34話
学園との、交渉と言う名の裏取引はまず問題なく終了した。
学園側はディルムッドの受け入れを受諾し、ネギの寮からの退出も認めた。
加えて、超は己の利として高畑を一時的に無力化する手札を手に入れる予定だ。
超としては満足のいく交渉結果で。
最後に立ちはだかった男性にもさして警戒はしなかった。
「……学園長はまだ部屋の中のようですな、私がご案内しても」
「お願いします」
教師の中でもまともな部類に入る……いや、学年主任の責にありながらクラスで問題があれば迷わず踏み込む熱意を持つ教師だ。
実際、超にすれば麻帆良学園の教師の中で尊敬に値する数少ない1人だろう。
だから……後ろ暗い裏取引を行った後では、正直、顔を合わせたくはなかったが。
「……交渉は、巧くいったようですな、学園長の様子からして」
後を追ってきた学園長は少しばかり消沈した様子を見せている。色々と条件を呑まされた影響もあるだろうが。
問題を起こさぬよう認識阻害結界等様々な防壁を備え……それを魔法教師が科学で掻い潜って違法行為を行っていた。
それは、関東魔法協会の長には痛打を与え。
「ご心配なく、報道ほど大きな問題にはなりませんし、今から伺うクラスの担任には責は及びません」
それは既に確定事項。
学園長との会談を経て事態は収束に向けて動き出している、全てにおいて暗躍した“魔女”のシナリオは使わず、超科学を用いる彼女の手によって幕は下ろされる。
“魔女”から、この件でのGFのある程度の経済的損失の許可まで与えられた……実際、報道番組の二つ三つリニューアルして構わないくらいのレベルで許されたのだ……
それ等は誤報を行った、GF側のスケープゴートとして処罰され……関係者は天下り形式で結果的に良いポジションを用意される……既に手筈が済んでいるため取り消すほうが億劫なので使いたければ使うと良いと言われたが。
GFの体制は、誤報を行った——らしい——部分を敢えてバッシングして追い出し再編して、よりクリーンなイメージを作り上げる。
そして、誤報の件はその騒ぎで洗い流され麻帆良からマスコミの眼は離れるし、備えた上で覚悟した痛みであれば大した痛手にはならない。
(利用されてるというカ……身内以外は本当に道具ねあの人、あのタイミングで朱雀さんに借りを作ってもらえたのは僥倖としカ)
怖ろしいのは、“自分”が彼女の計略に巻き込まれた認識のみ。
直々に与えられた手札にはGFを揺るがすものも少なくない。ただ……それを切るのと学園を相手にするの、どちらを相手にするかと問われれば……
「……2-Aの生徒に、どれだけの影響が有りますか、学年主任として、進学を控える彼女達への影響は最小限にしたい」
ふと、超にはその言葉は新鮮に感じられた。
そう、真剣に“外部から取材の名目で学園長に接触した彼女”に、一人の教師として接触しているのだから。
「……それほどでも、ネギ先生の担任は続投です、我々から補佐役を一人つけて」
だから、その真っ当さに好感すら覚えながら応対し。
「ふざけないで、頂きたいっ」
実に、新鮮な憤りを受け止めた。
……漸く、学園長たちも彼等に合流するが。
新田先生は唯々、怒りを露に声を挙げる。
「確認させていただきました、ネギ先生のクラスでは……恥ずかしながら、確かに問題ある教育指導があったようです、それを……無かった事にすると」
その怒りは、幼かろうと問題行為を行ったのならば、何らかの処罰を行うべきと言う学年主任としての叫びであり。
それを無かった事にしようとする、学園側と彼女との間で交わされた裏取引への発奮。
「……学園長との間で既に話は済んでいます、件の教師に問題行為は無かったのですよ、納得していただけませんか」
嫌いな教師ではない、むしろ好感が持てる。それは超の本心だ。
だが、この学園は歪な構造で成り立っている、一般人の教師がどれだけ声高く問題を叫ぼうと、魔法関係者にとって都合が良ければ許される。
