36話
今日は年少組の麻帆良見学……庭には数十人の幼児達、来たばかりで不安がちな子も多く。
施設の年上の人たちも助けてくれますが、なかなか大変な行事です。
「こんにちはー」
そんな施設を笑顔で訪れたのは近衛さん、傍には竹刀袋を背負った桜咲さんが居られます。
桜咲さん的には、此処は敵地に近い印象なんでしょうね、かなり警戒した様子で。
「いらっしゃい、このかちゃん」
にこにこと迎え入れるのはメディアさん、桜咲さんには眼も向けませんし、桜咲さんも眼を向けません。
「ごめんなさいね、無理をお願いして」
「いいですよ……うちも、お手伝いしたいと思ったわけですし」
桜咲さんも、行き場なく施設で暮らす子供達には思うところがあるのか、複雑な視線を向け。
千雨ちゃん達にも声をかけたため、3人して子供達の相手をしてくれています。
幸いにして、千雨ちゃんにはさっき、顔を合わせたときに軽く小突かれたので、私の精神安定は済みました……千雨ちゃん曰く、何か抱え込んでる時の顔をしてたらしいですが。
その後もアキラと桜子ちゃんに頭を撫でられました。男なのに撫でポされる機会の方が多いです、余程弱って見えたんでしょうか。
長年の付き合いのありがたさを味わいました。
「ありがとうございます」
今回手伝ってくれるのは幼馴染達とメディアさんにディルムッド、近衛さんたち。
他にボランティアの方も来られてます、泣き黒子のある美人さんですが……大学生くらいですかね。
考えていると、此方を向いてにっこり笑われました。何だか体感気温が急に下がった気がします。
「ええと、私とディルムッドと他何人かで男の子を相手しますので、近衛さんと桜咲さんは女の子達をお願いできますか、千雨ちゃん達は手馴れてますし、フォローしてくれると思いますので」
ひとまず、近衛さん達には女の子の相手をお願いしたいので、千雨ちゃん達と一緒になってもらいます。
「ん、分かったえ」
最近来た女の子の一部は大人の男性に怯えてしまいますからね、私達では近づけません。
……この施設に来る子供達は皆、何かしら事情があって親元で暮らせない子ばかりです。
中には施設に問題があって移ってくる場合もあって……先日、百人近い児童を受け入れる事になりました。
お婆さんがGFに頭を下げにこられたので、慌てて止めて隣のビルを買い取って大増築です。基本、私がお金を湯水のように使うのはこう言う時ですね、先輩もメディアさんも椎名さん(桜子父)も即賛成のため、最高幹部会決済、際限は無いです。
……故に、その援助のみを目当てに近付いてくる愚者も居ますが。
基本、経営難に陥った施設は施設ごとグループに入れて支援して運営を続けてもらいます……唯、それを続ければ、それ目当てに近付くモノも居るわけで。
……そう言った、施設の管理者側に問題があっての経営難や、子供達が人間不信に陥ってる場合は、環境をがらっと変えた方が良いため、ここに子供達だけ受け入れます。
彼女等もそんな子達だったはずで……管理者側の人間達の行く末はメディアさんしか知りません。
自分達が管理者として関われないならとか言うのが多いですからねぇ、そこから先は、未成年は関わらせてもらえない事案だそうです。
先々、色々私も携るべきだと思い……
「そう言えば朱雀さん、ちょっとお願いがあるんやけど」
「ん?何ですか?」
ふと、近衛さんが此方に寄ってきます、そのまま向かい合って。周りに聞こえないように……
「
「お嬢様ーーーーっ、な、な、そんな男に、いきなり何を言い出すんですかー」
近衛さんからとんでもない一言が漏れて、桜咲さんが慌て出します……傍に居るメディアさんが騒ぎ立ててないので、たぶん吹き込んだのはメディアさんなんでしょうけど。
