33話
案内された学園長室に踏み入れれば、警戒と敵意、そして驚愕を持って迎えられた。
先立って歩み寄った女性を眼にし、内心を押し隠しながらも笑って受け入れ、私を眼にして眼を見開いた。
迎え入れたのは1人の老人と若い女性、どちらもが私と対面した経歴を持つ。
確か、学園長と教師の立場を持つはずだ……名は、近衛としずなと言ったか。
「初めまして……建前は置きましょう、第三者機関として今回の騒動に首を突っ込んだ立場になります、春庭鈴音です。此方は貴方方が敵対した相手の監視者でディルムッドです」
今回の交渉、それをメディアは彼女に一任した。
一つには主の期待があるらしい、もう一つは、上手く使えば既存以上の手駒になるらしい。
そして、主等の望みと彼女の“目的”は大きく外れていないのだとか。
故に、今回の自分は万一にも、学園側が強硬姿勢をとった場合の抑止力だ。
そして、予定では主の伴侶候補たるお三方が在籍されるクラスの担任補佐として学園に関わることとなる。
……正直に言えば怖ろしい。嘗てこの身は主君より伴侶を簒奪して英達とした身、寛容なる朱雀殿にしても、愛されておられる彼女達が、あの時と同じ選択をすればと……
だが、既に何度か顔を合わせて、その憂慮も薄れた……私には女性を惑わす呪いの黒子は既に無く、彼女等は真に主を好いていられると感じたのだから。
ならば、この槍はこの学園と言う名の檻の中で過ごす彼女等を護る事に振るおう。
そして、顔を合わせるのは二度目となる学園長なる老獪と視線を交わせる。
この身には鎧がなく、槍も無く、旧世界で日常生活を送るために必要なスーツと言う儀礼服とも言える衣服しか存在しない。
だが、主より下錫され、好きに使うことが許された宝具、技能……この身一つで千の敵に立ち向かう備えがある。
「私は麻帆良学園が弱体化することを憂慮する身の上でして、勝手ながら先方と会見して……幾つか条件が合えば、私の希望に沿うだろうと返答を頂きました」
ただ、一つ不安に思うのは、目の前のような会話であろう。
繰り広げられるのは、武人たる身にすれば唾棄に足る会話だが……今の世では武力よりも奸智が主のためになることも事実。
実際、同格になるはずの彼女は、此れまで自身より遥かに主の護りとなっている。
ただ、主が自身の武を必要としていることもまた事実、主より、これより我が武は主の最上の手札になると予見され。
「……幸い、関係者のみですか……少しばかり独り言をしても構いませんか」
……一線級の魔力を身に秘め、沈黙を護る老獪と、同じく底を知らせない女怪を前によくも弁を立たせるものだ。
実際、女怪より圧力が高まっていると言うに。
「有体に言いましょう、今回の騒動は警告です……無闇に怒らせれば、これくらいは覚悟しろと、そして……ある程度の制裁を受け入れろと」
「警告っ、待て、ここまでして置いて警告じゃとっ!?」
老獪が叫ぶが、超は笑って受け流す。
事実としては、メディアは“学園にある程度のダメージを与える”為に動いたと言っていた、そして、そのダメージを与えるためには此れ位の事象が必要なのだと。
逆に言えば、その程度で此れほど狼狽する老獪はどれほど安全な場所に居たのだろう。
自身等の体制に、危害が加えられる事への備えを過信し、実際に危害が加えられたときに慌てだす。
「当たり前でしょう、彼女の身内が不本意に振り回された……ただ、それだけのことでしょう。別に学園の裏を曝そうとか、取り潰そうとか言う考えは皆無ですよ」
そもそも、お三方が暮らされるクラス、2-Aの環境を崩さないというのは大前提と言う。
ただ、この冬から新たな担任が来て、色々バランスが崩れ始めているので排除ないし、最低限の安全弁を取り付けると。
そう、万一。主の伴侶たるお三方と“仮契約”等させない為に私を送り出すと判断された。
「……鳳凰の羽の一欠片でも手に入れようと、鳳凰が好む実を英雄に与えようとして……実の守護者たる青竜の逆鱗に触れ、その吐く息に晒された……詩的に言うとこんな感じでしょうか」