分かりやすい例では学園祭だろう。年によっては三桁近い体調不良者が医務室に運び込まれたり。
一世一代の告白イベントが無粋な横槍で邪魔されたりする。
だから……
「……出来る訳が無いでしょう、ネギ先生は頑張っている、それは間違いありません。ですが……私にも、問題行為を行ったという事実は伝わっていますし、それを学園長が庇ったことも想像がつきましたっ」
一般人の教師が真剣に立ち向かわれると超も少し困ってしまう。
新田先生がネギに擁護的な立場にあるのは理解している、だからこそ、此処で立ちはだかうのはある意味で想定外で。
新田先生の実直な意見には耳を傾けたくもなる。
「……ネギ先生は頑張っている……では、良いじゃないですか、悪い部分は全部高畑先生が背負ってくれるそうです、ほら、問題は」
「教師は教え導く職業ですっ!……聖職とされるのは、其処に余計な感情を巻き込まぬための立場であるからですっ。彼は幼い、だが、それを免罪符に全てを許容してはいけないっ、それは彼の為でもないし、彼の生徒達の為では無いっ」
ふと、息を呑んだ。
追いついてきた学園長達も、異常な雰囲気に首を傾げ。
「……彼は立派な先生になる、それは真剣な様子から見て取れる、けれど、これほどあからさまな問題を子供だからと許せば、彼の成長に大きな問題となると言っているのですよっ。ネギ君には、今の自分の行動の意味をちゃんと理解させないといけない、それが私達大人の仕事でしょう」
立派な先生だと超は思う。
確かに、あの子供先生には、教師としての責の重さが足りない。
「……ご立派な高説です、ですが」
けれど、この学園内においては魔法に関わることが優先される。英雄の息子の未来が……故に。
超自身がする必要も無い、学園長は困りながらも、“彼”の認識に干渉する魔法を使おうとして……ディルムッドがそれを遮った。
ぐいっと、超の肩が捕まれ引き寄せられる。
学園長達の魔法から新田を護るように遮ったディルムッドは薄く汗を流しながら超の耳元数言囁いた。
「……まじカ」
コクリと、槍兵は頷き……超の背中を冷たいものが流れる。
全て滞りなくうまくいっていた、申し訳ないが目の前の熱血教師も魔法で意識を誘導すれば良いと楽観した。
それが、ディルムッドの言葉で覆された。
ネクタイをはっきり視認して理解した……手作りの上、尋常でない魔法具の気配と強烈な抗魔力、何よりもその異常な隠蔽性、ディルムッドからの助言で注視しなければ気づけなかった。
まさか、こんな処に危険極まりない地雷が在ろうとは……
「……あァ、新田先生……つまりは、ネギぼ……ネギ先生にも何らかの処罰があって然るべきト?」
「……子供先生として頑張っていることは理解しています、けれど、信賞必罰を蔑ろにしては彼の成長を歪める事になる、問題行為があった時、周りが庇って全て無かった事にしては彼の成長を阻害するでしょう」
しっかりと、超を見つめる眼に覚悟がある。
ひとまず、わしが何とか言い含めるとか言ってる学園長はディルムッドが押し止め。
「……けれど、生徒はネギ先生と別れたくないと思うガ」
「2-Aの生徒に愛されているのは理解しています、けれど教師であればそれだけで許されることではないのです……時に心を鬼にして叱責する必要もある、子供先生である彼には、まだ望めない、それは……これから進学を控える生徒達の将来に関わるのです」
あの歳で教師と言うのは明らかな異常で。
自分より年下に進路相談と言うのは、進学に関わる3年度には問題になるだろう……学園側はエスカレーター式だから構わないとか考えてるかもしれないが、高等部からは共学もあるようだし、一部は転校も考えの内に在ったりするだろうし……
「……だが、高畑先生も問題があったことは事実では」
「……彼の放任の結果が2-Aの現状と言うのも事実でしょう、実際、彼にも思うところはあります。このままで2-Aが進学時期になったときにどうなるのかと」
