29話
「まずは、状況の説明を頼む」
マスメディアに対する対応を含め、問題の解決について意思統一を図っていた麻帆良教師陣の元にもたらされた凶報は、学園長の孫娘である近衛木乃香が、正体不明の魔法使いの手引きで麻帆良を出たという内容のものだった。
相次いでの問題の発生に学園長は顔を強張らせ。
「お嬢様の警護についていた桜咲からの連絡です。件の魔法生徒と、クラスメイト数人と共にタクシーで麻帆良外へ出たそうです、追跡は続けているそうですが……拉致等では無く、お嬢様自身の意思で同行しているようだと」
「アスナ君やネギ君なら分かるが、あの魔法生徒が関わっているということは……」
「長谷川千雨、大河内アキラ、椎名桜子の3名の模様です」
以前に【闇の福音】の吸血事件の折、彼等とは詮索無用の内容で協定を結ぶこととなった。
ただ、その実力とアーティファクトは麻帆良学園としても並々ならぬ興味を引く代物であり、何とか懐に引き込めないかと考えていた。
……図書館島での接触は、その切欠になればとも考えていたのだが、結果的に大きなしっぺ返しを受ける事となった……
そのため、相手に感付かれない程度の調査は行われており、2-Aクラス内での交友関係も含めて、過去の経歴の調査は行ったのだが。
「……うちのこのかとは、そこまで仲良く無かったはずじゃが」
もちろん、仲が悪いわけではないが。
ルームメイトである神楽坂明日菜や、図書館探検部の面々との仲の方が良好であるという認識で。
「あ、なんか昨日はえらく仲良かったですよ、近衛さんと長谷川さん。昨日の帰りがけには共謀して桜咲さんにきっつい一撃かましてましたし」
悪戯好きの血が騒いだというか、何だか面白そうな気配を感じて目で追っていたのだが、桜咲がクラスを出た辺りで近衛が呼びとめ。
一撃を加えたように見えた……その後、長谷川と合流して、親近感を覚える笑みを浮かべていたので印象に残っていた。
「一撃とは……魔法関連かの」
携帯電話を片手にしていた女性……いや、関西寄りの魔法教師の顔が曇る。
学園長の孫娘である彼女には類稀なる魔法の才能があったが、危険に巻き込まれることを怖れた父親は、魔法に一切関わらせないと決めたのだ。
そのため、魔法に関する情報をこのかに伝えさせることは禁じられており。
「何だったかな、『お父様と2人して、うちに内緒にしとることがあるって本当なんかー』だったかな」
得意のボイスチェンジ魔法でこのかの声真似をして、微かに聞き及んだ糾弾の声を再現する美空。
刀子が持っていた携帯電話から息を呑む声が聞こえた気がする。
「本当かね、刹那君」
『は、はい……教えてくれないなら考えがあると……その事を知ってる人間に聞くと、言うようなことを言われた気が……』
スピーカーフォンモードに変えられた携帯電話から悲痛な声が漏れる。
タクシーを追跡しながらのため、風の音も混じるが……その声からは生気が感じられない。
今はまだ、護衛としての役割があるため動けているが。自室に居れば空鍋をかき混ぜ、外に出れば1人でボートに乗るような心持だろう。
「わしには、昨日の朝、このかから電話があった。刹那君が……その、びっくり人間と言う噂を聞いたがどう言う事なのかと、内緒にしてることがあるんじゃないかと、教えてくれないなら家出までするというので……婿殿が教えるなら仕方ないという形で応えてしまったが」
ある意味、最悪のタイミングといえただろう。
『昨晩は……学生寮のロビーでずっとご実家にお電話をかけられていたようです。何度も声を上げられていましたが、お嬢様の言葉を聴く限りでは、長はお嬢様の要求を突っぱねておられるようでした、結局つい先程まで、7時間近くも話されて……部屋に戻られて、暫くして出てこられました。長谷川さんの部屋の前で椎名さんと大河内さんと合流すると、寮前に呼んであったタクシーに乗り込まれて……現在移動中です』
頭を抱えたくなる問題がまた発生した形だ。
本人に自覚は無いが、彼女が保有する魔力は極東一とも言える強大なものだ、狙う組織は数知れず、特に……
「学園長、危険ではないですか、彼は確か青山家の」
明石教授の呟きに刀子と刹那が息を呑む。
京都神鳴流に関わるものならば、青山の姓は見過ごせない名だ。
「彼は、関西呪術協会と繋がりが有るのですかっ! でしたらお嬢様が危険です、至急取り戻しませんと」
「落ち着くんじゃ葛葉君」
「これが落ち着いている場合ですか、もし青山の手の者ならば、関西呪術協会にお嬢様をかどわかされたのかも知れないのですよ」
このかは、魔法の情報を求めていた、ならば、それを餌に2年間勉学を共にしたクラスメイトに声をかけられれば……考えたくは無いが、そのまま京都へ連れ去られる可能性はゼロではない。