「魔法使いになるんやったら、従者の一人も居った方が良いって聞いたんやけどな、せっちゃんに作り方を聞いても教えてくれへんのや、朱雀さんなら教えてくれるかなぁって」
「お嬢様、お止めください、そんな男に教えてもらうだなんてそんな」
「せっちゃんは教えてくれへんし、約束無視するし、せやから朱雀さん、お願い聞いてくれへんか」
慌てふためく桜咲さんと、その桜咲さんに掴みかかられて嬉しそうな近衛さん。
うん、千雨ちゃんが吹き込んだのかメディアさんが吹き込んだのかは知らないけれど、人をだしに使うのは勘弁して欲しいんですが。
「……お、お嬢様、分かりました、私が教えますので」
「なぁなぁ、教えてなぁっ、せっちゃんが教えてくれへんの」
桜咲さんの言葉を無視して何故か私にひっついて来る近衛さん。
千雨ちゃんの眼が冷たいんでやめて欲しいんですが、それとメディアさんが腕を組んで指で肘をトントンしてますし。
えぇ、くっついて来ながら背中の桜咲さんの反応を楽しんでる辺り、桜子ちゃんくらいは性格悪いでしょう近衛さん。
「お、おじょ……」
「なぁなぁ」
桜咲さんからの声かけを無視する近衛さん。
えぇ、まぁ、確かに、一番警戒している私かメディアさんに近付こうとする姿勢は桜咲さんには許容しかねるでしょうから。
「こ、このちゃん、うちが教えるから」
「そっか、ありがとなせっちゃん」
満面の笑みで桜咲さんに向き直ってハグする近衛さん、あ、桜咲さん真っ赤ですね、それでも離れないのは
それらを見ながらGJと指を立てるメディアさん……脚本を作るだけで近衛さんの満面の笑みと信頼を勝ち取れるんですね、それはメディアさんは黙ってられないですよね。
桜咲さん、分かりやすいし、乗せやすいですから。
「ですが、何で私なんですが」
別に、メディアさんにねだらせても同じ結果は得られたはずで、むしろ、ねだられるだけメディアさん得な気がするんですが。
「鳥女の視線が鬱陶しいもの、良い目を見られるから良いじゃない、ついでに得意の天然ジゴロで落としなさいな、鳥女は邪魔しないわよ……このかちゃんに仮契約したら、モぐわ」
……本当、桜子ちゃんの時、よく生き延びましたよね自分。
あの時だけは、仲間内で争う時間を与えなかった【闇の福音】に……えぇ、耳垢程度には感謝しました。
「……誰が天然ジゴロですか誰が」
溜息を漏らしつつ、美少女2人のハグから眼を逸らします、メディアさんのように爛々と見てるのは問題ですしね。
とりあえず、危険な3人からは距離をとって。
「朱雀兄さん」
かけられた声にちょっと複雑な想いをします、思い出すのは今朝のメディアさんからの話。
関西の、“私”を産んだ女の実家が、私に手を出そうとしている話……
それは、声をかけてきた“彼”にも関わる話。
「
今は、小学4年生になりました。メディアさんによる、【容れモノ】の肉体作成に3年を要し。
再び生を謳歌し始めた少年。
施設に来た当初から世話を焼いており、何時からか兄と呼ばれるようになった少年。
「はい、兄さんを習ってみんなの面倒を見るのも良いだろうとお婆さんが」
理不尽に生を奪われ、居場所を私が奪ってしまった少年。今浮かべる、その笑みが朗らかであることが少しは救いになり。
……この少年の中で、未だ両親が美化されている事実は私を苛立たせる……
アーチャーの姿をした私が施設へと連れてきた尊。お婆さんは私の懇願を快く受け入れ。
……唯、たった一つの誤算……
幼い彼の中で、部屋から出さず、食事も碌に与えず、嬲り、癒し、また嬲って手慰みにした両親は、たった2人の“自分以外”で。
それを幼い心は歪んで受け入れ、3年間の魂での存在は、それを強固なものにしてしまった。
この子の中では、両親は旅行に出かけた、その時に捨て台詞があったのかもしれない、何時か迎えに来るとか、待ってろとか。
思い出したくも無いですが。