実際、目の前に居る学園長とやらを見ていれば危惧が透けて見える。
これは、安全な立場に身をおいて絶対な権力を有した強者の陥る悪たる例だ、自身の裁量で全て為せると誤解した類の。
「それは、やり過ぎじゃろうっ、たかが警告程度に、外まで巻き込んだというのか」
「それは、それくらいしなければ言うことを聞かせられないような籠に篭られた弊害でしょう、学園長……外まで巻き込まないと、あなたの頭を叩けなかったのですよ」
クスリと微笑む。
「そもそも、万一……本当の意味で鳳凰の怒りをかえば、この程度では済まなかったのですから。まだ表に出されていないあなた方の隠し事、青竜は全て掴んでいますよ、それと止めたのは鳳凰です」
微笑みながら、意味を曖昧にしていく。
鳳凰とは朱雀殿の意を示す隠語だろう、万一この会話を録音されたときに備えて敢えて固有名詞を避け。
「……条件を呑むというのなら青竜は静かに塒へと戻るでしょう……お聞きになられるなら、もう少し私の独り言に耳をお傾けください」
クスクスと微笑む超。
魔法等で彼女の意識を誘導されぬよう注意を払って観察するが、何度か面会する二人の意識がこちらに向くくらいで動きは見せない。
私が同伴している理由くらいは察したということだろう。
「……鳳凰と共に長くを過ごしてきた雛の傍に、未熟な魔法使いが近付いてしまった……それが気に入らないようなのですよ、それは危険を招く災厄の種だと」
「そのようなことは無い、彼は立派な魔法使いとなるべく真剣に励んでおる。危険等は」
「悪い吸血鬼にその従者……それが動き始めたのは、学び舎に未熟な魔法使いが訪れたからでは?」
お三方が暮らされる学び舎に、魔法世界で幾度も名を聞いた【闇の福音】が共に勉学に励んでいる、最初聞いたときには耳を疑ったものだが。
聞けば彼女は力を封じられ、女子供は殺さぬ信条の持ち主だという。
実際、二年近く問題は起こらなかったが……幼い魔法使いが麻帆良を訪れてから、一気に活動を開始し……千雨様が巻き込まれた。
「青竜の望みはその魔法使いの排除……2学期までの状態に戻すことでしたが……それは、聞き入れられないのでしょうね、ですから、私が代案を用意いたしました」
すっと、超の手が上げられて私の方を向く。
「鳳凰には神速を誇る手勢が居ります……仮に白虎としますが、白虎に学び舎での自由を頂きたい、未熟な魔法使いの補佐のような立場を頂けるとありがたいですね……無論、学び舎からの命は聞きません、此れはあくまでも鳳凰と青竜の手駒なのですから」
「……2-Aの担任補佐として受け入れ、一切干渉をするなと」
「吸血鬼や未熟な魔法使いが害を為したときに、即座に動ける者を傍に置けねば、安心して預けられないのですよ」
教育者としての研修等は、魔法の瓶を用いても20日分ほどしか受けられなかったが。
事が纏まれば追加で研修を受けることにもなっている。それで……お三方を護るに足る立場を得られるならば。
「……これは教育委員会側からの要求となりますが、不透明な学園の指導体制に不審を感じたため監査役の職員の受け入れを求めます。職員は学園の体制から除外され、如何なる指示も拒否する権限を持ち、学園内の不正の有無の確認のみを目的として動きます……特に、問題が散見されているクラスにおいては常駐できる環境が望ましい……ですね」
表向きにそのような要求をするため、今の裏取引どおりに受け入れろと超が口にする。
学園長は無言のままで、超の弁は止まらない。
「次に、生活面ですが……先にも言いましたが、我々の認識では未熟な魔法使いは災厄の火種です、大切な子供達が過ごす場所に無闇に近づかれては困りますし、ましてや寝食を同じくする等は見逃せませんね……ひょんなことで魔法に触れる機会を増やすだけでしょう、いえ、学園長はそれを目的としているのかもしれませんが」
