39話
千雨様と朱雀殿が静かに睨み合う。
出来ることならば一生見たくはなかった光景。けれど、怒気に満たされた朱雀殿を抑えられるのは、千雨様しか居られないと思えてしまう。
少なくとも、朱雀殿を想っての裂帛の気性は千雨様が最も強く、朱雀殿の内での序列で私やメディアは千雨様に到底及ばない。
私やメディアでは、朱雀殿は抑えられない……
故に、お二人に干渉もできず。
「……説明を続けるわ……青山の家は、ミコト君に不都合な想い出が無いことを確認すると、基本不干渉になったわ……むしろ、自分達に関わって欲しくなかったんでしょうね、尊君は会いたがったけれど、施設側も会わせない方が良いと判断したため接点は無いまま」
朱雀殿と千雨様が無言で見つめ合われておられるが、それを無視してメディアは説明を続ける。
この辺りは朱雀殿もご存知の事のため、説明自体は近衛殿と那波殿にしておられるのだろうが。
「……ところが、つい先日の麻帆良学園の騒動が波及して、青山の家の周りに要らぬ情報が伝わってしまったの」
ちらりと、メディアが桜咲殿に視線を傾ける。
突然、視線を振られた桜咲殿は戸惑われるが。
「朱雀がこのかちゃんと友誼を結んで、信頼を得ている……この意味が、あなたには分かるでしょう」
「っ……狙いはお嬢様、と言うことですか」
少し、近衛殿が青ざめられた。那波殿も驚いた顔で見ているが……
「えぇ、関西圏の特定分野で強い影響力を持つ近衛家、青山の分家筋にすれば是が非でも繋がりを持ちたい……このかちゃんはまだ分かりづらいかも知れないけど、関西の一勢力と麻帆良学園のバックボーンは対立関係にあるの……その子が麻帆良学園に来ただけで同門の者に裏切り者扱いされるくらい根深くね」
桜咲殿を指差しながら言い切るメディア、実際、あそこの闇は根強く。
「そんな……お父様とおじいちゃんが……」
「トップ同士の仲は、良好なはずだけどね」
近衛殿の辛そうな顔を見るのはメディアにしても苦の筈だが。此処で教えておかねば先々に不安の種を残すこととなる。
癪ではあるが、自身の危うい立場を教えるには良い題材で。
「他にも、GFと繋がってたり、学園長の痛い腹を幾つも抱えてたり……是が非でも欲しい“利”があるのよ、朱雀には……最早、形骸を為していなかった親類の縁を利用してでもね……あいつ等が欲してるのは尊君への愛情じゃなく朱雀の有する“力”よ」
「……そんな……せっちゃん、そんな事……本当にあるんか?」
「お嬢様……酷な話ですが、お嬢様を東の麻帆良学園にやってしまったことを心良く思わぬ輩は居ります、正直、手段を選ばぬような者も……」
実際、関西呪術協会の守旧派と言われる面々は、関東魔法協会の日本への流入による組織力の低下もあって段々と手段を選ばぬようになっていると聞く。
幼く、純真な彼女には想像もつかぬ卑劣な面もあるだろう。
「……そう言う訳で、青山の者と尊君は会わせられないのよ……朱雀とは、一度遭わせておいたほうが良いかと思ってたんだけど」
千雨様と対面したままの朱雀殿、威圧等はされていないようだが、元々、争い事とは無縁の千雨様はハリセンを握る手を震わせ。
「……会わせない方が良さそうね、このまま追い返すけど……」
すっと、静かに話を聞いていた那波殿が一歩前に出られる。
「……出来ればで良いので、私も一目お会いしても」
「そうね、私の言葉だけで全部信用できるわけじゃないでしょうし……貴方なら変装しなくても職員で通るでしょ、ディルムッド、付いていってあげなさい」
千雨様のご学友……同い年と言う話だが、正直、見た限りではメディアと並んでも違和感は無い。
適当な名目で連れて行くのは易く。
「……メディアさん、うちも……お話聞いてみてええか」
「このちゃ、お嬢様っ!?」
少し涙目になりながらも、はっきりとした物言いで近衛殿が言い切られる。
今まで聞かされていなかった家庭事情を突然突きつけられ、もっと混乱してしかるべきでしょうに。
「うちのせいで、こんな事になっとるんやったら、本当のことは知っておきたいんや」
「そうね、酷だけど……このかちゃんには自分の立場の自覚が必要だと思うわ、それで、今でも傍にいてくれる幼馴染のありがたさを確認しなさい」
