24話
「……さすがに疲れてきたな」
「大変だよね」
人外魔境もかくやと言う本棚郡の上を歩み、地底湖を越え、本棚の崖を下る。
……まぁ、私は朱雀と大河内に半ば以上フォローしてもらったが。
本当に、この島はなんなんだか、地下にこれだけ広大な空間があるだけでも驚きなんだが、地底湖にあった本が全く傷んで無かったって言うのもおかしな話だ。
……それが魔法の力なんだろうが。
「つか、前に潜った時はこんなに苦労しなかったぞ」
「そうだね、学園祭のイベントではエレベーターとかあったのに」
実際、私達はもっと深い階層まで踏み込んだことがあるはずなんだが、その時は湖とか崖はなかった。
「桜子ちゃんのナビでしたからねぇ……あっちの方法で体力の回復とかも可能ですが」
後半は傍に居る大河内に聞こえないようにしてぼそっと呟かれる。
「……限界が来たら頼む」
出来るだけ魔法なんてものには頼りたくないが、さすがにこの場で動けなくなるのは問題がある。
最悪、朱雀に背負われて移動する羽目にもなりかねない。
「て言うか、まだ着かないのか」
「そろそろ目的地の筈ですよ、ほら、あそこを越えたら」
言って朱雀が指差すのは壁。
乗り越えろと、この壁を……いや、天井との間に隙間なんて無いんだが。
「下ですよ、下」
朱雀の言うとおり視線を下に向けると……壁の下のほうに配管ダクトくらいの大きさの隙間がある。
「……まさか」
「あそこから奥に行くんだ……」
高さ的には這いつくばって漸く進められるような高さだ。
実際、綾瀬はペンライトを口に咥えて地図を広げながらその穴に向かって進んでいった。
「……マジか、服が汚れるぞ」
「まぁ……諦めましょう。千雨ちゃんはパジャマ……買い直したほうが良いでしょうね、アキラは制服ですから、かなり丈夫なんで洗えば良いでしょうが」
そう言えば、うちの学園の制服は無駄に丈夫かったな、事実として湖を越えたりしてるはずなのに目立って見える汚れは無い。
汚れないというか、存在したはずの汚れさえ気づけば消え去っている。
……これすらも魔法かとちょっと頭を抱えるが……
「まぁ、2-Aは変り種が揃ってますから、制服が特殊部隊謹製でも不思議には思いませんが」
「……古はチャイナ服だぞ」
「超さんの親友らしいですから、同じ素材でしょう」
「そっか、だから洗濯が楽なんだ」
……何と言うか、やっぱり大河内や椎名とは“学園内では”ちょっと話が合わない時がある。なんて言うか、異常を簡単に納得しすぎるというか。
橋を渡って街に出たりするとそんな感じは全くしないんだけれど。
「さて、皆さん前に進んでますので。千雨ちゃんとアキラもどうぞ」
「……朱雀、先に行け、いや、それもちょっと……ちっ、よりによって最後に行ったの長瀬か」
先行していた面々が続々と狭い、ダクトのような通路を進んでいくが、私たちの前に進んで行ったのは長瀬。
「? 何か問題がありますか?」
四つん這いで進んでいかないと進めない以上、極端な話、後続者に尻を向けて振りながら進まないといけないんだよ。
子供先生は気にすることなく真ん中辺りを進んでいったが。
「……大河内、先行け、私の方がまだマシだ」
一応パジャマなのでパンツスタイルだ。大河内が凶器揺らせながら尻向けて進む後よりかはマシだろう。
「あ、うん……じゃ、先行くね」
RPGでもよくあるが、こう言う状況では最前列と最後列にそれなりにトラブルに対処できる人間を置くのが常道だ。
最前列には綾瀬と長瀬が居て、これまでの行程で最後列は朱雀が受け持っていた。
「っとに、パジャマ新しいの買い直しだぞ」
アキラの後に続いて……順番は正しかったと確信した。
……この目線、動画撮ったら普通に売れるぞ……
「あぁ、良ければプレゼントしましょうか、この間誕生日だったじゃないですか」