「そんな訳があるまい、魔法の秘匿は関東魔法協会の会長として絶対遵守すべき事じゃ」
「でしたら、未熟な魔法使い君は、魔法使いの施設で受け入れるべきでしょう、教師の方々の寮にも空きはあると思いましたが」
「……今は、空きは」
「あぁ、言い換えます……空きは直ぐに出来るかと思いますので、そちらに移られるとよろしいかと、それまでは源先生か高畑先生のお部屋に住まわれたら如何でしょう」
魔法使いの少年の女子寮からの排除、これも話は通りそうだ。
事実、あの少年が居た村は過去に襲撃を受けている、似たようなケースが想像できる以上、お三方や一般の生徒からは隔離された住いが望ましい。
「……さて、後は……あぁ、お孫さんの件がありましたね」
ピクリと、学園長の眉が動く。
あの襲撃してきた面々に命じた立場にあるだろう老獪は、彼女等の現状を知らぬのだろうが。
「此処に来る途中、ふと立ち寄った施設があるんですが……お孫さんは、門の前におられましたよ、天使のコスプレをした幼馴染さんと向かい合っておられましたが」
「天使……じゃと」
「えぇ、背中に美しい翼を拡げた女の子……お孫さんは、それを綺麗だと誉めてられるようでした」
「そ、そうか……知ってしまったか」
それについては、然程驚きは少ないようだ。
むしろ、老獪はそれについて教えることを推奨している節があると朱雀殿も仰っていたし。
「ですが、そこで少しばかり信じ難い一言を聞いてしまいました、教育に携る者として見過ごせないという思いで一杯です」
「な、何じゃ、何を……」
「……その姿を見られた以上、一族の掟により姿を消さねばいけないとか……確か、その子の身元引受人は近衛家の方だったと思いますが、随分と酷な掟を科すのですね」
「あー……それはの」
「次にお会いするときは児童虐待の件でお話しする事になりますでしょうか」
「分かった、それは何とか言い含めると約束しよう……このかは無事なんじゃな」
「えぇ、幼馴染と仲良く勉強をしているはずです……幼馴染の方的には勉強させられている、かも知れませんが」
問答無用で捕縛して、メディアのもっていた聖女監き……もとい、愛娘拘そ……でもなく、そう、駄犬捕縛用の手錠で近衛と言う少女と繋ぎ合わせて密室に放り込むと言うのは言いようによってはそうなるのか……
「さて……では最後、私の条件を申し上げてもよろしいですか」
「君の?……とは」
「私としても、思惑があって青竜に取り入ったのですよ……何、簡単なことです。一日で結構ですので高畑先生をお借りしたい」
「……どう言う事じゃな」
「私は現在学園に対し反感を抱いている勢力に接触して、今の条件ならば矛を収めるという確約を頂きました、その対価ですよ……お嫌でしたら、ご自身で再度交渉なさってください。
まぁ、私もかなりの取引材料と引き換えに得た成果ですので……これほどの好条件は早々得られないでしょうが」
あのアルバムらしき物はそれほどの価値があるものだったのか……
確かに、朱雀殿も執心していたため、余程のものだとは思ったが……
「……何をするつもりじゃ」
「おそらくは何ヶ月か後になるかと思いますが、一日だけ私の目的に協力して頂きたいと言うだけです……詳しい交渉は本人と行いますよ、まぁ、自身の全てと引き換えても護りたいようですから、聞いていただけると思いますが」
それは、メディアの要求にはなかった、事実のところは超本人の望みだろうが。
「後から横槍を入れられても困りますので、先に申し上げておこうと思いまして」
「……わし等が直接、君の言う青竜と交渉してもいいはずじゃが」
「えぇ……できるものなら頑張ってください」
……そう、出来るものならばだ。
彼女は超が得がたい手駒と認識したため随分と甘い対応をした、学園側からの交渉なら、まともに受けもしないだろう。
話に聞いただけだが、期末テストで最下位脱出できなければ未熟な魔法使いは排除できる、ならば、クラスの点数を下げるように動けばそれだけで排除は出来る。