朱雀殿の話では、少し先にある修学旅行の行き先の第一候補は京都。
ネギ先生を関西呪術協会への特使に祭り上げる可能性があるらしい。明らかに面倒が待っているだろう状況で、最重要人物の危機意識の低さは問題となる。
メディアにしても断腸の思いだろうが。一度、近衛殿に問題の根深さを見せておきたいと決断された……無論、学園側には一切告知していないが、本人の意思なのだから構わないだろう。
「変装の道具を用意してあるわ、ディルムッド」
「かしこまりました、此方へ」
年齢詐称薬に、印象を大きく変える魔法符、メディア謹製のもののため唯でさえ効果は高く、神殿の仕組みを持つ施設内では、さらに効果を高める。
関西呪術教会によく顔の知られた2人でも気づかれる心配は無く。
「私は……尊君の処置をしなおしてくるわ……今度こそ完璧にね、それから……魔心を込めたお返しもしないといけないし」
そうして、朱雀殿と千雨様、那波殿を部屋に残して一旦部屋を去る。
朱雀殿にかけられる声を、見つけられぬまま。
不甲斐なき身をお許しください、どうかお願いします、千雨様……
「……メディアさんが言ったんだ、これで尊のヤツは大丈夫だろ、親類縁者は今後も追い返して、会わさせない……お前も会わない、それが一番だろ」
「えぇ……」
「お前が癇癪起こして障害沙汰になれば、尊のヤツも気に病むし……私やメディアさんだって気が気じゃなくなる」
「…………」
一気に人口密度の減った部屋で、朱雀さんは疲れたようにソファに腰掛け、部屋の天井を見上げます。
色々と、考え込まれている様子だけれど、長谷川さんが安堵したようだから、きっと落ち着かれたんでしょう。
……事実、息の詰まる空気を2人だけで発していて、気が気じゃなかったけど。
「……ふぅ……」
長谷川さんも疲れたのか、溜息を漏らして朱雀さんの傍らに腰掛けます。
自然と傍にあるのは、仲が良い証拠なんでしょう。軽く服の袖を掴んで逃げられないようにして、本当に仲が良く。
「……私の眼でも、見極めてきたいと思います……ご親族の方々がどんな方かを」
私は私の決意を口にする。メディアさんの言葉の全てを鵜呑みにはしない、実際に会ってみて……答えを出してみたいと想う。
「……信頼しますよ、私達が間違ってたら教えてください」
「私はもう、面倒な家庭事情はうんざりだ……尊は那波に任せた、私はでっかい子供の面倒で手一杯だ」
「だ、そうですよ、ちゃんと長谷川さんの言うことを聞いて大人しくしててくださいね」
重い空気を払うよう、軽く朱雀さんの頭を撫でてみる。
すると、朱雀さんはソファに座ったままでじっと此方を見上げて。
「……何故、撫でポするより、される機会の方が多いんでしょうか私は」
「馬鹿言ってんじゃねぇっ」
スパーンと、長谷川さんが振るうハリセンが朱雀さんの顔に叩きつけられました。
唯、そこから少しだけ笑いが漏れ……
少しだけ、3人で笑い合いました。
その後で、私は、少し大人になったように見える桜咲さんと近衛さんと共に、彼らの前に立つ事になりました。
「と言うわけで、尊君は私達の部屋で受け入れたいと思います」
「いえ、私が責任持って預からせていただきます」
「普通に私の部屋でいいと思うんですが」
「別にうちの処でも良いんよ、ネギ君いなくなって寂しいと思とった事やし」
どうでも良いから、さっさと私を解放してくれ。
いや、うん……会談自体はさっさと終わったらしい。
と言うか、“妹”さんが急に体調不良になった辺りから、相手の応答が支離滅裂になって、最終的にはぐったりした“妹”さんを抱えて慌てて逃げ去っていったらしい。
私も、近衛から話を聞いただけだが、まぁ要するに、話の最中にメディアさんがきっちりやり返して痛い目を見させて。
……問題は後、尊のことだけ。
今後も情報流出や、なんやらを含めて、尊は何だかんだで強力な結界……那波にはセキュリティ……を有する麻帆良学園の寮に入れたほうが安全と言う話が出始めて騒動が始まった。
何せ小学四年生、10歳児に教師をやらせる学園とは常識の正常さが違うのだから。
何処の誰が、子供を受け入れるのか……それで論議が始まった。
