ちょっと短いです
38話
……空気が重たい。早く帰りてぇ……
と言うか、この2人、この短い時間でどんだけ険悪な仲になってんだよ。
視線の先にはディルムッドさんと那波。
2人とも、比較的近い距離で互いを牽制しあってるように見える。
基本、ディルムッドさんは普段から温和な雰囲気を纏っている。ただ、過去にアキラにナンパが近づいたときと、桜咲をあしらった時に異常なほどの敵意を身に纏った事がある。
今はそれに近い状態で那波に注意を払っている様子。
那波も、普段は温和でクラスでも保護者的な立ち位置に居ることが多い。ただ、年齢に疑惑を抱いたり、今みたいに保護者のようなとか、想像しただけでスタンドを背負って威圧してきやがる。
と言うか、年増っぽいイメージをしてるのに威圧してこない時点で、ディルムッドさんに注視しているようで。
……施設の応接室にはその2人と私しか居ない……正直勘弁して欲しいんだが。
椎名と大河内は他の子達の案内とかで連れて行かれ、何故か私と那波だけ残された現状……応接室に通されてる時点で嫌な予感がするし。
「……つか、私も行ったほうが」
と言うか出たい、この部屋から今直ぐに出て行きたい。今なら面倒なガキ共の世話も楽しんでやれると思う。
「恐れ入りますが、千雨様はそのままに……間もなく朱雀殿が見えられます」
「いや、別に私が居る必要は」
「……朱雀殿を抑えておくのに私やメディアでは力不足なのです、お願いいたします」
深々と頭を下げるディルムッドさん、頼むから勘弁してくれ。
と言うか……さっきまで、別におかしな様子は無かった。
事故に遭ったのは驚いたが、那波も尊も2人のおかげで無事……車と正面からぶつかって、拳一つでねじ伏せたディルムッドさんがちょっと、軽傷を負ったのと、ショックで尊が意識を失っただけ。
非は尊に有った様子だから、注意を怠った自分に腹は立ててた様子だったが、別段そこまで激昂した様子は無く。
敢えて言えば那波が激昂しようとしてディルムッドさんに口を塞がれていた。
事故に遭う前に、何か有ったのかも知れず、メディアさんに確認させられたのは……母親を捜してるようだと、神殿と学園から離れた途端にそうなったと、それと処置……
神殿てのは分からないが……尊は確か施設の子の中でも特に朱雀が気にしてた子だ。
兄弟みたいなものだと言っていたし、身内扱いもしている。
印象としては、ここの子としては珍しく生みの親に強い好意を持っていて、それを朱雀は不快に思っているようだった。
「……尊に何かあったのか」
「……間もなく、朱雀殿が見えられます」
本気で逃げたい……那波の視線は強くなるし、ディルムッドさんは頑なだし。
感じからして、朱雀は何時ものモード……いや、それを越えて、吸血鬼の時位になりかねないし。
……そう、朱雀が迷わず、殺す意で槍を突き刺した時に。
「……待たせたわね」
逃げたいが、逃げられない。そんな状況で部屋に入ってきたのは4人。
メディアさんと朱雀……それに、桜咲と近衛まで着いてきている。
メディアさんは普段の落ち着いた微笑を消し去り無表情で、残り3人は戸惑った様子……そのままメディアさんは部屋を見渡して、那波に目を留めた。
「少し込み入った話になるの、関係者以外は退室して欲しいのだけど」
「……あの子の事ですか」
普通なら反論も許されず圧し負けるだろうメディアさんの視線、那波はそれを受け止めて見つめ返す。
「そうよ」
「……私にも聞かせてもらえませんか、何故あのようなことをしたのか」
那波が睨む相手はディルムッドさん、周りは不思議な顔だ。
ディルムッドさんがした事と言えば、那波を事故から救ったことと、朱雀から尊を受け取って、そのまま意識を失った尊を背負って施設まで運んだ。
着いてからはメディアさんに任せてたけど、それもおかしな事ではなく。
