40話
春休み、授業の無いこの期間にも麻帆良学園から喧騒が消えることは無い。
無論、実家に帰省する者も居るが、部活動に励む者や補習を受ける者、この時期から次の学園祭の準備をする者など、学園は普段と変わらぬ喧騒を見せ。
部活に属することなく、基本、予定の無い者も学園都市を見て回れば充分暇を潰せる、それほど広大な学園で。
展望台から見下ろす光景は、とても雄大です。
「右手の方が住宅街と、警備上最も重要な施設になる女子寮があります……丘の向こうまでが大学施設や研究所、ロボットの暴走に注意が必要です……あれが中等部と高等部の校舎、日中は気にかけてください」
「はい」
新学期から、教育委員会からの監査役兼特別広域指導員として麻帆良学園内での行動の自由が許されたディルムッドに学園内の地理を説明します。
高所から見下ろすだけでもざっとした地理は分かりますが、やはり細かい箇所の説明は必要で。この後女子中等部内の主要施設も案内してもらうつもりです。
「……しかし、改めて見てもありえねぇデカさだな」
暇だからと着いてきた千雨ちゃんも学園都市を眺めて頭を痛めています……実際、遠くには世界樹も見えますからね。
「広いよね〜」
部活前に、少しだけ時間が空いていた桜子ちゃんも高台から学園都市を見下ろして楽しそうです。
ちなみに、桜子ちゃんはラクロスのクロスを手にしているんですが、チアリーディングの衣裳も用意しており、ラクロス部からチアリーディングへのはしごをするそうです。
……本当、何でそんなスケジューリングなんでしょう。
「あの辺りが桜通りです」
「……はい、気をつけておきます」
未だ吸血鬼の噂残る、闇の福音の狩場……今後、ディルムッドも見回る事になりますが、恐らくは学園側から何らかのアクションもあるでしょう。
魔法使いの試練としてのイベントだから手出し無用等でしょうが……まさか、普通に一般人を巻き込む気じゃないですよね。
ディルムッドとしては、騎士としてその様な行為は見逃せないでしょうし。
「子供先生は職員寮に移ったそうですが、女子寮からそれほど離れてはいません、接触には気をつけるようにしてください」
確か、高畑先生や源先生の部屋の世話になるとか……まぁ、さすがにこれで、女子寮に入り浸ることは無いと思いますが。
「私も同じく職員寮に部屋を用意していただけるそうですから、問題なく」
後は、気をつけるのは子供先生の仮契約ですか。
高畑先生はともかく、原作を見る限りで学園長は神楽坂さんや近衛さんとの仮契約を期待していた節があります、神楽坂さんが【闇の福音】事件に関わる可能性もあり。
『ピンポンパンポーン♪ 迷子のご案内です、中等部英語課のネギ・スプリングフィールド君、保護者の方が展望台近くでお待ちです』
この辺り一帯に響き渡るように、話に出ていた子供先生の名前がアナウンスされました。
そう言えば、春休みに麻帆良学園を案内されるなんてのもありましたね。
「……いやもう、本当、あの子供先生にはくれぐれも気をつけてください」
「……了解しました……話には聞いていますので」
少し辺りを見渡してみると、近衛さんが神楽坂さんと2人で笑い合ってるのが見えます。
たぶん、桜咲さんもどこかに隠れてるんでしょう。
「ネギ君迷子になっちゃったんだぁ、あ、朱雀、千雨ちゃん、私そろそろ行くね」
「あの子供先生は……ま、頑張ってこい」
ニコニコ笑いながら桜子ちゃんが駆けて行きます。途中で気付いたのか近衛さんと神楽坂さんにも一声かけて。
自然、二人もこちらに気づき。
「あれ、長谷川さんに……」
「朱雀さんとディルムッドさんか、今日はどうしたん?」
ディルムッドとは初対面なので、言葉に詰まる神楽坂さん、私とも図書館島以来ですしね。
近衛さんはディルムッドとも何度も会ったことがあるので軽く挨拶します。
魔法関係の話もあるので、極力、近衛さんには、公で私達の話題を出さないようお願いしてます、神楽坂さんに話すことも無かったんでしょう。
「このか、知り合い?」
「ん〜……おじいちゃん繋がりで知り合ったんやけどな、朱雀さんの保護者さんやよ」
軽く頭を下げるディルムッド。
その視線を僅かに鋭くして近衛さんたちの背後に向けます……そこには、大きな杖を背負って涙目で走ってくる子供の姿があり。
「……何故、あんな目立つ杖を背負ってるのでしょう、秘匿は」
「……気にしないでやってください、いえ、むしろ諦めてください」
あの子供先生に魔法の秘匿意識は殆どありません。自分の身長より長い杖を背負って当たり前に行動してますから。
近衛さん達は子供先生と合流すると楽しそうに笑い合い。