けれど、事実として、この子の中で両親の存在は美化された、元より、たった2人の男女に捨てられる瞬間にこの子が思ったのは、唯々、両親を待つ想いだけだった。
「そうですか……そうですね、尊も大きくなりましたから」
「はい、何時か朱雀兄さんのようになるんです」
ただ、この子のひたむきさは賞賛すべきだろう。
私などを目標に頑張っている。
自身の悪い点を率先して理解し、それを直そうと必死になる頑迷さは少し厄介ですが……今より悪化しなければ良いでしょう。
えぇ、幼いながら生き残るために身に着けたのだとしても。
私達が与えた無辜の愛情。それを両親も与えてくれていたという錯覚だけを除けば。良い方向に進んでる筈です。
実際、施設の子等には少なくない症状です、幼い身を苛んだそれを、周囲への理解と共に錯覚していく。
自己防衛本能のようなものでしょう、思い出せば、その仕打ちに壊れてしまうから、良い方向へ、良い方向へ想い出が改竄されていく。
特に、実直死を迎えた尊君は。
「大変ですよ、頑張ってくださいね」
「はい」
私達が、護らないといけないですね。
この子は、立派に育ってるんですから。
あんな2人の幻像に踊らないように。
で、麻帆良学園に来ましたが一つ問題が。
早々にメディアさんが早退しました、まぁ、あの人、学園は好きじゃないですしね。
まぁ、構わないんですが……直感がさっきからガンガン鳴り響いてます。
……何かある、覚悟くらいはした方が良いかもしれません。
「想定よりずっと早いネ……祖父母と叔母、ついでに妹らしいヨ。さすがに本人は来てないガ、顔を見るまで帰らないとか言ってるネ」
「……あなたには、それなりの権限を与えたはずだけれど、私の不在も任せられない非才だったとは思わなかったわ」
「心の底から申し訳ない、けど、馬鹿ヨ、関西……普通に考えたらどう考えても無理ヨ、これ」
「……そんなに酷いの?」
「情任せ、とにかく母親と会わせればなんとかなる、そんな感じヨ、それで本人の同意を得られると信じてるとしカ」
「……朱雀がそんな容易くねぇ、どこかで勘違いしてるかしら」
「……彼女等の認識でハ、子供はとても両親に従順で、“何時か迎えに行く”約束を信じてる筈だト」
「……あぁ、納得したわ、相手は馬鹿よ……そう、“尊君”相手の気分なのね……適当にあしらっておいて……欲しいけど、馬鹿相手なのね、真剣に取り合ってあげなさい、そうね……朱雀たちが戻る3時間くらい」
「……貸しで良いか?」
「朱雀の貸し一つくらいならね、あれは勝手に恩に着るでしょうけど」
「やれやれ、遭わせるのカ? あれらは危険ヨ? あの無脳さは、朱雀さんを苛立たせる」
「……けど、朱雀には良い機会だし……このかちゃんに、自分が将来統べるかもしれない連中の、レベルの低い部分は見せておきたいわ」
「……可愛がってなかったカ?」
「だから、大事に育てるのよ、今の時点で西の汚点を見せられるのはむしろ有難いわ、少し西に反感を持ってもらえると、手元に引き寄せやすいもの」
「……手駒になったの安心したのは今が始めてヨ」
「あなたは良いのよ、そのままで……心配なら朱雀に付きなさい、あれは正直だから、あなたの望みがかなわないなら、すぐ表に出すわ。寧ろ、未だに出さないと言う事は……分かるでしょう、あなたの望みと朱雀の望みは、それ程違ってないの」
「多少違うカ」
「マクロとミクロの差ね……私達にはその程度よ」
「……やれやれ、散々計画を練っておきながら、お家騒動の暗躍に終始するのが一番の良策とハ」
「安心なさい……私は良い賢狐には見合った褒美を与えるわ、あなたは、良い賢狐よ」
「感謝するネ……最強の、魔術師殿」
「……ディルムッド?」
「彼は少し口が軽いネ」
「気を許した相手にね……本当に、手が早い騎士だこと」