後、度々思うことだが、朱雀は基本私達にあんまり変な視線と言うか、性的な視線を向けない。
魅力が無いとは思わないし、大河内は胸と尻に凶器を携えてるんだが、殆ど気にする様子が無い。それこそ子供を相手にするように。
何時まで保護者目線何だか……
「……何だ、ネグリジェでも買ってくれるのか」
「……千雨ちゃん、好きな男の人とか出来たんですか」
迷わず後についてくる朱雀の顔面に足裏を叩き込んだ私は悪くない。
振り返ったアキラももっとやれって感じで頷いてくるんで、ゲシゲシと蹴りつけてやるが……相変わらずダメージ無いなこいつ。
「うぅ、冗談だったんですが」
「質が悪すぎる」
「今のは朱雀が悪いと思うよ」
とりあえず、この通路を抜けたらもう一度殴ろう。そう決めた。
前の方が騒ぎながら進んでいる、少し光も感じるので、目的地まで本当にもう少しのようだ。
続々と上に空いた穴を通って上へ出ている。
私らもそれに続き。
「あっ痛っっ!!」
朱雀が顔を出した瞬間にとりあえず、メディアさんから預けられた宝石を脳天に叩きつけた。
「ええと……何かしましたっけ」
「私の尻を目の前で堪能した料金だ」
「あ、ならこの程度じゃ足りませんね。もう4.5発お願いします」
望み通り叩き込んでやった。
とりあえず、辺りを見渡すが。
……何と言うか、ロープレの中ボスの部屋って感じだな。
二体の石像に守られて一冊の書籍が奥に鎮座されている。
「す すすすごすぎるーーっ!? こんなのアリーっ!?」
「私、こんなの見たことあるよ弟のPSで」
「ラスボスの間アルーっ」
「魔法の本の安置室です」
……昔見た最深部にはもうちょっと凄いのがあったんだが、まぁ、ヤラセならこれくらいでも十分か。
古を先頭にしたバカレンジャーの面々は迷いも無く奥に有る書籍に突き進み。
ガコン! バカンッ!!
「キャー」「いたー」「わぁ」ジャラッしゅるっ
私たちの目の前で落とし穴の下に落ちた。何でああも見事に嵌れるかね。
「落ちたな」
「落ちたね」
「落ちましたね、まったく」
あれくらいの落とし穴は図書館島深部では当たり前なんだが、綾瀬が押し留めるより早く突き進む辺りはさすがバカレンジャーと言うか。
とりあえず、落ちてった先に朱雀が布と鎖を放ってたんでそんなに心配は要らないだろう。
実際、崩れた橋の下では3人が鎖に巻きつかれ、4人が布で締め上げられている。
「って、近衛のスカートがめくれてるぞ」
「ややわぁ」
「そこまでコントロールはって、痛っ」
布が足に絡んでスカートを捲り上げてたので、とりあえず宝石で一撃しておく。
ただ、幸い、落ちた面々は1mばかり下の別の足場に落されただけのようだ。
「おおっ、凄いアルね、布槍術……いや、違うアルね、布がグネグネ動いたアルよ」
「拙者も捕まってしまったでござる。まったく、とんでもない御仁でござるな」
後、下に居る武闘派2人が目を輝かせている……たぶん、忍者とか拳法家にすればとんでもない技なんだろうな。
でだ、問題が眼下の光景であって……目の錯覚でなければ、石造りで作られたセクハラ上等のゲームに見えるんだが。
「ちょっと失礼」
赤い布で拘束されていた面々が石畳の上に解き放たれて。
そのまま、赤い布は勢いよく振るわれて、書籍を護るように飾られた巨槌を握る巨人像の頭部に絡みつく。
『フォッ』
……途端にその巨体から奇怪な叫び声が漏れた。
……つか、どっかで聞いたような声なんだが。
「とりあえず、鎖をかけますので、さっさと奥の上に上がってください」
ぎゅっと、力強く朱布を石像に絡ませて、黄金の鎖をロープのように垂れ下ろそうとする朱雀。
その前に、布が絡んだ石像はゴゴゴと音を立てながら動き出す。剣を持ったほうも動き出してるな……工学部のロボット……だと良いんだが。
