17話
「……要点を纏めると。魔法使いってのは実在して。麻帆良は魔法使いが管理してて。朱雀たちも魔法使いで……私は賞金600万ドルの吸血鬼に噛まれて、一時完全に吸血鬼化していたと」
躊躇いなく頭を抱える。
朱雀たちから今晩の事の概要を説明してもらったんだが……
望み続ける“平凡な生活”を根底からぶち壊してくれる内容なのだから当然だ。
いや、この状況がどの方面から見ても、麻帆良的にも異常であるのは間違いないと断言してくれたのは有り難いが。
後、朱雀の病気が有る意味において“真性”らしいのも頭を抱える要因だ。
……今までの妄言信じるなら、世の中には空想具現化とか直死の魔眼なんて言う化け物が有り得るんだから。結構口軽いから色々聞いてるんだが……うわ、ORTとかプライミッツ実在するのか……
「と言うかお前は何で平気なんだ?」
質の悪いドッキリだと思いたいが、夢遊病のように朱雀に襲い掛かったのも、胸に短剣を突き刺されたのも事実……
今もまた、現在進行形で非現実的な光景が繰り広げられている。
「いえ、千雨ちゃんを事件に巻き込んだ不注意についてメディアさんに仕置きされてまして」
鋭角に反り立つ石山座布団の上に正座で座らされ。腿の上に重石を三つ乗せ、滑車を使った首吊りの縄に圧力をかけられ、4つほどのスタンガンがバシバシ電流を流し続け、足元を燃やされるながら焼き土下座してる幼馴染。
許されてるのは右腕に握った黄色い槍を持つことだけ。
後ろのほうではメディアさんが、鞭打つのに疲れ果ててる……
ちなみに、全部メディアさんが指を鳴らして用意した……ある意味凄いが、あの骨はペインティングされたアシスタント……じゃ無いよな、多分。
「……全然辛そうじゃぁないし、あっと言う間だったからスルーしてたが……痛くないか?」
「何と言いますか……千雨ちゃんに本気で噛まれて首を絞められたのに比べればこの程度は……」
……素で後悔してるんだから勘弁してくれ。
その後本音をぶちまけちゃったのは黒歴史だ。後メディアさん、さすがに此処までされると引く。
異臭も何も、火が燃えるくらいの臭いしかしないから傷1つついてないのも含めて引く。
「仕置き1つに本気にならないと傷もつけられないから厄介よね、本当に……一度くらいなら死んでも大丈夫よね。千の雷でも即死はしなかったけど、この間覚えた上位古代語魔法なら……」
「い、いや、見てて痛々しいんで……やめてください」
……普通にトラウマになるからやめてくれと言ったらメディアさんは直ぐ片付け始めてくれたけど……
アレを受けて傷1つつかない幼馴染と言うのは色々常識の在り方を考えさせられる。
「私にはある程度以下のダメージは完全無効する魔法が永続的にかかってる状態でして……い、一応若干の痛みは感じるんですよ。攻撃を受けたことは理解するために痛覚にはきちんと感じますし」
……唯、それも有る程度以下はシャットアウトできるらしい。
あくまでも、ダメージの無効化のため、攻撃を受けたことを知覚するためだけの痛覚なんだとか……攻撃されること前提の能力なのか、メディアさんの折檻に耐えるために順応した結果なのかは聞かない事にした。
「本当にね、はいお茶、私達はこっちね」
「げっ」
……センブリ茶とか地味にダメージが深そうだな。さっきの見た目拷問的な扱いよりも遥かに嫌な顔してる。
「あぁ、えっと、勘弁してあげてください。私としては……助けてもらったし、朱雀が悪い事したわけじゃないんでしょ」
あくまでも、クラスメイトの吸血鬼の魔力補給に巻き込まれただけと言うのが私の立場らしい。
朱雀はそれを直感で察しながらも間に合わなかったと。
通常は吸血鬼に噛まれた者は、その晩のうちに眼を覚まし、何があったかなど忘れてしまって日常に戻れるらしいが……私の場合、普通より魔力抵抗が高いために記憶に残ってしまう可能性が高く。
その場合、さらに厄介事に巻き込まれかねなかったらしい。
……事実、夢みたいな形でエヴァンジェリンの行動と結果を観ていたのだから、明日顔を合わせたら普段に無い対応をしかねなかった……