「あれ、長谷川さん、こんな所でどうしたんですか」
「あー……散歩ですよ、ネギ先生こそ……マクダウェルの補習はどうしました」
「タカミチがやってくれています、まだ学園に不慣れなので僕は神楽坂さん達に学園内を案内してもらうと良いと言ってくれて」
そうやって関係修復するわけですか……神楽坂さんも高畑先生に頼まれれば悪い気はしないでしょうしね。
ついでに、高畑先生が補習を担当すれば闇の福音がサボってもフォローは可能……まぁ、邪推ですが。
「高畑先生に頼まれたら仕方ないしね、ほらネギ、ここから見てみなよ」
先程の私達同様、高台から学園都市を見下ろすネギ先生……ひとまず、近衛さんに軽く会釈して距離をとります。
面倒は避けるに限りますからね……正直、子供先生の行動に巻き込まれるのは御免です。
「ひとまず、桜通りと女子寮付近の地形を確認しに行きましょうか」
「はい、お願いします」
そのまま、女子中等部の方へ足を向け。施設に近付いた辺りで私は足を止めます。
敷地内の案内は千雨ちゃんにお願いし、ディルムッドには大体の地形を確認してもらいます。
私が堂々と足を踏み入れるわけにもいきませんからね……ディルムッドは既に指導員の権限を与えられていますから出入りも自由ですが。
ただ、問題は発生するわけで。
暫くしてから戻ってきた千雨ちゃんは随分と憔悴した様子で。
「もう嫌だ、ここから先はお前も着いて来い」
……とんでもないことを言い出しました……
「勘弁してくださいよ、私が女子中等部内に入れるわけが無いじゃないですか」
「ざけんな、おまっ、私がどんな目で見られてると思ってんだ」
激昂した様子の千雨ちゃんと、慌てふためくディルムッド。
女子中等部の敷地内の案内を千雨ちゃんにお願いしただけなんですが……
「あぁー、嫌だ嫌だ、つか、マジでこれ以上、ディルムッドさんと2人で歩くとかは無しだ、女子校の噂の拡散速度を甘く見るんじゃねぇぞ」
女子中等部の傍に居るせいで、辺りの女性比率は高いです。
そして、その視線の占有率は殆どをディルムッドが占め……えぇ、注目を集めています。
今はまだ、私も含め3人ですし、ディルムッドは極力私と千雨ちゃんが並び立つように位置取りするからマシなようですが。
「……もしかして」
「……視線で人が死ぬんなら、私は100回は死んでるぞ……マジ勘弁、ディルムッドさんに目を向けた後、直後に私を見るんだよ……あれはキツイ」
女子中等部の中を千雨ちゃんとディルムッドが2人で歩くと、当然ディルムッドは注目を集め、隣を歩いている千雨ちゃんにも目が向き。
……余程、妬ましいというか、恨みがましい視線を向けられたようですね。
それ等から庇うようにディルムッドが行動すると、後はもう悪循環ですね。
「と言うか、朱雀、腕を貸せ」
「は……はぁ」
軽く腕を出すと、千雨ちゃんがその腕に抱きついてきます。少し胸が当たり千雨ちゃんが顔を赤くし。
……いえ、嬉しいですが、急になんですか。
「何人か後をつけてきてんだよ、まだお前が恋人だと思われたほうが……いや、うん、違くてだな」
確かに視線を感じてましたが、なるほど……遠巻きに居る数人があからさまにキャッキャッと笑ってます、安心した様子でしょうか。
私と合流した時点で多少はそんな感じもありましたが。
「そう、周りからそう思われたほうが私が安全だからであってだ、うん、勿論嫌なわけじゃなく」
「なら、出来るだけくっついたほうが良いですね」
当然のように距離を取るディルムッドを無視して私も身を寄せます。
えぇ、役得ですから。
「うぐっ……と、取り敢えず……暫くこのままだ」
ぎゅっと抱きついて真っ赤になってる千雨ちゃんと腕を組んで周りに仲良しぶりをアピールしておけばディルムッドとの恋人疑惑は薄まるでしょう。
何だか周りから『逆ハー』とか、『両手に薔薇、嫉ましい』とか聞こえますがスルーです。
普段は私の周りの女性比率の方が高いので、こういうのは珍しいですね。
「ともかく、私はもう無理だから誰か他に案内を……椎名は逃げるだろうし、大河内も無理か……超とか那波とか」
ディルムッドさんと繋がりのある女生徒と言うと、その辺りですか……まぁ、2人なら恋人疑惑が出ても跳ね除けられる位の胆力はありそうです。
「はい、私もその方が宜しいかと、無論、千雨様が嫌なわけではないのですが……」
『様っ、今、様付けで呼ばせてた』『ちょっと、どんなプレイ』
……とりあえず、此処はもう離れたほうが良いでしょうね。
これ以上留まれば、千雨ちゃんにどんな噂が広まるやら。
……と言うか、既に土煙を上げながら自転車が二台併走してこっちに突っ込んできてるように見えるんですが。
