30話
ビルの屋上から施設を見つめる一つの影。
そこからの人の出入りを監視しているが、未だに動きは無い……学園側からの情報が確かであれば、護衛対象は父親に話を取り合ってもらえなかった事に腹を立てて家出をしたのだという。
その時に頼ったのが長谷川千雨……先の図書館島の探索において、バカレンジャーや、図書館探検部の面々と共に図書館島探索を行ったクラスメイト。
そして……【闇の福音】の吸血事件の被害者でもある。
彼女と接触してから、明けて翌日の昨日、護衛対象に普段にない行動が見かけられた。
まるで、彼女に何事か吹き込まれたように……
「刹那君、状況は」
声に反応し、頭上を見上げれば、そこには杖に跨って空を飛ぶ男性の姿。
杖には他に理知的な女性や、バイオリンケースを携えた少女の姿も見える。
学園側から増援として寄越された3名……何れも一般人の枠から外れた強者だ。
けれど、監視をしていた少女にはそれでも心許無く感じてしまう……現在、護衛対象のすぐ傍にいるであろう主従は、それほどに強い。
一度剣を交えたからこそ、規格外とも言える実力を知っている。
「……タクシーであの施設の中に入った後、動きはありません……」
「移動していないということですか……ガンドルフィーニ先生、魔法で確認は出来ませんか」
「……無理だな、見たところ、あの施設は全体を非常に強力な結界で覆っている。中を探るのは難しそうだ」
其処は神代の魔女の
多くを過ごしたその施設は、既に魔術師の【神殿】とも言える。
「GPS機能は」
「……学園長のお孫さんの携帯電話はあの施設の場所と重っている、ただ、引き離されていた場合は……」
要人の携帯電話には持ち主の居場所を警護者が把握できるよう、様々な機能がつけられている、その機能と麻帆良工学部の技術をあわせれば居場所の確認くらいはできるが。
……あくまでも、携帯電話を持ち歩いていることが前提だ。
「……万一、あの施設に見える場所以外の出入り口があれば、そこから連れ出された可能性も……」
「……施設の住人の誰かに接触し、情報を得ますか」
「しかし、あの魔法生徒の本拠地だとすれば、再び敵対する羽目になりかねない……」
既に一度、学園側に属していた警備員のエヴァンジェリンによって、対象とは険悪な関係になったことがある。
その際に不干渉に協定を結んでいるため、無闇な手出しは難しく……けれど、青山分家縁の者と言う情報すらある。
「……近衛に、電話で連絡をしてみたらどうなんだ」
長身の、バイオリンケースを携えた少女が呟く、僅かに肩を震わせた細身の少女は、ゆっくりと自身の携帯電話を手に取り。
「幼馴染なんだろう? 別段電話をかけてもおかしいことではない」
電話を握る指が震える、護衛対象の携帯電話の番号は登録してある。
向こうから電話がかかってきたこともある。
だが、自分から電話をかけたことはなく、かかってきた電話に出ることもなかった。
今直ぐに安全を確認したい、今直ぐにその声を聞きたい……
「た、龍宮が……かけてくれないか」
「近衛とは接点が少ない、私よりも……幼馴染のお前の方がいいだろう」
バイオリンケースを携える彼女も、少し焦っていた。
正直、彼女はこの状況がある意味、“茶番”だと思っている。
今は学園側に雇われているが、傭兵的な立場にある彼女は他にも雇い主を持っており。
……その1人に超鈴音の名が挙げられる。
この非常事態において、超鈴音は持てる全ての手を打って、学園側に隠れながら収拾に努めている。
絡繰茶々丸を生徒たちの中心人物に接近させて情報操作を行い。
龍宮真名に協力を要請し、学園側にも干渉しようとした……結果として、近衛このか奪還部隊に組み込まれることが出来た。
現時点で龍宮は学園側よりも超の側に立って行動している。学園から声がかけられるより前に超に高額で雇われていたのだから。
学園に協力したのは、超と学園側、両方の希望を満たせるからだ。
「……話を聞く限りでも、お前との不和が近衛の家出の原因だ、お前が電話したほうがいい」
故に、龍宮は怖れる。
既に今回の件の首謀者は超と同盟を結ぶことを受諾したと情報が来た……近衛も、純粋に家出と言うか、不服だとアピールしているだけらしい。
超から無事だという情報は与えられている。
超が目立つことを避けているため、直接にその情報提供は出来ないのだが……
「……言っては何だが、相手は別格の実力者だ、穏便に済ませられるならそれに越したことは無い」