「必要と判断したからです」
けれど、ディルムッドさんの言葉は重たい。少なくとも、那波の糾弾を受け入れ、後ろめたいことをしたかのようにも聞こえる。
「だから、何故」
「……ちなみに、誰かしら」
「千雨ちゃん達のクラスメイトで、今日の行事を手伝ってくれたボランティアの子です」
那波の声にも頑として沈黙を保つディルムッドさん、メディアさんは朱雀に那波の事を訪ねた後、そう、と呟く。暫し考えた後で息をつき。
「まぁ、良いわ……そこの子の口振りからして、あの子の意識を奪ったのはディルムッド、あなたね」
「はい、影響が最小限に抑えられるかと」
「えぇ、良い判断でしょう」
那波の視線がメディアさんを向く、朱雀達も驚いた様子で……何故か私がメディアさんに手招きされた。
「このかちゃんたちは、そこに居て貰えるかしら、今からちょっと大切な話があるの」
目立たない壁のほうを指すメディアさん、首を傾げながらも2人は隅に寄り。
私は嫌々メディアさんの招きに従い……ハリセンを手渡された。
「……なんです、コレ」
「以前に千雨ちゃんに渡したモノ(宝石)をさらに神秘的に仕上げた代物よ、悪いのだけど、朱雀が興奮したらそれで叩いてくれないかしら」
確かに、ハリセンにしては意外に重いし、朱雀と桜咲がとんでもないものを見る目を私の手元に向けている。
『高い鎮静作用と意識誘導で一時的に正気を取り戻すようにしてあるわ、千雨ちゃん専用にしておくから使って頂戴』
確か、念話と言う頭の中に強制的に言葉を送り込む魔法で詳細が教えられる。
しかし、何でハリセン……確かに、一般人の前で振り回してもおかしくは思われないだろうけど。
嫌なイメージが定着しそうだ、ツッコミ役と言うか……
「……それが嫌ならコレ(手錠)もあるけど? 繋いでおけば早々暴走しないでしょうし」
「ハリセン有難うございます」
以前に、桜咲が近衛から逃げられないように架せられた特別製の手錠を出されたので、ありがたくハリセンを受け取っておく。
と言うか、何処に仕舞うか迷ってたら自然と袖口に滑り込んできた、無駄に高性能だな。
「と言うわけで朱雀、言うけど……今此処に、青山の家の者が来てるわ」
「……あぁ、そうですか」
那波、ディルムッドさんに加えて朱雀まで険悪モードに突入しやがった。
青山……尊の家か。朱雀とそんな関わりは……
「祖父母と叔母、それに玩具……会うかしら?」
「問答無用で叩き返してくれて構いませんよ、話を聞くだけ無駄です」
「っ、何でですかっ、青山って……尊君のお家じゃないんですか」
無表情で問うメディアさんに、無表情で答える朱雀、激昂する那波……まさか、あれまでハリセンではっ倒せとか言わないよな。
「そうね、朱雀達の家の事情を知らない人も多いから説明しておこうかしら……構わないわね、朱雀」
「……出来れば遠慮したいですが」
「事情の疎い子に過分な親切をされるのも、勘違いしてそうな子に警戒されるのも面倒だもの」
前半は那波を、後半は桜咲を見ながら呟くメディアさん。
それに、朱雀は溜息で応えた……確かに、那波にはちゃんと事情を説明しておかないと、自分から首を突っ込んできそうなテンションだ。
「ミコト君だけど、生みの親の手を離れて施設に来たのは今から9年前……犯罪を犯した両親が海外へ出る際に足手まといになることから海に捨てられた……その後、数年後に両親は国外で逮捕、双方強制送還されて男の方は外国、女の方は京都で拘留される事になったわ」
苦々しげな様子の朱雀……ふと、名前が気になった。
漢字こそ違うし、そう呼ばれるのは凄く嫌がるが、朱雀の名前も、
「その後、尊君は意識不明の状態で4年近く眠り続けて……意識が快復したのは5年前、その間成長まで止まっていたけど、実年齢は朱雀と同い年よ」