「スクープあらば即参上! 報道部です、噂の美形アイドルは……おおっ、コレは噂以上の上、逆ハー、しかもクラスメイトっ、来た、これはイけるっ!!」
「するするするするっラブ臭がぁっ、甘酸っぱいラブ臭がっ、私のネタ切れを解消する素晴らしいラヴに出会える予感がビンビンするっ!!」
目を爛々と輝かせて突貫してくる2人の少女……片方は知ってますし、もう片方も特徴的な髪型ですね。
「げっ、朝倉に……早乙女まで」
……早乙女さんとは顔を合わせたことがありましたが、朝倉さんは初対面ですね。
まさしくパイナップルな髪型ですが、目が血走ってこっちを向いてます。
カメラを向けられたので慌てて千雨ちゃんと離れましたが、それよりも早くディルムッドがカメラを奪い取っています。
神速の行動ですので、気付かれてませんが。
「……アレ」
「朝倉、相手に確認無く写真を撮るのはマナー違反だぞ」
写真を撮るポーズのままで、千雨ちゃんを向く朝倉さん、取り敢えず腕が組めなくなったのは残念ですが。
早乙女さん……触角を動かしながら辺りをクンカクンカ嗅ぎ廻るのは女性としてどうかと思います。
「いや、メチャ美形のアイドルが生徒に連れまわされてるって聞いたんだけど……その上逆ハー、これは報道部の一面を飾る大スキャンダルに」
「誰が逆ハーだ、ディルムッドさんとは、んな関係じゃねぇっ」
「いやいや、旦那が四股するなら自分もって、長谷川意外とレベル高いねぇ……ハッ、四股する攻めへのあてつけで二股する受け、それを知った攻めは浮気相手の受けと共に5人で受けを……キターーーーッ」
「四股っ! はっ、この人がアキラと桜子と超にも粉かけてる長谷川の旦那っ、これはシャッターチャンって、また無くなった」
「とんでもねぇカオスストーリー作ってんじゃねぇ早乙女っ、後、予備のカメラを何処から出しやがる朝倉っ、あてつけか、それはクラス4位の実力をあてつけてんのか」
さすが2-Aのパパラッチ娘と噂拡散機……一瞬で場を混沌に陥れましたね。
まぁ、早乙女さんは早々にスケッチブックに何か書き始めましたから静かになりましたが……何を書いてるかは……考えたくありません。
何故に私とディルムッドをちらちら見るんですか。
「早乙女、お前にははっきり言っておかないと、またぞろ変な噂流すからはっきり言っておくぞ、こっちは幼馴染で、こっちはその幼馴染の保護者だ、新学期から麻帆良勤めになるから、女子校に入れない幼馴染の代わりに私が案内してた、理解したか? 理解したな」
「勿論、大丈夫、素直になれない男心、そう誤魔化しながらも体の疼きは抑えられず、案内の攻めをベンチに待たせながら途中でトイレに」
「理解しろっつってんだっ! 何そっちの話を膨らませてやがる」
「そう、膨張してもう我慢できなくなって、ゆっくりとファスナーを」
「人の話を聞けーーーーっ」
早乙女さんの触覚を掴んで振り回す千雨ちゃん。
凄いですね、スケッチブックとペンは微動だにせずデッサンを続けてますよ。
「……とりあえず、ディルムッド、さん……指導員の初仕事として、公衆の面前で卑猥な原稿を書いてる方の補導は如何でしょう」
「卑猥……なのでしょうか、ちらっと見たところ、私や朱雀殿によく似た2人が抱き合ってるだけの」
……
「ギャーーーー燃えたーーーっ、萌えたじゃなくて燃え上がったーーーっ」
とりあえず、問答無用で触覚のスケッチブックに火葬式典叩き込んだ私は悪くない。
一瞬なのでディルムッドくらいにしか目撃されて無いでしょうし。
「朝倉、変な報道してみろ、唯じゃすまさないからね」
「大丈夫だってぇ、ちゃんと目線は入れてって……またカメラが消えた」
「……不思議な神隠しだよなぁ、絶対に変な報道はしないって言うなら出てくるかもしれないなぁ」
あちらも、神速の速さでディルムッドがカメラを掠め取って、それを交渉材料に千雨ちゃんが脅してるから問題ないでしょう。
悪意ある報道はしないはずですし。
「……と言うわけで、ディルムッド……これが麻帆良だ……覚悟しておくように」
「……我が槍にかけて」
これからの仕事の過酷さの一端を知り、身を引き締めるディルムッド。
春休みが終わってから、新たな話が始まる。
……40話まで来て未だに2巻すら終わらない
完結するのに何話かかるやら
謝罪文
那波の行動で意見が多かったですが
真剣、作者のミスです、小太郎の時の行動をトレースしてましたが
天涯孤独な小太郎と違って、無理に那波が引き取る必要はなかったです
今後、書き直すかもしれません。
基本、書き上げた作品の誤字以外の訂正はしないつもりでしたが
……ちょっと那波の立ち位置を考え直させてもらいます。