「……あの事件以降、明石教授に依頼して、相手方にバレんレベルで彼等の情報は集めた、それによると、あの魔法生徒の母親は青山の分家筋の者じゃと分かった。ただし、既に彼との縁は切れておる、彼は6歳の頃に施設に入れられておるし、青山家からの打診は全て施設側に突っぱねられておる」
暫しの問答にはなるが、問題は山積されていて時間の猶予も少ないため、この件に関しては警備の増員と言うことで話はつけられる。
「桜咲君はそのまま追跡……万一、京都方面へ向かうようであれば至急に連絡を」
『…………はい』
「葛葉先生とガンドルフィーニ先生は至急、桜咲君と合流してもらいたい。龍宮君に声をかけてもらって構わん……最悪、このかを関西呪術協会へ拉致することが目的と判明した場合は、無論交戦して構わん」
最悪の状況に備えての抑えとして戦力の配置。
本音を言えば高畑先生にも出張ってもらいたいのだが、ネギ先生の方の問題への対処には彼が必要だ。
慌てた様子で窓から飛び出していく3人……廊下を迂回する時間すら惜しいということだろう。
「春日君は……先に、このかの部屋に行ってネギ君を連れてきとくれ、アスナ君が起きておったら、このかの行き先に心当たりが無いかも聞いてきてもらいたい」
「了解っす」
ギュンッドドドドドド
よっぽど、この空間から早く脱出したかったのか、アーティファクトを出して走り出す美空。
普段は廊下を走ればシスターシャークティの厳罰が下るのだが、さすがに、今回は何も言われなかった。
「……明石教授、マスコミの動向は、特に世界樹の結界は……」
「学門前から中継が流されてるようですね……電子精霊群、ならびに光学結界による世界樹隠蔽は問題なく行われています、世界樹が記録として残されることは有りません」
一見して異常の代名詞と言える世界樹には常に結界が張られており、写真撮影や動画撮影でも記録されないよう対処が為されている。
この結界にまで、何らかの妨害行為をされてしまうと世界樹が全国ネットで曝される事になってしまうため、警戒を強めさせたのだ。
「そうか……しずな先生。確か男子中等部に、ネギ君のようなミニマムな教師が居ると、噂で聞いた覚えがあるが」
「月黄泉先生ですね……幼女先生などとも呼ばれてますが」
ネギ先生が10歳でありながら教師をしているのに対し、こちらはきちんと大学も卒業し、飲酒喫煙も嗜み、運転免許証も取得し、教員免許も持つ成人女性である。
……身長135cmの。
後は説明不要、12歳くらいにも見えてしまうが立派な成人女性である、誤字はない。
「今日の2-Aの勉強会に協力してもらえんかの」
「子供先生の噂を肩代わりしていただくわけですか……問題児の相手が大好きな先生ですから、うちの2-Aと言えば飛んできてくれるでしょう。交渉してみます」
「……駄目じゃったら……しずな先生に頼むぞい」
「……女としての意地として、年齢詐称薬は使いたくないもので、必ず連れてきます」
ミニマム教師が確保できなかった場合、しずな先生が年齢詐称薬で無理矢理子供の姿にまで戻って、噂の出所となる役目になる。
「明石教授、弐集院先生に連絡して、年齢詐称薬を用立ててもらいたい……それと、2-Aの教室に結界を頼む、教室内の者のみ、幻術が外れるタイプじゃ」
急遽組まれた2-A勉強会への取材に向けて、学園側は大きく動き始めた。
「ネギ先生—入りますよー」
緊急事態と言うことで、学園長から寮のマスターキーを受け取った美空は躊躇わずに扉を開ける。
中を覗き込めば薄暗く、未だこの部屋の住人は眠っているようだ。
最も、そろそろ起きねば9時からの勉強会に遅れてしまうが。
「電気点けるよ〜ネギ先生は……うわぁぁぁぁぁぁ……これは弁護の余地ないかも」
灯りの下で眼に入ってきたのは、気持ち良さそうに眠る自分の担任の姿。
とても健やかに眠っている……クラスメイトの胸に顔を埋めて。
寝惚けてこの部屋の同居人である神楽坂明日菜のベッドに潜り込んだのだろう。
「10歳だから許されるけど、教師だったら……と言うか、それで今回問題になってるんだけど……ネギ先生、起きろー、起きなきゃいいんちょの部屋に放り込んで金貰うぞー」
ひとまず、時間が無いので布団を奪って声をかける。
この後は、クラスメイト相手の談合作業が残っているのだから。
「アスナー、ネギ先生、起きてーーっ」
暫く揺すっていると目をしょぼしょぼさせながら2人が起き上がる。
「このか、今日は土曜……って、美空ちゃん?」
「悪いね、ネギ先生に学園長が緊急で話があるって事で呼びに来たんだ、後、今日は勉強会があるよ」
「ん、おはよーございます、春日さん」
「って、あんたは、また私の布団に潜り込んでっ」
どたばたと、傍目で見てる分には微笑ましい光景が続くが、あまり好き勝手させていられる時間の余裕はない。
「てか、本気で時間無いんでネギ先生借りてくね」
ひょいっと、パジャマ姿のネギを担ぎ上げる美空。