「はっ……」
小学4年の尊……それが同い年と言われても、後、意識不明で4年間てどんだけ。
いや、面子的にも3人の中で私だけ選ばれた辺りも、魔法関係が絡んでるんだろうという気はするけど。
後、桜咲がもの凄く妙な顔で朱雀を見て。
「ちなみに、朱雀の両親は既にこの世界には居ないわ、それで満足かしら」
その桜咲にメディアさんが一言を添えた……前に聞いた話と微妙に違う気がするが。両親がいないとは言っていたが、縁を切ったと。
尊の家と同じようで……那波用に嘘は言わないが真実全ては語らないってか。
「女が京都で投獄されたのはこの少し前、当時青山姓を名乗れず姓は“朱雀”を名乗っていたようね。ここで少し話が拗れるけど、尊君は意識不明の状態、そして施設には朱雀命と言う、尊君とまったく同じ境遇の少年が居た……結果、青山の家は、女の産んだ子は“朱雀命”だと思ったのよ」
……那波は黙って話を聞いてるが、さっきから朱雀の不機嫌さは増すばかり。
それにメディアさんは言ったのは“思って”いる。
向こうの認識だけ。朱雀達の家の事情と……朱雀と尊を勘違いしてるとはっきりとは言わなかった。
「その後、親類から施設に簡単な申し開きがあったわ……元気にしているかとか、“妙なことを口走ってないか”とか……最終的に、朱雀命が問題なく過ごしていることを確認すると後は音信途絶……と言うのが、春休み前までの状況よ」
「……尊君は、母親を捜しているようでした」
「そうね、会いたがっていたそうよ、施設側でそれは断念させてたけど」
那波は睨むが、話を聞いてれば少し気持ちも分かる。正直、聞く限りでは青山の家って言うのが尊君にに愛情を注ぐとは思えず。
「ちなみに、保護当時、ミコトには虐待の痕があったそうよ、ついでに栄養失調気味で、保育園のような処には……いえ、一つの部屋から出されたことすらなかったらしいわ」
「……けど、尊君はお母さんを捜して……」
ちらりと、メディアさんの目が朱雀に向く……ひどく不安そうに。
「……簡単に言えば、クスリのようなものが使われていたようよ」
ピクリと、苦々しげだった朱雀の顔が歪んだ。
信じられないものを見るようにメディアさんを見つめる。
「……その二人が犯した犯罪は、そう言う魔法のようなクスリによるものだったの。育児で面倒なのは全部それで補われた。それは記憶を消したり、無条件で好意を向けるよう仕向けたり、空腹感や痛みさえ忘れられる……特に、無条件の好意と自分の元へ戻ろうとする意思は、刻み付けられた……それを、日常的に子供に使っていたのよ、さっき確認したわ……さっきも症状が出ていて……ディルムッドが意識を奪ったそうね」
那波が青ざめ、近衛が息を呑む……魔法のクスリ。てか魔法だろう……
吸血鬼にされた時は朱雀にさえ牙を剥けてしまった、心を弄くる技術……それを。
「……メディアさん……それは」
「ごめんなさい、あの子の身体を看たときに違和感はあったの、けど、そう言う家系もあるし、そのままにしておいてしまった、私の手落ち」
呆然と立ち尽くすのは朱雀。
まるで、記憶を振り返るかのように目を閉ざし……少しずつ、少しずつ、その身が震えていく。
今まで眼を背けていた、汚い何かを見せ付けられたような嫌悪を顕にし。
「……記憶の欠落……無条件の好意……こんな……こんな」
その身から感じるのは圧倒的な圧力。
いや、物理的なソレすら感じ。
「……殺す」
「落ち着けぇぇぇぇぇっ」
スパーーンッと、さも自然に私の手に握られたハリセンがその朱雀の顔を叩いた。
一瞬顔を顰め、そして
「今は尊の話だ、朱雀の話じゃねぇ……いや、何となくだが……少し落ち着け」
怖ろしいのは、未だに“見たことがない”眼で私を見る朱雀。
……コレを放置する、無理だろう……私は
こいつに救われてるんだから……