32話
突然叩き起こされた挙句、自分が受け持つ生徒によって拉致られ、パジャマ姿のまま学園長室へと連れ去られた教師、ネギ=スプリングフィールドは困惑していた。
そこには既に、学園長と、高畑先生、しずな先生と言ったこれまで彼をフォロー……してきたはずの2人と、明石教授、シスターシャークティが揃っていた。
突然の事態に困惑しながらも、学園長に眼を向け。
「実はじゃな、今日の勉強会に外の報道機関から取材の申し込みが来ておるんじゃ」
今日の朝9時から行う予定の勉強会、少年はそれを提案した張本人で、少なくとも昨日のうちにはそんな話は無かった。
「そ、そうなんですか、急ですね」
そう、急遽組まれたスケジュール、相手方の……学園側からすれば……悪意に満ちたスケジューリングに教師陣が顔を顰め。
「うむ、かなり急な話でな、それで、内部ならともかく外部の報道機関に10歳の君が教師をしている場面を映されるのは少し困る、よって、今回の勉強会ではネギ先生はきちんとした大人の教師として教壇に立ってもらうこととなった」
「は、はぁ……えっと、どうするんでしょうか」
「加えて色々話があってじゃな……まずは先日の授業のことじゃが、ネギ先生……“生徒達が勝手に”英単語野球拳とか言う勉強法を教室で行わなかったかね」
「ふぇっあぅ、そ、それは……」
僅か二日前の出来事をはっきりと言い当てられ、ふらふらと学園長室内でふらつくネギ、実際のところ、それはれっきとした事実である。
……であればこれは自分の指導に問題があった事に対する指摘では無いかと焦り。
「その顔じゃと、やらかしたようじゃの」
「はぅぅぅ、ごめんなさい、やってましたぁっ」
ネギは、学園長達が期待していた通りの返答を返す。
庇護欲を誘う泣き出しそうな子供の顔は、まぁ仕方ないかと思わせてしまうもので……そのせいで次々と火種を大きくしてしまったものだ。
……そしてまた、少年には庇護が与えられる。
「いや、すまないね、ネギ君。僕が前に冗談半分で教えたみたいなんだけど、なんだか気に入っちゃったみたいでね。ネギ君には迷惑をかけるなぁ」
ハッハッと、朗らかに笑い出すのは高畑。
さも、当たり前のことのように自分に泥を被せる。それに、シスターシャークティなどは露骨に嫌悪感を……無論、高畑の欺瞞に……向けるが。
「あ、あれタカミチが教えたことだったんですかっ」
周りに眼を向ける余裕などない少年は気付かない、唯々朗らかに笑う高畑と、フォッフォッと笑う学園長の姿に安心感を重ね。
「うん、あのクラスは“僕が教えてた”からね……いや、2年近くもあのクラスの担任をしていたけどね、出張ばかりで放任が行き過ぎてしまって、ネギ君には迷惑をかけてしまっているよ……今回の取材もね、半分くらいは僕のせいなんだ」
段々と、ネギから重責が落ちていく、“自分のせいだけではない”と言う免罪符は、最近色々と抱え込み始めていた少年には心地良い。
ただ、それは真実からはかけ離れた偽り。
けれど、彼等は迷わない……例え自身が虚飾に塗れようと、真に英雄の素質ある少年の為になろうと。
「学園長、そろそろ……」
「ん? 取材はまだの筈じゃが」
しずな先生の腕時計を指し示しながらの合図に首を捻る学園長、ネギが訪れるまでの僅かな時間のうちにその辺りの話も進められたが、無言のまま、しずな先生は奥の扉を指差し。
学園長はその長い頭を少し抱えた。
「……もう少し、待ってもらうんじゃ」
「ですが」
しずな先生は困惑顔だ、この状況が大切なことも分かるが、あまりに放置しすぎて。
「もう少し、待たせておくんじゃ」
息を一つ洩らして、しずな先生は奥の扉を越えて部屋を出る。
それ等を見せられるだけのネギには不安が浮かぶが、学園長は問題ないとばかりに首を振り、高畑も笑う。
……シスターシャークティの笑みは強張っているが。
「それでな、ネギ君、女子寮にも取材が入るのかも知れんのじゃよ、その……」