朱雀とディルムッドさん……ルームメイトが他に1名居たり、夜間警備のために外出するディルムッドさんが幼い子供のケアをちゃんと出来るかが問題になる2人が声をあげ。
青山の家の者に手を上げかけたらしい那波も立候補した。
いんちょのお陰で部屋も広いし、女性の方が良いんじゃないかっていってるけど……尊はなぁ……どう考えてもいいんちょの射程内なんだよな。
後ネギ先生で問題にもなったし……いや、今度は普通に子供なんだが。
「大丈夫よ、私達がうんと可愛がってあげるから」
「いやあの」
「ちなみに、那波……それは既にセクハラに近いぞ」
無駄に豊満な胸に尊を招き入れてのハグ。
私にしても弟分みたいな感じだから、朱雀のようなハーレム属性と言うか無節操さは持って欲しくないので避けたいな。
「普通に私のところで良いんじゃないでしょうか」
朱雀は当然のように、自分の寮の部屋で良いんじゃないかと声を挙げ
「そ、そうですね、朱雀兄さんなら」
「ルームメイトの方に気を使ってしまうでしょう」
ニコニコと笑ってる那波だが、近付かないぞ、と言うか、前の失言を後追いでプレッシャーかけてくるし。
「なら、私のところはどうカ、何と言っても、私独自に寮外に二人部屋を確保してきたネ、私と2人きりヨ」
どっから湧いてきた似非中国人。
いや、こいつも何か企んでて、朱雀に恩を売る機会を逃すまいとしてるらしいけど。
「えぇと……ディルムッドさんとかも」
「一人暮らしですよね、夜間に不審者を多く捕まえてられるとか……まだ幼いですし」
で、何故か私が決裁役として選ばれた。
目の前のプレゼン見て、何処がいいか決めろと……何で私だ、何で。
と言うか、似非中国人が隈のある眼で本気なのが素で怖いし、那波もなぁ……いや、少し思っただけなんだから、昔(2~3話前)の話をそんな……あぁ、悪かったけどよ。
「そこはそれヨ……ほら、通い妻」
「……あぁ、そうですね、別に問題ないですし、父親も必要ですよね」
ニコニコと笑う那波と超、お前等の眼はディルムッドさんと朱雀しか見てないわけで。
……しまった、朱雀の先輩呼んでおくべきだった。まさか学園長は無いし……
「と言うわけで、ディルムッドさんお願いします」
誰を選んでもどっちかが巻き込まれるなら、被害が少ないほうがいい。
私はディルムッドさんを指名した。
「はっ、はい。微力ながら、頑張らせていただきます」
全部丸投げしておいた。
幸い、尊は長い付き合いだから私との仲は良好だし。
「……頑張れよ、お兄ちゃん」
「千雨ちゃんこそ、頑張ってくださいねお姉ちゃん」
とりあえずハリセンを叩き込んでおいた。
手に馴染んで良いと思う。
「呪詛の基本は相手に想いを込めること、えぇ、“無条件の好意”“苦痛を忘れ”“術者に都合の良い状態の維持”……ある意味基本よね」
「あっちの長閑なシーンが良いナ」
「……西の動きに直結するけど、別に興味が無いなら」
「興味が無くは無いネ、少し、ほのぼのが欲しかっただけネ」
「……別に良いけど、裏工作に動いてもらう予定だからちゃんと聞いておきなさい」
「了解ネ……基本がそれなら、呪詛返しカ」
「えぇ、今から“本人の辺り”に呪詛を返すわ、ただ……私は西洋魔法使いだから、ちょっと……ズれるかも知れないけど」
「……ズれて、本山カ?」
「いいえ、ズれて、広域に拡散しちゃうかも……えぇ、私の魔心が篭ったのが、10倍、100倍で辺り一帯に」
「……それは、此方からの攻撃と」
「“呪詛返し”よ……えぇ、無条件の好意……ついでに、ちょっと倫理観も忘れるくらいに術式がおかしくなるかもしれないけど、無理矢理呪詛返しを行ったらそれくらい範疇でしょう」
「そして、西はメディアさんに無類の好意を「気持ち悪くて反吐が出るからやめて頂戴」」
「大丈夫よ、“呪詛返し”の際、ちょっと誤差が出ただけ……本人を中心に広域に、“一番嫌いだったろう茄子にこそ好意を抱き”“そのためなら、後先考えない”……私達には好都合でしょう……みんな好意で動いてくれるんだから」
「うわ、西は空中分解で、そんなのが寄ってくる東も……うわぁネ」
「良い気味よ……さぁ、受け取りなさい、私の魔心」