だが、つい先程、超からの連絡で“規格外の主従”が動き出したという情報が与えられた。
刹那の気配に気付いたか、自分たちが合流するよりも前から動き出していると……合流までに刹那が排除されていなかった事は幸運に近い。
故に、龍宮は声を上げる。
多少声音を強く、周りに喧伝するように。
「お前が近衛に電話すれば、居場所も確認できるし、話し合おうという名目で連れ出すことも出来るだろう……裏のことを語れとまでは言わない、少し誘い出してくれればいいんだ」
事実として、龍宮自身、相方の……ルームメイトの立ち位置に気に食わない点もあった。
辛い顔をするくらいなら、仲良くなればいいのにと、そして近衛は近衛なりに必死に刹那に近づこうとしている。
魔法から遠ざけるために、自身も遠ざけた……そのツケが回ってきたのだ。
「私がしても居場所確認くらいしか出来ない、だが、お前ならあの施設から出させることが出来るだろう」
一言、話し合おうと囁けば、必ず近衛は飛び出て来る。
それくらいの愛着を向けられているのだから。
「……私が……電話を……このちゃんに」
「一年の初め頃、近衛はお前を追い掛け回していただろう、今はあんまり無くなったが、たぶん、あの魔法生徒が不用意に、魔法に関わる何かを洩らした可能性は有るんだ……それは些細なものでも、もしかしたらと近衛は思って、あんなことを言ったんだろう?」
ゆっくり、ゆっくり誘導すればいい
超経由で近衛の思いを知っている以上、仲直りに尽力すればいいだけのこと。
ルームメイトの悩みは深いが、それを取り除き
「……そうですね、刹那がするのが一番でしょう。まずは、このかお嬢様の身柄を確保、可能であれば、その魔法生徒の青山との関係性……っ」
瞬間、紛れもない殺意が4人を射抜いた。
それも、施設側からではなく背後から……慌てて振り返ったそこに、確かな人影があった。
「っ……何、お前は」
それはそこに居た、当たり前のように。
溢れ出た殺気に、思わず皆振り返り、その眼を目の当たりにした。
屋上の給水搭によりかかり、おそらくは、龍宮と桜咲の問答を興味深げに眺めていた。
気配を完全に消した状態で。
面白おかしくでは無いが、微笑ましげに眺めていた。
ただ……その単語はまずかった。“青山”の姓は、彼には受け容れがたいものだった。
彼は、ある種、興味深くそれを眺めていた、このまま彼女が折れれば仲直りの切欠になると……けれど、彼女等は禁句を口にした。
「……まさか、学園側は私が青山の手の者なんて、ふざけた誤解をしてますか?」
それは、彼を捨てた名前。
それは、彼の身内を捨てた名前。
それは、彼の身内を苦しめ、いたぶり、最後に希望を与えて捨てた名前。
「……すいませんね、静観するつもりだったんですが、思わず殺意が漏れました……やれやれ、穏便に終わらなくなりましたか……あんまり気乗りはしないんですが」
それは、一流の神鳴流の剣士をしても背筋が凍る圧迫感。
その身が石と化したかのように、満足に動くことが許されない。いや、事実、その眼の輝きが、四人から自由を奪い。
「魔眼……それも、極めて凶悪な」
「……あぁ、あなたも魔眼持ちでしたか、それに……そちらは運良く魔眼の効果が弱かったですか」
龍宮が辛うじて動くが、その四肢は鉛のように重そうだ。
彼は、不審な気配を感じてからずっと、気配を遮断し、暗殺者のスキルで密かに観察していたのだ。この状態の彼は高ランクの魔眼も併せ持つ。
その魔眼の効力は、石と化したように身動ぎも許されぬ男女を見れば顕著であろう。
魔眼を持つ少女と、運よく魔眼の効果が薄かった少女のみが辛うじて動き。
「……さて、では早々にお帰りいただきましょうか、今日は色々と忙しくなりそうですので……色々と」
薄く、笑みを浮かべる少年。その身から黒く、正体不明の霧が湧き上がり、その身を包み込んでいく。
どこまでも妖しく、不気味に。
まるで焦点のずれた映写のように、少年の姿は常にぼやけ、霞み、時に妖しい姿すら重なる。少なくとも、真っ当な存在ではない。
唯々、その眼だけが不気味に輝き。
「貴様、お嬢様をどうしたっ!?」
「ご心配なく、私の盟友がお相手してるはずですよ……まぁ、もう2.3時間は解放されないでしょうが」
薄く、薄く笑みを浮かべ物憂げに息を吐く、
まるで、嘲笑うかのように。
「貴様っ!」
野太刀を抜いて斬りかかるが、俊敏に避けると杖を手に上空へと駆け上る。