「女子寮を徘徊する男性教諭のせいで……僕はほら、アスナ君の保護者だから、色々心配だったんで、よく女子寮には足を運んでしまってね……」
事実ではある、ただしそれは少等部の頃だったし、その頃はむしろ同居が必要な幼さだったのだが。
「それでじゃ、ネギ先生は寮から一旦離れてもらわねばいかん」
「は、はい」
ふと、少年は不安感を覚えた。
異国の地、異郷の街、その中で姉の温もりを求めた自覚は多少ある。
そしてそれを無自覚に、同室になった神楽坂明日菜に求めてしまった……それから離れる。
それは未だ幼いネギに不安感を与え。
「……少なくとも、数週間は……今の居場所から離れてもらう、これは確定ですね」
「うむ、ちと、状況が読めんでな」
段々と、ネギの中にも嫌な予感が満ち始める。
未だ幼いとは言え、この部屋に満ちた緊迫した空気ははっきりと伝わってくる。
最も、そこから意味を見出すだけの経験がないため、ただ異常としか理解できないのだが。
しずな先生が静かに戻ってきたことで、少しだけ空気が変わり。
「……まぁ、話が逸れたの、それで、まずは勉強会……ネギ先生には幻影の魔法で大人の姿になってもらいんじゃが、どれくらいの熟練度かと思っての」
ネギの魔法のレパートリーは理解しているが敢えて尋ねる学園長。
実のところ、戦闘用魔法に特化しており、幻影魔法や変身魔法は殆ど覚えていないのだが。
「うぁ、そ、それは……僕、一昨日から魔法を封印してるんです」
すっと、右腕の裾をめくり上げ、魔法封印の証である印を見せるネギ
そこには、一本を減らし、二本となった魔力封印の印が刻み付けられている。それに……学園長を除き……魔法教師達が僅かに息を呑む。
「むっ……そう言えば、魔力が感じられなかったが、何故こんな時に」
「ごっ、ごめんなさい、学園長から試練を貰って、それを何とかしようと思ったんですけど……」
フォッフォッと好々爺の笑みを浮かべる学園長はシスターシャークティの笑みの強張りが消えたのを見て安堵しながら。
「あまり時間が無いからの、結論……後のほうだけでいいぞい」
「……えっと、魔法の力に頼りすぎるのは良くない、一教師として生身で生徒にぶつかろうと思って、最終課題の期間中、魔法を封じましたっ」
その答えに、シスターシャークティが驚愕の顔を見せる……自分の受け持つ魔法生徒との比較評価においては、ネギは非常に素晴らしい心がけを持って試練に臨み。
「……そうか、立派な考えじゃよ、ネギ君」
周りから、ネギ先生に期待の光が強まる。
無論、学園長は常に薄氷の一本橋の上を渡る心境だが……この話がシスターシャークティ辺りからガンドルフィーニ等の固い面々にも伝われば、ネギ擁護の意思は固まるだろうと。
加えて、魔法暴発癖があるネギが魔法を使えない現状は非常にありがたい。
「では……すまんが、年齢詐称薬を飲んでもらうとしよう」
別の魔法教師から用立てられたそれを、明石教授はネギに二粒渡し、飲み込むように促す。
暫しの躊躇の後、それを飲み込んだネギは10歳近い成長を遂げ。
「……おぉ、ナギの面影を濃く感じるの」
学園長が感慨深そうに息をつく。
「え、ぼ、僕、そんなにお父さんに似てますか」
「うむ、もう少し傍若無……いや、周りの意見を聞か……いやうむ……周りの意見に流されず、自身を貫く気風を纏えば瓜二つじゃろう」
その言葉に、ネギは暫し惑うが、きりっとした顔を練習したりと色々と試行錯誤を始めてみる。
父の幻影に憧れるネギにとって、学園長の言葉は呪いのようにネギに染み込み。
「学園長……その、いい加減……」
しずな先生が奥の扉を気にして溜息を漏らす。実際、かなり長い時間を待たせているのだから。
「……うむ、高畑先生、後で“ナギらしい”素振りを、出来ればネギ先生に教えてあげてくれんか……色々な状況に沿ってな、それと教室での勉強会の仕組みも」
しずな先生の再三に渡る求めに頷き、ネギを送り出す学園長。
……これで、ネギは無自覚にも自分達の望む態度で勉強会に挑んでくれるだろうと。