『ま、待て。待つんじゃここでは条件をこなさんと本は渡せんぞい』
あ、思い出した、学園長だこの声。
うん、そう言えば学園長が監督役のイベントだったな、もう帰って良いか。
て言うか……下にあるあの足場、やっぱあのゲームか。
「桜子が持ってきたことあったよね……確か、ツイスターゲームだっけ」
朱雀が落ちなかったのは幸いだが、何考えての選択だこのゲーム。
最後のほうの四つん這いにならざるを得ない通路と言い、どっかで動画撮って売ってないか。
「……石像相手では拘束力は弱いですか」
石像が赤い布の拘束を苦にしていないことを見て取った朱雀が石像を解放する。
解き放たれた巨槌と巨剣を持った石像はフォフォフォフォと笑いながら一歩を踏み出し。
「……はぁ、綾瀬、神楽坂……て言うか、バカレンジャー。頑張れ」
「ちょっとは手伝おうって気は無いの長谷川さんっ!」
神楽坂が何か騒いでるが無視だ無視。幸いにして、私と朱雀、それに大河内は未だ後方、落とし穴の前だ。
巻き込まれたのはバカレンジャーと近衛、早乙女の7名……質の悪いイベントだ本当に。
『では、改めて、この本が欲しくば……わしの質問に応えるのじじゃフォフォフォフォ』
あ、この瞬間、この学園らしい質の悪いイベントだって確信できた。むしろ肉親なのに気付けない近衛がおかしい。
いや、気付いてるけど恥ずかしくて口に出せてない可能性もあるな。汗かいてるし。
下方の面々は何故気付けないのか慌てた様子で。
「ねぇ、長谷川、今のって……」
「言うな大河内、私も色々我慢してるんだ」
大河内も薄々状況に感づいたようだな。少し呆れた様子で石像を見上げている。
「まぁ……悪趣味ですよね」
「お前は良いから後ろ見ていろ」
目の前ではバカレンジャーがツイスターゲームを真剣に始めようとしている。眼福な光景ではあるだろうが、こいつでも興味あるんだろうか。
「いえ、一応警戒しておきませんと……落されたら巻き込まれますよ」
「よし、任せた」
私が巻き込まれるのも厄介だが、朱雀が巻き込まれるのは色々気を揉む事になりそうだし。
「では第一問「DIFFICULT」日本語訳は?」
問題内容は比較的簡単なもののようだ、下ではバカレンジャーがネギ先生からヒントを貰いながらも解答していっている。
「む」「ず」「「い」ね」
「第二問「CUT」」
……決めた、ここ出たら匿名で教育委員会に投書しておこう。
何せ、目の前では学園長らしき石像の指示でスカートの制服姿の女子中学生がツイスターゲームを始めようとしてるんだ。十分に問題行為だろう。
学園長、アンタ絶対動画撮って売り捌いてるだろ。こんなピンポイントでマニアックな代物……こいつらのビジュアル考えると結構売れそうだから困る。
私等の着替えとか普通に見られてないだろうな、今この瞬間。あの茄子頭のぬらりひょんのリコール要求が必要になった気がする。
眼下では問題が進むにつれ奇跡的なバランスで絡み合っていくバカレンジャーの面々。
問題が作為的と言うか、その場で一番厳しいお題を即興で作ってるぽいな。
「あたたたたたたたっ」
「死ぬ、死んじゃうーっ」
ネギ先生と近衛が混じってないのは、辛うじて良識があったのか、身内の馬鹿げた行為に呆れたのか。
てか、神楽坂と佐々木は特に体勢がヤバイ、お前等、下着とか隠す気無いだろう。
神楽坂は最近では教室でキャストオフする芸を身につけたようだが、一緒に羞恥心も脱ぎ捨てたんだろうか。
朱雀も頬を掻きながら視線を逸らしている……少しでも興味を示そうものなら私に足を踏まれた上に大河内にじっと見つめられてるからな。
「最後の問題じゃ……「DISH」の日本語訳は?」
「わ……わかった、「おさら」ね」
「「おさら」OK!!」
普通に「さら」でも良いだろうに、何で態々難易度上げるかね。
