35話
ふと、眼を覚ます。
目の先には天井……
「……知ってる天井ですね」
ネタはともかくとして、疑問には思う。
ここ二年程、目覚めて最初に眼にするのは寮の二段ベッドの底だったはず。
目の前に在るのは、その前にずっと見続けていた天井……そう、自分の故郷のそれ。
施設の天井を前に……寝起きの頭を暫く回転させて思い出す。
「あぁ……春休み」
そう言えば、長期の休みは施設に戻る事にしていました。
見慣れていたのも当然、ここは私の……未だ残される、施設での部屋なのですから。
少しばかり、意識を麻帆良を中心にし過ぎていたようです、もう帰って3日になると言うのに、違和感を覚え。
「……3学期は色々刺激的でしたからね」
ネギ先生の襲来は予想通りとは言え、吸血鬼事変に図書館島事変、そして学園側のマスコミ事変、天使コス桜咲さんと博霊の巫女コス近衛さんの仲直り篭城事変、七天七刀コスとビブリオンコスのバトル事変等……原作通りに進んだのは半分以下。
特に【闇の福音】事件と近衛さんの魔法バレは原作を完全に乖離しました。
その要因は無論自分と……
「朱雀殿、メディアが来られました。お目覚めでしょうか」
「どうせ起きてるでしょ、入るわよ」
メディアさんになりますね。
扉の外から声をかけてきたディルムッドを無視するようにメディアさんが部屋へ踏み入ってきます。
まぁ、よくあることなんで気にもなりませんが。
不審な気配が近付くと自動的に意識を覚醒させる英霊の身体は、メディアさん達の接近を察して意識を覚醒させていました。
ディルムッド辺りが気配を消して近付いてくるなら話も変わりますが、メディアさんなら確実に気付けます……偶に、愛娘(?)が絡むと一気に難易度が上がりますが。
そうして、メディアさんとディルムッドは2人して部屋へ入ってきます。
今日は確かに、2人とも施設の行事の手伝いをしてくれるはずですが……予定時間にはまだ早く。
「別に構いませんが……随分急ですね」
「大したことじゃないけど、早目に言っておこうと思ったの、ついさっき、【闇の福音】が私の
そして、告げられた内容は意識を完全に覚醒させるには充分な内容です。
以前に敵対し、今も半ば冷戦状態の関係にある【闇の福音】が、此方に敵意・悪意を発すれば起動する呪詛に“対処”した……
「克服でなく、対処なんですね」
「そう、よくもまぁ今まで我慢したものだと呆れるけど……いえ、学園側が無理矢理対処したのかもしれないけど」
実際、呆れた様子のメディアさん、ディルムッドは警戒した様子ですが。
まぁ、普通はもう少し早く対処しますよね……結局、3学期の間はずっと呪詛に苦しんでいたはずで。
「しかしまた、何でこのタイミングに」
「補習よ、あの子、3学期中は半分も出席してないらしいじゃない、それをクラスの担任として指摘して春休み中に補習を行う事に決めたそうよ……それに参加できない場合は別途対応も考えるそうだから……学園側としては無理にでも補習に参加させないといけないわけ」
新田先生ですか……
結局、あの後、超さんは新田先生を説き伏せ、クラスメイト達の情報操作まで行ってネギ先生の残留を勝ち取りました。
期末テストで2-Aは最下位を脱出して学年トップ、また、新田先生は学年主任の責務もあるため一クラスに集中するのもまずい。それ等の点と諸々を考慮したうえ、ネギ先生は一人の教師として学園に正式採用。
ただ、幼く指導実績もないことから実質の担任には新田先生が収まり、その補佐をネギ先生が行うと……言う形に落ち着かせたらしいです。
超さん、必死に学園中を駆け回ってましたから。
「まぁ、まともな対応ですね」
「学園長とネギ先生がスルーしているのに気付いて慌てて根回しを済ませてたけど」
溜息を漏らすメディアさん。
これで新田先生は春休み中は学園にかかりきりになるのだろう、加えて春休み中にネギ先生への教員としての指導も行うらしいし、無論学年主任の仕事もある。
新田先生には激務が予想され。
「……やっぱり辞めさせようかしら、あの子供先生」
「桜子ちゃんが残念がりますよ」
「……はぁ」
溜息を漏らす。
メディアさんにとってはネギ先生はいろいろな意味で頭痛の種だろう、何より桜子ちゃんが今のクラスの雰囲気を気に入ってしまっているのが問題だろうが。
「しかしそうすると、対処は学園側の強制かもしれませんね……消去ですか?」
神代の魔女たるメディアさんの呪詛だ、解呪など早々出来るものではないでしょう。
で、あれば、呪いの起動条件を満たさないようにする対処が当然で。
「さぁ、学園の強制なら『記憶消去』、【闇の福音】の同意の上なら『記憶封印』でしょうね、魔力が復活したら呪詛を解いてやるとか考えてるんでしょう」