そうして、魔法関係者達との長い話し合いを終えた後。奥の扉から漸く彼は通された。
「……学園長、幾らなんでも手際が悪すぎます、この事態に、何故これ程待たされねばいかんのですかっ」
フォッと、一言を洩らす学園長、その剣幕は少し予想外だったのだろう。
精神を落ち着ける魔法くらいはフォローしてくれて良いじゃんと、秘書のような役割を持つしずな先生に目線を向け。
ゆっくりと首を振られた後で、念話で告げられた 『効きませんでした、魔法抵抗力が一般人でも際立って高いかと』と。
長年の付き合いである学園長は、そんな筈無いんじゃが等と思うが。
「ま、まぁ……新田先生落ち着いて」
朝早くから学園長室に押しかけてきた“一般人の”教師に声をかける。
「朝から、どれほど待ったと思っていますかっ、それを、職員会議も開かず学園長室に何時もの面子ばかりを揃えてっ、学園が私物化されてると報道されてる現状で、これがどれだけ問題なのかっ、本当に分かってるのですか学園長っ」
……本物の教師は叫びを上げた。
魔法先生であるネギを守る事と、魔法の隠匿を優先したため魔法関係者を集結させたのだが、新田は魔法とは無縁のため除外されたのだ。
だが、問題となっているクラスのある、麻帆良中等部の学年主任としては、自身を蔑ろにして他校の教師やら教授やらと学園長室に引き篭もられるなど言語道断の出来事だったろう。
「……しずな先生には既に何度もお願いしましたが、緊急職員会議を開き、至急に事実確認と今後の対応を考えねばならないと思いますが」
「う、うむ、それは新田先生に一任するので、至急教師の取り纏めを」
「学園長っ、そう言って何時も何時も私に丸投げして、結果職員会議の意見など耳を貸さないのでしょうがっ、今回ばかりはそうはいきません、既に他クラスの教師陣への連絡は済んでおりますが、学園長にも無論出席していただけませんと」
これまで、学内では問題は幾つも発生していた。
そして、それらは内密の上に処理され、職員会議は形ばかりのものとなり、結果的に上手くいったからと言う楽観論で済まされてきたが。
今回は話が大き過ぎた。
これは間違いなく学園長にまで飛び火する大事になる、それくらいの規模なのだ。
「い、いや、実は件のクラスに取材が入る事になっておって……しずな先生」
「はい……取材の方が、もう30分程で来られるはずです」
その返答に新田の頭が血管が切れそうになるほど血が上る。あまりに前倒しで物事が進められている。
報道を見たのは今朝なのに、既に取材の受け入れ等、間違いなく学園長の独断であり……
「学園長、この件は、何か裏があるのではないでしょうな」
「フォッ、な、何を根拠に」
「学園長が常々、県の教育委員会からの影響を跳ね除けて居られるのは知っています……他校にも教職に就いている友人が居りますので話も聞くのですが、時には麻帆良から圧力がかけられることもあるとか」
魔法の秘匿のためにも、外部からの干渉は悉く排除している。
それは様々な専門機関によって行われるが、無論、そう言った機関も存在し。
「……下らぬ政争に、生徒が巻き込まれたわけではないですなっ、学園長」
学園長は、学園の教師陣の意見も聞かずに独走することが多い、今まではそれでも問題は無かったのだが。
それに生徒が振り回されるようでは教育者失格だと、新田は憤る。
「……むぅ、そんな話が出ておるのか」
「……私まで、利用されているようで気に食いませんが、先程まで学園長はその相談をされていたのではないですか」
「ま、まぁまぁ、新田先生……今は内輪揉めしている場合じゃないんです、事を穏便に済ませるためにも迅速に対応しませんと」
事実であるため口籠らざるをえない学園長に、高畑が助け舟を出す。
実際、取材の時間が近付いており、その対応が必要で。
「ふむ、取材はどなたが受けられるのですか」
「わしと高畑先生で対応するつもりじゃ……高畑先生は、2-Aの前任の担任でもあるしな」