そのまま、上空から刹那に向けて魔法の射手を幾つか放つ。刹那はそれらを切り払い。
「ちなみに、施設の結界は強固でして……私を倒さないと中には入れませんよ」
嘲笑うかのように、上空から魔法の射手を放つだけの少年。
以前の戦いでは、一撃を腕で受け止められて、後は従者に翻弄された……だが、今は従者の姿は無い。
余裕か、油断か……
「こんな面倒な戦いは本当に御免なんですがね……っと」
上空を滞空していたら、跳び上がった刹那に斬りかかられた……だが、杖で空を舞う少年はそれを容易く交わし。
「ふむ、こっちを狙うのはどうでしょう」
その魔法の射手を、龍宮に向かって放った。
「っ、龍宮っ」
魔眼によって満足に動けぬ身体を引きずる龍宮、辛うじて避けたようだが。魔法の射手は龍宮の脇を掠め。
「そちらの的の方が狙いやすそうですね」
やれやれと、困ったような笑みを浮かべる少年。
魔眼によって重い枷を嵌められた身体、上空を占有し嘲笑うような笑みを浮かべる少年。
「……どうしました? 桜咲刹那さん、その程度ですか?」
跳び上がる、虚空瞬動で方向を変える、振り下ろす。
けれど、自由に空を舞う少年の動きについて行けず失速を許し。
魔法の射手が刹那を、龍宮を狙い撃つ。
「お嬢様を守りたいんでしょう? その程度ですか?」
「くっ、貴様……私は」
走る、奔る、跳ぶ、跳ねる……けれど届かない、空を占有された状態では自由が利かず、身体の動きも鈍い。
何より、刹那は“上空の相手に一方的に攻撃される状況”には慣れていない。
仲間が居ればフォローがあるし、一人でならば……
「やれやれ、魔眼で縛って上空からならと思ったんですが……ここまでですかねぇ」
また笑う少年。
嘲笑うように、自身の勝ちを確信したように。
まだ
まだ有る。
魔眼の縛りは強い、だが、この身に流れる血ならば。
空を占有する少年、だが、その程度の飛翔ならば。
幾度目かと同じように空へと跳び上がる、妖しげな気配を纏う少年へ。
当たり前のように少年はそれを避け。
刹那の身が重力によって落下を始める。
「わたしは、このちゃんを護るっ」
刹那の身に流れる荒ぶる血が騒ぎ、ざわりと総毛立つ。
そして、空は彼女の支配下となる。その背に背負った一翼の翼によって。
「神鳴流、決戦奥義っ!」
血の目覚めによって魔への抵抗の高まった身体は魔眼の呪縛から解き放たれる。
空を支配する翼を得たことで、逃げ続ける少年の頭上を取った。
笑っている少年に目掛け。
「真・雷光剣っ!」
普段のそれを上回る。異種の血の力すら用いた、全力の気を纏った剣戟が振り下ろされ。
少年の全身を打ち据えた。
通ったっ!
それは絶対の確信、以前の時のような欠片のダメージすら与えられなかったときの感触とは違う。
今の一撃は、確実に少年に痛撃を与え。
「刹那っ、施設の結界に変化があったぞ」
龍宮の言葉に驚きながらも施設へ向かう、少年の言葉が正しければ、これで施設への侵入も可能になるはずで……
刹那は上空から施設へと舞い降り。
……護るべき少女と眼が合った。
「……え」
施設の門の前、二槍を持つ騎士が心配そうに近隣ビルの屋上を見上げる、その横で。
「それが、せっちゃんの秘密なんか?……」
ビルの上空から急降下した、純白の翼を見つめ。
「キレーなハネ……天使みたいやな」
とても綺麗に微笑んだ。
「あー、疲れました」
撃ち落された少年は空を見上げて疲れ果てる、慣れぬ手加減に、上空からのみの攻撃、魔眼で魔法教師の二人は束縛し続け、何よりも変な演技……その上、奥義まで受ける羽目になった……難儀な仕事を請け負ったと。
魔法教師の2人の束縛にはメディアが協力したため然程苦はなかったが、何より相手の誘導が大変だった。
「……アシスト有難うございます」
ひとまず、急造のパートナーにこっそり声をかけ
「ギリギリで避けるだけだからね、これで特別ボーナスだ」
コキコキと、魔眼の呪縛など苦にもしないよう龍宮が笑みを洩らす。
「さて、後は桜咲さんが逃亡した場合に捕獲すれば私の仕事はおしまいです……さっさと試験勉強をしたいんですから」
「やれやれ、それが一番強敵な気がするね」
●10/13 内容訂正
刹那の奥義からAランク評価を外しました
教師は終始空気www
魔眼の上にメディアさんの魔術でも束縛されてました
施設を偵察しやすい場所には罠くらい仕掛けてます
後は、あからさまな翼使用への誘導、
龍宮はさっさと主人公側に協力w
さて、次は学園側ですかね