吸血鬼の呪いを強化し、絡繰を誤作動させ、千雨様に事情を話し点数を下げ、アキラ様と桜子様にも何かしらの理由で手を抜いていただく、以前にお救いした幽霊の少女の肉体に少しばかり不調を働きかける。
……軽く聞いただけでそれだけの返事を返したのだから、メディアは。
「……分かった、詳しくは高畑君との交渉になる」
故に、老獪は呑まざるを得ない……期末テストと言う期限がある以上、早期に事態を収束させねばならないのだから。
「えぇ……では、今回の報道に関するこちら側からの資料です」
裏取引の完了を確認すると茶封筒に入った資料を差し出す超。
老獪はそれを手にするとざっと眺め、僅かに眼を剥いた。
「……これは、誰じゃね」
「問題指導を行った事にする教師ですよ、直ぐに調べがついたのは主に盗撮、女生徒の私物の盗難等ですが」
それは、中等部とは全く関係の無い高等部の教師の資料。
聞いた話では、生徒の間で評判の良くない教師を中心にPC等にはっきんぐと言う行為を行ったらしい。
結果として、盗撮等の各種データファイルを私物PCに保存している高等部教師が見つかり……それが魔法教師の1人だとも断定できた。
「……教育委員会が問題にしているのは、問題行為を行っている高等部の教師の件だったかと思いますが? まぁ、マスコミの方が騒いでられるので誤認されたのかもしれませんが」
実際、そんな真似をしている教師が短時間で見つけられたのは幸運の助けがあったからだろうが。
「馬鹿な……彼がそんな」
「ご覧の通り、証拠は既に取り揃えてあります……1人くらいはスケープゴートが居ませんと事態の収束は難しいので、問題の幾つかはその方に被っていただきましょう、これで寮に空きも出来ました」
実際、生徒からの評判は頗る悪いと聞く。
内密に超が生徒と接触したところ、早く辞めて欲しいという言葉すらあったらしい
そして、既に噂のばら撒きは始まっている……彼に全ての非を被せるために。
学園が広ければ広いほど、どこかに膿が出来る、魔法使いの目を掻い潜り、自身の欲望を優先するものが。
そして、見かけられた問題教師の1人が魔法使いだった……
いや、魔法使いだからこそ、この学園で問題行為が行えたというべきか。
そして、科学を用いていれば、魔法使い達に発覚するリスクはほぼ無い……むしろ、こういう輩が居て当然の土壌と言うことか。
「さて、それでは授業風景の方を見に行きましょうか……そんな顔をしないで頂きたいですね、ネギ先生にも高畑先生にも累は及ばない、実際に罪を被るのは高等部の魔法教師で、報道の多くが誤報だった……そして、高等部のその魔法教師は事実、科学で色々な写真を集めていた……ほら、貴方方の大事な神輿に傷はつきません」
笑いながら、超は立ち上がる。
後は、授業風景を適当に眺めて去ればよく。
「終わりましたかな」
未だ衝撃やまない学園長を無視して学園長室を出ると。
「これから取材の筈ですな……私も同道させていただきたい」
とんでもないイレギュラーが首を突っ込んできた。
……写真でしか見たことはないが、間違いはないだろう。
「おや……確か、学年主任の新田先生でしたか、春庭鈴音です、よろしくお願いします」
「えぇ、長々と学園長室にこもられておいででしたが、取材が目的なのでしょう? ……表向きは」
「……察しが良い方ですね、えぇ、お話し合いはちゃんと折り合いがつきましたよ」
「……学園長はまだ部屋の中のようですな、私がご案内しても」
「お願いします」
……朱雀殿に緊急事態発生と念話しながら後をついていく
まずは超殿に、彼の立ち位置の説明から始めないといけませんが……決意を秘めたあの眼。何か覚悟してる気配さえある。
……少しばかり魔女にも超天才にも読みきれなかった問題が発生したようです。
ストックで更新
こういう話を書けば書くほど番外編が書きたくなります
そう、作者が執筆意欲を失わないためには番外編は必要不可欠なんですっ
チウタン足りねぇ……