「貴女の危機に気付きながら間に合わなかった時点で十分すぎる程の悪行だと思うけど、ねぇ……」
偶に、この人は怖い。
朱雀と2人で顔を合わせることは多いけれど。稀に見せる“負”と言うか……“腐”の気配は……同族意識を感じないでもないが怖い。
この人とは趣味は合うけど、あくまで軽い付き合いにしておこうと誓う。
「あぁ、もうその辺は良いんで。今の状況教えてもらえますか」
とにかく情報収集と話題転換。今この場では私の発言が一番重要視されているようだし。
「麻帆良の魔法使いは一旦退いたようね。アキラちゃんと桜子ちゃんは私が“回収”したわ……悪いけど、眠らさせてもらったわよ」
そして、今の私達の居場所は……見忘れるはずもない。施設の朱雀の部屋。
……彼女達は、自分達にとって大切な存在だから護る。
たぶん、メディアさんと朱雀のそれが本音。
そして、私はそこに含まれている。
「感謝します……よく桜子ちゃん、回収できましたね」
ふと、異常な直感と幸運を併せ持つ幼馴染を思い出す。確かに、付き合いが長いが……魔法使いに誘拐されそうになったら天変地異くらい起こして切り抜けそうな印象がある。
「あの子の直感は大したものだけど。それは全て自分を護る事に強く働いているわ……酷い言い方だけど、周りの友達までは、この子の強運は護らない……でも、自分は確実に護る」
何処からともなく、眠り続ける椎名が現われてメディアさんの腕に抱かれる。
鼻ちょうちんでも作りそうな勢いで眠り続ける椎名は、メディアさんの腕の中でとても安らかで。
「さて、今この場所以上に安全な場所があるかしら」
朱雀の話ではメディアさんは稀代の魔法使いであり……言っては何だが、可愛らしい女の子への執着ぶりは引くレベルだ。
その為、特に椎名を気に入っている。私は内面的に、大河内は外面的に可愛らしいとは言い難いからだ。
後、男性の趣味はあまりよろしくないと思っているが……朱雀曰く……とにかく内面重視。浮気、心変わり、他の女に眼を向けないと言うのがメディアさんなりのポイントらしい。
……これまで、よっぽど録でもない男に引っかかったんだろうなぁ。
「あぁ、千雨ちゃん……忠告しておくわ、桜子ちゃんと一緒に居て稀有な例を目撃したとしても、桜子ちゃんが近付かなければ絶対に近付いたら駄目よ……今の話で分かると思うけど」
……もの凄く理解できる。
幼馴染歴7年は伊達じゃないよ。しっかり理解出来るよ。
凄いのを見つける才能も凄いけど。それをスルーするか見物するかの判断も確かだからな……変な状況に陥るたび朱雀が椎名の意見を優先してたらから気付けたんだけど。
ふっと、メディアさんの腕の中から椎名が消え去って。
「さて……貴方の身内は麻帆良から連れ去り。何より大事にしている“故郷”……お婆さんもちゃんと居るし、施設の子等はみんな無事……尊君の無事も確認してきた。あとは反撃かしら」
ぞくっと、背筋が凍った。
朱雀が少し考えた後に眼を開いた。それだけで毛穴が全部開いて。一瞬で冷たい汗に包まれた。
今、一瞬で2人は……私の知らない“誰か”になった。
「……千雨ちゃんも……2人のところに」
「ふざけるなっ!!」
……ここで、退いちゃ駄目だ。
朱雀のことを理解したい。だから。退いちゃ駄目だ。
何より、こんな眼をする朱雀とメディアさんを放置しちゃ駄目だ……
「私は当事者だ……最後まで、何が起きて……何が起こって・・・お前がどうするのか見させろ」
いきなり襲い掛かってきた吸血鬼の魔法使い。
……ちょっと特別な能力を持った幼馴染。
一瞬。それが同じものに思えて怖かった。
魔法使いの中の吸血鬼が私を事件に巻き込んだ。血を吸い、朱雀を襲わせた……クラスメイトのエヴァンジェリンが。
だから思い出す。エヴァンジェリンを“殺す”と決意した朱雀の貌を。
あれが嫌だったから、必死で手を引いた。
「……エヴァンジェリンを、どうするんだ、朱雀……聞いた限りじゃ……猶予は有ったよな、学園が魔力封印を再開したら数分で。しなくても……数週間で死ぬ。まだ生きてるんだろ」