ともあれ、最後のお題を踏み、手を伸ばし。
神楽坂と佐々木が最後の単語に向けて脚と手を差し伸ばし。
「ストップです」
神楽坂の脚に鎖が。佐々木の腕に朱布が絡み付いて引っ張った。
「痛ーっっっ」「にきゃーーーーっつ」
脚を極限まで開かれて悶絶する神楽坂とバランスを崩してふらふらする佐々木。
突然の乱入に、全員の非難の視線が朱雀に集まり。
「いえ、違うところを踏もうとしてるみたいでしたので……つい」
「って、アスナさん、踏もうとしてるところ「る」です、「ら」じゃないですよーっ」
「は、早く踏み直してくださいです、もう、もう、もる……です」
布と鎖が外されると慌てた様子で「ら」の石を踏み直す二人。
とりあえず、朱雀の足を強く踏みつけた上で耳を引っ張った。
「って、あの、痛いんですが……あれ、ナイスフォローじゃないですか?」
「何、興味無さげな振りして、何気にしっかり色々見てたむっつりな幼馴染の将来が心配になってな」
「い、いえ、後半だけ、最後は気を抜いちゃうかなぁと思ってですね」
「……そっか、ああいうの好きなんだ」
「違いますよアキラ、偶然ですからね」
「むぅ、ちょっとズルじゃないかのぅ……まぁ、良いわい。見事難関を排した図書館探検部の精鋭たちよ、見事じゃった。これを受け取るが良い」
……横で軽く朱雀が息を洩らす。何事かを警戒しいている感じだったが、石像が図書館探検部の名称を明言したことで悪ふざけは終わりだと理解したんだろう。
石像が元の台座の位置に戻り、書籍が下の面々の手へと落ちていく。
「やったわっ『魔法の本』よーっ」
喜び勇んで本を手にする神楽坂。その瞬間、本からぼわっと煙が上がった。
神楽坂の手に残されるのは一枚の証明書のようなもの……何だアリャ。
「本が……『魔法の本』がーっ」
「何事アルかーっ!?」
「神楽坂さん、それを見せてください……こ、これは。『図書館島探検部地下5Fエリア立ち入り許可証』! 素晴らしいです、まさかこんな物が手に入るとはっ」
「フォッフォッフォ、サプライズイベントの賞品じゃよ、変な噂に惑わされんでちゃんと勉強せんとあかんぞい」
綾瀬がえらく興奮している。あいつ的には結構な掘り出し品らしい。ただ、名前を聞く限私や神楽坂には無価値な代物に聞こえるんだが。
近衛に顔を向けてみると。
「図書館島にはトラップとかあるから、下の階は中学生以下立ち入り禁止なんよ」
こっそり入ったりしとるけどなぁと呟いた後、あの証明書があれば公的な部活でも中学生以下でも参加可能なんだとか。
「……つまりは、これは図書館島探検部のイベントだったって訳か、はぁ、帰って勉強するか」
「これで、部活のときにこっそり入る必要がなくなるです、なんて素晴らしい賞品でしょう」
「石像の後ろにエレベーターがあるでござるよ、地上まで直通で帰られるようでござる」
「むー、『魔法の本』は偽者だったアルかー」
「うぅぅ、苦労したのにぃ」
「本が……『魔法の本』がーっ……」
とりあえず、バカレンジャーは楽な方法ばかり探してないで地道に努力しろと言ってやりたい。
そんな中で近衛が近づいてくる。
「うち、頑張ってみる」
決意を秘めた目と言うか、半分以上、賭けになるような方法を教えてやったんだが、どうやら実行するつもりらしい。
「……そうか、ま、乗りかかった船だ。ちょっとは手を貸してやるよ」
「……また、せっちゃんと仲良くするんや」
幼馴染と仲直りしたいと願う姿にほだされたかな。
人様の人間関係に首を突っ込むのも、ましてやあっちの世界に関わるのも心底嫌だが。少しくらいは手伝ってやってもいいかななんて、思ってしまった。
図書館島編終結です。
さすがに地下に落すと洒落にならんと判断したため学園長側が引きました。
そして、幼馴染関係修繕フラグ発生……はてさて、どんなことになるのやら(何