さえるのに集中する少年。
長谷川の腕に掴まれている痕が見て取れる。
「くっ、邪魔を。斬岩剣っ」
槍は大柄の得物だが、神鳴流が手にする野太刀も引けを取らぬ代物だ。魔を調伏するために研鑽された技をもって剣士は太刀を振り下ろし。
……槍騎士が右手に持った赫き槍にて受け止められた。
「なっ」
両腕で気を乗せて振り下ろした一撃を受け止め、槍騎士は左手に握る黄槍の石突で腹を突く。
「ぐっ」
主の命に従い、余計な傷をつけぬよう態々石突で突くという手加減をした槍騎士に怒りを感じながらも、剣士は小柄な身ゆえの敏捷さで距離を取ろうとし。
ゴッと、背後から後頭部を打たれ意識を失いかける。
野太刀を受け止めた膂力以上の異常は、一瞬で背後を取られた敏捷さ。
朦朧とする意識で辛うじて距離を取って。
「ぐっ……ん?」
……漸く気付く、仕事用の携帯電話が煩いほどに振動と着信を続けている。
仕事時の携帯電話は1つの情報が命を、警護対象の状態を左右しかねないため、様々な着信形態を持つ。
……ただ、着信音まで響かせて鳴り響くことはまず無い……“余程の緊急事態を除いては”
「暫くはまともに動けぬでしょう」
槍騎士の言うとおり、後頭部を打たれた剣士は満足に歩く事も出来ない。
止めを刺されれば即死ぬだろうが……少年は眼中に無いように少女を取り押さえる事に執心する。
……剣士は此方が眼中に無いことを不甲斐なく思いながら携帯電話を手にする……緊急事態がまた発生したのだ。
槍騎士は手にしたのが電話と知ると興味をなくす。
不甲斐ないが、これくらいしか、今の自分に出来ることは無いのだから。
震える指で通話ボタンを押し。
『戦闘をやめろ刹那っ! 情報違いだ。彼は敵じゃないっ』
携帯電話から響いたのは相方の叫びだった。
音漏れを聞き及んだのか、少年と槍騎士が視線を此方に向けてくる。
『いいか、とにかく交渉の余地を作るんだ、話し合いの場を設ける事が最優先だ学園側に危害を加える気が無いことを伝えてくれ』
「はっ、えっと」
焦ったような相方の言葉に戸惑うが。既に自分は無力化され、お前の声で相手に内容は伝わっていることを言うべきかと悩み。
「どうやら向こうは片がついたようだ、ディルムッド、抑えるのを手伝ってくれ」
「はっ、この方は千雨様では……一体」
剣士にすれば訳の分からないことばかりだが。状況は収束に向かっていた。少女を取り押さえるのに槍騎士も加わり。
「アデアット、LOAD ARCHER……トレースオン」
少年は鋭角に二度も折れると言う、剣としては不出来な短剣を手にし。
七色に輝くそれを、少女の胸へと突き刺した。
「なっ、長谷川さんっ」
クラスメイトの胸に短剣が突き刺さる、その光景をまざまざと見せ付けられた剣士は焦るが。槍騎士も少年も気にも留めない。
何かを破戒するような音と共に、少女の抵抗が弱まる。
槍騎士が手を離しても暴れなくなった少女に2人は安堵し。
「……だよ……」
ゆっくりと、少女は少年の胸へと飛び込んで。
「最期はヒーローに刺されてエンドって。どんなBAD ENDだよっ!、おまっ、朱雀。幾ら夢でももうちょっと展開を考えやがれ。ここはヒーローのキスで目が覚めるとかそんな展開だろうがぁっっっっ!!」
先と同じように少年の首を締め上げだした。
唯、ノリはあくまでも何時も通りだが。
そっと2人から距離を取る辺り、槍騎士はなかなかに空気が読めるようだ。
「って、あれ、千雨ちゃん。吸血鬼化、解けましたよね? 解呪出来てますよね?」
「五月蝿い、お前はもう少し女心を覚えろ。何でハッピーエンドで終わらないんだ、吸血鬼になった幼馴染はヒーローに刺されて死亡って、私はサブヒロ扱いか。大河内か椎名がメインヒロインなのか」
「……ひょっとして、全部覚えてて夢だと思い込んでるとかそんな……ある意味、千雨ちゃんらしい」