超的にはっきり言わせてもらえれば、魔法教師が担任を持つなと言うのもある。
特に有名人で、大きな事件があれば、まず呼ばれる高畑が担任のクラスを持つというのは、ちょっと考えづらい。
「……処分で妥当カ、一応、教育委員会から人を派遣して補佐する予定なんですが」
「よろしければ、その方の勤務歴を伺いたい、受験生を受け持つ担任の補佐です、それなりの経験者が望ましい。いえ……少々気になっておりましてね、何故か学園長は、あのクラスを特別視しているような気がして」
2-Aに関わる担任教師の歪さ、それが気になったのか新田は問い質し。
そして、それは正しい。
「……私の子飼いなんで、そんなもんは有りませんネ」
溜息を漏らしつつ正直に答えると、新田は尚更憤慨する。
当然だろう、腕は立つにしろディルムッドは教師経験など無い……学園長は裏取引として受け入れたが、正面から真っ当な学習指導要員を求める新田には受け入れがたく。
「ですが、教員の補充はそれほど容易いことでもないでしょう、特にこの時期、急にです……おそらくですが、直ぐには見つからないと思いますし、麻帆良学園にも余剰な人員は居ないはずです」
何とか逃げ道を模索する。
麻帆良学園も協力してくれるだろうし、周辺地域でも教員の新規採用を好条件で振り撒けば、そうそう……
「……私は学年主任です、学年を受け持つ立場として担任業務は行っておりません、そして、これ程の事態になるまで、あのクラスを放任してきたのには私の責もあります、勝手ではありますが、私が学年主任を外れ、受け持てば宜しいかと」
「フォッ」
「ちょ、待つネ、降格……そ、それは不味いネ」
それは覚悟持つ言葉。
学園長があのクラスを特別視しているのは此れまでからも見て取れた、そして、態々乗り込んできた女もあのクラスを別枠で扱っている節がある。
ならば、あのクラスの生徒達は大人の思惑に振り回されているだけだ。
決意は唯一つ、あのクラスの生徒は自分が護ろうと。
「元より、ネギ先生が万一学園長の合格基準に満たなかった場合は私が担任との内示も受け取っています、むしろ正当かと」
「い、いや、今回はきっと何とかしてくれるはずじゃ、うむ」
「そ、そうですね、歴史的事実としても2-Aは一位に躍り出ると……イヤ、もうイレギュラーばかりでなんとも言えないガ」
熱く燃える新田を前に二者は一時戸惑うが、学園長はかなり不審な様子で超を……春庭を見る、『さっさと魔法で何とかさせてくれい』と。
だが、それは春庭には許されない、誰が好き好んで死刑台の階段に近付きたいと。
「テストの点数云々ではなく、ネギ先生が居なくなった場合の内示として私が」
「そ、そうネ、それヨ、ネギ先生は最終課題として、“次のテストで最下位だった場合”は辞められて、新田先生が続投と話を聞いています、つまり、この時点でネギ先生は正当な教員としては評価されていないということです」
「……そもそも、そこから間違いが」
「で・す・か・ら……現時点での担任は高畑先生が勤めておられて、ネギ先生はあくまでも代役であったかと、ですので、この場合、責を負うべきは高畑先生で」
「詭弁で——」
ぐっと詰め寄る、正念場だと言える。
学園長等最早目には入らない、目の前の計算になかったイレギュラー『
「——すしっ! ……新田先生が学年主任から外れればA組以外のクラスにおいても大きな影響がありえますっ!来年は受験生なんですから、そもそもネギ先生がどれほど真剣に学業に向き合っておられたかについては、そのテストが証明するのではないでしょうか、いえするのです。