封印状態の【闇の福音】は10歳児と変わらぬ魔法抵抗力、未熟な魔法使いでも夢を盗み見ることが可能なくらいに弱まっている。
学園長クラスなら『記憶消去』で事件の記憶を消し去ることも可能でしょう。
3学期中の適当な記憶も改竄しているかもしれませんが……
むしろ、今まで行わなかったことが不思議なくらいですが……それだけ【闇の福音】の私達への執念が強かったんでしょう。
「一応確認ですが、【闇の福音】は事件のことを忘れ去った、故に私達へ敵意を持つこともなくなり、強制呪詛の影響もなくなった……仮に、再度【闇の福音】が千雨ちゃんたちを標的にしようとした場合は?」
「当然、呪詛は起動するわ。血を吸おうと思った段階で魔力の完全封印とデフォルトでは『葱地獄』の発動……ついでに言うと、3人には加護をかけてあるから、一定以上のアレの魔力が接近した段階でも発動するわね」
原作ではアキラが吸血鬼にされてましたが……それなら問題ないですか。
佐々木さんが吸血鬼化した状態で近付けば【闇の福音】の呪詛が起動して佐々木さんの吸血鬼化も治まるでしょうし。
「しかしそうなると、英雄の息子と【闇の福音】の接触は確定ですか」
この時期で、態々……疑惑はほぼ確定のようです。
女子寮から退出した後、魔法教師の誰かの家に同居する事になったネギ先生がどう関わる事になるのか……
千雨ちゃん情報だと、高畑先生を退職の危機に追いやったとして神楽坂さんとの仲は一時険悪になったらしいですし。
「……まぁ、私達には関係ありませんか」
「……あの子供先生が次に問題を起こしたら、あの人に責が及ぶんだけど?」
「はい、少し気にかけておきます」
ぶつぶつと愚痴を洩らすメディアさんですが、一人の教師として立ち上がったあの人の意志を尊重して介入するつもりはないようです。
ただ、ネギ先生が問題を起こした場合、連帯して責を負うのも事実で……
「まぁ、いいわ……そうね、ついでにもう一つ貴方には伝えることがあるわ、良い機会だから聞きなさい」
ふと、メディアさんが表情を殺し、ディルムッドが緊張した面持ちを見せます。
【闇の福音】の件よりも、随分と重たい話のようです。
「……ちなみにディルムッド、朱雀が暴走したら取り押さえて頂戴ね」
「……やはり、あの件ですか」
「そうよ、血が上ったら何するか分からないから、貴方だってこの件で朱雀の暴走は本意ではないでしょう」
不承不承ながら頷くディルムッド。
ですが……聞いただけで暴走確定とか言われるともの凄く嫌な気分になるんですが。
ディルムッドが受諾したということは、事実、私が我を忘れるようなことのようですし。
「……お婆さんから相談されたことなんだけどね、朱雀、貴方の血縁上の母親が魔法関係者だということは知ってるでしょうね」
「……えぇ、知っていますよ、魔法犯罪を犯し、“私”を捨てて国外逃亡を図ったはずですけどね」
正確には、私が憑依した命君を捨てて、一度確実に“死なせた”女。
私が憑依することで命を取り戻しましたが、子殺しであることは間違いなく。
一気に機嫌が最悪レベルまで低下しました。
と言うか、もの凄く聞きたくない話題になりそうです。
「今、女の方は京都で軟禁されてるらしいわ……それで……女の実家がこの施設に、前々から接触していたことは知っていたかしら?」
「……知りませんね」
そんな話をお婆さんから聞いた覚えはない。恐らくは私が、あの男女を好んでいないことを気付いて、態々話に上げることも無く遮ってくれていたんでしょうが。
「そう、今までは女の親族が心配してるポーズを取ってたらしいわ、せめて祖父母に顔だけでもとか……施設のお婆さんは突っぱねてたみたいだけど、どうせ体面上だけでしょうしね……ただ、最近になって接触が強硬になっているそうなの、弁護士を連れて来たり親権を声高く上げたりしてね」
段々苛立ちが募ってきます。
女と、その親族もですが……何も言わず護ってくれていたであろうお婆さんにも詰め寄ってしまいそうで。
「何で……今更」
「……施設に鳥女一味が来たとき、あなた……青山の姓で呼ばれたらしいわね」
近衛さんが家出して、施設に逃げ込んできたとき……あの時、確かに魔法教師に青山姓で呼ばれ殺意を発し。
「えぇ……そう言う、事ですか」
「学園内で関西呪術協会と繋がりのある青山家と言う処との関係性が取沙汰されたららしいわ、それが関西呪術協会の耳にも入って……さて朱雀、貴方の学園・関東魔法協会側から見たの魔法側での立場は?」
「……【闇の福音】の撃破、学園との対立、情報操作によるマスコミ攻撃にも関わったと思われているでしょう。何度も関東魔法協会を危難に追いやった要注意人物」
学園関係者……関東魔法協会側からすれば、自分たちにも非はあるものの、何度も騒動を巻き起こした厄介者、危険人物でしょう。