普段、自分のマスターたるココネを同じように扱ってるので慣れたものだ。
「それと、近衛さんが何処に行ったかとか、アスナ知らない?」
「このか? 昨日の夜もロビーで電話してて戻ってこなかったわよ」
そのまま朝まで父親と激論を交わした後、麻帆良を出たということだ。
自覚のない警護対象ほど厄介なものもないだろう。
「テーブルの上に紙がありますよ」
眠っていたルームメイトに声をかけることは憚られたため、書置きを残して行ったようだ。
学園長に報告する必要があるため、読み上げる。
「えっと……お父様と喧嘩したので家出します。捜さないでください」
「「家出っ!?」」
「月曜日の朝には戻る予定なんで心配しないでください。今朝の朝食は用意しておいたので食べてください。それと、昨日の晩御飯のおかずはラップして冷蔵庫の中や、今日の晩御飯はこれを暖めて食べてな、後、明日のご飯は何とかして欲しいんやけど、どうしても無理そうやったら電話してな。このか……本気で家出してる気っすかね」
「このからしいわね……」
「ともかく、この書置きとネギ先生借りてくね、ちょっと急ぎなんで」
かそくそーちON等と叫んで
ギュンッドッドドドドドと走っていく美空……暫し呆然とするが、とりあえず勉強会もあることだし顔を洗って。
朝の諸々を済ませながら部屋のテレビを点けて。
「……あれ、うちの学校だ」
見慣れた校舎がテレビに映されているのを目撃する。
問題は。
「麻帆良学園で問題指導……英単語野球拳……って、もろに私達のクラスのことじゃないっ」
此処に来て、漸く生徒達も状況を認識する事となる。
「じゃ、お届けしましたんで私はこれで」
「うむ……先程の件、くれぐれもよろしく頼む」
少しだけ疲れた笑みを浮かべながら、美空は再び走り出す。
今度はクラスでの影響力の強い委員長や朝倉の下へ向かうのだろう。
残されたネギはパジャマ姿のまま、学園長や高畑など学園教師陣の前に連行され、訳が分からない様子で。
「実はじゃな、今日の勉強会に外の報道機関から取材の申し込みが来ておるんじゃ」
「そ、そうなんですか、急ですね」
「うむ、かなり急な話でな、それで、内部ならともかく外部の報道機関に10歳の君が教師をしている場面を映されるのは少し困る、よって、今回の勉強会ではネギ先生はきちんとした大人の教師として教壇に立ってもらうこととなった」
「は、はぁ……えっと、どうするんでしょうか」
「加えて色々話があってじゃな……まずは先日の……」
「いいんちょ、ちょっと話がって……おっ、話が早く済みそうっすね」
女子寮の廊下を壁を天井を駆け抜けて寮の一室に飛び込むのは、無論今朝は八面六臂の働き振りを見せる美空だ。
そして、勢いよく委員長の部屋に飛び込んだ先には。
「いいんちょに、那波さんは勿論だけど朝倉に早乙女、絡繰さんまで居てくれたのはありがたいっすね……欲を言えば超りんが欲しかった」
「超さんは既に独自で動き始めています、詳細は語れませんが、首謀者と接触して事態の収拾を図るようです、長谷川さんと椎名さん、大河内さんが手伝ってくれそうだとか」
「……この状況で、首謀者と接触っすか…………相変わらずとんでもないっすね、学園長には」
「黙っておいていただけると、悪いようにはしないそうです」
喜色を見せる美空に茶々丸が報告する。
首謀者発言に朝倉と早乙女が目を輝かせるが、茶々丸は無言になる。今、委員長の部屋は緊急対策会議の様相を呈す。
茶々丸のこの行動はマスターを蔑ろにする形だが、製作者達の緊急連絡に動かざるを得なかった。
何より、担任教師が処罰を受ける事になればエヴァンジェリンも困る。
「ハカセは?」
「ネット上にあげられた情報を操作する役目に当たっています」
「その言い様では春日さんも今朝のニュースをチェックされたのですか」
おそらく、朝のニュースを毎日チェックしているのだろう委員長と朝倉、トラブルのにおいを嗅ぎつけた早乙女が、教師陣同様、意思統一を図るために集ったのだろう。
そう言う行動力はまともじゃないクラスなのだから。
「と言うか、この面子が揃ってるってことは、ネギ先生の問題を何とかするためってことで良いんすよね」
クラスの取り纏めである委員長。
クラスの母o……貫禄ある那波千鶴。
麻帆良パパラッチの朝倉和美
麻穂良の噂拡散機早乙女ハルナ。
ロボ絡繰茶々丸
この5人、特に前から4人を抑えられれば、クラス内の情報統制は取れると考えて良い。
「実は今、学園長の使いっパシリになってて……協力してもらいたいんすけど」
「ちょっと、委員長、何かネギのことがニュースで……あれ、美空ちゃん、ネギ連れてったんじゃなかったっけ」
麻帆良の土曜日はまだ始まったばかりである。
チウタンが足りない(ぉ
学園側の状況その2
次は槍主従と学園側の戦力の接触ですかね。