不死の魔法使い、真祖の吸血鬼ってのがどれほどのものかは知らないが。メディさんの見立てではそんな物らしい。
血が供給されれば延命できるらしいから、やり様によっては、それこそ数年規模の延命も可能らしいけど。
……朱雀は、エヴァンジェリンを刺した槍を手から離そうとしない。それは未だエヴァンジェリンの襲撃を警戒してるからなんだろう。
「……参考までにメディアさん……ええと……実力ある魔法使いとしては、殺されかけた挙句、見逃されたら感謝します?」
少し怯えながら朱雀がメディアさんに尋ねる。態々メディアさんに聞くって事は、エヴァンジェリンとメディアさんの中身に共通項が有るってことなんだろうけど。
“賞金首になった経歴を持つ悪の魔法使い”との共通項……深く考えないほうがいいな。
「そうね……たぶん、殺したい程憎むわね……貴方、長年強者として誇りを持って生きてきた者にすれば見過ごせない化け物だもの。最強の魔法使いを自称する稚児なら尚の事、反抗するでしょうね」
その上で、朱雀の耳元で私が何度殺したいと思ったか教えて欲しいかと囁いた。
「……ちなみに、千雨ちゃん的には……その、吸血鬼で噛んだ挙句、友人を襲わせたクラスメイトは……」
……夜中、いきなり襲い掛かってきて血を吸って。殺す気持ちで朱雀の首を絞めさせたクラスメイト……
正直、憎むなと言う方が無理だろう。
「……死ぬのは寝覚めが悪いから勘弁してくれ、何だ……別に仲が良かったわけじゃないんだが……その、クラスメイトを襲ったら普通に退学とか停学じゃないのか……今後も執拗に襲撃されるなら話は別だが」
出来れば退学辺りが望ましい。学校に行き続ける呪いが罹ってるらしいけど、別にうちのクラス・学校であり続ける必要は無いだろうし。
「登校地獄があるから学校に行き続ける必要はあるでしょうが……転校してもらいましょうか、その上で、私の身内に対して敵意を発した時点でのギアスと、私の身内と敵対した時のギアス……出来ます?」
「既に用意してあるわよ。槍に腑を抉った痕と結果の血があったから極めて強力よ。後は……追撃が無いと言うことは事態を把握して抑え付けてるでしょうから。本体にも幾つか重ねれば良いわね」
二人もその辺りは考えていたらしい。
……正直、教室で顔を合わせるのも気まずいし、朱雀は死ぬ寸前まで痛めつけたらしいから、それも見たくない。
「無駄にプライドは高いので、私以外は襲撃しないと思いますけど……その上で、学園側からも警戒してもらう……辺りが落とし所ですか」
「そうね、正直八つ裂きにして十字架に乗せて太平洋の真ん中に運んでダイナマイト辺りで吹き飛ばして沈んで欲しいのだけど……無理かしら」
……吸血鬼の弱点は日光と流水だっけか。けどあのチビ、普通に体育の授業でプールに浮かんでたことあるしな。
「未だに【闇の福音】の魔力を感じる以上、学園側は【闇の福音】を殺す気は無いのでしょうね……いえ、最高責任者たる学園長の独断かもしれませんが」
魔力とかはよく分からないけど。学園のある方角から嫌な感触は伝わってくる。
多分、それがエヴァンジェリン……朱雀たちの言う、闇の福音。
「そう……貴方が主で仮契約してあげるから。闇の福音に呪をかけるときだけ召還しなさい。私は此処でこの場所と、3人を護らないといけなんだから」
「げっ……いえ、もとい……普通に転移してくるだけじゃ……」
何やら焦った様子の朱雀、ちらちらとこちらを気にしてる。
「態々手の内を見せるのは馬鹿馬鹿しいわ、既にやってるんだから今更気にすることもないでしょ」
「思い出させないでください、私の黒歴史っ!」
「……良い度胸ね、そんなに嫌だったと」
何気に朱雀って黒歴史多いよな……主にメディアさん関連で。
「いえ、その後のディルムッドを連想して思い出してしまうのが……うっ」
「……主からの特別の下錫って喜んでたものね……」
さっさっと、メディアさんは床にチョークのようなものを使って円を描く。
文字も含まれた複雑な文様で。
メディアさんが内に入ると文様は光り輝き。
「……何時の間に覚えたんですか、それ」