「ついでに言えば、GFとも深い繋がりがあるのと、近衛家の孫娘を魔法の世界へ引き込んで、交流を始めている……関西呪術協会とか言う組織としては、是非とも取り込みたいでしょうね」
衝動的に力が篭るが、辛うじて堪える……ディルムッドが抑える備えもしているが。
今、この場で怒りを撒き散らしても何の意味もなく。
「……一番の心配は、女の直接的な接触ね……朱雀、分かってるわよね」
そう、例えば目の前にでも現われてくれない事には……いっそ、面を見せたなら。
「何を心配されてるんでしょう……」
「殺すなら、手を汚すのはディルムッドにさせるか私に言いなさい……直接手にかけるのだけはやめて頂戴、問題が根深くなるわ」
そう、この話を聞かずに突然現われて、訳の分からない話でもされていたら。どうしていたか分かりませんね……
「……いきなり、目の前に現われたら保証は出来ないですね」
「だから今、言ったのよ……ついでに言っておくと、男の方は本国でオコジョだけど……関西はこの男も手元に引き込むかもしれないわね」
未だ見ぬ関西呪術協会の面々に殺意が湧き上がる。
もう二度と関わりたくも無い男女。黒歴史として記憶の底に封印していた2人の姿が頭に浮かんでくる。
「……悪かったわね、朝から……今日は千雨ちゃん達も来るし、直ぐに気分転換できる方が良いと思って」
今日は施設の行事があるのでお婆さんもいるし命君もいる、千雨ちゃん達も来るしメディアさんもディルムッドも居る。
確かに、陰鬱な気分は取り払われそうで。
「……いえ、ありがとうございます。突然、目の前に現われたり接触されてたら我慢できなかったでしょうから、覚悟できたのはありがたいです」
「そう……用件はそれだけよ」
「了解しました……」
数度、深呼吸して意識を切り替える。
「今日はメディアさんも参加でしたっけ」
と言うか、こんな朝早くから施設に居るという事は昨晩から泊り込んだんでしょうが。
偶に、施設の子と一緒に寝てますからそれかもしれませんが……一応先に申し上げて起きますと犯罪ではありません、施設に来たばかりの子は突然の環境の変化に不安がる子も多いため、お婆さんとかが寝かしつけたりすることがあります。
メディアさんは、それを女の子限定でお手伝いしてるだけです……女の子限定と言うのがどうかと思いますが。
「えぇ、このかちゃん来てくれるそうよ」
ちなみに今日は、施設の子達を連れての麻帆良見学ツアーです。
少等部に入学する子とか、最近来たばかりの子が対象ですね、何時もより数が多いため可能な限りの手伝いを動員しました。
「と言うことは桜咲さんも……」
「鳥女も誘ったって言ってたわね……はぁ、いちいち睨んでくるし、本当に邪魔ねあの子」
施設襲撃の際、近衛さんの前で妖の血の混じる証とも言える翼を曝してしまった桜咲さん。
その後、ディルムッドに捕縛された上に近衛さんと手錠で繋げられ共同生活を強制され、学園長と西の保護者にも言い含められて逃亡が禁じられたようです。
背中の翼で一悶着起きそうでしたが、桜子ちゃん達はメディアさんが言い含め、何故かコスプレ勉強会なる事態になりました。
千雨ちゃんは自分のそれを、メディアさんに着せられたと言って逃げ口にしてましたが、逆にそのせいで一日ビブリオンのコスプレで過ごす羽目になってましたが。
ちなみに、近衛さんは『せっちゃんが居なくなったらグれるで、ヒコーに走るんや、エンコーもしたる……後何やったけ』などと言う脅しをかけてました。そのおかげか桜咲さんは『お嬢様—』等と叫びつつも留まりました。
留まったのですが……
そんな事態を引き起こした私とメディアさんは桜咲さんの中では随分な悪印象になってしまったようです。
「本人の前では言わないであげてくださいよ」
「心配しなくても、このかちゃんの前では言わないわよ」
いえ、桜咲さんの前で言わないで欲しいんですが……駄目っぽいですね。
ともあれ、小さい子達の面倒を見るのに人手が増えるのはありがたいです、ボランティアの方も居ますが……あのくらいは本当に手がかかりますからね。
「じゃぁ、また後でね……ちゃんと気を切り替えなさいよ、お婆さんにも変なこと言わないように」
「えぇ」
「では、後ほど」
メディアさんとディルムッドが去っていきます。
ともあれ、【闇の福音】復活ですが。
それよりも、関西呪術協会の私への接触の可能性ですか。
最悪は、民事レベルで裁判でも起こして親権をとか考えているのかもしれません。
私の手中にある戦力は、それくらい魅力的でしょうから。
「……なかなか、問題は無くなりませんね」
Vierさんからネギバトンを頂きましたので、活動報告に載せてみました
ちなみに、バトンはXYZさんに渡しました。