「やかましい、そこに正座しろ。お前には女心ってのを理解して、って、腕が痛い、夢にしてはやけにリアルな……」
スーハーと、酸欠気味だった少女は少しばかり深呼吸して周りを見渡す。
……朦朧とした様子の刀を握ったクラスメイト……少し距離を離したが、二槍を持ったやたら美形な男……何時も通り、正座して説教待ちな幼馴染、折れ曲がった短剣を持ったまま。
……破戒すべき全ての
「あぁ、朱雀、これは夢だよな……クラスメイトが吸血鬼で操られてお前を襲ってて、最期はお前に刺されて終わるなんて質の悪い夢で……」
「ケッ、吸血鬼化ヲ解キヤガッタカ、ケド、ゴ主人ノ命ダ、死ネヤ」
「はぁい、エヴァンジェリンさまのじゅうしゃのめいもいきますよー」
木々から飛び降りるように二体の吸血鬼の従者が飛び出してくる。
「少しは空気を読みなさいっ、ディルムッド、小さいほうは壊して構いません」
「突き穿つ死翔の
飛び込んできた従者の人形を、赫き魔槍の爆発が吹き飛ばす。
「トレースオン」
少年はアーティファクトの箒を振りかざす少女を眼にすると。その箒に注視し。手に同じ箒を手に取った。
「「全体・武装解除」」
アーティファクトとアーティファクトの打ち合い。
けれど、ランクの低い攻撃は少年には通じず、箒と衣服を奪われるのは襲い掛かってきた少女だけで。
巻き起きた風に翻弄される少女の胸にルール・ブレイカーを突き刺した。
……ウルスラの脱げ女の相方は、本家より先に脱ぐ羽目となる。
「……なんだ、刺されたのに生きてるんだな」
胸を押さえながらきょときょとと辺りを見渡す小動物にはディルムッドが上着を渡す。『ディ、ディルムッド様、え、そっくりさん? でも二槍、あわわわ、お姉さまに自慢……じゃなくて、サイン、サインを……』……何やら凄い慌てているのはスルー。
「ええとですね、千雨ちゃん、この短剣に殺傷能力は無くて、呪いとか魔法の契約の解除に特化してるんで、先程千雨ちゃんを刺したのも殺すつもりじゃなくて吸血鬼化の解除が目的でして」
「そ、そうか、まだハッピーエンドへの道は残ってるんだな、よしよし、で、何であの子を脱がせた」
視線の先には半裸でディルムッドを眼前にして気を失いかけの少女……
この男、魔法世界では数百万の会員数のファンクラブを持つ闘技場の頂点のため、魔法世界に行ったことのある者の認知度はかなり高い。
「ちょっ、次はそこですか? いえ、深い意図はなくて……あぁ、と、取り敢えず落ち着けるところへいきましょう。メディアさんも居るはずです」
「そうかそうか、メディアさんと一緒にゆっくり色々話を聞かないといけないからな……今晩はゆっくり語り合おうじゃないか、朱雀」
……こうして少年の前に、最強の敵が立ちはだかる事となる……
「……俺、出オチカヨ」
辛うじて半壊で済んだ人形と、神鳴流の剣士を置き去りにしたままで。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれは少し操作方法を思い出しておこうと思ってゲームを起動したら 5時間が経過していた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが おれも何が起きたのかわからなかった
頭がどうにかなりそうだった……時が止まったとそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
気付けば22周のセーブデータが23周になってやがったんだ。
その上、この後にも最低2人とか考えてるんだぜ
ミサイルの乗り方を思い出すのに5分で足りた男の考えることじゃねぇ
先に謝っておくぜ。すまん……余程の駄作で無い限り、暫く更新は無理だ。