「簡単すぎるのよ、魔法が……さっさとしなさい」
「って、何で千雨ちゃんの前で」
何故か妙に焦ったような朱雀。メディアさんに引きずられて円の中心に座らされる。
「彼女にもこの後やってもらうかもしれないもの」
そして、私も巻き込まれるかもしれないと……って、ちょっと待て。
何やら魔方陣みたいなのが出来上がって光ってるんだが、こんな非常識に私も関われと。
「ちょと待ってください、私もって何ですか」
「仮契約しておくと即時召還と言う魔術を極めて簡略化して行えるのよ、魔力量も少なく、魔力任せにとにかく力強くやれば変な契約や、界を跨いだ召還を行えるほどに……それに、肉体間のパスを交わすのよりも強い繋がりも得られるわ、貴方の場合、体質的に目をつけられかねないからしておいたほうが良いわよ」
言って、メディアさんは朱雀に近づき。
朱雀は逃亡を試みるが……メディアさんの眼が私を向いて、朱雀も此方を見て渋面を作る。
「ちなみに、仮契約と言うのは主従の契約の簡略化で、契約を交わした相手からの魔力供給と、アーティファクトと呼ばれる特別な道具が与えられるわ。その代わりに従者は主の盾となる」
「……あぁ、何となくシステム的には理解できますが……態々する必要は……そんなの無くても、朱雀は護ってくれるでしょうし」
思い出して顔が赤くなるが、それは確信できる。
そもそも、嫌な予感がして私の危機に直感で気付いたらしいんだから。
態々契約なんてしなくても、きっと朱雀は……
「……そう言えばそうね、何も無くても助けに来てくれるなら、態々キスしてまで仮契約する必要は無いわね」
……
…………
唇を指差して、朱雀を指差して促してみる。
メディアさんは首を縦に振り、何故か朱雀は頭を抱えで唸りだした。
………………
……………………
「……私的には、特に気にすることはないけど……この子はキスの相手がディルムッドと私と言うのが不満のようなの……あぁ、ちなみに。その光の中で唇を触れ合わせれば即座に仮契約は可能よ」
「ディルムッドは、ディルムッドは黒歴史、メディアさんは……美人だけど、下手にパスを繋ぐと不能の呪いをかけられかねないし……終わったらルールブレイカーで……それだとディルムッドとの契約も消えるし……」
何やら苦悩している朱雀を無視してメディアさんに向き直る。
「その、有ったほうが良いんですよね」
「そうね、あると色々と便利よ」
「……仕方ないですかね」
「私としても不本意だけど、下手な魔術より強力なパスを作れて、魔法使い側にすれば有り触れたものだから注目もされない……便利では有るのよ」
「……キスする、だけでできるなら……費用対効果としてはお買い得ですよね」
そう、仕方ない、護ってくれるのは確実だけど、それがより確実になるのなら……
「ん〜 キスするの〜? 誰と〜?」
突然の声にビクッとするが。そこには……寝惚け眼の幼馴染がふらふらと部屋に入ってくるところだった。
って、何故魔方陣の上で苦悩している朱雀にピンポイントで直進。
「ちょっ、魔術は効いてるはずなのになんでっ、あ痛っ」
慌ててメディアさんが止めに入るが、片付け忘れた重石に足の小指をぶつけて悶絶している。
そして朱雀は苦悩の真っ只中で。
「ん〜……ちゅっ」
椎名はそのまま朱雀にキスして倒れこんだ……眠りの魔法、罹ってたはずだよな……
魔方陣からは光と共に一枚のカードが現われ……事だけ済ませたら椎名は直ぐに熟睡に戻る。
「……今、何が起きました?」
座り込んだまま、椎名を膝の上に乗せ……いや、椎名が膝の上に覆いかぶさった状態の朱雀は辺りを見渡し。
「うちの娘に何するのーーっ!」
……痛みから復帰したメディアさんが襲い掛かっていった……
……とりあえず、私も2.3発くらいは殴っていいよな……
言葉にならない懊悩を抱えながら。幸せそうな顔で熟睡する椎名のカードを拾い上げ。
朱雀への制裁に参加する事にした。
……意外と早く更新再開できそうなのは喜ぶべきかどうなのか……
コインシステム面倒臭い・・・
無双がしたいだけなのに……