そこで、相手側の要求の確認と、高畑への責任の転嫁を行う予定で。
「では、私も参加させていただきます」
「フォッ!?」
「い、いや、新田先生は」
取材は廊下側から教室内を観察する予定にする予定だ。
廊下側からは年齢詐称薬によってネギが大人の姿が見え。
教室内には強力な魔法抵抗の陣を敷いて、勉強会を受ける生徒たちにはネギが普段の姿のまま見える仕組みで。
「私も学年主任としての責任があります」
そして、新田の胸中にあるのは一つ、生徒を守ることだけだ。
それは、無論マスコミからでもあり、何やら怪しげな企みを抱えてそうな学園長からでもある。
「同席させていただきます」
「用意は良いカ?」
「……驚きます、科学とは凄いものなのですね、魔術も……いえ、魔法も使わずにこれほどの変装を」
「フッフッフ、超科学の特殊メイクネ、学園側は魔法への警戒は強いガ、科学への警戒は薄いネ。それに、念のため骨格も変えて化粧も濃い目だから、万一取れても似てるだけと思わせられるネ……最悪、GFの一員と思われても悪くは無いがナ」
「確かに、中学生には見えません、よく似合っておいでですよ」
「ディルムッドさんもよく似合ってるネ、スーツ姿なんてレアだから横流ししたら高く売れそうネ」
「担任補佐となれば、毎日着る事になるでしょう……少し気が重いですが」
「結構いけると思うけどナ、魔法の瓶で二十日間分徹底的にシゴかれたんだろう?……」
「都合上、毎日指導員が変わるのが厄介でしたが」
「それはそうネ、一時間で二十四時間分缶詰で仕事させて、外で二十三時間眠らせるなら可能だが、二十時間一箇所に缶詰させて十九日間眠らせるのは急には無理ヨ……二十四時間拘束できて学習指導が行える人間を二十人集めたメディアさんも凄いガ……と言うか、彼女がGFのTOPカ? 朱雀さんと思ってたガ」
「……主は財を築く才がありますが、それを用いる欲がありませんから、王制なき今世では君臨なき多財は欲深い愚物を招きます、彼女はそれを一手に担ったのですよ、おかげで私は安心して武功に執心できました」
「信頼してるのネ」
「かれこれ8年の付き合いです……そして、私が朱雀殿に巡り会えたのも、主を仰ぐことが出来たのも彼女のお陰なのですよ。お陰で我が槍は主の誉れとなれた」
「フム、でもいいのカ? 担任補佐なんて、武からはかけ離れた仕事だと思うガ」
「彼女が私に求めたのは、主の伴侶の候補たるお三方を命に代えても護ること。魔法使い共から護るに優位な立場のためならば、多少の辛苦は呑みましょう」
「ちなみに、私は愛人候補ヨ、よろしくネ」
「……ふむ、それは気をつけねばいけませんね」
「主の伴侶を奪わないようにカ? ディルムッド=オディナさん」
「……さて、何のことでしょう」
「メディアさんよりはやりやすそうで助かるネ、あの人とは対峙するだけで一苦労ヨ……さて、では……行くとしましょうか、参りますよ、臨時職員のディルムッドさん」
「分かりました、
足りない……
足りない……
栄養素が……栄養素がぁ……番外編書くか
中一湯煙珍道中か、小学校運動会辺りでも……
アンケートですが、皆様のご期待を少々甘く見ておりました。
だいたい予想のところに票は集まりましたが……想定とは桁が違いました
さすがに締め切りますが……
①ディルムッド 17票
②新田先生 53票
③朱雀 10票
④朱雀生徒で② 2票
④サーヴァント召還 1票
④『新田』メディア 4票
④お婆さん 1票
④朱雀性転換生徒 1票
④月黄泉先生 1票
④ネカネ 2票
④しずな先生 2票
④成瀬川なる 1票
④イスカンダル 1票
④青髭 1票
④プロフェッサー 1票
①+②-ネギ 11票
①+②+ネギ 1票
①+③-ネギ 1票
新田先生に決まりのようです
……新田担任でネギ副担 監査役のディル辺りで落ち着きますかね。
新田先生の学年主任としての仕事が激増する気もしますが(ぉぃ