そもそも、子供先生に補佐もつけずにいた学園側の方が責が大きいはず、その中でネギ先生は目の届かぬところで必死に頑張って2-Aの学力の底上げを行っていたはずです、その成果は明後日の期末テストできっと現われるでしょう、ですから、その結果を見て判断されるが宜しいかと、えぇえぇ、勿論補佐は必要でしょうしそれは、私共からよりも学園側から推挙された方が宜しいかと、勿論新田先生がその任に就いていただけなら県の教育委員会としても充分に満足できるものです、ですが新田先生は学年主任も努めておられて来季はA組のみならず他クラスの進学においても多忙を極める筈ですので担任を負われた場合でも副担任は必須でしょう、最下位ならば新田先生が担任を為されるのは当然ですが、万年最下位の2-Aがこの期に最下位を脱出したのならネギ先生の功績もあったとして2-Aの副担任として、実質的な業務を行っていただくというのは……無論、問題が発生した場合は担任の地位にある新田先生が負う事になりますが」
一息で言い放つ。
かなり必死だ、魔法は使えないし、実力行使も不可、とにかく勢いをもって言い放ち。
……この先生がネギ先生をそれなりに評価している印象に祈りを捧げる『子供先生』と言う色眼鏡を通してだが、新田先生はネギ先生をそれなりに評価しているイメージが超にはあり。
……学園長の胡乱な顔がこの上なく不愉快だが、とにかく言い放った。
同時にクラスで情報操作に努める茶々丸に追加の上至急で情報操作を命じる。
新田先生が首を突っ込んだからこうなった等と悪評が立ってはかなわない。新田先生のお陰でこの程度で済んだとクラス内の情報を操作し。
ついでにハカセにも似たような依頼をする。
超の脳内でマルチタスク的に物事が順次消化され。
「……確かに、子供先生に全てを任せてしまった私達の責はあるでしょうな、当初はともかく最近は実直に指導を行っていたことも事実……それに、他のクラスに悪影響を与えることも有ってはなりません」
状況は好転した。
不快そうな学園長を威嚇する形で抑えるディルムッドにも深く感謝し。
「……私も、生徒のこれからを台無しにするつもりは無いのです、ネギ先生が担任としてまだ未熟なことは事実、そこを補っていただける方が今目の前に居ます」
「……2-Aは特別ですからな、ネギ先生一人に任せてしまった私の方が問題が大きいでしょう」
きゅっとネクタイを締めなおし。新田先生は前を見る
視線の先で、何時もは騒がしい2-Aのクラスが静寂に包まれている。
人の気配はある、けれど、聞こえるのはページをめくる音と筆の滑る音……図書館の、特に学習内容が集中する区画で聞くような音が此処からも聞こえ。
「……けれど、頑張っている」
「えぇ、ネギ先生は彼女等の良い発火剤になったのでしょう」
……少しばかり予定は外れたが、マトモな教師は放り込めた。
ディルムッドは別の手口で潜り込ませればよく……ディルムッドと眼を合わせて、気遣わしげにディルムッドは超から春庭から視線を逸らした……
……春庭は、この後更なる戦いが待っている。
Q 何故更新が遅れたのでしょう
A 良作が手に入ったからさ
Q 次回も遅れるんでしょうか
A 風が、風たんが、私を待ってるんでね……
以下ネタ
ともかく、新田先生を言い包めたのでディルムッドに近付く超。
少し顔を蒼くしながら顔を寄せ。
「……あの人が選択したのなら邪魔は一切しない、むしろするな……だそうだ」
「……こんな爆弾があったとハ……他にハ?」
「……罰ゲーム、LV2だそうだ」
「ち、ちなみにどんなものかナ……」
「……心配するな」
「そ、そうカ、安心」
「……心を強く持て、大丈夫だ、大丈夫だ、大丈夫だ」
「もの凄く不安になるネ」
次は番外編の予定、次回予告もどき
……朱雀は油断していた
けれど、彼女は……幼馴染の少女は、凶器を携え、それを露にして目の前に現われた。
信じたくない、けれど現実は非情で、少女が凶器の先端を朱雀に向ける……
……十二の試練たる最強防御すら貫くその一撃は、最強オリ主たる朱雀に流血を見舞わせた。
そして、脇に控えた二者もまた、追撃を開始する……
次回『アキラたんのおっぱお』
誰かが血を流さずには終わらない現実が、世界にはある……